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1 目次 ご挨拶 ............................................................................... 2 RIS とは?............................................................................. 3 RIS2011 大会参加ゼミナール ........................................................... 4 RIS2011 大会決算.................................................................... 5 RIS2011 大会プログラム ............................................................... 6 RIS の軌跡 ........................................................................... 7 全国学生保険学ゼミナール 会則........................................................ 11 大会論文 ............................................................................ 13 原子力損害賠償におけるリスクファイナンスの課題と今後の対応(大分大)....................... 14 保険金の課税関係(関西大) ............................................................ 25 東日本大震災と地震保険(関西学院大) ................................................... 33 勤労者に適切なインセンティブを与える生活保護制度と公的年金制度のあり方(京都産業大) ................ 43 産婦人科医師減少とその解決に向けて(京都産業大) ....................................... 50 ネット生保の可能性~保険難民を減らすには~(近畿大) .................................... 58 コーポレート・レピュテーション・リスク~レピュテーション・リスク認識とリスク・マネジメント~(静岡県大) 66 需要の不確実変動に対する企業行動(上智大)............................................. 77 保険購入に関する知識 購入時に必要な自衛手段(拓殖大)............................... 86 損害保険代理店の変遷と今後(拓殖大) ................................................... 96 日本企業のデリバティブの購入実態 企業・銀行間関係に着目して(東京経済大) ............ 104 日本における企業年金制度の現状(東京経済大).......................................... 112 公的年金制度における第三号被保険者問題(長崎大)...................................... 120 エコカー普及促進に向けた考察(日本大) ................................................ 127 海外旅行保険の加入促進(日本大) ..................................................... 135 マイクロインシュアランスの普及方策の模索(一橋大) ....................................... 145 震災と水産業(一橋大)................................................................ 152 情報社会におけるリスク管理~あなたの個人情報は大丈夫?~(福岡大) ..................... 159 保険会社の海外進出~保険制度の整っていない国への進出~(福岡大) ...................... 168 為替変動による輸出入企業への影響(武蔵大) ............................................ 175 株式投資に対する商品投資のリスクヘッジ機能(武蔵大).................................... 189 企業の個人情報漏洩リスク(明治大) ..................................................... 198 望ましい年金制度の構築(山口大) ...................................................... 207 企業における「予防」の可能性(山口大).................................................. 216 貧困層における医療格差問題(早稲田大)................................................ 224 生保業界におけるIT戦略(早稲田大) ................................................... 232 編集後記 ........................................................................... 241

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目次

ご挨拶 ............................................................................... 2 RIS とは? ............................................................................. 3 RIS2011 大会参加ゼミナール ........................................................... 4 RIS2011 大会決算 .................................................................... 5 RIS2011 大会プログラム ............................................................... 6 RIS の軌跡 ........................................................................... 7 全国学生保険学ゼミナール 会則 ........................................................ 11

大会論文 ............................................................................ 13

原子力損害賠償におけるリスクファイナンスの課題と今後の対応(大分大)....................... 14 保険金の課税関係(関西大) ............................................................ 25 東日本大震災と地震保険(関西学院大) ................................................... 33 勤労者に適切なインセンティブを与える生活保護制度と公的年金制度のあり方(京都産業大) ................ 43 産婦人科医師減少とその解決に向けて(京都産業大) ....................................... 50 ネット生保の可能性~保険難民を減らすには~(近畿大) .................................... 58 コーポレート・レピュテーション・リスク~レピュテーション・リスク認識とリスク・マネジメント~(静岡県大) 66 需要の不確実変動に対する企業行動(上智大) ............................................. 77 保険購入に関する知識 ―購入時に必要な自衛手段―(拓殖大) ............................... 86 損害保険代理店の変遷と今後(拓殖大) ................................................... 96 日本企業のデリバティブの購入実態 ―企業・銀行間関係に着目して―(東京経済大) ............ 104 日本における企業年金制度の現状(東京経済大) .......................................... 112 公的年金制度における第三号被保険者問題(長崎大) ...................................... 120 エコカー普及促進に向けた考察(日本大) ................................................ 127 海外旅行保険の加入促進(日本大) ..................................................... 135 マイクロインシュアランスの普及方策の模索(一橋大) ....................................... 145 震災と水産業(一橋大) ................................................................ 152 情報社会におけるリスク管理~あなたの個人情報は大丈夫?~(福岡大) ..................... 159 保険会社の海外進出~保険制度の整っていない国への進出~(福岡大) ...................... 168 為替変動による輸出入企業への影響(武蔵大) ............................................ 175 株式投資に対する商品投資のリスクヘッジ機能(武蔵大) .................................... 189 企業の個人情報漏洩リスク(明治大) ..................................................... 198 望ましい年金制度の構築(山口大) ...................................................... 207 企業における「予防」の可能性(山口大) .................................................. 216 貧困層における医療格差問題(早稲田大) ................................................ 224 生保業界におけるIT戦略(早稲田大) ................................................... 232

編集後記 ........................................................................... 241

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ご挨拶

全国学生保険学ゼミナール(Risk and Insurance Seminar ; RIS)は、全国の大学における保険論関

係のゼミナールを中心に、年 1 回集まって合同で研究発表会を行う大会です。2004 年度から始まり、多

くのゼミナールの先生方と業界関係者のご賛同とご支援で、2011年12月23日(祝)、24日(土)・国立オ

リンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区)にて、第 8 回大会を開催することができました。今回

の大会は、東日本大震災の影響など、当初は東京での開催を危ぶむ声もありましたが、皆様のご協力の

おかげで、大会を無事に行うことができましたこと、ここに厚く御礼申し上げます。 今回の大会には、大きく 2 つの特徴があったと思います。まず第 1 に、2011 年 3 月 11 日の「東日本

大震災」以降の 初の大会で、リスクマネジメント・保険の重要性が、いままで以上に重要だと再認識され

た中での大会であったことです。第2に、第1回大会以降、ますます増加する参加者数に対応するため、

はじめて大学以外の会場で大会を開催するなど、RIS にとっても大きなチャレンジの年でありました。 保険論は、伝統的に、法学や経済学など、近接する学問分野の分析手法や成果を積極的に取り入れる

ことで、大きく発展してきた学問分野です。また、わが国の保険論の研究者は、米国や欧州を中心に、海

外の研究成果を積極的に取り入れ、国際的な研究活動に貢献しようと努めてきました。国際化が進む中

で、学生の皆さんの活躍の場も、必然的に海外が舞台になっていくはずです。学生の皆さんの今後のチ

ャレンジに大いに期待したいと思います。 この論文集では、第 8 回大会参加大学ゼミナールの研究報告の成果をまとめています。ゼミナールの

仲間と議論すること、協力すること、学外の大学生と交流すること、ゼミナールの先生や実務家の皆様の

アドバイスに耳を傾けること、期限までに発表や論文を準備することなど、今回の経験が、今後の学生の

皆さんの発展に役立つことを期待しています。 この度も RIS 論文集の発行のために、公益財団法人生命保険文化センター、公益財団法人損害保険

事業総合研究所(順不同)から出版助成を賜りました。また、実務家の皆様にも多数ご出席頂きまして、学

生のみなさんへ貴重なコメントをして賜りました。この場を借りて、深く感謝申し上げます。 次回RIS2012(大会委員長:石田成則 山口大学教授)は、2012 年12 月8 日(土)、9 日(日)の日程で、

山口大学で開催予定です。引き続きご支援賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

2012 年 2 月 29 日 RIS 代表幹事(2011 年度)

城西大学現代政策学部 浅井義裕 RIS 副幹事(2011 年度)

東京経済大学経営学部 柳瀬典由

https://sites.google.com/site/riskseminar/

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RIS とは?

RIS の中核的活動は、全国大会(年 1 回)および中間報告会、キックオフミーティング(年 1 回程度、

関東、関西、中国・九州それぞれのブロックで開催)です。年に 1 回の全国大会では、各参加ゼミナール

がそれまでの期間、担当教員による指導を受け、研究してきた内容の報告を行います。報告テーマは幅

広く、保険やリスクマネジメントに関するテーマを中心として金融、ファイナンス、社会保障の分野までカ

バーしています。前期に開催されるキックオフミーティングは、ゼミナール間交流の第一歩の場であり、こ

れから全国大会に向けての意識を高めていくため、リスクや保険に関する基礎的な内容を確認するため

の場です。秋に開催する中間報告会では、全国大会が迫る中、他大学のゼミナールがどのような報告を

するのかなどを確認することで、そこで浮かび上がった問題点を修正し、全国大会に備えます。 RIS ではこういった年間活動を通じて、商学、経営、経済系の学部教育におけるリスク・保険分野の共

通インフラの拡充をも目指しています。併せて次代の「リスクと保険」研究の裾野を広げることも視野に入

れて活動を行っています。こうした大学の枠を超えたゼミナール活動の背景には、わが国の高等教育レ

ベルでの「リスクと保険」教育の直面する構造的問題があります。現下の状況を鑑みるに、少子化の中、

大学の規模縮小は避けることができません。こうした中、商学、経営、経済系の大学における保険関連の

講座も縮小傾向にあり、また、保険論を担当する専任教員の枠が削減されることがあったとしても、増員さ

れることを期待することは非常に困難な状況であります。このような時代の中であっても、私どもは「リスク

と保険」という研究領域の重要性を認識していると同時に、この領域を社会的に担う保険業界の健全な発

展についても大いなる関心を持っております。 大学生という極めて多感な時期に、「リスクと保険」という共通言語を持つ学生たちが大学の枠を超えて

切磋琢磨し、それが大学のみならず業界からも評価を受け、叱咤激励されることは、参加した学生たちに

大きな自信をつけ、学生たちのめざましい成長に大きく寄与するに相違ありません。RIS に参加している

教員の「このような機会をリスク・保険分野から創っていきたい」というおもいが RIS の理念の根本にあり

ます。こうした大学の枠を超えた活動は、全国のリスク・保険を学ぶ学生が卒業後も継続的に交流し続け

るきっかけのひとつとなりつつあります。近い将来に、RIS の参加者の中から業界をリードする人材が輩

出されることにつながることを期待しています。また、リスク・保険分野の次世代の研究者の裾野が広がる

ことも併せて期待することができます。RIS では、さながら学生版の「学会」のような存在を目指していま

すが、こうしたインターカレッジでの活動を行うことによって、全国の「リスクと保険」を学ぶ学生が、大学を

卒業した後でも継続的に交流し続けるためのプラットフォームになることを目指しています。 関係各位におかれましては、RIS の活動に対しご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

2012 年 3 月吉日

RIS 教員一同

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RIS2011 大会参加ゼミナール

大分大学 経済学部

鴻上喜芳ゼミ

東京経済大学 経営学部

柳瀬典由ゼミ

関西大学 商学部

徳常泰之ゼミ

長崎大学 経済学部

大倉真人ゼミ

関西学院大学 商学部

岡田太志ゼミ

日本大学 商学部

岡田太ゼミ

九州産業大学 商学部

山崎博司ゼミ

一橋大学 商学部

米山高生ゼミ

京都産業大学 経営学部

諏澤吉彦ゼミ

福岡大学 商学部

石坂元一ゼミ

近畿大学 経営学部

稲葉浩幸ゼミ

武蔵大学 経済学部

茶野努ゼミ

静岡県立大学 経営情報学部

上野雄史ゼミ 明治大学 商学部

中林真理子ゼミ

上智大学 経済学部

石井昌宏ゼミ

山口大学 経済学部

石田成則ゼミ

拓殖大学 商学部

宮地朋果ゼミ 早稲田大学 商学部

江澤雅彦ゼミ

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RIS2011 大会決算

2011 年 4 月 1 日~2012 年 3 月 31 日

(単位:円) (注1)大会論文集費用は、別に徴収するため、大会決算では報告していない。 (注2)同様にして、生命保険文化センター(10 万円)、損害保険事業総合研究所(5 万円)からの寄付は、

論文集費用として利用するため、大会決算では報告していない。 (注 3)その他は、振込金額間違いの調整。

収入 支出 前期繰越 213,267 懇親会費 580,000 ゼミナール参加料 697,200 大会会場費 91,600 一般参加料 60,600 懇親会運営費 36,000 振込手数料 1,470 その他 3,600 次期繰越 245,167 合計 971,067 合計 971,067

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RIS2011 大会プログラム

第1日目 2011年12月23日(祝) 【受付時間】 12:30~17:00 センター棟 3階 (小研究室A)

A会場 (セー101) B会場 (セー311) C会場 (セー416) 13:00-13:10 開会式 (セー101) 13:15-14:00 一橋大学1

(討論者:山口大学2) 座長:岡田太志先生

関西大学 (討論者:九州産業大学)

座長:鴻上先生

近畿大学 (討論者:早稲田大学2)

座長:茶野先生 14:10-14:55 山口大学1

(討論者:一橋大学2) 座長:山崎先生

拓殖大学 1 (討論者: 日本大学2)

座長:稲葉先生

東京経済大学 1 (討論者: 静岡県立大学)

座長:石坂先生 15:05-15:50 長崎大学

(討論者:上智大学) 座長:徳常先生

早稲田大学2 (討論者: 近畿大学)

座長:石田先生

日本大学1 (討論者:福岡大学2)

座長:上野先生 16:00-16:45 大分大学

(討論者:早稲田大学1) 座長:岡田太先生

関西学院大学 (討論者:明治大学)

座長:大倉先生

福岡大学1 (討論者: 武蔵大学2)

座長:諏澤先生 17:00-17:45 幹事会(センター棟 3階 (小研究室A)) 17:45-18:00 懇親会受付 レセプションホール入口 18:00-20:30 懇親会 (来賓等ご挨拶) レセプションホール 第2日目 2011年12月24日(土) 【受付時間】 8:45~15:00 センター棟 3階 (小研究室A)

A会場(セー309) B会場(セー310) C会場(セー510) 9:00-9:45 一橋大学2

(討論者:山口大学1) 座長:岡田太志先生

東京経済大学2 (討論者: 日本大学 1)

座長:稲葉先生

早稲田大学1 (討論者:大分大学)

座長:石坂先生 10:00-10:45 山口大学2

(討論者:一橋大学1) 座長:宮地先生

九州産業大学 (討論者:関西大学)

座長:諏澤先生

武蔵大学2 (討論者:福岡大学1)

座長:鴻上先生 11:00-11:45 上智大学

(討論者:長崎大学) 座長:石田先生

福岡大学2 (討論者: 日本大学1)

座長:徳常先生

京都産業大学1 (討論者:拓殖大学2)

座長:中林先生 12:00-13:00 昼食

A会場(セー309) B会場(セー310) C会場(セー311) 13:15-14:00 京都産業大学2

(討論者:武蔵大学1) 座長:石井先生

日本大学2 (討論者: 拓殖大学1)

座長:上野先生

明治大学 (討論者:関西学院大学)

座長:大倉先生 14:10-14:55 武蔵大学1

(討論者:京都産業大学2) 座長:米山先生

拓殖大学2 (討論者:京都産業大学1)

座長:江澤先生

静岡県立大学 (討論者:東京経済大学1)

座長:山崎先生 15:05-15:30 閉会式(セー417)

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RIS の軌跡

(1)RIS2004 全国大会 開催日:2004 年 10 月 10・11 日 開催場所:近畿大学 参加大学:中央大学・東京経済大学・日本大学・関西学院大学・関西大学・近畿大学 計 6 大学 (2)RIS2005 関東キックオフミーティング 開催日:2005 年 5 月 22 日 開催場所:明治大学 参加大学:一橋大学・中央大学・東京経済大学・日本大学・明治大学 計 5 大学 (3)RIS2005 関西キックオフミーティング 開催日:2005 年 7 月 2 日 開催場所;関西大学 参加大学:関西学院大学・関西大学・近畿大学 計 3 大学 (4)RIS2005 関東中間報告会 開催日:2005 年 10 月 2 日 開催場所:明治大学 参加大学:一橋大学・中央大学・東京経済大学・日本大学・明治大学 計 5 大学 (5)RIS2005 全国大会 開催日:2005 年 12 月 17・18 日 開催場所:中央大学 参加大学:一橋大学・中央大学・東京経済大学・日本大学・明治大学・関西学院大学 関西大学・近畿大学・広島経済大学・山口大学・長崎大学 計 11 大学 (6)RIS2006 関東キックオフミーティング 開催日:2006 年 6 月 3 日 開催場所:明治大学 参加大学:一橋大学・中央大学・東京経済大学・日本大学・明治大学 計 5 大学 (7)RIS2006 関西キックオフミーティング 開催日:2005 年 6 月 3 日 開催場所:関西学院大学 参加大学:関西学院大学・関西大学・近畿大学 計 3 大学 (8)RIS2006 中国・九州地区中間報告会 開催日:2006 年 8 月 21 日 開催場所:山口大学 参加大学:広島経済大学・山口大学計 2 大学 (9)RIS2006 関東中間報告会 開催日:2006 年 10 月 14 日 開催場所:明治大学 参加大学:一橋大学・中央大学・東京経済大学・日本大学・明治大学 計 5 大学 (10)RIS2006 関西中間報告会 開催日:2006 年 11 月 25 日 開催場所:関西大学 参加大学:関西学院大学・関西大学・近畿大学 計 3 大学

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(11)RIS2006 全国大会 開催日:2006 年 12 月 16・17 日 開催場所:関西大学 参加大学:一橋大学、中央大学、東京経済大学、日本大学、明治大学、関西学院大学、 関西大学、近畿大学、京都学園大学、広島経済大学、山口大学、長崎大学 計 12 大学 (12)RIS2007 関西キックオフミーティング 開催日:2007 年 6 月 2 日 開催場所:近畿大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、近畿大学、京都学園大学、京都産業大学 計 5 大学 (13)RIS2007 関東キックオフミーティング 開催日:2007 年 6 月 16 日 開催場所 明治大学 参加大学:一橋大学、日本大学、中央大学、東京経済大学 計 4 大学 (14)RIS2007 関東中間報告会 開催日:2007 年 10 月 13 日 開催場所 明治大学 参加大学:一橋大学、中央大学、東京経済大学、日本大学 計 4 大学 (15)RIS2007 関西中間報告会 開催日:2007 年 11 月 24 日 開催場所 関西学院大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、京都産業大学、京都学園大学、近畿大学 計 5 大学 (16)RIS2007 全国大会 開催日:2007 年 12 月 22・23 日 開催場所 一橋大学 参加大学:一橋大学、中央大学、東京経済大学、日本大学、関西学院大学、関西大学、 京都産業大学、京都学園大学、山口大学、長崎大学、拓殖大学、大東文化大学、福井大学 計 13 大学 (17)RIS2008 関西キックオフミーティング 開催日:2008 年 6 月 7 日 開催場所:関西大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、近畿大学、京都産業大学 計 4 大学 (18)RIS2008 関東キックオフミーティング 開催日:2008 年 6 月 14 日 開催場所:拓殖大学 参加大学:拓殖大学、東京経済大学、城西大学、一橋大学、日本大学 計 5 大学 (19)RIS2008 中国・九州地区中間報告会 開催日:2008 年 9 月 3 日 開催場所:福岡大学 参加大学:山口大学、長崎大学 計 2 大学 (20)RIS2008 関西中間報告会 開催日:2008 年 11 月 29 日 開催場所:京都産業大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、近畿大学、京都産業大学 計 4 大学

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(21)RIS2008 関東中間報告会 開催日:2008 年 11 月 29 日 開催場所:拓殖大学 参加大学 拓殖大学、東京経済大学、日本大学、城西大学、一橋大学 計 5 大学 (22) RIS2008 全国大会 開催日:2008 年 12 月 20・21 日 開催場所 長崎大学 参加大学:一橋大学、東京経済大学(柳瀬ゼミ、青木ゼミ)、日本大学、関西学院大学、関西大学、京都産

業大学、山口大学、長崎大学、拓殖大学、近畿大学、大分大学、城西大学 計 12 大学(13 ゼミ) (23) RIS2009 関東キックオフミーティング 開催日:2009 年 6 月 6 日 開催場所 武蔵大学 参加大学:大東文化大学、拓殖大学、東京経済大学、日本大学、一橋大学、武蔵大学、 明治大学、早稲田大学 計 8 大学 (24) RIS2009 関西キックオフミーティング 中止 (25) RIS2009 中国・九州地区中間報告会 開催日:2009 年 10 月 3 日 開催場所 福岡大学 参加大学:大分大学、長崎大学、山口大学 計 3 大学 (26) RIS2009 関東中間報告会 開催日:2009 年 11 月 28 日 開催場所 武蔵大学 参加大学:大東文化大学、拓殖大学、東京経済大学、日本大学、一橋大学、武蔵大学、 明治大学、早稲田大学 計 8 大学 (27) RIS2009 関西中間報告会 開催日:2009 年 11 月 28 日 開催場所 近畿大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、近畿大学、京都産業大学 計 4 大学 (28) RIS2009 全国大会 開催日:2009 年 12 月 19・20 日 開催場所 日本大学 参加大学:大分大学、一橋大学、関西大学、関西学院大学、京都産業大学、近畿大学、 大東文化大学、拓殖大学、東京経済大学、長崎大学、日本大学、武蔵大学、明治大学、山口大学、早稲

田大学 計 15 大学 (29) RIS2010 関東キックオフミーティング 開催日:2010 年 6 月 6 日 開催場所 武蔵大学 参加大学:大東文化大学、拓殖大学、東京経済大学、日本大学、一橋大学、武蔵大学、明治大学、早稲

田大学 計 8 大学 (30) RIS2010 関西キックオフミーティング 開催日:2010 年 10 月 28 日 開催場所 京都産業大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、近畿大学、京都産業大学 計4大学

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(31) RIS2010 関東中間報告会 開催日:2010 年 11 月 6 日 開催場所 拓殖大学 参加大学:上智大学、拓殖大学、日本大学、一橋大学、武蔵大学、明治大学、早稲田大学、城西大学、

静岡県立大学 計 8 大学 (32) RIS2010 中国・九州地区中間報告会 開催日:2010 年 11 月 13 日 開催場所 福岡大学 参加大学:大分大学、長崎大学、山口大学、九州産業大学 計 4 大学 (33) RIS2010 関西中間報告会 開催日:2010 年 11 月 27 日 開催場所 近畿大学 参加大学:関西学院大学、近畿大学、京都産業大学 計3大学 (34) RIS2010 全国大会 開催日:2010 年 12 月 18・19 日 開催場所 関西学院大学 参加大学:大分大学、九州産業大学、一橋大学、城西大学、京都産業大学、近畿大学、上智大学、大東

文化大学、拓殖大学、長崎大学、日本大学、武蔵大学、明治大学、山口大学、早稲田大学 、静岡県立大

学、関西学院大学 計 16大学 (35) RIS2011 関東キックオフミーティング 開催日:2011 年 5 月 7 日 開催場所 明治大学 参加大学:大東文化大学、拓殖大学、東京経済大学、日本大学、一橋大学、武蔵大学、明治大学、早稲

田大学、静岡県立大学、城西大学 計 9 大学 (36) RIS2011 関西キックオフミーティング 開催日:2011 年 7 月 6 日 開催場所 京都産業大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、近畿大学、京都産業大学 計4大学 (37) RIS2011 関東中間報告会 開催日:2011 年 10 月 29 日 開催場所 拓殖大学 参加大学:上智大学、拓殖大学、日本大学、一橋大学、武蔵大学、明治大学、早稲田大学、東京経済大

学、静岡県立大学 計 8 大学 (38) RIS2011 中国・九州地区中間報告会 開催日:2011 年 10 月 29 日 開催場所 福岡大学 参加大学:大分大学、九州産業大学、長崎大学、福岡大学,山口大学 (39) RIS2011 関西中間報告会 開催日:2011 年 12 月 7 日 開催場所 近畿大学 参加大学:関西学院大学、関西大学、近畿大学、京都産業大学 計4大学 (40) RIS2011 全国大会 開催日:2011 年 12 月 23・24 日 開催場所 国立オリンピック記念青少年総合センター 参加大学:大分大学、九州産業大学、一橋大学、京都産業大学、近畿大学、上智大学、福岡大学、拓殖

大学、長崎大学、日本大学、武蔵大学、明治大学、山口大学、早稲田大学 、静岡県立大学、関西学院大

学、関西大学、東京経済大学 計 18 大学

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全国学生保険学ゼミナール 会則

制定および施行年月日:平成 19 年 9 月 1 日

第1章 総 則 第1条 本会は「全国学生保険学ゼミナール(Risk and Insurance Seminar, 略称 RIS)」と称し、全国

の各大学で「リスクと保険」ならびに関連研究を行うゼミナールによって構成される。 第2条 本会の本部は RIS 加入校の幹事ゼミナールにおかれる。

第 2 章 目 的 第3条 本会は「リスクと保険」に関して、理論的・実証的な観点から知識を広め、深く専門の研究・調査

及び会員相互の親睦を図ると共に、応用的能力を展開し学問の真理を追究することを目的とす

る。

第 3 章 活 動 第4条 本会はその目的達成のため次の事項を行う。

1. 「リスクと保険」に関する調査研究の討論会、発表会を、「各部会」で随時開催し、内容交換・充実

向上を図ること。なお、「各部会」とは、関東、関西、中国・九州の各地域における加入ゼミナー

ルによって構成される 2. 年 1 回、加入ゼミナールすべてが参加する「全国大会」を開催すること。 3. 会員相互の親睦を図り、友好を増進すること。 4. 機関紙の発行(年 1 回)。 5. その他の目的遂行上必須事項。

第 4 章 会 員 及び 義 務

第5条 本会は、全国の各大学で「リスクと保険」ならびに関連研究を行う各ゼミナールで所定の手続き

を経たるゼミナールによって構成される。 第6条 本会員は第 5 条による加入ゼミナールの構成員で、そのゼミナール加入と同時に自動的に本

会員となる。 第7条 加入ゼミナール及び会員は本目的達成のための本会の諸活動に参加する義務を有する。

第 5 章 組 織

第8条 幹事会は本会の 高の決議機関であり、加入各ゼミナールの代表者および担当教員によって

構成される。 第9条 定期幹事会は年 1 回、「全国大会」のプログラム内で開催され、次年度「全国大会」開催校なら

びに幹事ゼミナールの決定等、本会一般活動の大綱を決議し、且つ幹事校による運営、経営報

告、会計報告を受ける。幹事会の定足数は3 分の2 以上とし、決議は出席幹事の2 分の1 以

上とする。但し重要事項とみなされるものは 3 分の 2 以上とする。なお、議長は当該年度幹事

校ゼミナールの代表者がこれにあたる。なお、決議は 1 加入ゼミナール 1 議決権とする。 第10条 1. 代表幹事は本会を代表し、本会の 高責任者としての会務を総轄する。

2. 代表幹事の選出に関する決議は、定期幹事会の出席幹事の 3 分の 2 以上とする。 3. 代表幹事の任期は、次回の定期幹事会までの期間とする。なお、再任を妨げない。

第11条 幹事校ゼミナールは担当年度の全国大会の運営・管理を統括する。

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第12条 幹事校ゼミナールはその任期を 1 年とし、加入各ゼミナールの持ち回り制とする。なお新加入・

再加入に対しては、幹事会において決定する。

第 6 章 加 入・脱 退・除 名 第13条 本会への加入は 1 ゼミナールを単位として幹事会において出席幹事の全会一致を持って成立

する。 第14条 本会の脱退は幹事会の承認を要する。 第15条 本会の目的遂行に著しく弊害を来たし、加入ゼミナールとして不適格と思われる場合には幹事

会において出席幹事の 3 分の 2 を持って決議除名とする。

第 7 章 会 計 第16条 本会の活動費は本会員による年会費ならびに機関紙における広告料収入を持ってこれに充て

る。なお、その金額は幹事会で決定する。 第17条 本会の会計年度は定期幹事会を起点とし 1 年間とする。 第18条 本会の会計報告は定期幹事会において行わなければならない。

第 8 章 会 則 改 正 第19条 本会則は幹事校の決議で幹事会の 3 分の 2 以上の決議を持って改正される。

第 9 章 高 法 規 第20条 本会則は本会の 高法規であり、加入ゼミナール及び会員は尊重擁護の義務を負う。 第21条 本会則は平成 19 年 9 月 1 日よりその効力を発する。

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大会論文

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原子力損害賠償におけるリスクファイナンスの課題と今後の対応

大分大学 鴻上ゼミナール

市川誠一 橋口杏奈 花田瑞樹 松尾恭介

要旨

本稿は、福島第1原発事故に関連して、日本における原子力事故損害賠償のリスクファイナンス

は十分であるか、原子力損害賠償支援機構は十分に機能するかという問題意識に基づいている。

本稿では、まず、福島第1原発事故の概要や被害状況、東京電力の損害賠償の現状、日本の制度

と原子力事業者の損害賠償におけるリスクファイナンスについて整理し、福島第1原発事故におい

て、リスクファイナンスは十分であったかを検討した。また、事故後に設立された原子力損害賠償支

援機構について調べ、事業者のリスクファイナンス的側面があると考えた私たちは、今後事故が起

こった際、支援機構が十分に機能するかを考察した。そこで見つかった問題の対応策として、海外

の制度や条約を取り入れた新たなリスクファイナンスを提案する。

キーワード:福島第 1 原発事故、原子力損害賠償支援機構、事業者間相互扶助制度、CSC 第1節 はじめに

この節では、2011 年3 月に発生した東京電力株式会社(以下「東京電力」)福島第1 原子力発電所(以

下「福島第 1 原発」)事故の概要とその事故の被害状況、東京電力の損害賠償の現状について述べる。

第 1 項 東京電力福島第 1 原発事故の概要 2011年3月11日14時46分、東北地方太平洋沖地震の発生により東京電力福島第1原発1,2,3号機に

おいて原子炉が自動緊急自動停止した。外部電源が地震で喪失したため、非常用ディーゼル発電機が

起動した。しかし、津波によって非常用ディーゼル発電機も停止したため、全交流電源喪失状態となり、

冷却が不可能となった1。これにより、原子炉において炉心融解が起こり、放射線物質放出を伴う原子力

事故が発生した。 福島第1原発事故に対する原子力安全・保安院による国際原子力事象評価尺度2の暫定評価は 悪の

レベル7(深刻な事故)であり、これは、1986年4月26日にソビエト社会主義共和国連邦で発生したチェル

ノブイリ原子力発電所事故以来2例目の評価である。 第2項 事故の被害状況

福島第1原発の半径20キロメートル圏内は、「警戒区域」に設定され、居住は禁止されており、区域内

の立入りは厳しく制限されている状況が続いている。また、20キロメートル圏外においても、放射線量が

高く、事故発生からの累積放射線量が1年間で20ミリシーベルトに達するおそれのある地域について「計

画的避難区域」に指定され、別の場所に避難することが求められている。さらに「計画的避難区域」に指

定はされていない20~30キロメートル圏内については「緊急時避難準備区域」に指定されている。立入

1 大羽宏一(2011)「原子力発電所の災害に関する被害者救済策について」大谷孝一博士古希記念『保険学保険法学の課

題と展望』成文堂,732-733 を参照。 2 国際原子力事象評価尺度(International Nuclear Event Scale :「INES」)とは、原子力発電所などで発生した事故・故

障などの影響の度合いを簡明かつ客観的に判断出来るように示した評価尺度である。INES は、事故や事象を安全上重要

ではない事象レベル 0 から、チェルノブイリ事故に相当する重大な事故レベル 7 までの 8 段階に分けている。

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は規制されていないが、常に緊急時に備え、屋内避難若しくは避難ができるようにすることが求められ、

学校等についても休校措置が採られている。被害者数は避難対象だけで8万人である。被害面積は、避

難対象だけで800平方キロメートルであり、これは東京23区と八王子市を合わせた面積に相当する。 また、農産物、水産物及び食品の放射性物質の残留検査を行った後に出荷され、店頭に流通している

これらの商品について、安全性には問題がないとされている。しかしながら、JA全中が文部科学省の第4回原子力損害賠償紛争委員会に提出した資料によれば、風評被害としては、福島県をはじめ、野菜等が

出荷制限となった茨城県、栃木県、群馬県、千葉県においては、出荷制限となっていない葉菜類のみな

らず、果菜類や根菜類にも価格及び出荷額の下落が見られたほか、取引中止等も発生している。また、

埼玉県でも同様に価格及び出荷額の下落が見られたほか、近隣県でも価格が下落しているとのことであ

る。 被害の内容のいずれをとっても深刻かつ重大な,類例のない大規模被害であり、原状回復・損害賠償

のいずれの点でも徹底した回復が必要となる3。 第3項 東京電力の損害賠償の現状

「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて」

(平成23年5月13日原子力発電所事故経済被害対応チーム関係閣僚会合決定。)において、東京電力

は、「厳正な資産評価、徹底した経費の見直し等を行うため、政府が設ける第三者委員会の経営財務の

実態の調査に応じること」を確認した上で、政府は、原子力損害の賠償に関する法律(昭和36 年法律第

147 号)の枠組みの下で、国民負担の極小化を図ることを基本として東京電力に支援を行うこととした。 これを踏まえ、有識者からなる「東京電力に関する経営・財務調査委員会」を開催し、「東京電力の厳正

な資産評価と徹底した経費の見直しのため、経営・財務の調査を行い、その調査を政府の東京電力に対

する支援に活用するものとする。」4とした。この「東京電力に関する経営・財務調査委員会」は2011年10月3日に調査報告書を発表した。この報告書の中で東京電力の賠償額は約4兆5402億円と試算された。

これは、収束までの期間に応じた要賠償額の推計(初年度分:約1兆246億円、2年度目以降分:約8,972億円/年)2年度目分までと財物価値の喪失や風評被害等一過性の損害についての要賠償額の推計(約2兆6,184億円)を合計したものである。つまり、東京電力の賠償額は収束までの期間に応じて増える可能

性がある。 東京電力は、試算された損害賠償額約4兆5402億円のうち、自社の資産から拠出できる 大額が約2

兆5千億円であるため、残りの2兆円を政府によって2011年9月12日に設立された原子力損害賠償支援

機構の支援を受け支払いにあたることとなる。 第4項 問題意識

東京電力は、福島第1原発事故を受けて多額の損害賠償金を支払うこととなった。しかし、東京電力が

自社のみで損害賠償金全額を支払うことは困難であったため、国が賠償金を支援することとなった。そこ

で私たちは、日本における原子力事故損害賠償のリスクファイナンス5は十分に行われているのか、また、

原子力損害賠償支援機構は十分に機能しているのかという点に疑問を持った。 本稿では、日本国内の原子力事故損害賠償のリスクファイナンスの現状を整理した上で、私たちが考

える新たな形のリスクファイナンスを提案していきたい。

3 国立国会図書館ホームページ「福島第一原発事故とその影響」 (http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/pdf/0718.pdf)2012.1.17 を参照。 4 首相官邸ホームページ「原子力安全に関する IAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電

所の事故について-」(http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/04-accident.pdf)2012.1.8 を参照。 5 リスクファイナンスとは、危険が発生し、損害が生じた場合に必要な資金繰りをあらかじめ計画して準備することである(亀

井利明(2001)『危機管理とリスクマネジメント-改訂増補版-』同文館,42)。

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第 2 節 法律と政府の対応 この節では、原子力損害賠償に関する法律について説明し、福島第 1 原発事故における政府の対応

についてまとめていく。

第 1 項 原子力損害の賠償に関する法律 原子力損害が発生した際の賠償に関する基本的な制度を定めている法律が、「原子力損害の賠償に

関する法律」(以下「原賠法」)である。原賠法の目的は、損害賠償に関する制度を定めることにより、被害

者の保護と原子力事業の健全な発達に資することである(第 1 条)。原賠法の特徴として、以下の 6 点が

挙げられる。無過失責任の採用、原子力事業者への責任集中、無限責任、損害賠償措置の強制、賠償

履行に対する国の援助および措置、原子力損害賠償責任保険の保険金請求権に対する先取特権の規

定、である。原子炉の運転等による原子力損害である場合は、故意・過失がなくても、損害賠償責任は原

子力事業者が負うこととしている。ただし「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」により発生した原子力

損害である場合は、原子力事業者は免責される(第 3 条)。原子力損害の賠償責任は原子力事業者のみ

が負い、その他の者は一切責任を負わない(第 4 条)。損害賠償責任額について、海外では多くの国が

有限としているが、日本の原賠法では特に制限を設けていない。原子力事業者は、損害賠償措置を講じ

ることを義務づけられている(第6 条)。損害賠償措置とは、政府と結ぶ原子力損害賠償補償契約と、民間

保険会社と結ぶ原子力損害賠償責任保険契約のことであり、この損害賠償措置により原子力損害の賠償

にあてられる金額を賠償措置額という(第 7 条)。賠償措置額を超える原子力損害が発生した場合は、政

府は原子力事業者に対し、損害を賠償するために必要な援助を行うものとしている(第16条、第17条)。

原子力損害の被害者救済を確実にするため、被害者は、損害賠償請求権に関し、原子力損害賠償責任

保険契約の保険金について、他の債権者に優先して弁済を受ける権利を有する(第 9 条)6。 原子力損害が発生した際になされる対応は、その原子力損害が発生した原因による。第 3 条の「異常

に巨大な天災地変又は社会的動乱」による損害である場合は、損害のすべてについて政府の措置により

対応に当たる(第 17 条)。そうでない場合は、損害賠償措置により対応に当たる。地震、噴火、津波の自

然災害による損害であれば原子力損害賠償補償契約により、それ以外の損害であれば原子力損害賠償

責任保険契約により賠償措置額が拠出される。賠償措置額 1200 億円を超える損害賠償額である場合は、

損害賠償措置に加えて当該原子力事業者による賠償、必要があれば原子力事業者は政府の援助を受け

て対応に当たる7。 第 2 項 政府の対応

2011年4月15日、「原子力発電所事故による経済被害対応本部」が開催され、「原子力災害被害者に

対する緊急措置について」が本部決定された。この中で、政府は原子力損害賠償補償契約に即して対応

するとしている。このことから、福島第 1 原発事故は原賠法第 3 条の「異常に巨大な天災地変」によるもの

ではないとされていることがわかる。福島第 1 原発事故による損害賠償の責任は東京電力が負うこととな

ったが、東京電力のみでは損害賠償を行うことができないことが判明したため、8 月 3 日に原子力損害賠

償支援機構法が成立、9月12日に原子力損害賠償支援機構(以下「支援機構」)が設立された。この支援

機構は政府が 70 億円、電力業界 12 社が 70 億円の資本金を払い込み、計 140 億円で発足した。

第 3 節 既存のリスクファイナンス この節では、福島第 1 原発事故が起こる以前からあった既存のリスクファイナンスにはどのようなものが

あったかについて探り、今回の福島第 1 原発事故において十分に機能したかについて述べる。

6 佐藤大介(2008)「原子力損害賠償制度と原子力保険」『損保総研レポート』(85),6-9 を参照。 7 冨野克彦(2011)「原子力損害賠償制度を見つめ直す-制度の背景、仕組みとその課題」『日本原子力学会誌』

(53),698-700 を参照。

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第 1 項 既存のリスクファイナンスの内容

原子力事業者は、原子力事故が発生し損害賠償責任を負った際、一定の賠償資力を確保するため、

その事業の種類と規模に応じて損害賠償にあてるべき財政的措置(損害賠償措置)を講ずることが義務

付けられており(原賠法第 6 条)、2 種類の契約が存在する8。 (1) 原子力損害賠償責任保険契約

1 つは、損害保険会社との間で締結している原子力損害賠償責任保険契約である。この契約は、原子

力損害賠償補償契約の範囲外の原子力損害、原賠法の免責事項(異常に巨大な天災地変又は社会的

動乱)以外の通常の原子力損害を範囲(原賠法律第 3 章第 2 節)としており、賠償措置額は現在、1 工場

もしくは 1 事業所当たり上限が 1200 億円となっている9。

(2) 原子力損害賠償補償契約 もう 1 つは、原子力事業者が国との間で締結している原子力損害賠償補償契約である。「原子力損害

賠償補償契約に関する法律」(以下「補償契約法」)をもとに、地震または噴火によって生じた原子力損害、

正常運転によって生じた原子力損害を補償の範囲(補書契約法第 3 条)としており、賠償措置額は現在、

原子力損害賠償責任保険契約と同様に 1 工場もしくは 1 事業所当たり上限が 1200 億円となっている(補

償契約法第 4 条)10。 第 2 項 既存のリスクファイナンスの不十分性

福島第 1 原発事故における東京電力の損害賠償の総額は、「東京電力に関する経営・財務調査委員

会報告の概要」によると、約4兆5000億円である。このうち東京電力が準備できる 大限の賠償額は約2兆5000億円であり、これは原子力損害賠償補償契約により1200億円、残りは東京電力の資産で賄われ

ることとなった11。 既存のリスクファイナンスである原子力損害賠償補償契約による 1200 億円では支払いに対し明らかに

足りず、リスクファイナンスとしては不十分であったといわざるを得ない。 第 4 節 新たなリスクファイナンスの課題と今後の対応

前節で述べた東京電力が支払うことができない 2 兆円を支援するために設立されたのが、原子力損害

賠償支援機構(以下「支援機構」)である12。 支援機構の役割として、内閣官房によると、「原子力損害が発生した場合の損害賠償の支払等に対応

する支援組織として、支援機構を設け、損害賠償に備えるため積立てを行う。」13ことがあげられる。今後、

発生した原子力事故により多額の損害賠償金を支払う場合に備えて資金対策を講じているので、これを

私たちは事業者の損害賠償に対するリスクファイナンス的側面と考えている。 この節では、私たちが新たなリスクファイナンスと考える支援機構における課題と今後の対応について

8 大羽宏一(2000)「原子力災害と原子力損害賠償責任保険」『大分大学経済論集』51(6),25 を参照。 9 社会法人 日本原子力産業協会ホームページ 「我が国の原子力損害賠償制度の概要」 (http://www.jaif.or.jp/ja/seisaku/genbai/mag/shosai10.pdf)2012.1.6 を参照。 10 広瀬研吉(1998)「世界の原子力開発における原子力損害賠償の体制と課題」『損害保険研究』59(4),142-144 を参照。 11 内閣官房ホームページ「東京電力に関する経営・財務調査委員会報告の概要」 (http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keieizaimutyousa/dai10/siryou2.pdf)2012.1.12 を参照。 12 原子力損害賠償支援機構ホームページ「機構の概要」(http://www.ndf.go.jp/soshiki/kikou_gaiyou.html)2012.1.6 を

参照。 13 内閣官房ホームページ「原子力損害賠償支援機構法案の概要」 (http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keieizaimutyousa/dai1/shiryou4-4houan.pdf)2012.1.6 を参照。

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述べる。 第 1 項 原子力損害賠償支援機構 支援機構は、大規模な原子力損害が発生した場合において、事業者の損害賠償のための資金交付等

を行うことにより、原子力損害賠償の迅速かつ適切な実施と電力の安定供給等の確保を図ることを目的と

して設立された14。 (1) 福島第 1 原発事故における支援機構の役割 では具体的に支援機構が福島第 1 原発事故でどのような役割を果たしているかについて説明してい

く。 東京電力が支払うことができない残りの2兆円を政府は国債を発行して確保し、支援機構を通して東京

電力に支援金拠出を行った。この資金援助を受けて東京電力は今後の損害賠償にあてることになる。な

お、今回、支援機構を通して東京電力に拠出された援助金は、後に東京電力が支援機構を通し、政府に

返済していくこととなる。 (2) 今後の事故に対する支援機構の役割

次に今後の事故に対する支援機構の役割について説明する。 将来の原子力事故に備え、原子力発電所を保有していた各電力会社は負担金を支援機構に対し積み

立て、支援機構はその負担金を収納するという役割を果たすことになる。 そして、実際に原子力事故が起き損害賠償が発生した場合、 初に事故の当該事業者が債務超過15

手前まで賠償金を支払うこととなり、次に支援金を支援機構に申請し、今まで積み立てられていた負担金

から事故の当該事業者に対し支援機構が支援金を拠出し当該事業者が被害者に損害賠償金を支払うこ

ととなる。

第 2 項 原子力損害賠償支援機構の課題 ここでは、今後、原子力事業者が支援機講をリスクファイナンスとして活用していく上で発生する課題と

その対応策について探り、考察していく。 支援機構は、相互扶助を基にしたリスクファイナンス的役割があると私たちは考える。しかし、ここでの支

援機構の支援金拠出体制ではリスクファイナンスが十分ではない可能性が出てくる。 前にも述べたが、原発事故による損害賠償が発生した場合、支援機構は当該事業者に支援金を拠出

することになる。しかし、ここで拠出される支援金の額は債務超過を防ぐ額までしか拠出されない。 このことから私たちは、債務超過手前までの資金拠出では、債務超過の回避にとどまり、大きな経済的

損失を補てんすることには至っていないと考え、現行の支援機構では事業者にとってのリスクファイナン

スとして不十分であると考えた。

第 3 項 今後の対応 機構による支援金拠出における事業者のリスクファイナンスが不十分であるという問題への対応策とし

て、この項では海外で取り入れられている損害賠償に対する事業者援助の制度や原子力に関する国際

条約などに着目し改善策を考察していく。

14 経済産業省ホームページ「原子力損害賠償支援機構法」 (http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/taiou_honbu/pdf/songaibaisho_111003_03.pdf)2012.1.10 を参照。 15 債務超過とは、企業の資産総額よりも負債総額の方が大きくなること。すなわち、欠損金が自己資本総額より大きくなるこ

とをいう(荒憲治郎・金森久雄・森口親司(1998)『経済学辞典第3 版』有斐閣,449)。

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(1) 制度によるリスクファイナンス 福島第1原発事故が起こる以前、日本では安全が確保されているため絶対に原子力事故は起きないと

する安全神話により 1200 億円の原子力損害賠償補償契約と原子力損害賠償責任保険契約のみに頼り

切っており、債務超過回避のリスクファイナンスすら確保されていなかった。今回、事故後に支援機構が

設立されたものの、債務超過回避のリスクファイナンスにとどまっている。 一方、アメリカでは、責任保険、事業者間相互扶助制度、政府による支援の三つからなる仕組みが構築

されており、原子力事故が起きて損害賠償が発生した際でも事故の当該事業者は事後的な支払いを一

切行わなくてよい16。これは万全なリスクファイナンスの体制がとられていると私たちは考えた。 また、東京リーガルマインド大学の鵜田正博氏は「原子力損害賠償責任と原子力保険の制度分析-原

子力損害賠償制度の日米比較論考と新たな制度枠組みの提言-」の論文において「日本における原子力

損害賠償制度は事業者に対して「無過失責任」と併せ「無限責任」を課している。しかし、原子力損害賠償

責任保険契約及び原子力損害賠償補償契約の補償額は 大で 1200 億円である。一方、アメリカにおい

ては、確かに「責任額に上限」があるが、しかし、総額は約 1 兆円である。経済的責任に対する制度の配

慮は日米間において差があることは明確である。また、アメリカの二次賠償措置である事業者間相互扶助

制度は事業者による自家保険の仕組みとなっている。自家保険システムは、リスクファイナンスシステム方

策である一方、不確実な将来の巨額な費用に備え、毎年準備金として積み立て、「不確実なコストを確実

なコストに置き換える」ことを可能にしている。この結果、費用問題が保険原理・機能を生かすことによって、

経済合理的に解決されている。」17と述べている。 このことから、私たちは今回アメリカの事業者間相互扶助制度を基にした支援機構の形を提案する。

(2) アメリカの事業者間相互扶助制度 ここでは、アメリカの事業者間相互扶助制度について詳しく触れていく。

アメリカでは、原子力施設の被許可者(運営者)は、一次損害賠償措置額として 3 億ドルの損害賠償責

任保険の締結が義務付けられ、この保険の保険金額を超える損害が発生したときには、二次賠償措置と

して事業者間相互扶助制度が設けられている。その超過額を遡及保険18料として、1 原子炉あたり 9580 万ドルを限度に運営者に割り当てられ、一次措置額 3 億ドルと二次措置額約 99 億 6000 万ドル(現在

104 基)の合計 102 億 6000 万ドルの損害賠償措置額を責任制限額とする有限責任を採用している。な

お、この2次措置額を超えて、被害者への補償が不十分な場合には、政府が資金を拠出することとなって

いる19。 アメリカは原子力事故が発生した際、責任保険だけでなく、各原子力事業者から一定の資金を徴収し、

当該事業者の損害賠償に充てる事業者間相互扶助制度、すなわち保険だけに頼らない賠償措置も取り

入れることにより、原子力事故に備えて約 1 兆円に及ぶ損害賠償資金を準備しているのである20。

(3) 日本が事業者間相互扶助制度を導入した場合 日本がアメリカの事業者間相互扶助制度を導入したと仮定して、原子力事故が起きた場合、まず原子

力損害賠償責任保険契約もしくは原子力損害賠償補償契約により 1200 億円が損害賠償に拠出される。

16 卯辰昇(1991)『現代原子力法の展開と法理論』日本評論社を参照。 17 鵜田正博(2011)「原子力損害賠償責任と原子力保険の制度分析-原子力損害賠償制度の日米比較論考と新たな制度枠

組みの提言」『社会科学論集』(5),51-52 を参照。 18 遡及保険とは、保険期間の始期が保険契約締結より前に定められた保険である(荒憲治郎・金森久雄・森口親司(1998)

『経済学辞典第3 版』有斐閣,733)。 19 社団法人日本原子力産業協会ホームページ「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』【7】保険だけによらない賠

償措置」(http://www.jaif.or.jp/ja/seisaku/genbai/genbaihou_series07.html)2012.1.10 を参照。 20 鵜田正博(2011)「原子力損害賠償責任と原子力保険の制度分析-原子力損害賠償制度の日米比較論考と新たな制度枠

組みの提言」『社会科学論集』(5),42-43 を参照。

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20

また損害賠償額が 1200 億円を超える場合には支援機構の積立金を拠出する。それでも足りない場合は、

当該事業者とその他の原子力事業者が互いに一定額の資金を追加で拠出し合い損害賠償にあてる、事

業者間相互扶助を導入することにより保険、補償、支援機構の積立金で賄えなかった分の賠償金の支払

いを可能にし、当該事業者の損害賠償の負担が軽減されるリスクファイナンスの仕組みが構築される。 (4) 事業者間相互扶助制度を導入しても残る未解決点 しかし、日本がアメリカの事業者間相互扶助制度を導入した場合、日本とアメリカの原賠法の相違点に

より次のような未解決点が残る。 原賠法において、日本では事故の当該事業者の損害賠償に対する責任を無限とする、無限責任がとら

れている21。つまり、当該事業者には発生した損害賠償全額を支払う義務がある。これに対して、アメリカ

では損害賠償額が上限額(約 102 億 6000 万ドル)を上回った場合、政府がその上回った分の損害賠償

を支援、措置することとなっている22。 このことから、将来、事業者間相互扶助制度を導入した日本において原子力事故が起こり、その損害

賠償額が保険、補償、支援機構の積立金、事業者間相互扶助の資金で賄えなえなかった場合は、不足

額全額を当該事業者が支払うこととなる。しかし、不足額が凄まじく巨額だった際、当該事業者の賠償責

任は無限であるため、債務超過手前の状態になる可能性があるという点が未解決となる。

(5) 条約によるリスクファイナンス 先に述べた事業者間相互扶助制度を導入してもなお残る未解決点に対する解決策として私たちは現

在、政府で加盟が検討されている23原子力損害の補完的補償に関する条約(Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage:以下「CSC」)への加盟を提案する。 CSC は原子力に関する国際条約であり、以下はその内容である。 ・作られた年:1997 年に IAEA で採択。 ・作られた目的:国内法の下で、損害賠償額を拡大する観点から原子力損害賠償体制を補完し、世界的

な責任制度を構築すること。 ・締約国:アメリカ、アルゼンチン、モロッコ、ルーマニア。 ・原子力損害の定義:死亡又は身体の傷害、財産の滅失又は毀損、経済的損失、環境損害の原状回復

措置費用、環境損害に基づく収入の喪失、 防止措置費用及びその措置から生じた損失・損害、環境

汚染によって生じたものではない経済的損失。 ・賠償責任限度額(賠償措置額):3 億 SDR24(約 513 億円)以上で設定。

原子力事故が起こった際、事故の当該国が設定した限度額を超えた額は加盟国が互いに支援金を拠

出し合い、援助する。 ・少額賠償措置額25:500 万 SDR 以上で設定。 ・免責事項:戦闘行為、敵対行為、内戦又は反乱、異常に巨大な天災地変26。 21 社会法人日本原子力産業協会ホームページ「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』【2】原子力損害賠償に関す

るリスクと原賠制度の目的」(http://www.jaif.or.jp/ja/seisaku/genbai/mag/shosai02.pdf)2012.1.6 を参照。 22 文部科学省ホームページ「原子力損害賠償制度について-国際的な観点を中心に-」 (http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81209c06j.pdf)2012.1.13 を参照。 23 文部科学省ホームページ「原子力損害賠償制度の在り方に関する検討会」 (http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/007/index.htm)2012.1.15 を参照。 24 SDR とは、国際通貨基金が定める計算単位であって、その操作及び取引のために利用される特別引出権をいう。 25 施設国は、原子力施設または関係する核物質体の種類およびこれらに起因する事故の想定される結果を考慮して、より

少額の事業者の責任を設けることができる。 26 多田望(2002)「原子力損害についての民事責任に関する改正ウィーン条約と原子力損害についての補完的補償に関す

る条約の仮約」『熊本法学』(101),71-79 を参照。

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21

では、なぜ日本はCSCに加盟していなかったのだろうか。その理由は、福島第1原発事故が発生する

まで、日本では国内で重大な原発事故が起こることは絶対あり得ないとする安全神話が根強く、むしろ国

外で原子力事故が発生し、日本側が越境被害を受ける場合を主に想定してきたためである27。 (6)CSC 加盟と事業者間相互扶助制度導入 ここで、私たちは課題への解決策の結論として、事業者間相互扶助制度の導入と CSC 加盟による新た

なリスクファイナンスの仕組みを提案する。具体的に私たちが提案するリスクファイナンスについて説明す

る。 将来、原子力事故による損害賠償が発生した場合、まず①原子力損害賠償責任保険契約または原子

力損害賠償補償契約により1200億円が支払われる。その1200億円で賄えなかった場合、保険と補償に

加え CSC で設定された賠償責任限度額までを②事業者間相互扶助制度により各事業者から拠出された

支援金で支払うこととなる。そして賠償責任限度額を超えた場合には、③CSCに加盟しているアメリカ、ア

ルゼンチン、モロッコ、ルーマニアの四カ国が互いに支援金を拠出し援助を受けることが出来る。 この私たちが提案する原子力事業者の新しいリスクファイナンスの仕組みにより、事故の当該事業者が

負うことになるであろう損害賠償の負担額は軽減され、原子力事業者はより十分なリスクファイナンスがと

れるようになると私たちは考える。 (7)CSC 加盟にあたっての課題

日本が CSC に加盟するにあたっては次のような課題があげられる28。

・拠出金支払のための体制

CSC においては、原子力損害が 3 億 SDR を超える場合に、すべての締約国は、一定の拠出金を

裁判管轄29を有する締約国に支払うことが義務付けられている。こうした拠出金を調達するため、新た

な制度を構築する必要がある。

・原子力損害の定義 CSC が原子力損害として定義している損害のうち、「環境損害の原状回復措置費用」、「防止措置に

よる損害」及び「環境汚染によって生じたものではない経済的損失」については、原賠法との関係が明

確でない部分もあるため、その整合性について整理する必要がある。

・裁判管轄権 CSC によると、締約国の領域内で原子力事故が発生した場合はその締約国のみに、締約国の領域

外で原子力事故が発生した場合は原子力施設所在地である締約国のみに裁判管轄権があることとな

り、管轄裁判所の確定判決については、他の締約国は承認・執行の義務を負うため、民事訴訟法・法

の適用に関する通則法について、これに対応した制度を構築する必要がある。

・賠償措置としての責任保険における制約 CSC によると、保険契約の解除の効力を事前の通知から 2 ヶ月経過した後に発生させること等が締

約国に義務付けられており、賠償措置としての責任保険契約の対応について検討する必要がある。

27 Asahi.com ホームページ「原発賠償条約、加盟を検討」 (http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105280573.html)2012.1.12 を参照。 28 文部科学省ホームページ「原子力損害賠償に関する国際条約への対応の方向性について(案)」

(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/007/shiryo/08081105/004.htm)2012.1.10 を参照。 29 裁判管轄とは、多数の裁判所間での裁判権(民事裁判権・行政裁判権・刑事裁判権)の分掌の定めのことである。特定の

裁判所からみれば、その行使できる裁判権の範囲(管轄権)の問題であり、特定の事件又は人からいえば、どの裁判所がそ

れを行使するか(管轄裁判所)の問題である(藤木英雄・金子宏・新堂幸司(1972)『法律学小辞典』有斐閣,345)。

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・拠出金受取のための体制 締約国がCSCに基づいて拠出金を支払った場合、責任を負う事業者が国内法に基づいて求償権30

を有するときは、拠出額の範囲内で締約国が求償権の利益を受けられるよう措置する必要がある。この

ため、原賠法の下で事業者が有する求償権について、裁判管轄を有する国が取得・行使し、拠出金を

支払った締約国に還元する仕組み等を整備する必要がある。

以上のような課題があげられる。これらの課題を見れば分かるように CSC に加盟するにあたり、原子力

に関係する法律を見直し整備することによって解決する課題が多いことが分かる。政府は今後、原賠法の

改正を行っていくことを名言しており31、この改正によりこれらの問題も少しずつではあるが解決されてい

き、CSC に加盟しやすい環境が整備されていくのではないだろうかと私たちは考える。 第5節 おわりに

本稿では、福島第1原発事故や東京電力の損害賠償の現状、原子力に関する法律、事業者の既存リス

クファイナンスについて調べ、事業者の損害賠償に対するリスクファイナンスにおける課題を探り、その対

応策について考察してきた。本稿を終えるにあたり、この課題を踏まえながら今後の原子力事故損害賠

償におけるリスクファイナンスへの対応策について再度整理しておく。 福島第1原発事故による被害は甚大であり、東京電力は巨額の損害賠償責任を負うこととなった。この

損害賠償額は総額4兆5000億円に達し、東京電力が支払うことが可能な限度額は2兆5000億円であり、

支払うことができない残りの2兆円を政府は支援機構を設立し東京電力に対し、資金援助することとなった。

この支援機構には事業者のリスクファイナンス的側面があると私たちは捉えた。しかしながら、私たちはこ

の支援機構には一つの課題があると考える。 その課題は、支援機構が事業者に提供するリスクファイナンスは債務超過回避のリスクファイナンスに

とどまっており、不十分であるという点である。この問題を解決するために私たちは原子力事業者のリスク

ファイナンスが万全にとられているアメリカの事業者間相互扶助制度に着目し、日本に事業者間相互扶

助を導入した際に発生するデメリットを補うために原子力に関する国際条約であるCSCに加盟することが

事業者のリスクファイナンスの向上へつながると考えた。 福島第1原発事故が発生して1年が経過しようとしている。原子力事故における損害賠償に関する法改

正や条約加盟の検討は現在も日々進んでおり、また原発廃止論も浮上している。今後、原子力発電がど

のような道を辿っていくのか、またこのまま原子力発電が継続された場合、原子力損害賠償に関する事業

者のリスクファイナンス、法改正、条約加盟はどのような方向に進んでいくのか注目していきたい。

30求償権とは、一般的には、一方の法律上の理由に基づき、特定の者に対して自分のした出捐の返還を求める権利のことで

ある(藤木英雄・金子宏・新堂幸司(1972)『法律学小辞典』有斐閣,150)。 31 asahi.com ホームページ「民自公、原賠法改正で大筋合意」

(http://www.asahi.com/politics/update/0721/TKY201107210336.html)2012.1.15 を参照。

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23

参考文献 ・荒憲治郎・金森久雄・森口親司(1998)『経済学辞典第 3 版』有斐閣. ・鵜田正博(2011)「原子力損害賠償責任と原子力保険の制度分析-原子力損害賠償制度の日米比較論

考と新たな制度枠組みの提言」『社会科学論集』(5),33-56. ・卯辰昇(1991)『現代原子力法の展開と法理論』日本評論社. ・大羽宏一(2000)「原子力災害と原子力損害賠償責任保険」『大分大学経済論集』51(6),21-47. ・大羽宏一(2011)「原子力発電所の災害に関する被害者救済策について」大谷孝一博士古希記念『保

険学保険法学の課題と展望』成文堂,729-744. ・亀井利明(2001)『危機管理とリスクマネジメント-改訂増補版-』同文館. ・佐藤大介(2008)「原子力損害賠償制度と原子力保険」『損保総研レポート』(85),1-22. ・多田望(2002)「原子力損害についての民事責任に関する改正ウィーン条約と原子力損害についての

補完的補償に関する条約の仮約」『熊本法学』(101),71-104. ・冨野克彦(2011)「原子力損害賠償制度を見つめ直す-制度の背景、仕組みとその課題」『日本原子力学

会誌』(53),698-700. ・広瀬研吉(1998)「世界の原子力開発における原子力損害賠償の体制と課題」『損害保険研究』

59(4),119-156. ・藤木英雄・金子宏・新堂幸司(1972)『法律学小辞典』有斐閣. 参考ウェブサイト ・経済産業省ホームページ「原子力損害賠償支援機構法」,

(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/taiou_honbu/pdf/songaibaisho_111003_03.pdf)2012.1.10.

・経済産業省ホームページ「原子力災害被害者に対する緊急支援措置について(原子力発電所事故によ

る経済被害対応本部決定)」,

(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/taiou_honbu/0415-4.pdf) 2012.1.12. ・原子力損害賠償支援機構ホームページ「機構の概要」,

(http://www.ndf.go.jp/soshiki/kikou_gaiyou.html)2012.1.6. ・国立国会図書館ホームページ「福島第一原発事故とその影響」,

(http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/pdf/0718.pdf)2012.1.17. ・社会法人日本原子力産業協会ホームページ「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』【2】原子

力損害賠償に関するリスクと原賠制度の目的」,

(http://www.jaif.or.jp/ja/seisaku/genbai/mag/shosai02.pdf)2012.1.6. ・社会法人日本原子力産業協会ホームページ 「我が国の原子力損害賠償制度の概要」,

(http://www.jaif.or.jp/ja/seisaku/genbai/mag/shosai10.pdf)2012.1.6. ・首相官邸ホームページ「原子力安全に関する IAEA 閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電

力福島原子力発電所の事故について-」,

(http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/04-accident.pdf)2012.1.8. ・日本原子力学会ホームページ「東京電力福島第 1/第 2 発電所の事故について 放射線のレベルにつ

いて(公表されている放射線量はどのような意味を持つのか)」,

(http://www.aesj.or.jp/info/pressrelease/pr20110316.pdf)2012.1.19. ・日本弁護士連合会ホームページ「福島第一原子力発電所事故による損害賠償の枠組みについての意

見書」,(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/110617_2.pdf)2012.1.14。 ・文部科学省ホームページ「原子力損害賠償制度について-国際的な観点を中心に-」,

(http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81209c06j.pd)2012.1.13. ・文部科学省ホームページ「原子力損害賠償に関する国際条約への対応の方向性について」,

(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/007/shiryo/08081105/004.htm)

2012.1.10.

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24

・内閣官房ホームページ「東京電力に関する経営・財務調査委員会報告の概要」, (http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keieizaimutyousa/dai10/siryou2.pdf)2012.1.12.

・内閣官房ホームページ「原子力損害賠償支援機構法案の概要」, (http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keieizaimutyousa/dai1/shiryou4-4houan.pdf)2012.1.6.

・asahi.com ホームページ「原発賠償条約、加盟を検討」, (http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105280573.html)2012.1.12.

・asahi.com ホームページ「民自公、原賠法改正で大筋合意」, (http://www.asahi.com/politics/update/0721/TKY201107210336.html)2012.1.15.

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保険金の課税関係

関西大学 徳常ゼミナール

中西浩二 久保田悠介

要旨 平成 22 年、生命保険にかかわる二重課税の裁判があった。この裁判は、長崎市の女性が、年金

払い生活保障特約付き終身保険契約を結ぶ夫の死亡保険金 6,300 万円を受け取る予定になった。

まず、死亡保険金6,300万円(4,000万円を死亡保険金として一時金として受け取り、残り2,300万円

を 10 年確定の年金払い)が相続財産として相続税が課税された。ところが、初年度の 230 万円の年

金に対して、税務署は年金を雑所得として所得税を課税した。ここで遺族である女性は、これを「二

重課税」であるとして、国税庁を相手に提訴した。そして判決が地裁と高裁と違っていたので、この裁

判に興味を持ち、この裁判は基本権と支分権が実質的・経済的に同一であるかどうかを研究すること

にした。

キーワード:二重課税、所得税、相続税、基本権、支分権 第 1 節 はじめに

保険契約者、被保険者と保険金受取人の関係によって保険金に課せられる税金のかかり方が変わるこ

とを研究していると生命保険にかかわる二重課税の判例に出会った。 平成22年、生命保険にかかわる二重課税の裁判があった。裁判の概要は長崎市の女性が、年金払い

生活保障特約付き終身保険契約を結ぶ夫の死亡保険金 6,300 万円を受け取る予定になった。 まず、死亡保険金 6,300 万円が相続財産として相続税が課税された。保険金の受け取りについて、

4,000 万円を死亡保険金として一時金として受け取り、残り 2,300 万円を 10 年確定の年金払い(230 万円

/年)とした。 ところが、初年度の 230 万円の年金に対して、税務署は年金を雑所得として所得税を課税した。ここで

遺族である女性は、これを「二重課税」であるとして、国税庁を相手に提訴した。 高裁判決前の相続税法と所得税法の課税上の扱いについては、相続税法 3 条 1 項 1 号1の規定に

より相続により取得した保険金については、その保険金は夫が全額保険料を負担したので、全額相続に

より取得したものとみなされる。また、年金の受給時時には収入金額は雑所得に区分されるものとして、所

得税の課税対象とすることとしていた。 その一方、所得税法 9 条 1 項 15 号(当時)2においては、相続、遺贈又は個人からの贈与により取得す

1 相続税法3 条1 項1 号(相続又は遺贈により取得したものとみなす場合)。

被相続人の死亡により相続人その他の者が生命保険契約(保険業法(平成七年法律第百五号)第二条第三項(定義)に規

定する生命保険会社と締結した保険契約(これに類する共済に係る契約を含む。以下同じ。)その他の政令で定める契約を

いう。以下同じ。)の保険金(共済金を含む。以下同じ。)又は損害保険契約(同条第四項 に規定する損害保険会社と締結し

た保険契約その他の政令で定める契約をいう。以下同じ。)の保険金(偶然な事故に基因する死亡に伴い支払われるものに

限る。)を取得した場合においては、当該保険金受取人(共済金受取人を含む。以下同じ。)について、当該保険金(次号に

掲げる給与及び第五号又は第六号に掲げる権利に該当するものを除く。)のうち被相続人が負担した保険料(共済掛金を含

む。以下同じ。)の金額の当該契約に係る保険料で被相続人の死亡の時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相

当する部分。 2 所得税法9 条1 項15 号(非課税所得)。

相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの{相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)の規定により相続、遺贈又

は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。

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るものについては所得税を課さないものとし、一時金により取得した保険金については相続税のみ課税

し、所得税を課税しないこととしていた。 この裁判の争点は、相続税法 3 条 1 項 1 号の保険金が、保険金として受け取る現金を指すのではなく

保険金を請求権する権利を意味し、さらに請求権は基本権と支分権に分けられるかどうかである。支分権

に基づく年金が所得税法 9 条 1 項 15 号の年金に該当するかどうかである。 この裁判の長崎地裁、福岡高裁と 高裁の判例を見てみると長崎地裁と福岡高裁の判決が違ってい

た。 地裁は基本権と支分権を分けることができないので、年金も相続税法3条1項1号の保険金に該当し、

基本権と支分権は実質的・経済的に同一であるので、年金に所得税を課するのは、非課税所得として所

得税法 9 条 1 項 15 号に違反し、二重課税に当たると判決を下した。 しかし、高裁では基本権と支分権を別々の権利であるので、基本権と支分権は実質的・経済的に同一

でないので、年金は相続税法 3 条 1 項 1 号の保険金に該当しないとして、年金に所得税を課するのは、

非課税所得として所得税法 9 条 1 項 15 号に違反せず二重課税に当たらないと判決を下した。 第2節 二重課税に関する判例研究 2-1 本件の概要

原告の夫は生命保険会社との間で、契約者及び被保険者を夫、受取人を原告とする年金払生活保障

特約付終身保険契約を締結し、その保険料を全額支払っていた。この保険契約では、保険事故が発生し

た場合に主契約に基づいて支払われる一時金に加え、生活保障のため特約年金が支払われる特約が

付されており、原告は保険事故が発生すると 10 年間にわたって年金額 230 万円を受け取ることができる

契約となっていた。 原告は夫の死亡により死亡保険金 4,000 万円を受け取る権利と、年金払生活保障特約年金として、

230 万円ずつ受け取る権利を取得した。そこで、原告は生命保険会社に対し死亡保険金および年金の

請求を行い、死亡保険金 4,000 万円および年金 230 万円に配当金 2 万 649 円を加えた合計 4,232 万

649 円から、契約貸付金19 万5,000 円、同貸付金利息2,104 円および源泉徴収税額22 万800 円を差

し引いた 4,190 万 2,745 円の支払いを受けた。 原告は、所得税の確定申告に当たり、本件年金を除外していたところ、税務署長は、本件年金230万円

から必要経費 9 万 2,000 円を差し引いた 220 万 8,000 円が原告の雑所得に該当するとして所得税の更

正処分をした。しかし、原告は夫を被相続人とする相続税の申告書を提出し、その申告にかかる相続財

産には本件年金受給権の総額 2,300 万円に相続税法 24 条3の定期金に関する権利の評価により定めら

れた評価額 1,380 万円を含めていた。 両者の主張について比較してみる。原告の主張は、相続税法3 条1 項1 号の「保険金」とは、基本権と

支分権の両方と支分権に基づき支払われる年金のすべてを含むものである。そのため、特約年金には

既に相続税が課されているため、これに対し所得税を課すことは二重課税である。また、「保険金」を受給

権と取得する金銭とに区分するものと考えることは困難である。所得税法 9 条 1 項 15 号において、相続

等により取得したものについては所得税が課されないこととされている。そのため、特約年金のみが所得

税の課税対象となっているのは不合理であると主張した。 被告の主張は、相続税3 条1 項1 号に規定する「保険金」は保険契約に基づく死亡保険等の受給権を

意味するものであり、現実に取得する金銭を意味するものではない。また、年金の取得は年金受給権に

3 相続税法24 条(定期金に関する権利の評価)。定期金給付契約で当該契約に関する権利を取得した時において定期金

給付事由が発生しているものに関する権利の価額は、次に掲げる金額による。1.有期定期金については、その残存期間に

応じ、その残存期間に受けるべき給付金額の総額に、次に定める割合を乗じて計算した金額。ただし、1年間に受けるべき

金額の 15 倍を超えることができない。残存期間が5年以下のもの 100 分の 70, 残存期間が5年を超え 10 年以下のもの 100 分の 60, 残存期間が 10 年を超え 15 年以下のもの 100 分の 50, 残存期間が 15 年を超え 25 年以下のもの 100 分

の 40, 残存期間が 25 年を超え 35 年以下のもの 100 分の 30, 残存期間が 35 年を超えるもの 100 分の 20。

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基づく権利ではあるが、一定期日の到来により生み出された支分権であり、受給権とは異なる権利に基

づいて取得したものである。相続税の課税の際に年金保険の相続財産としての評価額(相続財産の評価

としては 2,300 万×60÷100=1,380 万円となる。)は、将来取得する年金総額 2,300 万円と異なる。 そのため、相続においては年金受給権に対して相続税を課税し、受給権とは異なる年金の取得につ

いては、取得時に所得税を課税するのは二重課税ではない。所得税 9 条 1 項 15 号に規定する非課税

規定は、相続という同一の原因により相続税と所得税を課税することを回避し、相続税のみを負担させる

という趣旨であり、被相続人の死亡後に実現する所得に対して課税をしないという趣旨ではない。 二重課税とは同一の課税物件に対して課税が重複することを意味するので、相続税が人の死亡や贈

与により財産が移転する機会にその財産に対して課税するものであり、所得税は個人の所得に対して課

税するものであることから、二重課税に該当するとは必ずしもいえないと主張した4。 2-2 論点整理 相続税法 3 条 1 項 1 号に規定する「保険金」の内容と所得税 9 条 1 項 15 号に規定する非課税規定の

趣旨とが主要な論点となっているということができる。 相続税法 3 条 1 項 1 号で規定されている「保険金」が、基本権と支分権をあわせた受給権を指すもの

なのか、基本権のみを指すのかが論点となり、国税庁は、「保険金」は基本権のみを指すという見解であ

る。 所得税法 9 条 1 項 15 号では相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものについては所得税を

課税しないこととしている。この課税しないものには夫の死亡時に発生するものが含まれるかどうかが論

点となり、国税庁は、夫の死亡後に発生した財産・所得については非課税規定の適用はないという見解

である。 2-3 長崎地方裁判所の判決5 平成 18 年 11 月 7 日、長崎地方裁判所は、特約年金は年金取得時に受給権が行使され、年金受給権

が徐々に消滅してゆくものである。また、相続財産としての特約年金の計算は将来取得する年金総額を

現価に引きなおしたものであるから、特約年金に対して相続税と所得税を課することは、実質的・経済的

に同一の資産に対する課税となる。相続税法3 条1 項1号は、実質上相続によって財産を取得したのと

同様の形で財産を取得した場合には、相続税を課することとし、所得税法9 条1 項15 号は、そのように

相続税を課することとした財産には二重課税を避けるために所得税を課税しないこととしている。 そのため、相続により取得したものとみなされて相続税を課された財産と実質的・経済的に同一のもの

と評価される所得については、法的に異なる権利であっても所得税を課することは二重課税となり認めら

れないと判決を下した。 2-4 福岡高等裁判所の判決6 国税庁側は、新たな主張として、所得税法第9条1項15号の立法の際に、年金は所得税の課税対象と

考えられていた。それは税制調査会の昭和 38 年 12 月 6 日の「所得税法及び法人税法の整備に関する

答申」の中で明確になっている。相続税法 3 条 1 項 1 号の立法の際も、みなし相続財産である年金受給

権にもとづき毎年支払われる年金は所得税の対象であると予定していた。 また所得税法 207 条7で、年金について源泉徴収することにしている。これは所得税が課税されることを

4 長崎地方裁判所「所得税更正処分取消請求事件」。(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070410174433.pdf) 5 長崎地方裁判所「所得税更正処分取消請求事件」。 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070410174433.pdf) 6 福岡高等裁判所「所得税更正処分取消請求控訴事件」。

(http://kanz.jp/hanrei/data/html/200710/20080623102751.html) 7 所得税法207条(源泉徴収義務)。居住者に対し国内において第七十六条第三項第一号から第四号まで(生命保険

料控除)に掲げる契約、第七十七条第二項(損害保険料控除)に規定する損害保険契約等その他政令で定める年金に

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予定しているからである。仮に年金が非課税所得だということになると、源泉徴収自体が誤りということに

なり、そうなると誤って源泉徴収された税の還付を受けることはできないことになる。 この主張に対して遺族側は、所得税法 207 条の源泉徴収の規定が存在することを理由として、所得税

法35 条8の雑所得かどうかの判断の元となるものではない。所得税法207 条は年金に対して一律に源泉

徴収する規定であるから、その年金が非課税所得(給与支払いの際、支払者は源泉所得税を徴収するが、

毎月の給与が少なく、年末調整をしても税額が出ない人でも、特定の月に残業などがあって給与が多い

月は、徴収されるべき源泉所得税額が出るので源泉徴収しなければならない。 つまり、結果的に課税されなくても、非課税であっても、そこに経済的利益として支払いがあれば、法

律に従って源泉所得税を徴収しなければならないということになる。)であっても、年金を払う保険会社に

は源泉徴収義務がある。だからこの源泉徴収は誤って徴収されたものではない、だから源泉徴収された

税金は還付を受けることができる。 平成 19 年 10 月 25 日、福岡高等裁判所は、所得税法 207 条の年金に対する源泉徴収の規定は、そ

の年金が支払を受ける者に所得が生じることを当然の前提としている。 所得税法・相続税法の立法時の見解は、年金受給権は相続財産として時価により評価して相続税を課

税し、年金の支払を受ける時は保険料を控除した残額に所得税を課税することになっており、所得税と相

続税は別個の税体系の税なので、二重課税の問題はないとしていた。 所得税法9 条1 項15 号は、相続税法3 条1 項1 号により相続により取得したものとみなされる財産に

対して所得税を課税しないという趣旨である。そのため、相続により取得したとみなされる財産により、夫

の死亡後に実現する所得に対して所得税を課さないということを意味するものではない。相続税法 3 条 1項1 号に規定する「保険金」は保険金請求権を意味する。そのため、所得税法9 条1 項15 号により課税

対象とならない財産は保険請求権という権利を意味する。 以上から、夫の死亡後に取得する特約年金は、相続税法 3 条 1 項に規定する「保険金」に該当せず、

所得税法9条1項15号の適用はない。よって、特約年金に対して相続税と所得税を課することは別個の

財産・所得に対してそれぞれの税を課することになるため、二重課税にあたらないと判決を下した。 2-5 高裁判所の判決9 平成22 年7 月6 日、 高裁判所は、所得税法9 条1 項15 号の「相続、遺贈又は個人からの贈与によ

り取得するもの」とは、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指す。当該財産の取得によりその

者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値であり、これは相続税

の課税対象となる。 そのため、所得税法9 条1 項15 号は同一の経済的価値に対して相続税を課さないことにより、相続税

と所得税の二重課税を排除したものと考えられる。相続税法3 条1 項1 号の保険金には特約年金が含ま

れる。そして、この場合の特約年金は年金受給権を意味する。年金受給権には相続税が課され、その相

続財産としての価額は、将来にわたって受け取る年金の額を相続時における現在価値に引きなおした金

額の合計額である。 そのため、年金の各支給額のうち上記の現在価値に相当する部分は相続税の課税対象となる経済的

価値と同一のものであるということができ、所得税の課税対象とならないと判決を下した。 2-6 高裁判決後の国税庁の対応 係る契約に基づく年金の支払をする者は、その支払の際、その年金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する

月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。 8 所得税法35 条(雑所得)。雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、

譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。 9 高裁判所「所得税更正処分取消請求上告事件」。 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100706114147.pdf)

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高裁の判決を受けて国税庁は、これらの「保険年金」について、税務上、次のように取扱いを変更す

ることとした。 変更前は、各年の「保険年金」の所得金額(年金収入額-支払保険料)の全額に所得税を課税してい

た。(図 2‐1 参照。)

図 2‐1 高裁判決前の税務上の取扱い

出所)国税庁「相続又は贈与等に係る生命保険契約等に基づく年金の税務上の取り扱いの変更等の方向性について」を参

考に作成。

変更後は、各年の「保険年金」を所得税の課税部分と非課税部分に振り分け、課税部分の所得金額

(課税部分の年金収入額-課税部分の支払保険料)にのみ所得税を課税することにした。(図 2‐2 参

照。)

図 2‐2 保険年金の課税・非課税部分の振り分け

出所)国税庁「相続又は贈与等に係る生命保険契約等に基づく年金の税務上の取り扱いの変更等の方向性について」を参

考に作成。

「保険年金」支給の初年は全額非課税で、2 年目以降、非課税部分が徐々に減少していく簡易な計算

方法により所得税非課税部分を算定する。(支給開始年から終了年に向けて、非課税部分は、段階的に

減少していくことになる。) このように取扱いを変更し、平成 17 年分から平成 21 年分の各年分について所得税が納めすぎとなって

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いる人については、その納めすぎとなっている所得税が還付となる10。 第 3 節 問題点の把握 3-1 相続税法と所得税法の関係 今回の争点は、同一の財産や利益が、所得税と相続税との双方により同時に課税されることも起こりうる、

いわゆる二重課税の問題である。そこで制度上、相続税の対象となった所得は、所得税法 9 条 1 項 15号で非課税とされている。具体的には、所得税法には明記されていないが、相続税法によりみなし相続

財産とされていることにより非課税とされるものがある。被相続人が本来所有していた財産ではないが、被

相続人の死亡に伴って相続人が他の者から財産を取得する。例えば、死亡に伴う生命保険金、退職手当

金、定期金などである。これをみなし相続財産という11。 現行の所得税法と相続税法の解釈としては、相続税は移転に対する課税であり、それとは別途、所得の

発生に対する所得税があるということである。 高裁判決前の課税上の扱いについて、相続税法3 条1 項1 号により相続により取得した保険金につ

いては、夫が負担した保険料に対応する部分については、相続により取得したものとみなされる。また、

特約年金の取得時には収入金額が雑所得を構成するものとして、所得税の課税対象とすることとしてい

た。 その一方、所得税法 9 条 1 項 15 号においては、相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するものに

ついては所得税を課さないものとし、一時金により取得した保険金については相続税のみ課税し、所得

税を課税しないこととしていた。 本件判決を課税関係から整理すると次のようになる。相続税は、本件判決は相続税に関してはこれまで

の課税関係をそのまま踏襲した。所得税は、毎年受ける年金についてはこれまでの課税関係をくつがえ

し、次のように判示した。まず、本件各年金を元本部分と運用益部分に分け、その上で本件各年金の元

本部分については同一の経済価値に対する相続税と所得税との二重課税であるとし、これを排除するた

め、所得税では本件各年金の元本部分は非課税所得となる12。 3-2 基本権と支分権 基本権は、年金の決定を受けてから初めて具体的に確立される年金を受ける基本的な権利をいい、誰に

年金を年額いくら支払うかということをいう。 支分権は、年金の基本権(年金の受給権)によって年金の支払期月ごとに年金の支払いを受ける権利

を支分権という13。 年金受給権は、基本権に該当し、年金は支分権に該当するということが言える。支分権というのは、年金

受給権によって認められたものを毎年支給するように求めることのできる権利であって、基本権というのは、

支分権を束ねたものに過ぎないのではないか。 支分権は、本件年金受給権の部分的な行使権であり、これが行使されることによって基本的な権利であ

る本件年金受給権が徐々に消滅していくことからみても、年金受給権と特約年金は本質的には同じものと

考えるのが妥当であると考える14。

10 国税庁「相続又は贈与等に係る生命保険契約等に基づく年金の税務上の取り扱いの変更等の方向性について」。

(http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h22/sozoku_zoyo/pdf/9382.pdf) 11 佐々木秀一(2006), p.26。 12 真法律会計事務所「年金保険に関する判決について」。. (www.makotolaw.com/law/law-pass/zei/Z100720.pdf) 13 NPO 法人地域高齢者支援協会 年金用語解説。(http://www.tasukeai-net.jp/50on-index-01.htm) 14 三木義一、大垣尚司(2006)。

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3-3 実質的・経済的に同一とする判断基準 本件年金と一時金の差は、受取人の選択した支払方法の差にあるといえる。支払方法の差で、実質的・

経済的に同一ではないというのは無理があるのではないか。 死亡保険金を一時金で受け取った場合には、相続税のみ課税が行われるのに対して、年金で受け取る

場合には、相続税のほかに所得税が課税される、年金で受け取った場合との比較からすると、公平を欠く

ことになる。このような場合、一時金と年金で課税上の差異を設けるべきではないと考える。同じ相続税が

課された相続財産が、なぜ、受け取り方の違いによって所得税が非課税になる場合と課税になる場合が

生じるのか。 また、みなし相続財産に対する相続税課税が、実質的にみて同様の経済的効果のあるものに対する租

税負担の公平性や相続税および所得税を通じた整合性のある課税を考えるにあたって、支払方法の差

により一時金と年金とを区別して課税するのは適切ではないと考える。 さらに、債権の本質には、基本権と支分権があり、確かに、年金受給権とそれに伴う支分権は、法律上は

異なる権利である。しかし、支分権は基本権である年金受給権に基づいて発生するものであるから切り離

すことはできず、まったく独立したものとはいえないと考える。年金受給権が年金を受け取る基本権をさす

ものである一方、受給権に基づいて支払いの時期ごとに発生する年金を受け取る権利は支分権とされる。

両者をまったく別個のものであるとする見解には無理があるのではないか。年金受給権と特約年金にお

ける基本権と支分権は、経済的・実質的に同一視できるものであると考える。 よって、「受給権のうちの基本権」、「受給権のうちの支分権」、「支分権に基づく本件年金」のすべてが、

相続税法3条1項1号の保険金に該当するものであると考える。このように考えると、実質的・経済的に同

一の課税物件に二重に課税するのは適切ではないとする長崎地裁・ 高裁判決は妥当であると考えら

れる15。 第 4 節 おわりに

高裁判決は「年金の現在価値相当部分にかかる所得税を、特別に免除したものであるとも評価できる。

高裁が、このような結論を採用した理由は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対して

は所得税を課さないこととする所得税法 9 条 1 項 15 号の規定を無視できなかったためではなかろうか。

高裁判決は、国が年金への所得課税を認めるための法律上の手当てを怠ってきたことを、痛烈に批判

したものであるとも言えよう16。」と大石(2011)は述べている。 このようにこれまで考察してきた内容を整理すると、二重課税の防止としての非課税所得となる財産であ

ることを、相続税法 3 条 1 項 1 号や所得税法 9 条 1 項 15 号の検討を行うことで明らかにしてきた。相続

税の対象である基本権と所得税の対象である支分権に基づいて支払われる年金は、基本権である年金

受給権に基づいて発生するものであるから切り離すことはできず、まったく独立したものとはいえないた

め実質的・経済的に同一であると考えられる。 したがって、特約年金に対しての課税は、適切ではないとした長崎地裁・ 高裁判決は妥当であるという

結論に至った。 引用・参考文献一覧 裁判所 長崎地方裁判所「所得税更正処分取消請求事件」, (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070410174433.pdf). 裁判所判例 Watch 福岡高等裁判所「所得税更正処分取消請求控訴事件」, (http://kanz.jp/hanrei/data/html/200710/20080623102751.html).

15 橋口聡子(2008)。 16 大石篤史(2011),p.8。

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・裁判所 高裁判所「所得税更正処分取消請求上告事件」, (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100706114147.pdf). ・国税庁,(http://www.nta.go.jp/). ・所得税法,(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S40/S40HO033.html). ・相続税法,(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO073.html). ・NPO 法人地域高齢者支援協会『年金用語解説』, (http://www.tasukeai-net.jp/50on-index-01.htm). ・公益財団法人生命保険文化センター, (http://www.jili.or.jp/knows_learns/basic/tax/receives.html). ・国税庁「相続又は贈与等に係る生命保険契約等に基づく年金の税務上の取り扱いの変更等の方向性

について」, (http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h22/sozoku_zoyo/pdf/9382.pdf). ・公益財団法人生命保険文化センター「受け取るとき、税金はどうなる?」, (http://www.jili.or.jp/knows_learns/basic/tax/receives.html). ・公益財団法人生命保険文化センター「Q保険金などを受け取ったときの税金は」, (http://www.jili.or.jp/knows_learns/q_a/tax/tax_q1.html). ・KSC 会計事務所 税理士 溝江諭「一筆啓上」, (http://www.soumunomori.com/column/article/atc-112413/). ・総務の森 - 税理士 溝江諭「年金生命保険の二重課税 高裁判決の問題点」, (http://www.soumunomori.com/column/article/atc-113213/). ・大和総研「年金型生命保険の二重課税問題についての論点整理」, (www.dir.co.jp/souken/research/report/law-research/tax/10081601tax.pdf). ・真法律会計事務所「年金保険に関する判決について」, (www.makotolaw.com/law/law-pass/zei/Z100720.pdf). ・榊原正則(2011),「平成 23 年度版 保険税務のすべて」新日本保険新聞社. ・榊原正則(2010),「増補改訂新版 相続と生命保険」新日本保険新聞社. ・佐々木秀一(2006),「相続税・贈与税の知識<第 5 版>」日経文庫. ・三輪厚二(2010),「Q&A 生命保険・損害保険の活用と税務」清文社. ・三木義一、大垣尚司(2006),「年金受給権と年金の課税関係」『立命館法學』309. ・橋口聡子(2008),「生命保険契約に基づく年金の課税関係」『第 17 回租税資料館賞受賞論文集』. ・辻美枝(2010),「生命保険をめぐる相続税法および所得税法上の諸問題」『税大ジャーナル』13,65~89. ・稲村健太郎(2011),「包括的所得概念における所得税と相続税の関係-年金二重課税事件を素材とし

て-」『東京経大学会誌』270,39~49. ・葭田英人(2011),「生命保険年金に対する相続税と所得税の二重課税問題- 高裁平成 22 年 7 月 6日判決の検討」『法律時報』6 月号,94~98. ・大石篤史(2011), 「生保年金二重課税 高裁判決の意義と課題」『ジュリスト』11/1 号,4~11. ・渕圭吾(2011),「相続税と所得税の関係 - 所得税法 9 条 1 項 16 号の意義をめぐって」『ジュリスト』

11/1 号,12~18. ・渡辺充(2011), 「生命保険年金二重課税訴訟」『判例評論』624,169~175. ・三木義一(2010), 「 高裁年金二重課税判決の論理と課題」『税経通信』9 月号,17~25. ・浅妻章如(2010), 「生命保険年金 二重課税事件」『法学教室』362,45~52. ・山内恒人(2010), 「年金受取型死亡保険の二重課税問題」『金融財政事情』2895,32~36.

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東日本大震災と地震保険

関西学院大学 商学部 岡田太志ゼミナール

稲垣賢人 北浦康次 今別府俊成 三井亜衣子 北川洋介 田渕浩太郎 大盛健司 千種裕文 石倉悠偉 泊 博之 福原悠介 渡邊明日香 神代 悠 金城 諒

要旨

地震保険、生命保険、建物更生共済、社会保障などが地震に係るリスクを保障している。しかし、

その水準は十分ではない。この問題について、われわれは、地震保険の判定基準をより細分

化し、地震保険の一部強制保険化を提案する。 キーワード: 地震保険 判定基準 自己責任 社会責任 強制保険

1.はじめに 2011 年3 月11 日、東日本大震災の発生により人的にも物的にも大きな被害が生じた。人的には死者・

行方不明者合わせて 2 万人弱の被害1、物的には原発事故や液状化などの被害で建築物等だけでも約

10 兆 4000 億円の損害2、経済的には東京での一極集中の問題や二重ローン、放射能漏れ、サプライチ

ェーンの遮断、電力不足、それらに伴う工場等の海外移転などといった問題が生じた。そこで我々は国で

さえ手を焼くこれらの地震リスクから一番小さな経済主体である家計はどのような制度により守られている

のだろうか、そしてその制度は充分に機能しているのだろうかという問題意識の下で研究を行った。 まず我々は地震リスクを保障するものに着目した。それに該当するものとして一般的には地震保険や生

命保険、建物更生共済、社会保障などがある。しかし我々は、建物更生共済は将来の生活保障であるが、

共済は組合員でなくとも入ることはできるが組合員でないと、少額の保障しかなく国民全体の地震リスクを

保障しきれていないという理由、生命保険は被保険者が亡くなった際の残された家族の生活を保障する

のみで被災者の生活を保障しているわけではないという理由により今回は研究対象から外した。(ここで

いう将来の生活とは建物の再建・修繕費のことである。)そして我々は、被災者の将来の生活を保障して

いる地震保険と被災者の復興時の生活を保障している社会保障に焦点を当てた。地震保険は任意の保

険であり地震リスクに対し自己責任的性格を持ち、自らが加入しなければ保障はされない。社会保障はそ

の名の通り社会責任的性格を持ち国民全員が保障を受ける権利を有する。 我々はこの二つの制度について詳しく調べていくうちに、これらの保障では地震リスクを保障すること

ができないと考察した。その理由としての一つは、現行の地震保険には加入するインセンティブを国民に

与えるような魅力がないことにより加入率が低く、この保障を受ける人がごく少数であるということである。も

う一つは、現行の社会保障の財源はとても脆弱なものであるため次に大きな地震などの被害が生じた場

合、給付金が支払われない可能性があるということである。 そこで我々はそれらの問題に対処するために現行の地震保険に改善を加え、さらに新しく強制地震保

険を提案する。強固な財源を確保することのできる強制地震保険により、しっかりした生活保障の基盤を

作り、さらにその上に、より保障が手厚くなった任意の地震保険を置くことにより、地震リスクに対応できる

二段構えの社会インフラの創設を提言する。

1 内閣府(2011) website「防災情報のページ」参照。 2 同上。

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2.東日本大震災の被害状況3

まず東日本大震災の被害状況の報告について、脚注をもとにし、詳しく説明する。今回の震災は M9.

0と世界で見ても第4 位のとても大きな地震であった。2011 年12 月13 日現在の内閣府の発表で、死者

15841 名、行方不明者 3485 名、負傷者 5890 名、建築物被害は全壊 126349 戸、半壊 227453 戸、一

部破損 643442 戸となっている。 今回の震災における被害総額は約 16 兆 9 千億円で、このうち建築物のみで約 10 兆円もの被害を出し

ているのである。 次に保険金・共済金の支払見込額と支払実績について報告する。今回は家計向けの地震保険、地震

保険以外の保険、共済金の3つのデータである。家計向け地震保険から支払見込額は 9700 億円、支払

実績が 1 兆 5000 億円、地震保険以外の保険は同様に 6000 億円に対して 700 億円、共済金は 9000億円に対して、6000 億円となっている。(2011 年 7 月 19 日現在)このデータから言えることとして、今回

の震災の被害総額に対して支払保険金は約1兆8000億円となっており、地震被害の補償が充分に行わ

れているとは言いがたいことがわかる。それゆえ地震保険は将来の生活を保障する制度としての機能が

果たされているとは言えないだろう。 続いて地震保険の加入率について報告する。2010 年と 2011 年の 1 月~5 月の加入率を比較する。

データより、2月から4月にかけて加入率10パーセント以上伸びていることがわかる。これは、2010年に

は岩手県沖地震が3月に発生し、2011年には東日本大震災が同様に3月に発生している。つまり、地震

が発生すると注目をあびる地震保険は発生後 2 ヶ月ほど加入率が大幅に伸びる。しかし、それは一過性

のものであり、すぐに時間がたてば、また加入率は落ち着きを見せる。 現行の地震保険は、継続して加入率が上昇し続けるものではなく、結果として、不意に起こってしまう

今回のような大震災に対応できなくなっている。我々消費者側の自助努力の少なさを反映していると言え

るだろう。データから言える地震保険の課題として加入率が上がらないのは保険料が高いわりに、保険金

として支払われる額が少ないことによる地震保険の割高感を国民が感じてしまうことあげられる。 そこで私達は、前にも触れたように現行の地震保険には加入するインセンティブを国民に与えるような魅

力(選好)がないと考える。 3.地震保険歴史的沿革と現状 (1)地震保険の歴史的沿革

まず地震保険が創設された経緯について説明する。1923 年に関東大震災が発生し、全壊家屋 12 万

8266 棟、半壊 12 万 6233 棟、全焼 44 万 7128 棟と甚大な被害をもたらした4。この時点で地震保険はま

だ存在せず、火災保険にも地震の免責があり、地震被害を補償するものはなかった。その際政府は被災

保険契約者に対し保険金額の1割以下を保険金としてではなく震災見舞金として保険会社に支払わせた。

これにより保険業界から出ていく保険会社もあった。またこの程度の補償額では少なすぎるという意見が

多く生じ、その結果、地震保険の官営化の要求があった。しかし、当時は民営化を推進していたということ

や官営化することによる経済活動の縮小などを理由に外国からの反発を受けて実現されなかった。 1948年には福井地震が発生し、全壊3万5437棟の被害が生じ、さらに地震保険への社会的要請が高

まった5。そこで地震保険に関して立案されたが、政府による再保険の目途が立たないという問題によりこ

れも実現されなかった。 1964 年には新潟地震が発生し、全壊・全焼1772 棟の被害が生じた6。これを機に 1966 年に地震保険

3 内閣府(2011) website「防災情報のページ」『被害状況等』参照。 4 黒木(2003) pp.23-24 参照。 5 黒木(2003) p.45 参照。 6 黒木(2003) p.46 参照。

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が創設された。当時損保会社に資金が 3700 億円しかなかったのでリスク分散が必要となり、地震保険の

内容は対象を住宅物件に限定した全損のみを担保するものでさらに損害填補額に限度を設け、政府に

よる再保険を実施するというものとなった7。 創設後 1978 年に宮城県沖地震が発生し、全壊家屋 1383 棟、半壊 6238 棟、一部損 12 万 7476棟の被害が生じたが、地震保険に加入しており全損と認められたのは185件で保険金は2億6208万円しか支払われなかった8。これに対し農協共済の建物更生共済は支払件数 1 万 5590 件、支払金額

28 億 9817 万円を支払っていた。これにより全損担保のみでは十分に補償できていないという批判がな

され、半損も担保するようになった9。 しかし、その後千葉県東方沖地震(1987 年)や伊豆東方沖群発地震(1989 年)が発生した際も建物更

生共済の支払額は地震保険の支払額を大きく上回った。その原因として一部損担保の有無があげられ、

その後地震保険は一部損担保を導入した。 その後 1995 年に阪神淡路大震災が発生し全壊家屋 10 万 282 棟、半壊 10 万 8402 棟、一部損壊 18万 5756 棟と甚大な被害が生じた10。この地震における地震保険の一番の問題点として加入率が低かっ

たことがあげられ、それが原因で保険金支払額は 766 億円に止まった11。そして、震災後大きく4つの改

正がなされた12。①支払限度額を建物に関しては1000万円から5000万円、生活用動産に関しては500万円から 1000 万円に引き上げた。これは、建物の再建資金として不十分であるという非難が多かったた

めである。②総支払限度額を1兆 8000 億円から 3 兆 1000 億円に引き上げた。③生活用動産の損害査

定を生活用動産を収容する建物の損害に応じて査定していたが分離させて査定することとした。その理

由としてはマンションなどの高層住宅の場合、収容建物が無傷であったとしても生活用動産が損害を受

けることが多いなどがあげられる。④保険料率が建物に関しては平均 8%下がり、家財に関しては平均

31%上がった。その理由としては支払保険金が上がることを見越して保険料の増大が必要だということが

あげられる。 (2)現状の地震保険制度13

現在の地震保険の制度について確認していく。地震保険は、「地震・噴火またはこれらによる津波を原

因とする火災・損壊・埋没または流失による損害を保障する地震災害専用の保険」と定義されており、保

障の対象は建物と家財、契約方式は火災保険に付帯する方式での契約となる。(既に火災保険を契約し

ている場合、契約期間の中途からでも地震保険に加入可能)火災保険単独では、地震を原因とする火災

による損害や、地震により延焼・拡大した損害は補償されない。補償内容は火災保険金額の 30~50%の

範囲内で、加入者による選択が可能である。ただし建物は5000万円、家財は1000万円が補償の限度と

なっている。支払については保障の対象となる建物、家財が全損、半損、または一部損となった際に、そ

れぞれ保険金額の 100%、50%、5%の保険金が支払われる。 また地震保険は、地震などによる被災者の生活の安定に寄与することを目的としており、民間保険会社

が負う地震保険責任の一定額以上の巨額な地震損害は政府が再保険することによって成り立っている。

このことから極めて公的な性格を持つ保険であるといえる。 (3)現状の地震保険の耐震割引制度14

7 黒木(2003) pp.48-49 参照。 8 黒木(2003) pp.52-53 参照。 9 黒木(2003) p.53 参照。 10 黒木(2003) p.62 参照。 11 黒木(2003) p.65 参照。 12 以下、4 つの改正については黒木(2003) pp.63-68 参照。 13 財務省website「地震保険の概要」参照。 14 財務省website(2011)「割引制度」参照。

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建築年割引、耐震等級割引、免新建築物割引、耐震診断割引の 4 つの割引制度があり、建物の建築

年数、耐震性能によって 10~30%の割引がある。ただし重複しての利用は不可。

建築年割引 昭和 56 年 6 月 1 日以降に新築された建物である場合 10%

耐震等級割引

「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に規定する日

本住宅性能表示基準に定められた耐震等級、または「耐

震診断による耐震等級の評価指針」に定められた国土交

通省による耐震診断による耐震等級を有している建物で

ある場合

耐震 等級 1

10%

耐震 等級 2

20%

耐震 等級 3

30%

免震建築物割引 住宅の品質確保の促進等に関する法律に基づく免新建築

物である場合 30%

耐震診断割引 地方公共団体等による耐震診断または耐震改修の結果、

建築基準法(昭和 56 年 6 月 1 日施行)における耐震基準

を満たす建物である場合 10%

(4)現行の地震保険の問題点

現行の地震保険について既に多くの問題が挙げられているなか、我々は次の4点に着目した。①補償

が適正でない②支払い基準の区分が少ない③加入率が低い④優遇制度が不十分、の4点である。①、

②については、支払基準が全損・半損・一部損のみの3区分しかないことで、それぞれ支払われる保険

金額の格差が大きい。そのことから補償内容が不十分であると考える。③の加入率については、全国平

均 23.7%(2010 年度末)15と普及率が低いことから、補償内容の充実が図れない・リスク分散ができない

という問題が挙げられる。④の優遇制度が不十分という点については、既に 4 つの割引制度が存在する

が、内容をより充実させることで国民自身によって耐震による自助努力を進めるきっかけとなり、結果被害

自体を縮小することが出来るのではないかという考えに基づくものである。それぞれの改善について次

の章で詳細な提案をしていく。 4.任意の地震保険を改善 (1)提案内容

我々は任意の地震保険について、大きく二つの改善を提案する。まず一つ目は損壊度基準の増設で

ある。現在の判定基準は全損、半損、一部損と三つの判定基準があるが、半損と一部損の間に新たな部

分損という判定基準を設けるというものである。新たにこの判定基準を設ける理由としては、今回の東日本

大震災での建物の被害状況を見てみると一部損の被害件数が 643,442 戸なのに対し、半損は 227,453戸16と、一部損の被害件数が半損の約3倍と非常に多くなっている。この一部損と半損の間に新たな判定

基準を設けることでより適切な判断が行われ被害に応じた保障がなされると考える。 そして二つ目は保険料の割引の改善である。その中でも我々は改善点を三点あげる。我々はまず、免

震割引を引き上げることを提案する。そうすることで自助努力をするインセンティブを与えることができると

考える。そして次に制震割引を新たに設けるというものである。新たに設けることで、自助努力をする選択

肢が増える。そして 後が建築年割引の撤廃である。これにより建物の現在の耐震能力に応じてのみ割

引することとなり、適切な保険料を徴収することができると我々は考える。

15 損害保険料率算出機構website(2010)「地震保険 都道府県別世帯加入率の推移」参照。 16 内閣府website(2011)「防災情報のページ」『被害状況等』参照。

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(2)改善により生じるメリットとデメリット17 まずは、任意の地震保険制度の改善により生じるメリットを整理し、続いて、デメリットを整理する。改善に

より生じるメリットとしては次の2点が挙げられる。①保険金支払額が適正な金額となること、②災害後の被

害自体が縮小すること。①に関しては、損壊度基準の増設により半損と一部損の間に部分損という新たな

判定基準を設けることで実際の損害に応じたより適正な保険金額の支払いを行うことができる。それによ

って、地震保険への加入率が低い原因の一つだと考えられる保険料の割高感も払拭することができる。 ②に関しては、現状の保険料割引制度の改善によって国民が建物の免震、制震化を進めることへの抵抗

感が軽減する。また、それらが実行されることで、災害後の建物被害と復興の際のコストが縮小し、経済的

ダメージを軽減できる。建物被害が縮小すると家財の被害も縮小すると考えられる。次にデメリットは以下

の2点である。Ⅰ.保険料の上昇、Ⅱ.低所得者にインセンティブを与えきれないこと。Ⅰに関して、部分

損を導入することでより詳細な損害査定が必要となり手間がかかる。その結果、人件費等のコストが上昇

してしまう。それに伴って保険料も上昇すると考えられる。Ⅱに関して、保険料割引の改善によって高所

得者は免震、制震化を実行することができインセンティブを享受可能であるが、低所得者については経

済的な面から実行が容易ではない。その結果、デメリットのⅠで挙げた保険料の上昇が負担となり、イン

センティブを享受できないことが考えられる。それによって、保険料の割高感を払拭できても低所得者の

加入率が伸び悩む可能性がある。 このように、現状の地震保険制度の改善によって様々なメリットとデメリットが発生する。低所得者に負担

が掛かってしまうこの改善策だけでは我々の政策提言である地震リスクから国民の暮らしを保障すること

が困難であると考察し、現在の社会保障制度を再考察する必要があると認識した。 (3)海外の地震保険

全てを自己責任で賄うことは難しいということで結論に至り、逆に地震を完全社会責任で行っている海

外を参考に実際に日本でも完全社会責任にした場合を考えてみた。ここでは、アイスランドとノルウェー

を例にしている。どちらの国も担保リスクが地震だけでなく、なだれ、洪水も保証しており地震保険というよ

りは自然災害保険という位置である。どちらの国もこの自然災害保険が火災保険に強制付帯されており、

アイスランドにおいては火災保険への強制加入も義務付けられている。18つまり、自然災害保険への加入

が義務付けられており、完全社会責任の典型的な例といえる。 しかし、日本でアイスランドのように自然災害保険への加入の義務化を行った場合、三つの問題が生じ

る。一つ目は、人口や経済規模の違いによる被害の大きさの違いである。日本の人口は、アイスランドの

四百倍19でまた、経済規模では GDP で表わすと日本はアイスランドの千倍20と大きな違いがある。これで

は、一度の地震による被害がアイスランドよりも甚大なものになると考えられる。被害の大きさが違うという

ことは、保険料の違いにもつながるため単にアイスランド方式を行うことは困難に当たるだろう。二つ目に、

モラル・ハザードの問題である。国民は、地震が起きて被害にあっても国がすべて補償してくれるという気

の緩みから、耐震などの自助努力の低下につながる。三つ目は、財産権の侵害に当たることになる。 これらの、問題から日本でアイスランドのような完全社会責任をそのまま行うことは困難だと考えるに至

った。 (4)自己責任と社会責任の共存の必要性

これまで述べてきたように、既存の任意の地震保険を改善する事、つまり地震リスクに対して完全自己

責任で対処するのみでは保障が不十分であり、任意の地震保険の強制保険化による完全社会責任化も

17 財務省website「地震保険の概要」参照。 18 ノルウェーについては 損害保険料率算出機構website(2008)「海外地震保険制度 ノルウェー 2008 年調査」p12 、ア

イスランドについては同website (2008)「海外地震保険制度~アイスランド 2007 年調査」p27 参照。 19 外務省website(2011/6)「各国・地域情勢 アイスランド共和国」参照。 20 日本の GDP については、世界経済のネタ帳website(2011)「日本の GDP の推移」参照。

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困難であるという事が分かった。 そこで我々は自己責任と社会責任の共存による保障体制が 善の方法ではないかと考えた。自己責

任では対処しきれないような甚大な地震リスクに対して、任意の地震保険のみで対処するのは不安要素

が大きい。そこで国民の 低限度の生活保障を国家の義務と捉え、生活保障を目的とした新たな強制保

険を導入し、更に既存の地震保険を改善したものと共存させる二層構造の保障体制を提示する。 強制保険を提示するにあたって日本の地震発生リスクに関して言及しておく。結論から述べると日本は

複数のプレートが重なり合った場所に位置している世界でも有数の地震大国であるため、地震発生リスク

は非常に高い。 気象庁が発表している平成 8 年から平成23 年 11 月までの期間に日本付近で発生した人的被害を伴

う地震のデータを参照すると、過去 15 年間だけを見ても 112 件もの人的被害を伴う地震が発生している。

それらは全て震度 4 以上の地震であり、広範囲にわたり大多数の都道府県で地震が発生している。21 次に地震ハザードステーションが発表している地震発生の確率分布のデータを参照する。地震ハザー

ドステーションのデータによると、日本の大半の地域で少なくとも 4 分の 1 以上の確率で今後 30 年以内

に震度5弱の地震が発生するとされている。震度5弱の地震でも耐震性の低い木造住宅などでは壁や柱

が破損する可能性がある。22 次に地震調査研究推進本部が発表している東南海地震の予測データを参照する。近年、多大な被害を

与えるであろう大きな問題として取り上げられている東南海地震であるが、地震調査研究推進本部による

と今後30年以内におよそ 7 割程度の確率で発生するとされている。予測規模はマグニチュード8.1 前後

であり、仮に予測通りの規模で東南海地震が発生した場合、今回の東日本大震災と同等かもしくはそれ

以上の経済被害、また人的被害は免れないであろう。23 以上述べたように、日本で地震が発生しない場所は存在しないと言える。つまり日本の全ての地域が

地震により被害を被る可能性がある。そのような地震大国である日本に居住している以上、地震により被

害を被った場合に保障を受けられるような保険に誰しもが加入している必要があるのではないかと考え、

我々は強制保険を提示する経緯に至った。 5.現在の社会保険制度24 (1)被災者生活再建支援法の概要 ここで現在日本にある自然災害に関する社会保障制度について確認する。現在日本には、被災者生活

再建支援法、災害弔慰金、災害障害見舞金、災害援護資金等がある。これらの社会保障制度の中で私た

ちは被災者の生活救済に重点を置いた被災者生活再建支援法に着目した。 被災者生活再建支援法は、災害による著しい被害を受けた者に対し、都道府県が相互扶助の観点か

ら拠出金で生活の再建を支援することを目的とした法律である。本法は阪神淡路大震災を契機に平成 10年に成立した。

対象となるのは、住宅が全壊した世帯、住宅が半壊、又は住宅の敷地に被害が生じその住宅をやむを

得解体した世帯、災害による危険な状態が継続し住宅に居住不能な状態が継続している世帯、住宅が半

壊し大規模な補修を行わなければ居住することが困難な世帯(大規模半壊世帯)である。 本法は被災者

の生活支援を目的としているため、空き家、別荘、他人に貸している物件などは対象にならない。 支給額は基礎支援金と加算支援金の合計額となる。基礎支援金とは住宅の被害程度に応じて支給され

る支援金である。全壊の場合は 100 万円、大規模半壊の場合は 50 万円が支給される。加算支援金とは

住宅の再建方法に応じて支給される支援金である。住宅を再建・購入する場合は 200 万円、補修する場

21 気象庁website (2011) 参照。 22 J-SHIS 地震ハザードステーション(2011/12/13) 「今後30 年間の超過確率3%に対応する震度」参照。 23 地震調査研究推進本部(2009)「長周期地震動予測地図2009 年試作版」参照。 24 内閣府website (2011) 「内閣府防災情報のページ」『被災者生活再建支援法の概要』参照。

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合は 100 万円、賃貸の場合は 50 万円が支給される。 今回の東日本大震災では、福島県・宮城県・青森県・岩手県の太平洋側沿岸の各自治体では津波によ

り甚大な被害を受けた家屋が多数存在することから、4 月 13 日、政府は本法に基づく支援金の支払い手

続き簡素化することを決定した。25具体的には、市町村職員が家屋の損壊度合いを調べ、全壊・半壊の認

定をした罹災証明書の発行が前提となっていたものを、航空写真や衛星写真で家屋の流失が確認され、

道路や水道などのインフラも破壊された地域の世帯に対しては、一律「全壊」扱いとして調査手続きを省

いて罹災証明書を不要にし、それ以外の津波被災地でも、サンプル調査で 1 階天井まで浸水したことが

一見して明らかな場合には、市町村の判断でその地域の家屋すべてを「全壊」扱いにできるようにするも

のである。 (2)被災者生活再建支援法における現状の課題(背景) 被災者の声により、より被災者の為にという事で被災者生活再建支援法が誕生した26。同制度が生み出さ

れて約14年が経過し、「小さく生んで大きく育てよう」の信念のもと保障内容が格段に進歩したが、それに

伴い課題も見えてきた。そして現状の課題として我々は四点の課題があると考えた。 ①安定した財源の確保の必要性

一点目、安定した財源の確保が必要なのでは。各都道府県と国の拠出による基金を取り崩して支援金

を支給しているが、これは条件さえ合致すれば洪水や台風等々にも適応されるので基金が減少する27。

このように頻繁に適応されていれば巨大なリスクをもたらす地震が発生した場合、基金では対応出来ない

と思われる。なので、それらにも対応出来る安定した財源の確保が必要と思われる。 ②モラル・ハザードが発生する危険性

二点目、モラル・ハザードを助長するのでは。都道府県によっては被災者生活再建支援法とは別に独

自の支援制度が存在する28。本来であれば、自助努力とこれらの支援策という両輪があってこそ 大限に

効果を発揮すると思われるが、支援策の方が大きいと自助努力を妨げるのでは。 ③地域差の問題

三点目、地域差が生じるのでは。例えば平成 12 年に発生した鳥取県西部地震の際、鳥取県では全域

が適応されたが、隣の島根県では 2 棟が全壊したが適応されなかった29。同一の災害による被害であっ

ても、地域によって適用、不適用となり不公平が生じる。なので、不公平が生じない制度が必要なので

は。 ④財産権に触れるのでは

四点目、基金を使って個人財産である住宅を再建してもいいものなのか。前提として、財産権の問題自

体収斂していないが、ここではその様な事は無視をして単純に財産権に触れるのではという事である。被

災者再建支援法の中に加算支援金がある30。これは住宅再建を名目に支給される支援金であるが、元を

ただせばこれは税金である。国の資金、税金で個人財産である住宅を再建してもいいものなのか。以上

25 asahi.com 朝日新聞社 (2011/4/14 の記事)参照。 26 内閣府website (2011)「防災情報のページ」『被災者生活再建支援法,平成十年五月二十二日法律第六十六号』参照。 27 内閣府website (2011) 「平成20 年度被災者生活再建支援法調査」『被災者生活再建支援制度に係る支援金の支給に

ついて』(2011/12/31 現在)参照。 28 内閣府website(2011)「第3 章 独自の給付金制度等に関する調査結果」p.111 参照。 29 大塚 路子,小澤 隆 (2004)「被災者生活再建支援」『国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 437(FEB.4.2004)』p.3 参照。 30 内閣府website (2011) 「内閣府防災情報のページ」『被災者生活再建支援法の概要』参照。

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四点から被災者生活再建支援法の課題を克服したものが必要なのではないかと考える。 6.新たな強制保険の提案

私たちが提案する強制保険に対し、保険の強制化は国家による国民の財産権の侵害にあたるのでは

ないかという議論がある。ここでいう国家による国民の財産権の侵害とは、国民の個人財産である家や家

財に対して国家が保険を強制することである。 しかし、現行の民営の地震保険が「地震保険に関する法律」により成り立っており家、家財を担保とする

のに対し、私たちが提案するこの強制保険は「憲法第3章第25条」にある生存権に起因するものであり、

低限の生活を国家が保証する社会保障のような性質を持っているので、この強制保険は財産権の侵

害にはあたらない我々は考える。 我々が提案する強制保険の具体案は次の通りである。先述の通り、生存権に基づく保険であるので、

この保険が保障するのは「被災後の生活費」で、保険金の用途は原則として生活費のみとする。ここで生

活費とは、避難費用、引っ越し費用、生活必需品購入費用、仮住まい家賃などのことであり、建物の再建

以外の被災後の必要 低限度の生活を送るために必要な資金のことである。加入が義務づけられる者

は世帯主。支払いの判定基準は家の倒壊度とし、大規模半壊、全損のみを保障し、この判定は地方自治

体が発行する罹災証明書にて行う。これは被災後の生活費となる保険金を迅速に支払うためである。保

険金額は世帯人数(1人〜5人以上の5段階)、損壊度(大規模半壊、全壊の2段階)を組み合わせた10

段階のなかであらかじめ決められた金額です。世帯主が支払う保険料の徴収方法は応能負担(社会保険

料方式)とする。31 私たちが提案する保険は相互扶助、社会連帯という保険本来の高邁なヒューマニズムの性質をもち、

「地震」という強大で、地震大国である日本に住んでいる以上誰もが直面しているリスクに対し安心の暮ら

しを保障する社会インフラの機能を達成するためのものであるので、応益負担よりも所得の再分配機能の

ある応能負担のほうが適していると判断したからである。 強制地震費用保険が実現した場合①低所得者の救済、②任意の地震保険の認知度 UP、③安定した

財源の確保、④保障ツールの増加、などのメリットが挙げられるのではないかと考える。 ①に関しては、今まで任意の地震保険に入る事の出来なかった低所得者が、強制保険にする事によ

って強制的に加入する事になる。よって、被災した際に必ず保険金を受け取る事が出来る。 ②に関しては、我々が提案する強制地震費用保険は被災時の生活保障費なので、住宅は保障されな

い。その事を知ることで、住宅を保障する任意の地震保険の認知度 UP につながると言える。 ③に関しては、強制にする事により、安定した財源の確保が可能になる。 ④に関しては、現在、被災時に私達の生活を保障するものとして、地震保険や社会保障など、様々な

ものがある。そこで、強制地震費用保険を導入する事により、被災時の生活を保障するツールが増えるの

ではないか。 7.まとめ 研究を進めるにあたり、 初は地震保険が全て震災時の保障を行っているものだと思っていた。そこで、

地震保険の保障内容を今よりさらに手厚くしようと試みた。しかし、地震保険の歴史や仕組みを調べてい

くなかで、震災時の保障は地震保険だけではなく、共済や社会保障など、様々な制度で保障されている

事を知り、現行の地震保険のみを変えても安心、安全の暮らしを保障できない事が分かった。そこで震災

後の生活を保障する社会保障に目を向け、被災者生活再建支援制度について調べた。しかし、この制度

にも問題があり、その問題を解決する方法として強制地震費用保険を提案するに至った。 我々は、損壊度基準の増設、保険料の割引等の改善を加えた任意の地震保険と震災時の生活保障を目

的とした強制地震費用保険を共存させることによって、より安心、安全の暮らしを保障する社会インフラの

31 保険の仕組みは日本震災パートナーズ株式会社の地震費用保険の「Resta」を参考にした。

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創設に繋がるのではないかと考える。しかし、これらの改善は地震という巨大なリスクを保障しているツー

ルの一部でしかない。また、ここから生まれる問題もある。第一に、強制保険にする事により国民の選択

の自由を奪うことになる。次に、耐震への自助努力が薄れる可能性がある。強制保険に加入する事によっ

て震災により被害を受けた場合に必ず生活が保障されるという意識が生まれる。その結果、耐震への自

助努力が薄れ、震災時に耐震性の低い建物は倒壊し、被害が拡大するのではないか。これらの問題をど

う解決すべきなのか、これからも研究を続けていきたいと思う。 主要参考文献・Website 姉崎義史(1995)「地震保険の現状と課題」『保険学雑誌』第 551 号 日本保険学会. 石橋敏郎(2010)『わかりやすい社会保障論』法律文化社. 越知 隆(1995)「『地震災害と保険』を考える視点」『保険学雑誌』第 551 号日本保険学会. 栗谷啓三(1967)「地震保険の問題点」『保険学雑誌』第 438 号 日本保険学会. 黒木松男(1996)「地震保険の諸問題」『保険学雑誌』第 554 号 日本保険学会. 黒木松男(2003)『地震保険の法理と課題』成文堂. 纐纈一起(2007)「大震災の可能性」『保険学雑誌』第 597 号 日本保険学会. 須田 晄(1995)「地震災害補償制度のあり方」『保険学雑誌』第 551 号 日本保険学会. 高尾 厚(2007)「地震リスクと経済的保障の可能性」『保険学雑誌』第 597 号 日本保険学会. 竹井直樹(2007)「地震保険、 近の動向を中心にした一考察」『保険学雑誌』第 597 号 日本保険学会. 坪川博彰(1995)「地震保険料率の現状と課題」『保険学雑誌』第 551 号 日本保険学会. 中川秀空(2011.9)『被災者の生活支援と雇用対策の現状と課題』国立国会図書館 社会労働調査室. 堀田一吉(2008)「地震リスクと地震保険」『保険学雑誌』第 600 号 日本保険学会. 安井敏晃(2008)「ハザード概念について」『保険学雑誌』第 603 号 日本保険学会. Asahi.com 朝日新聞社(2011.4.14)「被害認定を簡素化」, (http://www.asahi.com/politics/update/0413/TKY201104130626.html). 外務省 (2011)「各国・地域情勢 アイスランド共和国」, (http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iceland/data.html). 気象庁(2011) 「気象統計情報 地震・津波」, (http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/index.html#data). 金融庁 (2011)「東日本大震災に係る保険金・共済金の支払い見込み額」, (http://www.fsa.go.jp/news/23/hoken/20110719-3/01.pdf). 財務省「地震保険の概要」「割引制度」, (http://www.mof.go.jp/financial_system/earthquake_insurance/jisin.htm). 地震調査研究推進本部(2009)「長周期地震動予測地図 2009 年試作版」, (http://www.jishin.go.jp/main/chousa/09_choshuki/choshuki2009_c3.pdf). J-SHIS 地震ハザードステーション「今後 30 年間の超過確率 3%に対応する震度」, (http://www.j-shis.bosai.go.jp/maps-pshm-si-t30p03). 世界のネタ帳(2011)「日本の GDP の推移」, (http://ecodb.net/country/JP/imf_gdp.html). 損害保険協会(2011)「地震保険 都道府県別世帯加入率の推移」, (http://www.sonpo.or.jp/archive/statistics/syumoku/pdf/index/kanyu_jishin.pdf). 損害保険料率算出機構『海外地震保険制度~アイスランド 2007 年調査~』 「第4章 アイスランド自然災害保険制度の沿革と概要」, (http://www.nliro.or.jp/disclosure/q_kenkyu/No14_4.pdf).

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損害保険料率算出機構『海外地震保険制度~ノルウェー 2008 年調査~』「自然災害保険の特徴と内

容」, (http://www.nliro.or.jp/disclosure/q_kenkyu/No17_1_4.pdf). 内閣府(2011)「防災情報のページ」『被害状況等』、『被災者支援制度等』, (http://www.bousai.go.jp). 日本震災パートナーズ株式会社「地震補償保険 Resta(リスタ) 地震保険との違い」, (http://www.jishin.co.jp/resta/comparison.shtml).

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勤労者に適切なインセンティブを与える生活保護制度と公的年金制度のあり方

京都産業大学 諏澤吉彦ゼミナール①

寺西文乃 横田航也 長谷川稜

要旨 近年我が国では、雇用の流動化や経済、財源の悪化により安定した雇用機会の提供が見込めな

くなっている。このようななかにあっては、社会保障を充実させ、勤労者に更なる労働意欲を持たせ、

経済を支えていくべきである。社会保障制度の新たな変化として、雇用保険の適応条件の改定があ

げられる。しかしその他の制度はどうだろうか。若者の年金未納率は 40%を超え、制度運営の危機

に陥っている。また、 低限の生活を営む事も困難であるために生活保護制度を利用する人数も増

加し、140 万世帯を超えている。これらの事実から、現代の私たち国民にとって、社会保障制度がう

まく機能しているのかどうかは疑問である。このような問題意識に基づき、本研究では、労働者に適

正なインセンティブを与えるために、生活保護制度と年金制度のあり方を検討した。

キーワード:公的年金制度、生活保護制度、勤労意欲 1 はじめに -公的年金制度と生活保護制度のあり方- 昨今、公的年金制度は破綻の危機に陥りつつあると叫ばれている。保険料の増加、国庫負担の引上げ、

納付率の低下、受給年齢の引上げ、そして少子高齢化が、より一層問題に拍車をかけている。「苦労して

保険料を納めても老後に見合う年金はもらえないのではないだろうか」、「潰れるかもしれないのに保険

料を納めている人は損をしているのではないだろうか」など、私たちは不安に晒されている。一方で、生

活保護制度では不正受給、ケースワーカーの不足、水際作戦による門前払い策などセーフティネットとし

ての役割としての生活保護制度は機能しているのだろうか。利用しやすく自立しやすい制度への移行が

必要なのではないかと思われる。利用しやすいということは水際作戦の撤廃などであり、自立しやすいと

いうのは、 低生活保障を行うだけではなく受給者の自立を支援する観点から制度を見直すということで

ある。本研究では、勤労者のインセンティブを高めるために、生活保護制度、公的年金制度がどのように

インセンティブに影響を与えているのかを考えた後、よりよい制度設計について考えていきたい。 2 生活保護制度について (1) 後のセーフティネットの危機 生活保護制度は、我が国の 後のセーフティネットであり、雇用機会や社会保険サービスに恵まれない

人を対象にした救済措置システムである。今、この生活保護制度の利用者が大きく増加している。リーマ

ンショックや東北・関東圏で起こった震災を踏まえ雇用機会が減少していることはもちろん、社会保障サ

ービスがうまく機能していない可能性もうかがえる。また生活保護制度が抱える問題も挙げられるだろう。

働ける人の雇用が見つからないために、生活保護制度を利用するのであれば、労働力は減少するのに

費用が増える。これらの生活保護制度利用者の数を減らすために、考えられる方法は3つある。優先順位

が高いと思われる順番に雇用回復、社会保障制度の充実、生活保護制度の改善、である。生活保護制度

を利用する人が増えているということは、それだけ社会に対する労働力が低下していると捉えることがで

き、それは生産性にも影響を及ぼす。将来をより明るいものにするためにも、私たちは、より良い社会保

障制度の改善案を提案したい。なかでも近年注目されている、年金制度と生活保護制度に焦点を当てて

議論していく。次節では、そもそも生活保護制度とはどういった制度なのか、その内容を見ていこう。

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(2)生活保護制度内容 生活保護制度の目的は、「資産や能力などすべてを活用してもなお生活に困窮する人に対し、困窮の程

度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な 低限度の生活を保障し、その自立を援助する」というも

のである。具体的な保護内容としては、生活扶助・住宅扶助・教育扶助・医療扶助・介護扶助・出産扶助・

生業扶助・葬祭扶助がある。私たちが納めている所得税を財源とし、困窮する生活保護利用者に支給す

るといった、所得の再分配機能を果たしている。費用負担割合は、国が 4 分の 3、地方自治体が 4 分の 1である。生活に困窮する人は全国にある社会福祉事務所に申請し、書類審査と面接審査を受け、通過す

れば 2 週間以内に保護が開始される。 それでは、生活保護費は一体いくらもらえるのだろうか。生活保護費は、あらかじめ計算され必要であると

認められた『 低生活費』と呼ばれるものから、年金や手当などの本人の収入を差し引いた分の差額が

支給される。この『 低生活費』は基本的には、生活扶助と加算額、そしてその他の扶助(住宅、教育、介

護、医療扶助など)の合計金額である。住宅扶助に関しては、住んでいる地域や世帯の人数によって異

なってくる。ここで問題となるのは、勤労に対するインセンティブの低下である。 (3)モラルハザードが生み出す問題 生活保護を受けて保護費を受給している人たちよりも、低所得の世帯も存在する。働いているが低賃金

のために、稼げる金額が生活保護費よりも低いといったケースがある。働いて得られる収入よりも、何もし

なくてもらえる生活保護費の方が高いなら、働かずに生活保護に頼ってしまおうか…そんな風に考えても

おかしくはないだろう。しかし、ここには貧困の罠が存在する。生活保護費をもらい続けるためには、貧困

状態のままであり続けなければならない。支給されるのは生活に必要 低限であると算定された金額に

なるため、当然ながら貯蓄をする余裕もなくなる。家計に余裕がない家庭の子供は低学歴になりやすく、

将来の賃金も低くなるだろう。子は親の背中を見て育つのであり、被生活保護世帯から新たに生まれる世

代も、また生活保護を受けるといった世代連鎖にも繋がりかねない。一度生活保護に頼ってしまえば、苦

労せずにお金をもらえる状態に慣れてしまうため、生活保護制度から脱出し、社会復帰するときには障壁

が大きくなる恐れがある。 そして、老後の生活においては、支給される年金よりも生活保護費の方が高いといったケースがある。年

金をもらうために保険料を支払ってきたにもかかわらず、何も払うことなく生活保護費をもらえるのなら、そ

っちの方が得なのではないか。年金保険料を支払ってきたことが損のように感じてもおかしくないだろう。 (4)生活保護制度利用者たち 具体的にどのような人が、何の目的で生活保護制度を利用しているのだろうか。利用者の内訳と保護内

容についてみていこう。現在、利用者の内訳では、約 43%が高齢者、続いて約 33%が障害・疾病者、そ

の他(ホームレスやその他)が 16%、そして残りの約 8%が母子家庭である。保護内容の内訳では、生

活・医療・住宅扶助が主に大きく利用されている。高齢者にかかる医療費は生活保護制度内の問題だけ

ではなく、我が国にとっても重大な問題の一つである。ここで一つ、疑問に思うことがある。生活保護制度

の目的は、 低限度の生活の提供と利用者の自立を助長することである。自立を助長するという面からみ

て、利用者のうち も多い高齢者は、はたして制度目的に合致しているのだろうか。 低限度の生活を保

証することはできても、自立を助長するとは考えにくい。そうすると、生活に困窮する高齢者は、生活保護

制度の対象ではないという結論になる。これは重度の障害・疾病者においても同じことが言えるだろう。そ

れでは、生活保護費の支給により自立が期待できるのは、おのずと母子家庭とその他(計 24%)の人た

ちに限られてくる。以下では、生活保護制度が実施している自立支援プログラムについて検討していく。

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(5)利用者への支援プログラム 自立支援プログラムには、就労支援プログラム(就労支援員等活用、職場適応訓練など)、 日常生活支援プログラム、社会生活支援プログラムの3つがある。これらの支援プログラムの代表的なも

のとしては、ハローワークなどの職業斡旋、また職業訓練などがある。これらの支援プログラムでは、被保

護者の就業相談、就業促進のためにセミナーや講習会の実施、就業情報の提供などを行っている。また

ホームレスを対象とした自立支援センターと呼ばれるものも存在する。一定期間住居を提供する間に、新

たな就労先を見つけることが前提となっている。しかし、これらのプログラムが就労を期待できる母子家庭

とホームレスなど、その他の人たちにとって有効に活用されているかというと、そうでもないのが現状であ

る。母子家庭の場合、子育てに時間がとられてしまうため職業訓練を受ける時間の確保が難しい。多くの

待機児童が溢れる現代、保育所に子供を預けることは容易ではない。次にホームレスの場合、住所がな

いことが就業活動において大きなハンディキャップとなる。勤労意識のある人はごく一部であり、進んでホ

ームレスであることを望む人も少なくはない。十分な食事をとることや、医療機関にかかるお金もないだろ

う。これは後に高齢者と同様、医療費の増大に、大きく影響を及ぼすことになる。 このように、被生活保護者を自立へと導くのは容易ではない。生活保護制度に入りびたりになるのではな

く、本当に必要なときに頼り、そうでないときは手放すといった、『入りやすく、出やすい制度』への転換が

必要であると考えられる。次節では、本当に困窮している人たちが利用しやすい制度にするために、どの

ような対策が取られるべきなのかを検討していく。 (6)より良い生活保護制度へ 上記に書いた問題の他にも生活保護制度が抱える問題は多数存在するが、私たちは勤労のインセンテ

ィブに着目して解決策を考えてみる。自立支援は継続して行うとともに、モニタリングの強化、受給期限を

設けることが考えられる。貧困や貯蓄の罠が存在する環境の中で、勤労の対価として受け取らないことに

慣れてしまうと、本来働いて稼げる人の勤労インセンティブを低下させることに繋がる。人件費はかかるが、

利用する人の意識から変えなければ制度改善は難しいのではないかと考える。そして医療費の問題に

関しては、ゲートキーパー制度を導入するべきだと考える。ゲートキーパー制度とは、地域ごとに配置さ

れる、総合的な医療知識を備えた医師が必要だと判断した場合に、患者が治療を受けられるようにする

仕組みである。これにより過剰な診察や治療を防ぎ、医療の抑制につながる。しかし医師不足や、モンス

ター・ペイシェントへの対応、労働環境の悪さが改善されないと、ゲートキーパー制度がうまく機能しない

のではないかと思われる。 (7)生活保護制度のまとめ 生活保護制度についての解決策を考えてみたが、やはり 優先事項は雇用機会の増加であり、そして社

会保障制度の充実と制度間の連携がうまく取れるようにすることである。 3 公的年金制度について (1)制度目的 公的年金の制度とは、国民年金法1条によると老齢、障害または死亡によって国民生活の安定が損なわ

れることを国民の共同連帯によって防止し、健全な国民生活の維持および向上に寄与することである。ま

た、同法 2 条によると、この目的を達成するために、国民の老齢、障害または死亡に関して必要な給付が

行われる。 (2)財源・拠出の仕組み 現在の基礎年金の仕組みとして、すべての人が加入する国民年金があり、厚生年金などその上に企業

や基金が独自に上乗せして保険料を支払う二階建ての年金給付のしくみになっている。財源としては年

金保険料と国庫負担で担っている。負担の割合は二分の一であり今後も増えていく可能性がある。財政

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方式として現行の賦課方式と別の選択肢として考えられる積立方式が良く知られている。現行の賦課方

式は一定期間の年金給付に必要な費用をその期間の現役被保険者等が納める保険料の事である。次に

別の選択肢としてある積立方式とは将来の年金給付に必要な原資を保険料で予め積み立てておくことで

ある。 現行の賦課方式のメリット、デメリットについて考えてみると、賦課方式のメリットとして、インフレでも、その

時点での現役加入者の保険料の負担により実質価値を維持した年金支給が可能である。また、金利変動

の影響は受けにくいことなどが挙げられる。逆に賦課方式のデメリットについては、保険料は基本的には

年金受給者と現役加入者の比率により決まるため、人口構成の変動の影響を受けやすい、また、若年層

が多く、高齢層が少ないピラミッド型の人口構成だと問題は少ないなどがある。 (3)給付時期・内容

近ニュースなどで取り上げられている老齢基礎年金について以下のとおり概要を述べる。 老齢基礎年金とは保険料納付済期間と保険料免除期間の合計が 25 年以上であること、60 歳以上 65 歳

未満の間に受給を繰り上げしたり、66歳以降に受給を繰り下げたりすることもできる。つまり今の年金制度

でも少なくとも、若年者が年金を受け取れるのは遠い将来のことである。 厚生年金の支給開始年齢の引き上げ問題では、 ①「3 年に 1 歳」から「2 年に 1 歳に早める」 ②「3 年に 1 歳」のまま 68 歳まで ③「2 年に 1 歳」に早めて 68 歳まで などの内容が議論されている。いずれにしても、将来的には支給開始年齢は引き上げられる可能性が高

い。 (4)勤労へのインセンティブに与える影響 以上のような制度内容は、現在のコスト負担が不明確な年金制度より、即座にベネフィットが受けられる生

活保護のほうがいいと考えたり、少子高齢化により開始年齢の引き上げへの不安や将来の財源不足への

不安が助長されたり、また、生活保護制度があるために高齢期に生活保護制度を受けられることを期待

するなど、勤労へのインセンティブに影響を及ぼしているおそれがある。この事により若年者が年金制度

を離脱するインセンティブが高まる恐れが考えられる。 (5)生活保護制度との関係性 次に生活保護との関係性については、以下の問題が挙げられる。 ①年金未納者の増加 ②25 年間の 低払込期間と労働者のインセンティブ ③所得金額にかかわらない定額の保険料 ④少子高齢化により、年金受給者が納付者よりも多いこと ⑤生活保護者に対するモニタリングの甘さ ⑥生活保護者に対する保護が手厚すぎること ⑦生活保護を本当に受給したい人が貰えてないこと 4 問題解決に向けて これまで生活保護制度と公的年金制度が勤労へのインセンティブに影響を与えるかということをみてきた

が、以下、インセンティブを高めるための解決案についてそれぞれ考えていきたい。 (1)生活保護制度の問題の解決策の検討 ①モニタリングの強化

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現行の生活保護制度では、以下の 3 つに該当さえしなければ、原則、継続して生活保護を受給する事が

可能である。 a.収入の増加などにより生活保護が必要でなくなった場合 b.生活保護受給者が生活保護の決定に必要な調査に従わない場合 c.生活保護受給者が生活保護の実施に必要な指導・指示に従わない場合 これでは、一度生活保護に入ったらそこに安住し勤労に対するインセンティブを失う恐れがある。モニタリ

ングを強化することで稼動を見込める人たちの入りっぱなしを防ぎ、生活保護受給者を自立へと導くこと

ができる。一方、そのための職員を新しく配置する必要ができるため、人件費が増えるというデメリットも出

てくる。 ②受給期限の検討 モニタリングの手法の一つとして受給期限の検討が挙げられる。これまでの生活保護制度にはきちんとし

た受給期限がなく、勤労に対するインセンティブを下げる原因になるのではないかと考えられる。そうで

はなく稼働見込みのある人たちに対して受給期限を設定することにより、勤労に対するインセンティブが

低下するのを防ぐとともに自立意識も高められるのではないかと考えられる。しかし、各人、稼働見込み

があるかどうかの判断をするのが困難かつ時間とコストがかかる。 ③ゲートキーパー制度の導入 生活保護制度の中で、 も多くを占める医療扶助の金額を減らすことを目的としてゲートキーパー制度が

考えられる。ゲートキーパー制度とは、患者に対して総合的な医療知識を備えた専門医を配置し、患者

ニーズの把握を行い、診察や治療の必要性を判断する制度である。これにより過剰な診察や治療を防ぎ、

医療費の抑制につながる。しかし一方で全国に専門医を配置するための人件費がかかり、かつ人材確保

をするのが困難である。 ④自立支援の強化 生活保護受給者の内訳のうち、稼働見込みのある「その他」の人たちを自立へと導く職業訓練を行い、母

子家庭・ホームレス・その他の人を就職へ繋げることができると考えられる。生活保護受給者の数を減ら

せるだけでなく、社会参加の機会を提供することで労働人口が増え、税金収入が上がり、景気もよくなる。

しかし、母子家庭は職業訓練の時間確保が難しく、雇用先との就労時間の調整がうまくいかない。またホ

ームレスは住所がないと就労先が見つかりにくいので。住所の確保と、自立支援センターの活用を促す

ことなどを先に行う必要がある。 勤労のインセンティブという観点から生活保護制度の改善案を考案してきたが、どれも施行するにあたり

多大なコスト、時間を要するため実際に行うのは困難である。また、生活保護制度は 後のセーフティネ

ットとしての役割を果たせているのかというのも疑問である。生活保護の改善案も大事だが、生活保護に

陥らないために、雇用の促進や年金などの社会保障の充実に重きを置くべきだと考える。その年金制度

について以下みていく。 (2)公的年金制度の未納者を減らすための解決案 ①保険料徴収の強化 社会保険庁による保険料の強制徴収というのは、平成 15 年から実施されており、平成 18 年度は 1 万 4千件の差し押さえを行っており、年々強化されている。もちろん、年金未納者全員が即差し押さえというわ

けではない。差し押さえの対象となる人は、例えば高額収入があるにも関わらず年金未納である場合や

故意に滞納しているという場合などである。保険料徴収を強化する事によって国民皆年金の実現の可能

性が高まる。一方で保険料徴収のための職員を増員しなくてはいけないため、人件費がかさみ、さらに未

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納者の中でも、支払い能力の有無を検討するのに手間がかかってしまう。 ②財源の消費税化 これは公的年金の保険料をすべて消費税でまかない、残りは私的年金とする方法である企業にとって

は、保険料の負担は給付を伴わない単なる労務コストであるため、プラスに働く。一方、その分の負担が

消費者にかかってくるため消費者にとってはマイナスに働く。保険料未納の問題はなくなり、国民皆年金

の実現が可能となる。いっぽうで、財源が他の目的で使用される恐れもある。増税は必ず避けられないも

のになり、少なくとも増税は 5%以上になることは確実である。 ③任意納付制度・積立方式の導入 納付するかどうかの選択権を拡大する。自分で努力をして支払った分だけ報われるので保険料納入の

インセンティブが高まる。支払ってない人にはもらえないので、社会保障制度としての本来の目的から離

れてしまう。生活困窮者には特別措置をとるなどの対応を検討すべきである。 ④払込期間の短縮 現行の公的年金制度では、年金をもらうために 低 25 年間加入しなくては受給できない。つまり、 低

25 年の加入期間がないと、老後の年金は 1 円ももらえず、支払った保険料も掛け捨てになる。破綻の危

機に陥りつつあると叫ばれている年金制度に対し、若者世代は 25 年間納付しようと思うだろうか?そこで、

払込期間の短縮というのを考案する。これにより、保険料納付のインセンティブが高まる。一方で制度移

行するにあたる世代間調整が困難である。 5 まとめと今後の課題 これまで公的年金制度に対する改善案を考案してきたが、それぞれに一長一短がある。 後にこれらを

ふまえて、一つよりよい年金制度実現に向けて考察する。 基礎年金部分、いわゆる 低保障はすべて

租税でまかない、それ以上の保障は積立方式で運営していく方式を提案したい。 低保障分に用いる財

源はすべて、消費税により補完し、 低限の国民皆年金を実現させる。さらにより充実した年金制度の実

現と、納入のインセンティブを高めるために、それ以上の拠出に関しては積立方式を採用する。積立方式

を任意にしてしまうと、拠出を怠る人が出てくる可能性があるため、原則強制拠出にする。ただし、一定額

の収入以下の生活困窮者に対しては免除制度を設ける事にする。そうすることで、社会保障制度から離

脱することはなくなり、社会保障としての相互扶助制度を 低限確保しつつ、勤労へのインセンティブを

高める制度設計ができる。そして、 低保障は全国民に給付されるため生活保護受給者を減少すること

もできる。 しかし、この解決案にも相互扶助機能の縮小、消費税の増税、それに伴う購買意欲の減少、そして景気

の停滞などの問題につながるおそれがある。納入のインセンティブを高めようとすると生活困窮者への考

慮が少なくなり、相互扶助としての機能の減少に繋がってしまう。相互扶助機能の減少は社会保障の縮

小でもあり、自助努力が中心の自己責任社会にもなりかねない。それに伴い社会の一体性の崩壊、社会

の不安定化を招きかねない。さらに財源の消費税化により、増税は避けられないものとなり、それに伴い

景気の停滞も起こりかねない。消費税が高くなると余計に生活困窮者の生活を圧迫してしまうのではない

かという危惧もある。このような問題があるため今後も、①自己責任と相互扶助とのバランスをどうしていく

のかの検討、②民間の年金保険の役割の検討、③外部要因をふまえた解決案の検討を、引き続き行うこ

とが求められる。

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産婦人科医師減少とその解決に向けて

京都産業大学 諏澤吉彦ゼミナール②

有村祐耶 井元雄介 河野将大 中川隆太 山口武尊

要旨

近年、出産に際して患者が医療施設をたらい回しにされる「出産難民」が多いということは、しばし

ば報道されているとおりであり、このことが少子高齢化につながることも指摘されている。この問題の

原因としては、医療施設のなかで有床施設の数が不足していることが挙げられる。現在さまざまな医

療施設で入院ができなくなっており、深夜における緊急の受け入れができない医療施設も多くある。

このように入院の受け入れができない医療施設が増加しているのはなぜだろうか?考えられる原因

としては、現在の診療報酬体系では入院を受け入れることに伴うリスクに見合った報酬となっていな

いことが挙げられる。それとともに、産科における医療行為に関わる訴訟件数が非常に多くなってい

るということも考えられる。本研究は、産科の医師数や有床施設数の低下を防ぎ、これ以上出産難民

が増えないようにするためにはどのようなことをするべきか検討することを目的とする。そのために、

産婦人科の労働環境や、診療報酬体系、医療紛争防止体制などに注目し、これらの改善などを主

軸とした対策を検討する。

キーワード:出産難民、診療報酬体系、医療紛争 1.はじめに 近年、出産難民の増加は様々な方面で問題となっているが、ただでさえ結婚せず子供を産まない独身の

女性が多いにも関わらず、その少ない妊婦の中でも出産できる病院がないために出産できないという問

題が生まれており、その結果さらに少子化が進んでいるのが現状である。そして、もしこの状況が続けば、

現在重大な問題となっている少子高齢化に拍車がかかり、労働が可能な人が将来的に少なくなり、既に

低迷してしまっている日本の経済がさらに悪化するのではないだろうか。我々は今回、この問題に対し何

か解決できるようなことはないだろうかと考え、この問題を研究の内容として選んだ。 2.産婦人科医療の現状 実際に出産難民が増加しているという現状を、出産難民の実態と病院などの医療系施設における有床施

設不足の実態に対し焦点を絞って詳しく検証していきたい。まずはじめに、出産難民の実態についてみ

ていく。出産難民とは少し前から始まった産科医の減少に伴い顕在化した「病院での出産を希望しながら

も、希望する地域に適当な出産施設がない、あるいは施設はあっても既に分娩予約がうまっており受け

付けてもらえず、たくさんの病院や出産施設をたらいまわしにされる妊婦の境遇」を、行き場を失った難民

になぞらえて作られた言葉である。 実際に、出産難民が問題となった事件もある。この事件について二つの例を挙げ、どのような問題なのか

を見てもらいたい。一つ目は、2004年12月17日にあった「福島県大野病院事件」である。この問題は福

島県双葉郡大熊町の、福島県立大野病院で、帝王切開手術を受けた妊婦が死亡したことにつき、手術を

執刀した産婦人科の医師1人が、業務上過失致死と医師法違反の容疑で2006年2月18日に逮捕され、

そして翌月に起訴されたという事件である。この起訴に対し福島地方裁判所は、被告人の医師を無罪と

する判決を言い渡し検察側が控訴を断念した。そして容疑をかけられていた医師は、裁判が行われてい

る間は休職中であったが無罪が確定したときに同病院に復職したという。この事例は、医学的に検討して

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も、過失を認定することが難しい医療事故であるとの主張もあった。そしてそのような事例に対して逮捕が

行われたことは、産科医のみならず多くの臨床医全般に大きな脅威を与えるとともに、治療における医師

の判断、手術法の選択にまで捜査当局が踏み込んだ『事件』として当時の医師や医療現場に多大な影響

を与えた。またこの事件をきっかけに、既に減少していた国内の産科医数は当該事件以後はますます産

科を敬遠する傾向が強まり、結果として 2008 年 7 月末で産婦人科を掲げる医療機関は 15.3%も減少し

たのである。 二つ目の事例は、奈良県で妊婦が 19 もの病院から出産の入院を拒否され、死亡したという事件である。

この事件は、奈良県大淀町の町立大淀病院で、脳内出血により重体になった妊婦が 19 もの病院に搬送

を断られて死亡したという事件である。奈良県は出産を担当することができる医療施設が非常に少なく、

何か少しでも対応ができそうにないような妊婦が来た場合、すぐに大阪府の病院に搬送されるという。し

かし前述のような妊婦の母体に脳出血がある場合などは、NICU、脳外科、麻酔科、ICU、産科の 5 つが

そろった病院でないと受け入れが難しく、それほど設備の整った病院は大阪にも5、6カ所しかないという

ことだった。その上で、常勤の産科医が7、8人勤務し夜勤も複数で担当することができ、母体の異常に対

応できる病院を医療地域圏ごとに作らないと、このような場合の応急対処はとてもできないのが現状であ

る。 次に、医療統計から見た有床施設不足の実態について見ていきたい。グラフ 1 は、出生数と分娩施設数

の推移を示している。これを見れば、出生数も減少しているがそれに輪をかけて分娩施設数が減少して

いるのがわかる。出生数の減少の割合よりも、分娩施設数の減少の割合の方が大きいということは、現在

出産の可能な施設の数が出産を望む妊婦に対し足りていないということになる。 グラフ1 医療施設数と出生数の年次推移

出所:厚生労働省発表数値に基づき作成。

0%

20%

40%

60%

80%

100%

120%

平成7年 平成14年 平成15年 平成16年 平成17年

施設数

出生数

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グラフ2 種類別医療施設数の年次推移

出所:厚生労働省発表数値に基づき作成。

次にグラフ 2 は、種類別の医療施設数の推移である。これを見てわかるとおり、病院や有床診療所など有

床医療施設は現在減少しているのに対し、一般診療所や無床診療所など無床医療施設は増加している

ことが理解できる。出産にはもちろん入院の必要があり、無床医療施設ではできないにも関わらず、実際

に必要になっている有床医療施設は減少している。だがこの有床医療施設はそう簡単に増設できるもの

ではなく、夜勤で入ることのできる医師や看護師が必要なうえ、無床医療施設では必要としないはずの敷

地が必要となる。それに対し現在医師不足はもちろんのこと、敷地を広げるために必要な土地も足りず、

また資金も不足しているというのが現状である。 3.産婦人科医師不足の原因分析 以上のような現状の原因については、劣悪な労働環境、患者からの過剰要求、診療報酬体系の問題の

三つの視点から分析することができる。まず、劣悪な労働環境について検討したい。現在医師不足という

のは日本全体で取り上げられるような大きな問題となっているが、産科医師の現状というのは医師全体の

中でも大きな問題の一つとなっている。そしてその産科医師の不足の原因の一つには、法令の基準を超

えてしまうほどの長時間労働や、女性医師に対する勤務継続の困難さからなる劣悪な労働環境というもの

が存在している。出産というのは、24時間365日、時を選ばず受け入れる態勢を整えておく必要があり、夜

間や休日を問わず医療を行わなければならない。ということは必然と当直や深夜の緊急呼び出しが多く、

それらを含めた月平均の拘束時間は 400 時間にも及ぶこともあり、法令基準を大幅に超えて勤務してい

る医師が多数存在している。 そしてもう一つの理由として、女性医師の勤務継続の難しさもある。現在産婦人科医の中で、35 歳以下は

女性が多数を占めているが、女性産婦人科医は自己の妊娠・出産・育児に対し、仕事を続けるためのサポ

ート体制が確立されておらず離職を強いられることがしばしばあるというのが現状である。こちらに関して

も、若い産婦人科医が少ないうえで、女性がそのうちの多数を占めているにも関わらず、サポート体制が

ないせいで離職を迫られてしまえば、この先さらに産婦人科医が減ってしまうのは言うまでもない。この二

つの理由からなる劣悪な労働環境により、ただでさえ大きな問題である医師全体の人数の減少よりもさら

に急激に産科医師が減少してしまい、出産難民の問題に拍車がかかっているのである。 次に原因分析の二つ目として、患者からの過剰要求について見ていこうと思う。これに関しては、モンスタ

ーハズバンドという存在が理由であると私たちは考えた。学校現場でのモンスターペアレントが話題にな

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ったことは記憶に新しいが、モンスターハズバンドというのはそのモンスターペアレントに類似したもので、

産科医療の現場で暴力や暴言などのトラブルを起こす社会モラルにかけた妊婦の夫のことを指して使わ

れている言葉である。 実際にモンスターハズバンドによって引き起こされた問題の事例を挙げたい。まず一つ目は、東京都南

区にある愛育病院で起こった医療費をめぐるトラブルである。この問題では、妊婦の夫が「病院は金がな

くても妊婦を診察するのが当然。失業中だから入院費は払えない。」や「この病院で診察しないなら、 他

の病院へのタクシー代を払え。」など発言したという。そしてこの夫は以前にも、暴力的行為で問題になっ

たこともあり、強固な態度を崩さなかったため、病院側は都立病院に患者の受け入れをお願いし、公用車

で送ったというものだった。 二つ目は先ほどの愛育病院で起こったもので、男性医師であったことによるトラブルである。この問題で

は、分娩経過観察のため男性医師が妊婦の内診をしたところ、その妊婦の夫が男性医師が観察を行うこ

とをセクハラであると抗議し、やむなく女性に交代させたというものである。当直医が男性しかいない状態

で、女性医師の診察を強硬に求められるケースなど男性医師をめぐるトラブルも多く、愛育病院では産婦

人科志望者が減少する中、特に男性医師の希望者が減っている一因ではないかと憂慮しているというこ

とだった。 以上の事例のように、近年では社会モラルにかけた患者が少なからずおり、場合によってはこのような問

題が訴訟問題になることも少なくはないのである。 表1 診療科別医療訴訟件数(地方裁判所)

診療科目 2008 年 2009 年 2010 年

内科 228 229 237

小児科 22 22 22

精神科(神経科) 30 33 29 皮膚科 9 10 17 外科 180 165 142

整形・形成外科 108 105 105

泌尿器科 18 19 24

産婦人科 99 84 89

眼科 27 23 24

耳鼻咽喉科 19 19 16

麻酔科 8 4 6

その他 119 116 104

出所:裁判所発表資料に基づき作成

上の表は、療科別にみた医療訴訟の件数を一覧したものである。これを見れば内科や外科に比べ、産婦

人科は医師一人に対する件数が飛びぬけて多いとは見えないが、これを医師一人あたりの訴訟件数の

割合に変換すると、産婦人科医は 1.5%となり、内科の 0.3%、外科 0.6%、小児科 0.1%と比べても格段

に高いことがわかる。訴訟が多い理由としては、出産は母子ともにリスクを伴うものであるが、近年では安

全で当然だととらえる患者が多く、医療ミスとみなされやすいというのが理由であると我々は考えた。実際

に医療訴訟の事例としては、先ほど現状分析でも説明した「福島県立大野病院事件」などがあげられ、ま

たあの事件を機にさらに産婦人科医を希望する人が減ったといわれている。 原因分析の三つ目として、診療報酬体系の問題について考える。診療報酬体系とは、消費者が医療サー

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ビスを需要する対価として、医師に支払う料金基準やその体系のことを指す。その仕組みは個々の診療

行為ごとに点数があらかじめ定められており、1点あたり10円としてその点数の合計で医療サービスの額

を算出する仕組みである。また診療報酬には、手術などの技術料に対応する部分と注射などの物に対応

する部分がある。特徴としては、各診療行為の点数が診療行為の相対価格を必ずしも反映していないこ

とが挙げられ、技術料よりも物に対する評価のほうが高いというのが現状である。改定は2年に1度であり、

基準は診療報酬全体を引き上げるか引き下げるか決められる。これは実のところ、医療費の総量を決め

ることを意味している。また個々の診療行為の点数を決める事は、各診療行為の相対価格を決めることも

意味している。 診療報酬体系の問題には、大きく二つのことが挙げられる。一つ目は、患者の病院に対する考え方であ

る。現在、全国の医療機関で計算のために使われる診療報酬体系は全て同一である。そのためどこの病

院に行っても医療費が同じと考えている人もいると思う。だが診療報酬体系は同じであっても、すべての

病院でまったく同じ診察や治療を行うわけではないということを知っている患者は現在あまり多くはなく、

患者と病院側の情報の行き違いが時として問題の原因になっていることもある。次にもう一つは入院の医

療費の問題である。外来に関しては出来高払いのシステムをとっているが、入院に関してはどれだけの

業務を行おうが定額になってしまい、医療費に医療費に差がでないというのが現在の形式となっている。 4.産婦人科医師不足問題の解決に向けて 以上の諸問題に対する解決策としては、次の三つが考えられる。一つ目は、労働環境の整備である、こ

れは先ほど問題として提示した内容に労働時間や女性の労働環境などにおける問題を解決するために

考え出したものである。二つ目は医療訴訟、紛争回避のための対策である、これも先ほど提示した内容

の産科医師一人に対する医療訴訟件数の多さの問題に対する対策である。三つ目は診療報酬体系の改

定である、これは必ず入院になる産科がいかに診療報酬体系に恵まれていないかという問題に対する解

決策である。 まず一つ目の労働環境の整備について見ていきたい。女性医師の割合の高い産婦人科で「出産や育

児などで家庭と仕事の両立が困難になる女性医師」が多くいるという事実を踏まえた上で、まずはそのよ

うな女性医師の離職を防ぐための対策が重要だと考えた。女性医師の離職を防ぐことによって男性医師

に対する負担も減り、ひいては医師全体の勤続にも繋がるのではないだろうか。そしてこの対策を実現す

るためには、女性医師が勤務し続けられるようなサポート体制を確立する必要がある。 第一に、病院内に保育施設を整えることが求められる。病院内に、24 時間体制で病児保育も行える保育

施設があれば、出産後の女性医師も安心して仕事に取り掛かることができ、速やかに復職しやすいと

我々は考える。第二に、短時間正規雇用の推進である。短時間正規雇用とは長時間労働フルタイム勤務

ばかりの働き方ではなく、自らのライフスタイルやライフステージに応じた多様な働き方を実現させるととも

に、これまで育児などの制約によって就業の継続ができなかった人達に、就業の機会を与えることができ

る働き方である。 現在、出産や育児を契機に非常勤や、非常勤で複数の病院に勤める医師であるフリーター医師になる女

性医師が多く、また非常勤は勤務時間が限られている割に時給も良いので、短期的に見れば魅力的な

就労形態であるが、長期的に見ると社会保険の問題常勤に比べて社会保険料を雇用主である病院側が

負担してくれる割合が少ないことや、確定申告を企業事務が行ってくれないこと、手当や控除が付く福利

厚生の処遇が悪いなどに加え、キャリアアップが難しく就労意欲の低下につながるという懸念がある。そ

のため、短時間正規雇用は女性医師にとって望ましい就労形態であると言えるだろう。 さらに、病院同士の連携も必要となる。地域内の病院同士で患者や医師のデータベース等の情報を共有

し、緊急時には臨機応変に対応できる医師派遣を行えるようなシステムを構築することで、これまでのよう

なたらい回しや受け付けられない病院が多数あるといった状況なくなるであろう。 また、産婦人科の集約化も労働環境の改善に有効な手段だと思われる。産婦人科の集約化とは、各医療

圏内の限られた人数の産婦人科医を一つの病院にまとめることで、多くの人手を要する産科救急に対応

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できるようにするものである。集約化については大阪府で事例が報告されている。それは市立貝塚病院と

市立泉佐野病院の産婦人科を集約し、お産は泉佐野で執り行い、子宮筋腫などの婦人科疾患は貝塚が

執り行うという役割を分担するというものである。出産を担う泉佐野病院の当直を、もともと泉佐野にいた医

師に加え、貝塚病院の医師も分担して手伝うことで、一人あたりの負担を減らすことが可能になる。産婦

人科を集約してしまうと、患者側からすれば通院が遠くなるという新たな問題も付いて回る。それでも現在

の深刻な現状を鑑みれば、医師の減少に伴い運営が困難になり産婦人科が潰れてしまうよりはまだ良い

のではないだろうか? 国民の意識改革に関しては、患者や患者の夫からの過剰要求に対しては国民の意識を改めてもらうしか

ないと考える。国民に医療現場の実態と、産婦人科医の減少が及ぼす少子高齢化委のような社会的影響

を知ってもらわなければならない。そのためには費用、医療資源、医療プロセス、副作用などの起こりうる

有害事象の公開など、国民の立場に立った透明性の高い医療情報の提供と、医療の質を高める対価とし

ての医療費増について説明する必要がある。それを実行するためには、正しい情報を国民に伝えるシス

テムの構築が必要である。 次に、診療報酬体系の改定について、検討を行いたい。産婦人科の医療行為にあった診療報酬体系を

目指すためには、現在の形から出来高払いの要素をより多く持つものにするべきではないだろうか。 そ

の理由として現行制度であると診療所、もしくは開業医の場合は出来高払い制を取っており、病院では外

来患者に対しては診療所・開業医と同じ出来高払い制だが、産婦人科では必ずある入院の場合・療養環

境、看護及び医学的管理費用について入院基本料患者 1 人当たりの定額支払いとなっている。手術料

等に関しては原則として出来高払いをとっており、特定の病棟については入院基本料と技術料を包括払

いにする特定入院料の仕組みもある。一部病院において診断群分類別包括評価を導入しているところも

ある。平成22年現在では全体改定率0.19%プラスになっており、他にも救急・小児・産科・外科の医療再

建を重点課題として掲げているが、まだ十分ではないのではない。 特に産科に注目してみると、対象となっているのがハイリスク分娩を必要とする妊産婦や緊急搬送され

た妊産婦に限定されており対象外の妊産婦への補償が薄いのが現状である。 産婦人科医師は特に激

務であり、苛酷である。加えて患者のほとんどが入院の必要があるため、定額払いの形となり収入は決し

て多くなく、志望する研修医が少ないのも現状だ。だからこそ産科にのみより厳格な出来高払い制を取る

ことが、産科を存続させていく第一歩であると考えた。単純に言えば外来患者と同じように「出来高払い制」

にすること。その先に行きつくことは、産科医師の増加、出産難民の減少につながっていくのではないだ

ろうか。 しかし、この解決策を実施するに当たって問題として浮上するのが、医療現場の実態に対する社会的理

解についてだ。産婦人科と少子高齢化との関係性についてだが、先に書いたように 近のニュースでも

話題になっていた妊婦のたらい回しなどの問題は産婦人科の医師不足によることであるのは明確である。

だが、これが少子高齢化に直接関係しているかといわれると正直なところそうだとは言えない。しかし長期

的な路線で行くと、産科が充実することで多少少子高齢化を防げるのではないのかと我々は考えている。

すなわち病院の中だけの理解だけでなく、病院外、つまりは実際に治療を受ける患者側からの理解を得

ることで初めて産科充実・少子高齢化問題の解決につながっていくのではないだろうか。 後に、「医療訴訟、紛争回避のための対策」について考えていきたい。医療に対する紛争はなぜ起こる

のか。それは患者側の人間が医療行為に対し、しっかりとした理解をできていないからだと我々は考えた。

そして患者側の人に医療行為を説明する場として、現在は実際に手術等が行われる前に行う話し合いで

ある「インフォームドコンセント」というものがある。インフォームドコンセントとは、説明に基づく同意や、知

らされた上での同意などと訳され、患者個人の権利と医師の義務という見地からみた法的概念である。医

師が患者に対して、受ける治療の方法や意味、効果、危険性、その後の予想や治療にかかる費用などに

ついて分かりやすく説明をし、その上で治療の同意を得ることを言う。 この行為については 10 年ほど前から医療界を中心に盛んに言われていることだが、この考え方にはもと

もと 2 つの来歴がある。一つは、医療過誤裁判で医師に説明義務があることを認めさせるための、法廷戦

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術上の概念であったものという考えである。臨床薬理試験の際、協力を得る目的のため医学ボランティア

に説明し同意を得る際に、わかりやすく詳しい内容の説明同意文書を使って治験担当医師が説明し、自

由意思による治験への参加同意を得ることとなっている。インフォームドコンセントによって、その利益の

恩恵を受けるのは患者の側だ。医師から患者本人に話しができないと判断するなら患者の家族に、病気

の情報を正しく伝え、その後の治療を選ぶのは患者である事を医師はしっかりと教えるべきではないだろ

うか。 もう一つは、実験医療における被験者の、同意の場での考え方である。この場合は、事前に実験の目的

や危険性などが十分説明され、被験者が自発的に同意するというものだった。同意に関しては被験者の

自由意思により、いつの時点においても撤回が可能で、撤回しても本人への不利益となることが一切ない

旨が、法令で定められている。またこの同意文書には、医師と被験者の双方が同意文書に署名を行い文

書で残すことが義務付けされているため、捏造することは不可能である。インフォームドコンセントによっ

て患者は正確に現在の病状を認識し、よりゆたかな暮らしを追及できるよう配慮することが大切である。 以上のようなインフォームドコンセントに関する理解を、医療関係全体に浸透させることで、患者も無知で

はなくなるためしっかりと判断できるようになるのではないだろうか。 次に医療事故防止のための医師教育体制の整備であるが、こちらにはミスを繰り返す「リピーター医師」と

呼ばれる医師が産婦人科には多く、国民からの不信が高まっているということから来ている。このリピータ

ー医師に対して、指導や再教育を迅速にできるように医療事故やミスを日本産婦人科医会に報告するこ

とで、安易なミスが繰り返されるのを防げるのではないかと我々は考えた。報告を怠たり、指導をしても医

療行為に改善がみられない場合には、会員の除名や専門医の資格停止の処分を検討することで、国民

の不信を解消していくことができると思われる。手術や診断のミスなどの様々な医療事故で、医師や医療

機関が損害賠償を請求されるケースが増えており、医療事故や訴訟関連のニュースが日常的に報道され

るようになっている。こうした医療訴訟などに対するリスクをヘッジするのが東京海上日動火災保険株式会

社などの 4 社による共同保険である「医師賠償責任保険」だ。この保険には、開業医は必ず加入すること

が義務となっている。保険金の支払いは産婦人科が 30%と も多く、次いで内科(20%)、整形外科

(15%)、外科(9%)、眼科(6%)の順になっている。しかし多くの勤務医は事故を起こしても勤務先の保

険でカバーしてくれると考えており、医師賠償責任保険に加入していない勤務医は未だに多く、40 代以

降のベテラン医師の半分は未加入と推定されている。 しかし医療事故などが起こり、勤務医師個人が訴えられた場合などでは勤務先の保険が下りないケース

もある。要求される賠償金も高額となるケースも多く、保険の掛け金を抑えていることが多い中小の病院の

場合、保険でカバーしきれないということもある。医師賠償責任保険に未加入の勤務医が共同被告となっ

ている場合、当然、その差額は自腹で支払うことになる。だからこそ、この制度は今後重要になると考えら

れる。医師になりたての新米医師がこれまでのように勤務先の保険に頼らず、自ら医賠責に入ることで現

在よく言われている先の医療訴訟にも対応できるのではないだろうか。またこの対策についてはモラル

ハザードが発生する可能性があるが、その対策としては経験料率というもので対応ができると我々は考え

ている。 5.残された課題 これまで見てきた諸対策を実施可能なものとするためには、解決すべきいくつかの課題がある。 まず一

つ目は、医療事故防止のための医師教育制度の整備である。対策案の一つで前述したリピーター対策と

いうものが、今回の検討では具体化しているとは言えない。医賠責保険に加入したとしても、同時に経験

料率などによってモラルハザードを防止できれば、ミスの繰り返しを減らすことができるとは考えられるが、

医賠責保険の普及自体が容易ではないため、現状では確実な対策とは言い難い。二つ目は医療事故情

報管理体制の整備である。ここでは、プライバシーに関わるセンシティブな情報の共有方法に課題が残

される。患者のプロフィールや医師のプロフィールは基本的にプライバシーに関するものであり、それを

共有するというのは個人情報保護の観点からは簡単に許容できるものではない。また情報共有に関して

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も、そのためのシステムを作りを今後具体的に検討する必要がある。三つ目は産婦人科集約の弊害であ

る。産婦人科が集約されるということは、すなわちもともと産婦人科のあった施設から、産婦人科がなくな

ることもありうることを意味している。それによって患者の通院距離が遠くなってしまうなどという状況をどの

ようにケアするべきか、これもこれから取り組むべき問題ではないかと考えられる。四つ目はインフォーム

ドコンセントの徹底である。これに関してはどのような情報が必要になるかなどの基準が難しく、また患者

側によっては話を聞き入れない場合がある。以上の諸課題についても、今後検討が求められる。 参考文献 南俊秀(2008),『モンスターペイシェント―崩壊する医療現場』,角川SSコミュニケーションズ. 岩田健太郎(2011)『「患者様」が医療を壊す』,新潮社. 相澤 好治・和田 耕治(2008),『ストップ!病医院の暴言・暴力対策ハンドブック―医療機関における安全

で安心な医療環境づくりのために』,メジカルビュー. 読売新聞社会部 『ドキュメント検察官…揺れ動く「正義」』 中央公論新社 日本医師会(2008),「「モンスターハズバンド」が急増 妻に付き添い暴力・暴言」『日医ニュース』第

1001 号. 毎日新聞社(2007),『プラトン「崩壊する現場」』シリーズ No.001. 厚生労働省ウェブサイト(http://www.mhlw.go.jp/toukei/). 裁判所ウェブサイト(http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/izikankei/touke

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ネット生保の可能性

~保険難民を減らすには~

近畿大学経営学部 稲葉浩幸ゼミナール

岡本昌大 浅田佳樹 足立海里 石橋孝資 板井英里奈 岡本滉啓 亀山篤志 篠田大樹 高井健太 竹田健司

陳真大 長尾智輝 平井秋美 山根舞 山本洋之 要旨 今日の生保業界が抱える問題として「保険難民」の増加を挙げることができる。特に 20 代・30 代の若年層にお

いてこの傾向は顕著に見受けられる。この問題を引き起こす原因として、1.不景気による給与所得の減少、2.既存保険商品の複雑さ、3.従来の販売チャネルと顧客ニーズのミスマッチが挙げられる。これらの問題を解消し

「保険難民」減らすには、近年新しく登場し「ネット生保」を活用することが有効であると考える。

キーワード:ネット生保 保険難民 ニーズへのマッチ インターネット普及率 家庭環境の変化 1.研究概要 初めに本研究を行うに至った経緯はというと、保険論のゼミで生命保険の仕組みや必要性、業界につ

いて学んでいく中で、生命保険に加入することのできない「保険難民」が増加しているという事実を知る。

この問題について調べていくと、原因は経済的理由であることをわかった。そこで近年、新たに登場した

「ネット生保」を活用することで、この問題を解決することができないか、という疑問が出てきたのが本研究

を行うに至った経緯である。 1-1.保険難民とは? 経済的理由により生命保険に加入することができない、もしくは販売チャネルのミスマッチにより生命保

険への加入の機会の無い・少ない人々のことを指す。また必要性を感じない、保険のことがよくわからな

いという理由で生命保険に加入していない人も含まれる。このようなことから、保険難民は比較的若年層

に多いと思われる。 1-2.ネット生保とは? インターネットを通じて、生命保険の設計・検討・申し込み・加入までを行うことのできる保険商品のことで

ある。ネット生保の大きな特性として、①保険料の安さ、②保険商品のシンプルさ、③24 時間いつでも申

し込み可能というものがある。1 つずつ説明していく。 まず 1 つ目の「保険料の安さ」については、なぜネット生保は保険料が安いのか、その仕組みについて

説明した後、ネット生保専業会社のライフネット生命、ネクスティア生命と既存生命保険会社の明治安田生

命、JA 共済の比較例を用いながら説明していく。 なぜ安いのか、それは販売チャネルをインターネットに限定することにより、オフィスレディーと呼ばれる

営業職員にかかる人件費、営業所にかかる諸経費を削減することができ、保険料の付加保険料の部分を

削減することができるからである。これによって手厚い保障はそのままに、保険料を下げることを可能にし

た。 どれくらい安いのか、上記4 企業で「定期保険で 30 歳男性、10 年間死亡保険金3000 万円」の場合の

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保険料を比較すると、ライフネット生命では3484円/月、ネクスティア生命では3450円/月、明治安田生命

では 6990 円/月、JA 共済では 7200 円/月となっており、ネット生保専業会社と既存生保会社との間に約

2 倍の差があることがわかる。 次に2つ目の「保険商品のシンプルさ」について説明していく。若年層の生保未加入の理由の3番目に

上がっている理由に「生命保険についてよくわからない」というものがある。確かに既存生命保険商品とい

うのは主契約+特約というのが一般的となっており、この特約というのが多種多様となっている。これは生

命保険に関する知識に乏しい人々からすれば、理解をするのが難しい。さらにはこの複雑さが原因となり

不払い問題というものもつい 近まで問題となっていた。 しかしライフネット生命ではこの特約というものを一切排除した。主契約のみのシンプルな商品を提供す

ることにより、申し込み者自身が自ら保険商品について検討することができるようになる。さらにネットを使

うことにより必要保証額のシミュレーションを行うことができるようになったのもシンプルであるが故であろう。

シンプルなので不払い問題ということも起きなくなる。 後に「24 時間いつでも申し込み可能」という特性について取り上げる。インターネットを用いる 大の

利点、それは時間に囚われることがなくなるということだろう。既存生命保険商品では営業職員に来てもら

い、加入を検討しなければならない。おのずと昼間の時間帯でなければならなくなってしまう。しかしネッ

ト生保では仕事が終わってから夜遅い時間自宅で申し込むことができる。 1-3.仮説 以上保険難民の抱える問題、ネット生保の 3 つの特性について説明してきた。ここから私たちは次のよう

な仮説を立てた。 「ネット生保を活用することにより、保険難民を減少させることができるのではないか」 この仮説の妥当性を支持する根拠を 3 つ挙げる。1 つ目は「ニーズにマッチしている」、2 つ目は「高いイ

ンターネット普及率」、3 つ目は「家庭環境の変化」である。1つずつ検証していく。

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60

2.論拠 ここからは、導き出された仮説の妥当性を検証していく。そのための 3 つの根拠を 1 つずつみていく。 2-1.ニーズにマッチしている 現在、不況の影響により国民の平均給与というのは減少傾向にある。H.11 時点では平均461 万円だっ

たが右肩下がりに下がり続けている。H.20 から H.21 にかけての平均給与対前年伸び率に至っては

-5.5%と大きく減少し、430 万円から 406 万円となっている(※図 1)。

また、平均給与が減少している中で、年収を階層別にみてみると、年収 400 万円以下の人の数は上昇

しているのに対し、年収 500 万円以上の人の数は減少しており、国民全体の所得が低下していることが

わかる(※図 2)。平均給与が減少している中では、既存保険商品の保険料を支払い続けることはかなり厳

しいだろう。となると、保険料の安いネット生保というものはニーズにマッチしていると言える。

次に生命保険業界の現状と生命保険未加入の理由から、ネット生保がニーズにマッチしていることを

説明していく。 生命保険の世帯加入率は、全生保では H.6 の 95.0%をピークに減少しており、H.21 には 86%にまで

減少している。これは保険難民が増加傾向にあることの裏返しと言えるだろう(※図 3)。

-6

-4

-2

0

2

4

300320340360380400420440460480

h11 h12 h13 h14 h15 h16 h17 h18 h19 h20 h21

対前年伸び率

平均給与

図1:平均給与および対前年伸び率の推移

平均給与 対前年伸び率(万円) (%)

出所:国税庁「民間給与実態統計調査」平成21年分

0 100 200 300 400 500 600 700 800 900

~100

101~200

201~300

301~400

401~500

501~600

図2:給与階層別給与所得者推移

H.21

H.20

H.19

H.18

H.17

(万円)

(万人)

出所:国税庁「民間給与実態統計調査」平成21年分

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61

世代別に加入率を見てみると、20 代では 52.1%、30 代では 80.8%、40 代では 88.9%、50 代では

87.2%、60 代では 79.9%と圧倒的に若年層の加入率が低いことがわかる(※図 4)。

世代別の加入率の年次推移をみてみると、10 代、40 代、50 代、60 代では加入率というものは増加傾

向にあるが、20 代、30 代は減少傾向にある(※図 5)。

0102030405060708090

100

s40

s43 s45

s48

s51

s54

s57

s60

s63

h3

h6

h9

h12

h15

h18

h21

図3:世帯加入率の推移

全生保

民保

簡保

JA

(%)

出所:生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」平成21年

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

18~19歳 20歳代 30歳代 40歳代 50歳代 60歳代

図4:世代別加入率

全体

男性

女性

(%)

出所:生命保険文化センター「生活保障に関するデータ」平成22年

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62

なぜ減少しているのか、これは先ほどの経済的理由のほかにも原因がある。それは商品の複雑さであ

る。生命保険未加入の理由で10 代~60 代の5 位(10.1%)に入っている「生命保険についてよくわからな

い」というのがこの複雑さが原因になっていることを表していると言えるだろう。20 代のみのデータではこ

の理由は 3 位(21.1%)にまで上昇する。これは顧客がよりわかりやすい商品を求めているということである。

ネット生保の「商品のシンプルさ」という特性はこのニーズを満たすことができると考える。 以上のことから、ネット生保は保険難民のニーズに応えており、保険難民の減少に効果的であると考え

る。 2-2.高いインターネット普及率 2 つ目の根拠として、インターネットの普及率というものを取り上げる。ネット生保とはその名の通りインタ

ーネットを販売チャネルとして用いるため、インターネットが普及していることが、何よりも重要であろう。今

日の日本のインターネット普及率はどうなっているのか。 日本のインターネットの普及率は、H.12時点から10年で急速に拡大しH.22時点で93.8%と非常に高

い数値となっている(※図 6)。

20

30

40

50

60

70

80

90

h16 h19 h22

図5:世代別加入率年次推移

10代

20代

30代

40代

50代

60代

(%)

出所:生命保険文化センター「生活保障に関するデータ」平成22年

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

h9 h10 h11 h12 h13 h14 h15 h16 h17 h18 h19 h20 h21 h22

図6:インターネットの普及率(%)

出所:総務省「通信利用動向調査」平成22年報告書

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63

世帯主年代別にみてみると、20 代では 99.5%、30 代 98.9%、40 代では 97.8%、50 代では 97.0%、

60 代では 86.6%と若い世代ほどインターネットの利用率は高い。メインターゲットである若年層の利用率

が高いといことは非常に良いことである。 また、生命保険に関するアンケートで「生命保険を検討するならば、どのような方法で情報収集・加入し

ますか」というものでは、情報収集に関しては「インターネット」が 76.5%、「生命保険会社からの情報提供」

が 34.0%と、その差は約二倍となっている。インターネットの普及に伴い、利便性が向上した結果が反映

していると言えるだろう。加入に関しては、「営業職員」が 30.1%、「保険会社のライフプランナー」が

34.5%であるのに対し、「インターネット」は 49.8%と約2 人に 1 人がインターネットでの加入を検討してい

る。 実際の民保(かんぽ生命は除く)の加入チャネルの現状では、「生保会社の営業職員」が 68.1%、インタ

ーネットを含む「通信販売」が 8.7%、「銀行・証券会社を通して」が 2.6%と 2 番目に高い割合となっている。

高いインターネットの普及率というのは、顧客の意識変化を起こし、購買行動にも変化を生んだと言える。 ここでインターネットを用いることの利点を少し補足しておく。紙媒体であるパンフレット等を用いる必要

がないのでコストの削減につながり、紙面の制約を受けないので保険商品の選択に必要な情報以外にも、

本来営業職員が対面で行う保険プランの見積もりができるツールや、不明な点・相談などがあるときには

設置されたリンクからよくある質問事項等を参照することができ、生命保険について顧客が学ぶことのでき

るコンテンツ等も準備できる。さらにリンク機能を用いれば、外部サイトへも行き来することができ、様々な

情報を得、じっくり考えながら意思決定することができる。インターネットが普及したことにより、顧客のニ

ーズをしっかりと押さえていることで、保険難民の減少につながるだろう。 2-3.家庭環境の変化 後に家庭環境の変化について説明していく。近年の日本社会は”晩婚化”や”少子高齢化”など一昔

前と比べ大きく変化してきた。核家族化や単身世代の増加、さらには不景気による給与の減少により夫婦

共働きという家庭も増加し ている。このような現象は、生命保険に対するニーズの変化や販売チャネルの変革というものを生んだ。 まず世帯構造別、世帯類型別にみた世帯数の年次推移をみてみると、S.61 には全体の約 3 割だった

「夫婦のみ世帯」・「単身世帯」が、H.19 には約2 割増え全体の半分を占めるまでになった。「夫婦のみ世

帯」は約 2 倍、「単身世帯」も 2 倍近く増えている(※図 7)。 出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」平成19年6月7日

0

1000

2000

3000

4000

5000

s61 h1 h4 h7 h10 h13 h16 h17 h18 h19

図7:世帯構造別、世帯類型別にみた世帯数の年次推移

その他の世帯

三世代世帯

ひとり親と未婚の子のみの世

夫婦と未婚の子のみの世帯

夫婦のみの世帯

独身世帯

(万世帯)

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こうした中で共働き世帯数と男性雇用者と無業の妻からなる世帯数の推移も見てみると、S.55 には共働

き世帯数は 614 万世帯、男性雇用者と無業の妻からなる世帯数は 1114 万世帯だったが、H.17 時点で

は共働き世帯数は 988 万世帯、男性雇用者と無業の妻からなる世帯数は 863 万世帯と大きく数が変化し

てきている(※図 8)。

このように、共働き家庭が増えている社会においては、従来の営業職員による訪問販売では思うように

マッチしないだろう。情報漏洩を避けるという点で、オフィスへの営業活動というのも難しくなっている。そ

うなると仕事終わりの夜にゆっくりと考えながら保険を検討することができるということで、ネット生保という

ものは有効であるだろう。 3.結論 今まで述べてきた、「ニーズにマッチしている」、「高いインターネット普及率」、「家庭環境の変化」という

3 つの観点から考察すると、ネット生保を活用することによって保険難民は減少すると考える。 従来のオフィスレディーと呼ばれる営業職員による販売チャネルは、インターネットのインフラ化に伴う

新たな販売チャネルの誕生により、変化を迫られるだろう。それによって保険商品というものは「売られる

商品」から「買われる商品」へと変化していくと考える。つまり、より消費者本位のものとなっていくということ

である。 保険難民と呼ばれる人たちもこうした変化の中で、自らしっかりと保険商品と向き合っていくと考える。そ

の中でネット生保の 3 つの特性を活用することにより保険難民は減少していくだろう。 しかし、まだまだネット生保というものは、市場におけるシェアは小さい。新契約件数での個人保険にお

けるネット生保の構成比というものは、H.20 時点では 0.10%となっている。だが翌年には 0.26%、翌々年

には 0.44%と 2 倍近い伸長率で構成比を拡大している。TVCM での広報活動に加え、ウェブサイトでの

有償・無償の広告バナーを用いて、その知名度を広げていくこと、それがこのネット生保市場の当面の課

題ではないだろうか。世間に広く周知してもらうこと、それが保険難民の減少にもつながっていくだろう。

600

700

800

900

1000

1100

1200s5

5s5

7s5

9s6

1s6

3h

2h

4h

6h

8h

10h

12h

14h

16

図8:共働き等世帯数推移

共働き世帯

男性雇用者と無業

の妻からなる家庭

(万世帯)

出所:総務省「労働力調査」

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65

参考文献・Web サイト ・ 田畑康人・岡村国和(2011)『人口減少時代の保険業』慶応義塾大学出版会 ・ 鈴木辰紀(2010)『保険の現代的課題Ⅳ』成文堂 ・ 近見正彦・堀田一吉・江澤雅彦(2011)『保険学』有斐閣 ・ 小藤康夫(2009)『決算書から見た生保業界の変貌』税務経理協会 ・ 今井薫・岡田豊基・梅津昭彦(2011)『レクチャー新保険法』法津文化社 ・ 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」平成 21 年 9 月速報版 ・ http://www.jili.or.jp/press/2009/pdf/09-4.pdf、2011 年 9 月 12 日 ・ 生命保険文化センター「生活保障に関するデータ」平成 22 年 12 月発行 ・ http://www.jili.or.jp/research/report/chousa22th_2.html、2011 年 9 月 12 日 ・ 国税庁「民間給与実態統計調査」平成 21 年分 ・ http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2009/pdf/001.pdf、2011 年 9 月 12 日 ・ 総務省「通信利用動向調査」平成 22 年報告書 ・ http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR201000_001.pdf、2011 年 9 月 12

日 ・ 総務省「労働力調査」 ・ http://www.gender.go.jp/whitepaper/h18/gaiyou/danjyo/html/zuhyo/G_22.html、2011年9月

13 日 ・ 厚生労働省「国民生活基礎調査」平成 19 年 6 月 7 日 ・ http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa07/1-1.html、2011 年 9 月 13 日 ・ 楽天リサーチ株式会社「生命保険の加入窓口もインターネットが主流に~生命保険に関する調査よ

り」 ・ http://research.rakuten.co.jp/report/20070529/、2011 年 9 月 18 日

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コーポレート・レピュテーション・リスク

~レピュテーション・リスク認識とリスク・マネジメント~

静岡県立大学 上野ゼミナール

チンカツエイ チンサセイ 辻敦子 都竹里美 松井剣人 横山剛士

要旨

不祥事によって企業が被る損害は、売上高の減少、損害賠償など計り知れない。本研究は、評判

(レピュテーション)に関するリスクを調査・検証することを通じて、不祥事による損害をコントロールす

る可能性を探った。本研究を通じて、レピュテーション・リスクのうち突発的に発生するものは、事前・

事後の適切な対応によって軽減可能であること、さらに、発生時には社会の要請に応じた臨機応変

なマネジメントをしていく必要があることが分かった。

キーワード:コーポレート・レピューテーション・リスク,不祥事,測定困難なリスク 1 研究背景

「企業の評判」と聞くとどういうイメージを持つだろうか。消費者の立場から「企業の評判」を考えれば、

評判のよい企業の商品を買いたくなるだろうし、逆に悪い企業の商品は敬遠するであろう(よほど変わっ

た人でない限り)。このように考えれば、企業の評判が高ければ高いほど売上高は上がり、評判が悪け

れば売上高は下がる。 この評判すなわちレピュテーション(reputation)を企業経営者はどのように捉えているのであろうか。

経済産業省(2005)の『企業が事業活動に影響を与えると認識しているリスクファクター』の調査によると、

レピュテーションのリスクが上位に位置していることが分かる(図 1 参照)。

図1 企業経営者によるリスクファクターの認識

出所:経済産業省(2005:163)の一部を修正して作成

レピュテーション・リスクを重要なリスクファクターだと認識している企業経営者の割合は 45.7%であ

る。このデータは少し古いものだが、近年においてインターネットや SNS の発達により消費者間で行き

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かう情報量は大きくなり、評判の重要性は増していると言えるだろう。そのため、このデータよりレピュテ

ーション・リスクの関心度・重要度は増していると考えられる。よってレピュテーション・リスクは企業経営

者の重要視しているリスクファクターの 1 つだと捉えられている。

1.1 レピュテーションとは (コーポレート・)レピュテーションとは、(企業の)評判のことである。長期間に渡る企業の行動が、企業

の利害関係者(ステークホルダー)から評価を受け、レピュテーションを形成する。電力会社やガス会社な

ど地域ごとの管轄があるインフラ事業では、レピュテーションによる業績への影響はほとんどの場合ない

が、競争の激しいサービス業など、顧客が自ら商品を選択する場合には、レピュテーションにより業績が

変動する。よって、企業のタイプにより業績への影響を及ぼす大きさは異なる。 また、レピュテーション(評判)に類似しているイメージ、ブランドとの関連性を定義づけておく。初めに、

イメージは個人が抱く評価とする。次に、レピュテーションは複数のイメージが集積することによって得ら

れる平均であり、変動性が高いものの複数人からの共通された認識である。 後に、ブランドはレピュテ

ーション(評判)がより確固たるものへと変化したもの、つまり変動性の低いもしくはほぼ皆無の固定化され

たものとする。

図2 イメージ、レピュテーション、ブランドの定義

出所:櫻井通晴(2011),『コーポレート・レピュテーションの測定と管理~「企業の評判管理」の理論とケース・スタ

ディ~』p47図2-3:知覚、イメージ、レピュテーション、ブランドの関係 p49図2-4:個人が抱くレピュテーシ

ョンとコーポレート・レピュテーションに基づいて作成

1.2 リスクとは リスクは以下の2つに大別することができる。

①結果の不確実性 ②損失の期待値

1つは、ある物事の結果に不確実性があることである。リスクというと一般的にマイナスのイメージだけを

持たれてしまいがちであるが、この不確実性というリスクは、プラス(収益)とマイナス(損失)の両方が起こ

る可能性があるということである。2つ目は、損失期待値が大きいことである。リスクの大きさは、発生確率

(p)と予想損失額(x)の積で表すことができる。災害や不祥事などの、突発的に発生するリスクはこちらに

属する。 従来、リスク・マネジメントはリスクの大きさ(不確実性の幅、もしくは損失期待値)を測定し、許容外の大

きさだった場合、許容できるリスクの大きさまで(測定したリスクの大きさより小さいリスクコストで)リスクを軽

イメージ

ブ ラ ン

レピュテーシ

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減することである。

1.3 レピュテーション・リスクの性質 レピュテーション・リスクとは、ステークホルダーから受ける評判によって引き起こされるもので、企業価値

および損益の部分の変動性を示す。大別すると、評判の上下により収益力・損失源になり得る流動的で

企業の操業において常に発生しているリスク(常時型:損益)と、不祥事や風評被害などによる評判の大

幅な低下によって突発的に発生するリスク(突発型:ほぼ損失のみ)とに分けられる。なお、本研究では突

発型レピュテーション・リスク(不祥事)を研究している。 また、レピュテーション・リスクの性質は2つある。1つは、特定の資産だけではなくビジネス全体に影響

を与えるため、リスクにさらされている部分が広いということである。もう1つは、突発型においてはレピュ

テーションの低下により業績が下がると、その後直接的な損失である賠償金や評判の再構築などによる

間接的に支払わなければならない費用が長い間発生してしまうということである。

1.4 レピュテーション・リスク(発生)の例(トヨタ自動車リコール事件) 前述の突発型レピュテーション・リスク、つまり不祥事によって発生する損失が、本当にレピュテーショ

ンによって発生しているのかの証左として、トヨタ自動車のリコール事件について説明していく。 事件の発端は、2009 年8 月28 日、アメリカにてレクサス ES350 のフロアマットの障害による死亡事故

の発生であった。その後複数の同じような事件が発生した。そして、9 月 29 日事件の 1 ヵ月後、状況によ

ってはマットが原因で事件が起こりかねないことを公表した。問題車種所有者にマットを取り外すように連

絡したのが 10 月25 日、自主改善措置の発表を行ったのが 11 月25 日であった。2010 年1 月21 日に

アクセルペダルの危険性で米国の8車種 230 万台のリコールを発表し、1月 25 日に欧州でも約 200 万

台を対象にリコールを含む回収修理を行う方針を発表した。 終的にリコールに乗り出したのは 2010 年

1 月21 日であった。後日その事件はトヨタ側に大きなミスが無いことが発覚するが、さまざまな憶測(トヨタ

非難)が飛び交った。一連の事件におけるリコール総数は850万台であり、2010年決算への直接影響額

は 1800 億円であった。

1.4.1 リコール事件による影響 トヨタが 2010 年のリコール事件により被った損失について把握するため、ブランド価値、販売台数およ

び市場シェアの変化を調べた。

図3 トヨタのインターブランド

出所:ベストグローバルブランド 100global brands. One definitive

guide.http://interbrand.com/ja/default.aspx

05,000

10,00015,00020,00025,00030,00035,00040,000

2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

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図3はベストグローバルブランドから出した2005年から2011年までの7年間のデータである。2009年

から 2010 年にかけて、世界でのトヨタのブランド価値が下がったということを表している。

図4-1 レクサスの販売台数推移

図4-2 車業界主要3社の販売台数推移

出所: 日本自動車販売協会連合会http://www.jada.or.jp/contents/data/brand/index01.php

図4-1はレクサスの販売台数を表している。これは、日本自動車販売協会連合会から出した 2008 年 1月から 2011 年 10 月までのデータである。2008 年 9 月のリーマンショック以降、販売台数が下がりつつ

あり、2009 年3月からようやく回復の兆しが見られ、11 月にピークに辿り着いた。しかし、その後不祥事に

より再び販売台数が下がってしまった。ここで2010年の2月から3月までの1ヶ月間で販売台数が上がっ

ているが、図3-2と照らし合わせてみると、他の車会社も3月期に上がったことが分かる。これは、3月は

決算期のためであり、3月は一時的に上がったが、それ以降は前月同様再び下降していることからも明ら

かである。

0

50000

100000

150000

200000

2009

年…

2009

年…

2009

年…

2009

年…

2010

年…

2010

年…

2010

年…

2010

年…

2010

年…

2010

年…

2010

年…

2010

年…

2010

年…

トヨタ

ホンダ

日産

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図5自動車メーカーの米シェア推移

出所:時事ドットコム【図解・自動車産業】米新車販売台数の推移( 新)

http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_eco_car-newsales-america

図4‐1から販売台数が減少したということが分かった。それに加えて、アメリカ市場におけるトヨタのシェ

アを調べた。図5は、6つの自動車メーカーの米シェアを表している。2009年10月からの折れ線グラフを

見ると、トヨタが下がっていることが分かる。つまりリコール事件が起きた後、トヨタは米市場におけるシェ

アが少なくなったことを示している。以上のデータから、トヨタのレピュテーションの低下はリコール事件の

発生と関係があると推測される。

1.4.2 事件の特徴・総括 トヨタリコール事件後の対応の特徴を3つにまとめた。1つは、対応の遅れということである。事故が発生

してからリコールを決定することに至るまでおよそ5ヶ月が経過した。2つ目は、情報開示の不十分さによ

り、不信感が増えてしまったことである。3つ目は、リコールが数度に渡って行われ、事件が長引いて、深

く印象付けられたことである。以上のことから、この事件で発生した損失が増えてしまったと考えられる。

2 問題意識 2.1 レピュテーション・リスクの現状と問題点

レピュテーション・リスクはその扱いの困難さから適確なマネジメントが難しいという問題点が現状存在

している。しかしながら企業経営者から重要視されているリスクを困難だからといってその問題点を放置

するわけには当然いかない。そのため本研究では、適確完璧は無理でも適正な方向性を見出すことで

適当なリスク・マネジメントできないか。もしくは部分的にでもマネジメントが可能な箇所は無いかを仮説・

検証を用いて検出していく。

2.2 仮説・検証にあたって認識の整理 仮説・検証にあたってレピュテーション・リスクとそこから発生する損益について改めて分類・認識をして

おく。前述の通りレピュテーション・リスクは常時型と突発型とに分類できる。前者はレピュテーションの上

下で常時発生する損益の不確実性であり、後者はレピュテーションの急激な低下(不祥事・風評被害)に

よって突発的に発生する大きな損失(期待値)である。 また突発型レピュテーション・リスクで発生する損失は、直接損失と間接損失の2つに分類できる。例と

して不祥事発生時に当てはめると、1つ目は賠償や補償などで発生する直接的な損失。2つ目はレピュ

テーション低下によって起きる売上成長の阻害などの間接的な損失である。この間接的な損失はリスク

(損失期待値)の測定が困難であり、従来のリスク・マネジメントを行っていくことを難しくしている要因とな

っている。

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仮説・検証では、まず仮説を立て、突発型レピュテーション・リスクの主な事例である不祥事を調査する

ことで、従来のリスク・マネジメントの適用が難しい突発型レピュテーション・リスク(その中でも間接的な損

失)について適用できる新しい形のリスク・マネジメントを見つけていく。

3 仮説・検証 ここでは前述した問題意識である不祥事の発生による損失の軽減が可能かどうかについて、仮説・検

証を行う。まず、それにあたって不祥事後に行う対応によって損失のコントロール(軽減)が可能であると

いう仮説を立てた。

3.1 仮説の検証方法 仮説の検証は不祥事の事例分析により実施する。検証方法は、過去に不祥事を起こした企業を調査し、

不祥事による損失が業績に表れた企業とそうでない企業との特徴を比較・検討して、損失の軽減につな

がった対応を見出していくというものである。調査をした企業は不祥事後の業績低下が著しかった企業と

してトヨタに加えて雪印グループと不二家を、業績低下が発生しなかった企業としてパナソニックと伊藤忠

商事、アサヒビールを対象とした。

3.2 検証 1(雪印グループ) ここでは雪印グループの不祥事についての検証結果を記述する。雪印の不祥事は、雪印乳業が起こ

した 2000 年 6 月の低脂肪乳による集団食中毒事件と、雪印食品が起こした 2002 年 1 月の食品牛肉偽

装事件の2つに分けられる。この事件後の売上高は図6のようになっていて、食品牛肉偽装事件以降の

売上高が激減していることが分かる。食中毒事件後の2002年度に業績がいったん回復しているのは、人

件費の削減(従業員 2800 人の削減・飲用乳工場の半減)や固定資産の売却、新製品を利益率の高いチ

ーズにするなどのなりふり構わず身を切ることによるものである。そして2度目の事件である牛肉偽装事件

を起こしたことによって雪印グループは完全に信用を失ってしまうこととなり、その後は先ほどのような再

建計画による収益改善が追いつかないほどの売上低下となってしまった。以下の3点を雪印グループの

とった対応として挙げる。

① 事件に対する統率責任者の不在 ② 原因究明の遅れ ③ 社長の記者会見での誠実性の欠けた対応(私だって寝ていないんだよという発言)

これらの対応の不備により、世間・マスコミから大きな批判を受け、雪印の印象を大きく下げることとなっ

てしまった。 図6 雪印の売上高推移

出所:雪印『有価証券報告書』2000 年度~2006 年度版

0200,000400,000600,000800,000

1,000,0001,200,0001,400,000

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

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3.3 検証2(不二家) ここでは不二家の不祥事についての検証結果を記述する。不二家の起こした不祥事は、期限切れ原

材料使用問題である。この事件は不二家の 2006 年 11 月に社内会議で配布された、外部コンサルタント

会社が作成した文章がマスコミなどに発覚したことが発端となっている。配布された文章の内容は8月か

ら行われていた商品に対する賞味期限切れの原料の使用がマスコミに発覚したら雪印の二の舞となって

しまうというものであった。図7のグラフにも表れているように事件が発生した 2006 年度以降の売上高が

下落していることが見て取れる。この事件の特徴としては雪印のように製品による食中毒事件などの大き

な被害が発生しているわけではないが、事件が過大に扱われてしまったという点がある。以下の2点を不

二家のとった対応として挙げる。 ① 事実公表の遅れ ② 責任逃れの姿勢(パートの労働者が勝手にやったという発言)

この誠実性に欠けた対応により、雪印と同じく世間・マスコミの批判の対象となってしまった。そのため、

調査が厳しく行われ、過去の衛生管理不備が事件発生後も定期的に発覚した。このことから、消費者の

事件に対する印象がより強くなってしまうという結果になった。

図7 不二家の売上高推移

出所:不二家『有価証券報告書』2004 年度~2007 年度版

雪印・不二家の不祥事には、共通して事件に対する対応の開始が遅れてしまっていることや、マスコミ

に対する対応の失敗、事件に対して真摯に受け止める姿勢が欠けているという特徴が見て取られた。

3.4 検証③(パナソニック) 続いて対応の良かった企業としてパナソニックの不祥事について記述する。事件の概要は、1985年か

ら 1992 年まで製造された FF 式石油機器を使っていいたユーザー宅で、CO 中毒事故による死亡者が

出たことが 2005 年 1 月に発覚、バーナーに外気を送るゴムホースの亀裂により不完全燃焼を起こすこと

が原因とされた。この事故が発覚した直後の 2 月 10 日にパナソニックは石油機器(暖房機のみならず、

石油給湯器なども)からの完全撤廃を決めた。以降ナショナルショップに供給される石油機器はコロナ製

品に変わっている。4 月 21 日にゴムホースを銅製ホースに交換するリコールが発表されたが、11 月 21日には修理漏れの対象商品を使っていたユーザー宅で死亡事故が発生し修理対応が進んでいないと

見られたため、11 月 29 日に経済産業省は消費生活製品安全法に基づく緊急命令を出した。命令後の

12 月 5 日に交換した銅製ホースが機械から脱落、ユーザー宅で家人が意識不明となる中毒事故が発生

した。そこで、対象機種の1台5万円での引き取りを決め、同社の一般テレビ・ラジオコマーシャルをすべ

て「ナショナルの温風器をお使いのお客様へ、大切なお知らせです」で始まる、対象機種のリコール告知

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内容へ差し替えた。また、ガソリンスタンドや新聞でチラシを配布するなど対策を強化した。2006 年 1 月

12 日には約6万台の所在が確認できていないとして、宛先を特定しないで郵送できる日本郵政公社のサ

ービスの利用により対象機種の修理・回収を呼びかけるハガキを送ることを発表した。この事件の対応か

らパナソニックのとった対応は迅速・明確・誠実であることが読み取れるだろう。以下の3点をパナソニック

のとった対応の特徴としてあげる。 ① 自分たちの非については、徹底的に詫びる ② 経緯を明らかにし、原因を徹底的に調べ、情報を公開する ③ 問題を解決するために、どのような対応を行っているかを明確に説明する

図8-1 パナソニックの売上高推移

出所:パナソニック『有価証券報告書』2000 年度~2010 年度版

図8‐1は、不祥事前後におけるパナソニックの売上高の変化を表している。見てわかるように 2005 年

に不祥事が発生したにも関わらず 2006 年の売上高は下がるどころか増加している。上記の対応が大きく

影響しているといえるだろう。それでは、パナソニックの評判が良い理由は一体何なのだろうか。 図8-2 事件発生前の 2004 年、発生後の 2006 年の評判の良い理由として上げられた7項目の変化

出所:企業レピュテーション調査―全国2,000 人に尋ねた企業の評判

http://www.nord-ise.com/press0607/release_corprep0607.pdf

0

2000000

4000000

6000000

8000000

10000000

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

0

26

10

13

3

19

7

48

13

11

10

7

7

6

不良品/不祥事への対応

製品・サービスの質

企業理念・経営体制・社長

環境への取り組み・社会貢献活動

雇用・労働条件

売上・利益・株価

顧客サービス/サポート・顧客重視

2006年 2004年

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図8-2は事件発生前の2004年、発生後の2006年の評判の良い理由として上げられた7つの項目の

変化を表している。2004 年には全く上げられていない『不祥事への対応』が 2006 年には他を圧倒して1

位となっていることからも、消費者に与えた印象が大きく対応の良さが伺える。

3.5 検証④(伊藤忠商事・アサヒビール) ここでは伊藤忠商事とアサヒビールの2つの不祥事について記述する。1つめは伊藤忠商事のウナギ

産地偽装事件である。伊藤忠商事の子会社で食品専門商社の「伊藤忠フレッシュ」が台湾産のウナギ蒲

焼を鹿児島産と偽装し販売していた問題である。2000 年 11 月ごろから今年2月にかけ、九州水産営業

所を通じて、台湾で蒲焼に加工されたウナギを輸入した。主に九州地方の卸売業者やスーパーなどに販

売する際、小分け包装に鹿児島産などとシールを張り、国産であるかのような表示をした。偽装されたウ

ナギ蒲焼は計113.8トンであり偽装による利益は2800万円であった。伊藤忠商事の取った対応は、以下

の3つである。 ① 子会社の産地偽装を社内調査により発見・発表した ② 事件発生から 15 日後ウナギ処分を発表 ③ 2ヵ月後伊藤忠フレッシュに排除命令

2つめはアサヒビールの事故米転売事件である。2008 年8 月28 日、農林水産省は農薬のメタミドホス

とアセタミプリドが残留している米や、発癌性のあるカビからできた毒を含んだ米である事故米を工業用と

して三笠フーズ株式会社に売却した。その後三笠フーズは落札した事故米を非食用として仕入れておき

ながら、その事実を隠して食用として転売したことを発表した。三笠フーズから転売されたアサヒビールの

対応は以下の4点である。 ① 事故発表直後、事故米回収を開始 ② 2ヶ月で事故米完全焼却 ③ 直ちに WEB 上で情報公開 ④ 新しい検査マニュアル作成 この2社の対応からは、自ら不祥事を調査する姿勢が伺える。不祥事後の対応を検証した結果、以下

の特徴が明らかになった。悪かった企業の対応の特徴として、情報公開の遅さ・事件を隠蔽する体質・マ

スコミ対応の誤りがあったことが上げられる。一方良かった企業の対応の特徴として、対応が早い・誠実な

姿勢・不祥事を自ら発見して正確な情報を公開するということが上げられる。以上検証結果として、不祥事

後の対応によって損失の軽減が可能であることが分かった。

4 まとめ 4.1 不祥事後の対応

不祥事後の対応は、不祥事自体によって発生する損失とはまた別にリスクが存在する。その損失とは、

レピュテーション低下により長い期間に渡り売上低下、もしくは向上阻害などで企業に不利益をもたらすも

のである。その損失発生を抑えるために、不祥事発生後の推奨される行動として、迅速・明確・誠実の3つ

のキーワードがあげられる。これらを満たすように行動することが不祥事発生後に発生する損失の軽減に

貢献することが検証結果より得られた。例としては、不祥事に関する情報を迅速・明確に公表する、不祥

事への対応・今後の行動を誠実に行うなどである。

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4.2 不祥事前の行動 本研究とは少し外れることになるが、そもそも不祥事が起こらなければ損失は発生しない。そのため常

日頃(発生前)から不祥事が発生しないように行動することも当然、重要となる。その行動の代表例がコン

プライアンス(法令等遵守)となる。しかし法令を遵守しているだけだと社会から不祥事と認識されてしまう

こともあるため、法令等遵守より大きい範囲となる、社会が企業へと要請している行動を認識し、それに適

う行動をしていく必要性がある。その中には、隠ぺいを無くすことや誠実な行動など、不祥事発生後にも

求められる3つのキーワードを満たすような行動も含まれている。

4.3 不祥事によって発生する損失の認識 前述したように不祥事によって発生する損失には段階がある。その損失は、不祥事発生時点(直後)の

直接損失(被害者への損害賠償など)と、不祥事発生後の間接損失(売上低下など)の2つに分類するこ

とが可能である。また損失を分類することによって、それらの損失を軽減する方法も分類できる。 不祥事発生時点の直接損失は、リスク測定がある程度可能であるため事前対策(保険加入など)を活用

することで実質的な損失を軽減することが可能だが、不祥事発生後の対応によっての損失の軽減は困難

である。 不祥事発生後の間接損失は、リスク測定が困難であるため事前対策は困難であるが、本研究の検証結

果より不祥事発生後の対応によって損失の軽減が可能であることが明らかとなった。

4.4 結論 本研究により得られた結論は以下の2点である。

① 突発型レピュテーション・リスクは事前・事後の対策対応によって軽減可能である ② 元来のリスク・マネジメントの適用は困難であり、社会の要請に応じた臨機応変なリスク・マ

ネジメントをしていく必要がある

前述したように近年では法令等遵守だけでは不祥事が起きる(不祥事とされてしまう)こともあるため、

社会(消費者)が要請する企業行動を察知し、それに沿って行動していく必要がある。それを行うことで不

祥事の発生確率を減少させると共に、発生した場合も損失を抑える効果につながる。そのため、常に求

められる行動が変動に臨機応変に対応していくリスク・マネジメントが必要となる。

4.5 今後の課題 今後の課題は主に以下の2点である。 ① 突発型レピュテーション・リスクのリスク・マネジメントの費用対効果の評価と改善

レピュテーション・リスクはリスク測定が困難であるために正確なリスクの大きさも把握しにくい。それに

伴ってリスクを軽減するために投入するコストの目安の算出も当然困難となる。そのため、もしリスクの軽

減を実行できたとしても、投入したコストの量は適正だったのか、もしくは効率的であったのかということ

が従来の評価法や基準では明瞭には見えてこない。また、評価が曖昧になれば改善も難しくなる悪循

環が発生してしまう。 よって今後の課題として、臨機応変なリスク・マネジメントの完成度をより高めるために評価基準も新

たに研究する必要がある。

② 常時型レピュテーション・リスクのリスク・マネジメント 突発型レピュテーション・リスクと違い常時型レピュテーション・リスクは、業界や企業規模によってリス

クがもたらす不確実性(損益)の幅が変わってくるため、マネジメントの重要度もそれぞれの度合いとな

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る。また、レピュテーションと実態の乖離は不祥事に繋がりかねないため、逐次レピュテーションの把握、

もしくはコントロールをしていくことが必要となる。 そのため今後の課題として、常時型レピュテーション・リスクのマネジメントを巧緻に効率良く行うため

に、レピュテーションの把握やコントロールする際の目安となる指標や効果的効率的な方法を研究する

必要がある。

参考文献・URL 1. S・E・ハリントン/G・R・ニーハウス(2005),『保険とリスク・マネジメント』東洋経済新社. 2. テリー・ハニングトン(2005),『コーポレート・レピュテーション 測定と管理』ダイヤモンド社. 3. 櫻井通晴(2011),『コーポレート・レピュテーションの測定と管理~「企業の評判管理」の理論とケー

ス・スタディ~』同文館出版株式会社. 4. 上野雄史(2011),「企業リスクの情報開示と有用性に関する考察」『生命保険論集』174, 65-92. 5. 齊藤憲(2007),『企業不祥事事典』日外アソシエーツ. 6. 國廣正(2010),『それでも企業不祥事が起こる理由』日本経済新聞社. 7. 寺師正俊(2009),「レピュテーションリスク(評判リスク)」『SJRM リスクレビュー』6,1-6,

http://www.nksj-rm.co.jp/publications/pdf/r06.pdf (閲覧日 2011/1/27) . 8. 櫻井通晴(2008),『レピュテーション・マネジメントの役割と課題~内部統制、管理会計、リスクマネジ

メント、CSR による評判の管理~』,企業研究会, 9. http://www.bri.or.jp/square/report/080825_2.html(閲覧日 2011/1/27). 10. 柳川範之/大木良子(2004),『事業再生に関するケーススタディ:雪印乳業』,JAIRO,

http://www.cirje.e.u-tokyo.ac.jp/research/dp/2004/2004cj105.pdf(閲覧日 2011/1/27). 11. 経済産業省経済産業政策局(2005)『事業リスクマネジメント』,経済産業省, 12. http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/jinzai_ikusei2004_06_b04.pdf(閲覧日

2011/1/27) .

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需要の不確実変動に対する企業行動

上智大学 石井昌宏ゼミナール

上原堅 田淵祐輝 並木芳恵 山田愛子

要旨 本研究では、需要量が不確実に変動するという仮定の下で 適な商品発注方法を選択する問題を

考える。ここではある枠組みの中でシミュレーションを行い、複数の発注方法を多視点から比較した。

この比較から次のインプリケーションを得た。代替可能な物があり品切れによる需要への影響があま

りなさそうな定番商品に対しては「t+1 時点の利益の期待値を 大にする量」を発注する方法が 適

である。一方で、普及が重要で品切れによる需要への影響が大きそうな新商品の場合には「t+1 時

点の需要にほぼ確実に応えられる量」が 適発注量である。

キーワード : 在庫管理、需要変動、 適発注量

1 問題とその背景

季節、月、曜日、天気、気温などの諸要因は商品・サービスの需要量に不確実性をもたらす。そして、

企業利益がこの不確実性への対応に大きく依存した例は少なくない。そこで、企業のリスクマネジメントに

おいて、自社商品・サービスに対する需要量変動の不確実性を考慮した在庫管理が要求されるであろ

う。 例えば、需要量に対して過剰な在庫を持つことは、在庫管理費用の増加をもたらす。さらに、商品など

の廃棄へつながる場合もある。一方、需要量に対して在庫量が過小であれば、その差分の販売から得ら

れたはずの利益を失う(機会損失)。消費者がその企業の商品を買えないという予想を形成すれば、それ

は将来の需要量減少の原因となる。 具体例を用いて需要変動に対する企業行動(在庫管理等)の重要性を示す。 まず、リコーにおける成功例を紹介する。 高度な SCM システムの実現による在庫流通の適正化がリコ

ーの強みといわれている。2001 年に構築された「グローバル在庫ビューワ(GIV)」が、グループ全体の

在庫情報を網羅的に可視化するための仕組みとして機能している。GIVにより、全世界の出庫、入庫、在

庫の実績値の確認が可能となる。 GIV においては、情報を取得のタイミングが重要視されている。GIV導入により、在庫管理は月次ベースから日次ベースへ変更された。月次ベースの管理では、在庫は企業

活動の結果として扱われていた。しかし、日次ベースの管理に移行することにより、在庫に潜む問題の本

質が明確化された。その結果、2001 年以降の右肩上がりの業績に GIV は貢献した。 次に、パーム社1の成功例を説明する。 2001年以降、商品発表の減少とPDA市場の低迷に伴って販

売が頭打ちとなり、大量の在庫を抱え込んでしまう。同社は以前から、販売代理店からの販売リポートと市

場予測を入力する方式の需要システムを構築していたが、即時性に欠け、スタッフの信頼度も 30%と低

かった。こうした事態を踏まえ、同社は既存のシステムにスタッフにとって使いやすい需要予測モジュー

ルを追加した。そしてスタッフに需要予測の重要性を理解させた。これにより、棚卸資産を1年6カ月で2億 4000 万ドルから 3800 万ドルに削減、さらに、在庫回転率を 1 年で 3 から 15 に増加させた。 後にナイキの失敗例を説明する。2000 年に 4 億ドルをかけて需要計画エンジン i2 テクノロジーズを

ナイキは導入した。そして i2 テクノロジーズに従い、バスケットシューズの「エアガーネット」を実際の市場

ニーズより何千足も過剰発注し、反対に売れ筋商品であった「エアジョーダン」を過少発注した。これによ

1 アメリカ(U.S.A)にあるハントヘルド・コンピュータ・メーカー

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り実損失と機会損失の合計は、1 億ドル以上になり、株価は 20%下落した。このシステムの失敗によって

ナイキは「サプライチェーンを台無しにした会社」というレッテルを貼られた。 これらの事例において示されたように、需要予測、物流システム、在庫管理等の企業行動は企業価値

を左右する重要なファクターである。 それでは、需要量が不確実に変動するという仮定の下で 適な発注量を選択する問題を考える本研究

の枠組みを述べる。小売店で販売されている一商品に注目する。ただし、この製品を t+1 時点まで持ち

越せないと仮定する。そこで、各時点では、次の時点の販売のみを考えて発注量を決定する。さらに、こ

の商品の需要量変動をある確率過程で表す。この確率過程に基づいて、ある期間にわたる需要量のパ

スを発見させ、発注方法毎の利益を計測する。 本論文の構成は以下の通りである。第2 節ではこの研究を実現させるためのモデルの紹介、第3 節で

はそのモデルに従い行ったシミュレーションの結果、第 4 節では結論を示す。 2 モデル 2.1 商品についての仮定 0 1 2 ・・・ T time(時点) このモデルでは、0,1,2,…,T という時点(T 期間)を仮定する。確率過程 Dtを次のように定める。

D1 = d +ε1

Dt = Dt-1 -(1-α)εt-1 +εt (t=2,3,…,T)

ただし、dは正の数、0<α<1、εt~N(0,σ2)かつ{εt}は独立とする。この確率過程はある商品の需要量が不確

実に変化する様子を表す。第 1 時点の需要量 D1は需要量の長期的平均 d と誤差項 εtの和である。第 t

時点の需要量Dtは前日の需要量Dt-1から前日の誤差項εt-1の(1-α)倍を引き、当日の誤差項εtを足し

たものである。重要量の不確実変動の様子は αと εtに依存している。ここで Dt=d+αε1+αε2+…+αεt-1+εt

であるから、αが 1 に近づくほど需要量のばらつきは大きくなる。また、εtの分散が増加すれば Dtの分散

も増加する。 次に、この商品の売価を a 円、商品 1 個当たりのコストを c 円とする。さらにこの商品の保存期間を 1 期

間のみとする。したがって、第 t 時点で仕入れた商品を第 t+1 時点以降に販売することはできない。この

商品の具体的イメージはコンビニエンスストアのおにぎりなどの保存できないものである。 2.2 発注方法についての仮定

本研究では、t+1 時点の利益の期待値を 大にする発注方法、t+1 時点の需要量の q-quantile を発

注量とする発注方法、t時点の重要量を発注量とする発注方法という 3種類の発注方法を比較する。上に

述べた通り、商品の保存期間を 1 期間と仮定していることから、第 t+1 時点における販売を目的とする商

品は第 t 時点にのみ発注することとする。これを Nt+1で表す。 まず、t+1 時点の利益の期待値を 大とする発注方法を説明する。商品についての仮定より、t 時点に

おける発注量を x とすると、t+1 時点の利益の期待値は Et{α・min(Dt+1,x)-c・x} (1)

となる。これを 大にする x はただ一つ存在し、 x =σΦ-1(1-c/a)+Dt-(1-α)εt (2)

である。したがって、Nt+1=σΦ-1(1-c/a)+Dt-(1-α)εt 。

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次に、t+1 時点の需要量の q-quantile を発注量とする発注方法を説明する。つまり t+1 時点の需要量

に 100q%の確率で応えられる量を発注する発注方法である。 t+1 時点の需要量の q-quantile は

P(Dt-(1-α)εt+εt+1≦x)=q (3) をみたす x である。これは、

x=Dt-(1-α)εt+εt+1+σZq (4) ただし、Z~N(0,12) 0<q<1 P(Z≦Zq)=q。したがって、Nt+1=Dt-(1-α)εt+εt+1+σZq。 q には 0.5~0.999 までの様々な数値を代入し比較する。

後に、t時点の需要量を発注量とする発注方法を説明する。t時点での需要量をそのままt+1時点で

販売する量とするので、Nt+1=Dtとなる。

2.3 発注方法を比較する基準 上述の発注方法を以下の 5 つの基準で比較する。

E{∑ a・min(Dt,Nt)-c・Nt } (5) E( #{t|Nt≧Dt}) ただし、#A は集合 A の要素数を表す。 (6) E(∑ max(Nt-Dt,0)) (7) E(∑ max(Dt-Nt,0)) (8) E{∑ a・min(Dt,Nt)-c・Nt }-a・E(∑ max(Dt-Nt,0)) (9)

(5)は T期間の総利益の期待値、(6)はT期間中需要に応えられる日数の期待値、(7)はT期間の不良

在庫の合計の期待値、(8)は T 期間の機会損失の合計の期待値、(9)は T 期間の総利益の期待値-商品

1 個あたりの利益×機会損失の合計の期待値である。 2.4 機会損失の影響を考慮した需要変動モデル

企業の意思決定が消費者行動へ影響することがある。例えば、あるコンビニエンスストアが短期的利益

を追求し、おにぎりの仕入量を制限しているとする。これにより消費者がおにぎりを購入できなかったとす

る。このようなことが繰り返し起これば、その消費者はこのコンビニエンスストアから遠のくであろう。そこで、

「機会損失の影響を考慮した需要変動モデル」を基礎として上述の発注方法を比較する。この式は、機会

損失の影響を需要量の 100r%減として表現している。 t 時点での需要量を Xtとし機会損失が発生した t+1 時点に需要量が 100r%減るような需要変動モデ

ルを以下のように定める X1=d+ε1

Xt=Xt-1- (1-α)εt-1+εt (Xt-1<Nt-1 のとき)

Xt=Xt-1- (1-α)εt-1+εt (Xt-1<Nt-1 のとき) t=2,3,…,T

3 シミュレーション 3.1 パラメーター

本研究のシミュレーションでは、第 2 節で導入した確率過程Dtのパラメーターを以下のように定める。

期間 T=90、 需要量の長期的平均 d=200、

誤差 εtの標準偏差 σ=2、 需要量変動の不安定性を示すパラメーターα=0.9、

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機会損失が発生した時に需要が減る割合 r=0.05。 さらに、取り扱う商品の売価、商品 1 個あたりのコストは以下のように定める。 a=100、c=60。 3.2 機会損失の発生による影響を考慮しない需要変動モデル

このシミュレーションでは、Dtのパスを 5000 本作った。その後、それぞれの発注方法に沿って発注を

行い、比較基準となる数値を割り出すという方法をとった。 3.2.1 シミュレーション結果

基準(5)、(6)、(7)、(8)での比較結果を以下に図で表す。

図 1. T 期間の総利益の期待値 基準(5)

ただし記号は以下のように設定する。 ① t+1 時点での利益の期待値を 大にする発注方法 ② t+1 時点の需要量の 0.5-quantile を発注量とする発注方法 ③ t+1 時点の需要量の 0.6-quantile を発注量とする発注方法 ④ t+1 時点の需要量の 0.7-quantile を発注量とする発注方法 ⑤ t+1 時点の需要量の 0.8-quantile を発注量とする発注方法 ⑥ t+1 時点の需要量の 0.9-quantile を発注量とする発注方法 ⑦ t+1 時点の需要量の 0.95-quantile を発注量とする発注方法 ⑧ t+1 時点の需要量の 0.998-quantile を発注量とする発注方法 ⑨ t 時点の需要量を発注量とする発注方法

⑧においては、3.3 のシミュレーションのみで用いる。

696000698000700000702000704000706000708000710000712000714000716000

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑨

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81

図 2. 需要に応えられる日数の期待値 基準(6)

図 3. T 期間の不良在庫の合計の期待値 基準(7)

図 4. T 期間の機会損失の合計の期待値 基準(8)

0102030405060708090

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑨

0

50

100

150

200

250

300

350

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑨

0

20

40

60

80

100

120

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑨

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82

3.2.2 考察 T 期間の総利益の期待値(図 1)と T 期間の不良在庫の合計の期待値(図 3)を考慮するならば、t+1 時

点の利益の期待値を 大にする発注方法が 適である。しかし、この方法では需要に応えられない日数

が多いことが図 2 からわかる。つまり、この事実は来店してもその商品を購入できないお客が多く存在す

ることを示している。これは、顧客満足度低下を引き起こし、需要の減少が予想される。 次に総利益と機会損失2 つの値を考慮し比較するために、T 期間の総利益の期待値―商品1 個あたり

の利益×機会損失の合計の期待値という基準(9)での比較を行った。結果を以下の図で示す。 図 5. T 期間の総利益の期待値-商品 1 個あたりの利益×機会損失の合計 基準(9)

図 5 の結果より、機会損失による影響が利益に影響すると仮定すると、 適な発注方法も変わると考え

られる。これより、2.4 節で示した機会損失の影響を考慮した需要変動モデルを基礎として、再検証する

必要があると考えられたため、品切れが発生すると次の日の需要が約 100r%減になるような需要変動モ

デルで、再度シミュレーションを行うことにした。

699000

700000

701000

702000

703000

704000

705000

706000

707000

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑨

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83

3.3 機会損失の影響を考慮した需要変動モデル 3.3.1 シミュレーション結果 基準(5)、(6)、(7)、(8)での比較結果を以下に図で表す。

図 6. T 期間の総利益の期待値 基準(5)

図 7. T 期間中需要に応えられる日数の期待値 基準(6)

0

100000

200000

300000

400000

500000

600000

700000

800000

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨

010203040

5060708090

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨

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図 8. T 期間の不良在庫の合計の期待値 基準(7)

図 9. T 期間の機会損失の合計の期待値 基準(8)

3.3.2 考察 T 期間の総利益の期待値(図 6)、需要に応えられる日数の期待値(図 7)、T 期間の機会損失の合計の

期待値(図 9)という点で、 適な発注方法は 0.998-quantile の確率で需要に応えられる量であるといえ

る。 機会損失の影響を考慮した場合と、今回のシミュレーションから、各発注方法の特徴を得た。 t+1 時点の利益の期待値が 大となるような量では、機会損失によるリスクがない場合、利益を 大化

できる。 t+1 時点で 99.8%の確率で需要に応えられる量では、機会損失をほとんど発生させないため、顧客満

足度が上がり、需要減少のリスクが減る。 T 時点の需要量では、流行などの要因による需要の継続的な上昇、下降に対応しやすい。また、機会

損失によるリスクがある場合、ない場合の両方で安定的に利益を上げることができる。 また、これらのシミュレーション結果は、定番商品、新商品、季節限定商品などの商品の特徴に応じた

発注方法の変更を示唆している。 定番商品には、それを代替する商品が存在することが多い。従って、一商品の品切れによる販売量全体

への影響は小さいと考える。よって、t+1 時点の利益の期待値を 大にする発注方法が適している。一方、

0

100

200

300

400

500

600

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨

0

50

100

150

200

250

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨

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新商品や季節限定商品は、普及が重要である。さらに品切れによる需要への影響も多いと考えられる。こ

のことから、t+1 時点の需要にほぼ確実に応えられる発注方法が適している。 4 結論

本研究では、コンビニエンスストアのおにぎりなどの保存できない商品を想定し、次の時点の利益の期

待値を 大にする方法、t+1 時点の需要量の q-quantile を発注量とする方法、t 時点の重要量を発注量

とする方法を対象として比較検討した。その後機会損失の影響を考慮しない需要変動モデルと、機会損

失の影響を考慮した需要変動モデルという 2 通りのシミュレーションを行った。その結果、前者のシミュレ

ーションでは、T 期間の総利益の期待値と T 期間の不良在庫の合計の期待値のみを考慮するならば、

t+1 時点の利益の期待値を 大にするという発注方法が 適であるという結論を得た。しかし、この方法

では需要に応えられない日数が多いことも判明した。後者のシミュレーションでは、T 期間の総利益の期

待値、需要に応えられる日数の期待値、T 期間の機会損失の合計の期待値という点で、0.998-quantileで需要に応えられる量を発注する方法が 適であることがわかった。 この結果から現実の商品発注についてのインプリケーションを得た。 定番商品では、t+1 時点の利益の期待値を 大にする量を発注するという方法が 適である。また、新

商品、季節限定商品では、t+1 時点の需要にほぼ確実に応えられる量を発注するのが 適だとわかっ

た。 残された研究課題は 2 つある。1 つは、需要量変動を表す確率過程のパラメーターの変化が 適発

注方法へ与える影響を考察することである。もう 1 つは、天気の変動が需要量へもたらす影響を考慮する

ことである。 参考文献 CIO online,,http://www.ciojp.com/ . 久保幹雄(2001),『ロジスティクス工学』,朝倉書店. 森真、藤田岳彦(2008),『確率・統計入門 第 2 版―数理ファイナンスへの適用―』, 講談社サイエンティフィック.

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63%13%

13%

4% 7% 説明不十分

加入意思確認不

十分

不適切な話法

不適切な募集行

その他

保険購入に関する知識

―購入時に必要な自衛手段―

拓殖大学 宮地ゼミ 1班

岩松 凌 松崎 篤史 カ シコウ

要旨 生命保険という商品は高額な商品である。月額で保険料が支払うことができるため、消費者としては高

額な商品を購入しているという感覚は少ない。さらに消費者は、保険に対して「難しい」「複雑だ」という

印象を持っていることから、すべての消費者が自分に合った保険を購入しているとは言いがたい。 消費者がニーズを明確にし、費用対効果を考え保険選びをより慎重に行うことが重要である。また、購

入チャネルによって注意する点が異なるので、しっかりとニーズを把握する必要がある。わからないこと

があれば購入しないというのも、自衛手段の一つである。 キーワード:保険購入、消費者保護、市場リスク、保険知識、自衛手段

はじめに

生命保険に関して、「難しい」、「複雑だ」と感じている方も多いと思う。本論文では、生命保険を購入す

る際に発生したトラブルを調査し、その解決方法を参考に、消費者が生命保険購入に際して、 低限持

っておかなければならない知識について、考察したい。賢い保険選びを消費者自身ができるように、ど

のような知識を持っていればよいのか。また、「わかりにくい」といった印象を持たれている生命保険業界

であるが、消費者保護のために必要な改善点は何であるかをまとめていきたい。

1.苦情内容

図 1 は平成 22 年度の一年間に、生命保険相談所に寄せられた苦情の内訳である。苦情発生別件数

のうち、新規契約関係の苦情を抜粋したものである。

出典:生命保険協会 生命保険相談所リポート(2010)図8を一部修正し作成。

図 1.苦情内容:生命保険購入時の苦情内容

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1-1 説明不十分 まず、一番多い苦情内容の「説明不十分」について紹介する。毎年、お客様の苦情には、新規契約の

内容が多い。内容が理解しにくい上に、契約後の説明も不十分と言う苦情が多いそうだ。実際の苦情例

は、以下の通りである。 「銀行員に大口定期預金を希望したが、訪問して来た際に全く説明してもらえなかった。かわりに為替リ

スクはないと言われ、ドル建ての年金保倹に加入させられた。説明が嘘だと判り、解約した。ドルでは儲

かっていたが、円高のため円貨では元本を下回ってしまった。支払った円貸を返してほしい。」 この苦情に生命保険相談所が出したこたえは、「申立人は自宅で夫とともに、募集者からパンフレットを

用いて長時間にわたり説明を受けているため、主張は認められない。」というものだった。 新規契約をする際に、もしも説明が分からなかったり、契約内容を理解できなければ、保険に入らない

ほうがよい。もう一度説明を聞いて、理解してから保険に加入しても遅くはないと考える。 1-2 不適切な募集

次に、不適切な募集行為の紹介例を見ていく。 「妻が契約者となり、子供の学資保険に加入しているものと思っていた。今年6月に解約手続きされて

いることがわかり、確認したところ、契約者は私になっていた。解約手続きはもちろん、加入の手続きも行

っていない。契約(解約)を取り消して欲しい。」 この相談については、生命保険相談所の対応により、「申込書、告知書、解約請求書等全ての書類の

筆跡は、申立人のものではなく、募集者、申立人の妻の供述は客観的事実と矛盾するので、和解に至っ

た。」 この相談のポイントは、保険契約者と被保険者は間違って保険に入ってしまったと言う事だ。どれだけ

説明を聞いたとしても、契約をする時は真面目に聞く。理解出来ない部分は理解するまで聞く。どこかが

怪しいと思ったのであるならば、すぐに契約を中止するのが得策だ。 もう一つの例は、「母は2年前から保険に加入しているが、担当者から被保険者を息子である私にする

よう言われ、父が代筆した。担当者が私に説明することになっていたが、私は何も聞いていないので、契

約を取り消したい」というものである。 生命保険相談所の対応によりこの場合は被保険者の同意を得ないで締結されたことが明らかであり、

保険契約は無効であるので、和解した。 この相談のポイントは、他人の死亡を事故とする保険契約が有効であるためには、その他人の同意が

必要(保険法 38 条)ということである。これは、保険金殺人や人格権侵害の防止のためである。

1-3 意思確認不十分 保険には、色々な商品が存在している。商品の内容と効果は、入る前に勉強したほうがよい。説明不十

分について、2つの実例を見ていく。 まずは、「夫が死亡し保険金を受け取ったが、以来うつ病になった。平成22年1月、担当者から運用を

勧められ、 1 年以内の元本保証の商品を依頼して加入したつもりであったが、まったく違う商品であった。 契約を無効にして保険料を全額返して欲しい」というものである。

生命保険相談所から出された回答は、「申立人は、パンフレットに基づき説明を受け、年金支払期間や

死亡保険金受取人を指名して、うつ病であったとしても、直ちに意志能力の損失に繋がる物ではなく、主

張は認められない」であった。 もう一つの例は、「契約者、被保険者が自分である4件の契約を、妻が営業担当と共に解約し、返戻金

を受け取っていた。自分は解約手続きに関与していないので、解約を取り消して欲しい」というものであ

る。 出された回答は、「解約請求書の筆跡は申立人もそれを認めており、返戻金も申立人名義の口座に振

り込まれているので、主張は認められない」であった。

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2つの例を見ると、これら契約者は自分の選んだ商品をまだ理解出来ていないのである。保険会社と

保険契約を結ぶと、契約内容の変更の請求権など、契約上の一切の権利と保険料支払などの義務が発

生する。あるいは、契約を成立した時、契約者は契約上の一切の権利を持っているが、この保険に関す

る義務も知らなければならない。 後にもう一度言いたいのだが、新規契約をする時に、説明が分からな

い時と契約内容を理解できない時は、保険に入らないほうがいい。

1-4 契約―格差是正のために― 保険に限らず、他の商品も同様な事が言えるが、購入時に注意しなければならない点として、販売者と

消費者の間に情報格差が潜在しているという事である。 販売者は、販売しようとする商品の専門家である。商品に関する知識を、購入してくれるように消費者に

情報として提供する。販売者には、商品を売るために、あえて伝えない情報が存在する場合もある。 この格差は、購入しようとする商品によって大小様々ではあるが、確実に存在している。「保険は難しい」

と感じている消費者が多いことから、保険という商品に関しての情報格差は大きいと推測する事が出来

る。 では、情報格差が大きい保険を取り扱う企業は、どのようにして格差をなくそうとしているのだろうか。 消費者が購入しようとしている商品の本体ともいえるのが、約款であるが、契約前に5から6ページほど

の約款の抜粋を用いる。これによって、消費者は、スーパーで食品を購入する時と同様に、商品を手に

取り、自分の目で質を確認し、購入できるとされる。 保険は、主契約と特約がセットで販売される事が多く、選択する保障額や特約によって、保険料が細か

く変動する。そのため、 近では保険料を計算するソフトが入った端末を用いて、選択した商品の保険料

がすぐに確認できるようになっている。 後に、消費者が選択をした保険に加入する意思を確認するため

に、意向確認書を使って契約に至る。保険商品に関する情報提供の質と量は、各社一定のクォリティーで

消費者に情報開示を行う。 2.銀行窓販 銀行窓販とは、銀行が保険の販売代理店となり、窓口等で保険の募集を行う事である。これまで、銀行

で販売できる保険商品には制限があったが、2007 年 12 月 22 日に制限が撤廃され、銀行を通じてあら

ゆる種類の保険が販売されるようになった。保険会社のもつ販売拠点数よりも、銀行の支店数の方が多い

ため、保険会社からすると、商品を販売するチャンスが大きく広がった。消費者としても、保険が身近に購

入できるようになり、便利になった。 しかし、銀行窓販のチャネルに対しての苦情件数は、図2に見てとれるように、下がった年もあるものの、

年々増加傾向にある。その理由として推測できるのは、「銀行で購入する」という事における問題である。 都内のある銀行に、銀行窓販のチャネルについて伺いにいった。その時に、担当してくれた方が、「保

険は資産運用の過程で提案するものである。」とおっしゃっていた。このため銀行では、変額保険や変額

個人年金保険、外貨建ての生命保険、市場価格調整(MVA)を利用した生命保険が主力商品として販売

されている。これらの保険には運用リスクが伴う。 先述した苦情内容の中に、銀行(信託銀行も含む)から購入した商品に対しての苦情があったが、内容

はどれも、消費者に対してのリスクの説明が出来ていないことが原因である。

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35

58

211

159

197

050

100150200250

平成18年度 平成20年度 平成22年度

苦情の状況

2-1 リスクの説明

販売者の説明不十分に対しての対策として、生命保険文化センターが発行している「生命保険の契約

にあたっての手引」という冊子がある。この冊子には、次に挙げる銀行で多く販売されている商品の内容

と、リスクがはっきりと明記されている。 2-2 変額保険・変額個人年金保険 これら二つは、株式や債券を中心とする「特別勘定」で資産を運用している。実績によって保険金(年金)

や解約返戻金が増減するといった特徴がある。 また市場リスクが、国内外の株式で運用。運用実績が保険金額や積立金額、将来の年金額などの増減

に繋がる。株価・債券価格の下落、為替の変動により、積立金額、解約返戻金額は払込保険料の総額を

下回ることがある。これらの市場リスクが起き、損失が生じてしまうのである。 他の保険と同じで特約はあるので、加入する事はできるが、特約の有効期間が運用期間中に限られる

ケースが多いので、注意が必要になる。一方で老後準備の特約が充実している生命保険会社もあるので、

基本年金額が減るケースなどがあるが、検討して加入を決めよう。 2-3 外貨建ての保険 保険料払込みや保険金などの受け取りを外貨建てで行う保険の事を言い、外貨で解約返戻金や保険

金を払う仕組みになっている。現在この外貨建て保険を使用している保険が、終身保険、養老保険、個人

年金保険で使われている。通貨は米ドルが大半であるそうだ。 また市場リスクが為替レートの変動により、受け取る円換算の保険金額が契約時における円換算後の保

険金額を下回ることがある。受け取る円換算後の保険金額が、払込保険料の総額を下回ることがある。こ

れらの市場リスクが生じ、損失に繋がってしまうのである。 円建ての定額個人年金保険よりも、運用利率が高い。外貨ベースでは、契約時に年金原資や年金受

取額が決定している。為替変動によっては、円換算の際、為替差益を享受できる可能性がある一方で、

年金受取金額が下回ることもある。これらに注意する必要がある。

2-4 市場価格調整(MVA)を利用した生命保険 後に市場価格調整の特徴と市場リスク、そして注意点について論じる。 市場価格調整により解約返戻金が変動する。解約時点の運用資産の価値を解約返戻金に反映(控除・

加算)される。これらが特徴だ。ちなみにこの保険も先ほどの外貨建ての保険と同じように終身保険、養老

保険、個人年金保険の一部に使用されているそうだ。

出典:生命保険協会「銀行による保険募集に係る弊害防止措置について」を修正して作成。

図 2:銀行窓販の苦情

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出典:生命保険文化センター「ほけんのキホン 2011年5月改訂」より筆者作成。

次に市場リスクにいってみよう。市場金利に応じた運用資産の価格変動が解約返戻金に反映されるた

め、市場金利の変動により解約返戻金が払込保険料の総額を下回ることがある。具体的には、中途解約

時の市場金利が契約時と比較して上昇した場合は、解約返戻金が減少し、逆に下落した場合は増加する。

これらの市場リスクが生じ損失へと繋がってしまうのである。 これらの説明を、しっかりとしていれば、銀行窓販の苦情件数はかなり少なくなると考える。 しかし、「銀行で購入する」いった点で、もう一つの問題がある。 経済学の一つの単位である家計からすると、銀行は保険を購入するために行くのではない。家計が銀

行に足を運ぶ理由で、一番多いのは、預金であると考える。そのため、銀行で販売された商品となると、

消費者の中に、「預金した」と考える方も多いと考える。 生命保険文化センターの方の話によると、「消費者は、保険と預金の違いを理解していないことが多い。」

という。 中学の公民の教科書に、「貯蓄(預貯金、保険、有価証券)」と書かれている事が原因ではないかと考え

る。「将来のために備える」という点では、預貯金と共通しているが、この二つには相違がある。 2-5 貯金と保険

預貯金は目標額に向けて資金がだんだんたまっていき、お金の出し入れや貯めるペースも本人の自

由に出来る。これに対し、保険は保険料を支払っていきながら、途中で万一のことがあった場合には、あ

らかじめ決められた金額を受け取ることができる。しかし保険は貯金の様に自由は制限されてしまう。 2-6 貯金と保険の決定的な違い

生命保険に加入しなくても貯金しておけばいい、という人もいるだろう。しかし、貯金と保険の決定的な

違いは「保障」にある。貯金はある程度年数が経過しなければ大きな金額を用意することが出来ない。し

かし保険なら、加入と同時にその瞬間から大きな保障が用意できるのだ。 例えば、今日、A さんは毎月2 万円の貯金を開始し、B さんは毎月2 万円の保険料で 1,000 万円の保

障の保険に加入したとする。仮にこの両者が1週間後に死亡してしまった場合、Aさんにはまだ2万円の

お金しか用意できていなかった事になり、B さんは 1,000 万円の保険金を遺族が受け取る事になる。 このように、貯金なら、貯めた分しか手元に戻ってこないのに対し、保険は加入すればすぐに保障が手

に入る。こうした事から、「貯金は三角・保険は四角」と表現される。図に書くと良くわかるのだが、貯金の

場合には、開始当初は非常に小さな金額だが、時間の経過と共に貯蓄額が大きくなっていくので三角に

なる。また、保険の場合には、加入と同時に大きな保障が得られ、それが継続していくので四角形になる。

貯金と保険にはそれぞれに優れた点が存在する。

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91

30.7

7.9 3.5

26.8

5.9 3.50

20

40

生命保険会社の営業職員 インターネットを通じて 銀行・証巻会社を通じて

平成21年 平成18年

0

2

4

平成12 平成15 平成18 平成21

割合(%)

2-7 貯金が優れている点 例えば死亡した場合のための預金と考えて貯金していた資金についてだが、不測の事態(例えば病気

や事故)などにより資金が必要な場合、そうした資金の為に死亡した場合のために貯めておいた資金を

使うことが出来る。それに対し保険の場合は、目的外への利用は原則出来ない。同様に、保険の場合金

銭的な都合により途中で保険を破棄した場合それまで支払った保険料は原則として戻ってはこない(解

約返戻金がある場合は除く)。対して預金の場合は全額が戻ってくる。こう考えると、貯金の方が優れてい

ると感じるだろう。

2-8 保険が優れている点 例えば、世帯主が死亡した場合に遺族に必要な資金が 3000 万円の場合とする。それを貯めるまでの

間のリスクが存在する。例えば20年でそれを貯めるとして、10年目に死亡した場合は目的の資金の半分

しかたまっていないことになる。対して生命保険の場合は、1 年目に死亡しても 20 年目に死亡しても同じ

金額を受け取ることができる。この様な場合は保険の方が優れていると感じるだろう。 3.チャネル

図3をみていただきたい。これは、生命保険文化センターが行った平成21年度生命保険に関する全国

実態調査〈速報版〉のデータの抜粋であるが、今後どのようなチャネルから保険を購入したいかが分かる

資料である。 生命保険会社の営業職員から購入したいという人が多いのは、今も昔も変わらないことであるが、近年

新たに、ネット生保というものが注目されている。図3でも前回調査よりも2ポイント増加していることから、

出典:「生命保険文化センター(2009) 生命保険に関する全国実態調査(速報版)」より抜粋して作成。

出典:『生命保険文化センター H21 生命保険に関する全国実態調査(速報版』より筆者作成。

図 3:加入意向のあるチャネル

図 4:ネット生保の加入者割合

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消費者の関心も高まっていると考えられる。 図4は、全チャネルにおけるネット生保の加入者割合を示したもので、平成12年度調査から、 新の2

1年度調査まで、常に増加を続けている。その理由としてあげられるのが、保険料の安さだ。表1は保険

料を比較したものである。大手生保の試算よりも、各年齢共に2500円前後価格が安い。 4.非ネットかネットか ネット生保の保険料の安さは、表 1 で明らかであるが、ネットの場合、単純な商品を単品販売していると

いう特徴がある。保険購入のすべてが自己責任であるため、消費者保護の観点から商品の複雑なセット

販売が出来ない。しかし、別の保障内容の商品の購入は可能で、その場合の保険料は、合算して支払う

事になる。仮に、月額の保険料が3000円の死亡保障の保険に加入し、他に月額2000円の医療保障の

保険に加入した場合の月額払込保険料は、5000円になる。 ネット生保は低価格だが、説明してくれる人が身近におらず、すべて消費者が加入する保険について

決定する。 ネット生保への加入者や加入意向者が増加してきていることは、消費者の保険に関する知識が増加し

ていることも背景にあるのではないだろうか。 次にネット販売をしない生保を見ていきたい。ネットを介さずに従来の代理店や営業職員を介し保険を

販売する企業は、付加保険料の面で、ネット生保よりも価格が高くなる。しかし、ただ営業職員の人件費

や、代理店に支払う手数料の分だけ高くなるとは言い切れない。 加入しようとするときに、的確なアドバイスが気軽に得られる利点もあり、営業職員や代理店の細かいア

フターケアがあるのも特徴の一つである。 個人の人生には、結婚や出産など、様々なライフイベントが存在する。ライフイベントごとに、今までは

必要のなかったものが、急に必要になったりする。保険もそうである。結婚し家族が出来ると、家族の保障

や、家族の生活を保障する内容のものが必要になったりする。このような時に、個人のニーズに合った保

険を勧めてくれるのが、営業職員や代理店のアフターケアである。 価格に面においても、終身保険などで払込期間が長期になると、長期契約割引などで価格を抑える事

が出来る。このように、付加価値で差別化を図っている。

表 1:ネット生保の定期保険料(月額、単位円)

期間 10 年、保険金額 2000 万円、男性

オリックス ネクスティア ライフネット 大手生保 試 算

30歳

2,393 円 2,360 円 2,406 円 4,980 円

40歳

4,601 円 4,740 円 4,910 円 7,240 円

50歳

10,367 円 10,820 円 11,546 円 13,020 円

出典:日本経済新聞(2011)8月9日 記事を修正し作成。

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5.保険の消費者 5-1 満足度 保険契約に関する苦情の部分の多くは、リスク等の説明不十分にあたる。このため、消費者に満足のい

く保険を購入してもらうために企業が理解しなければいけないことは、2点あると考える。 1点目は「個人の理解力は異なる」という点である。 図5は、ニッセイ基礎研レポートの2008年9月の記事であるが、消費者の知識格差が鮮明に見てとれる。

高知識層、中知識層、低知識層と分かれっているのは、保険加入者にアンケート調査を行い、その結果

を点数化し、各層に消費者を分配した結果である。 この結果はとても面白く、消費者の保険に対しての知識の有無が、保険商品または保険会社への満足

度にまで結びついているということである。 図6は、各知識層の保険への満足度を示したもので、低知識層に至っては、保険購入者の半数しか満

足していないという結果が出ている。

保険を販売する側としては、何のために保険を販売しているのか分からないということになる。そして、

満足のいっていない顧客からの様々なクレームに対処する時間的費用もかかり、余計な費用が生まれて

しまう。 個人の理解度は異なることから、保険会社は販売しようとする人に繰り返し説明をすることが重要である。

繰り返しの説明は、2点目の対策と同じであり、絶対に不可欠なことであると考える。 2点目は、「時間と共に忘れる」ということである。

生命保険を新規で購入する際、消費者は複数社から保険の見積もりを出してもらい、保険料と保障内容

を比較することが多いと思う。その場合、他社との情報が交錯してしまい、誤解や忘れているということが

考えられる。すべての消費者に言えることであるが、保険について毎日考えている消費者は、保険に関

わる仕事をしている人以外は少なく、一度見積もりを出してもらった営業職員との会談間隔が開いてしまう

と、前回の内容は忘れてしまっていることがほとんどであると予測できる。 このため、一度した説明でも省略をせずに、丁寧に繰り返し伝えなければ、消費者の満足度の向上に

はつながらない。 代理店や営業職員を使って保険を販売している企業は、これら2点をしっかりとやらなければ、人対人

の販売チャネルのメリットを自らつぶしていることになる。個人の理解度に応じて説明をすることは、人か

ら購入する1番のメリットである。また、繰り返し説明することで、保険に関しての知識が増え、商品や企業

に対する満足度の向上につながると考える。

出典:「ニッセイ基礎研REPORT September 2008 消費者は保険知識を有しているのか」 図4を修正し作成。

図 6:直近加入保険への満足度

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5-2 賢い消費行動 消費者としては、まず、自分に何が必要なのかを判断することである。将来自分の身にどのようなリスク

があるのかを明確にして、消費者個人で理解する必要がある。また、それをもとに対処法の検討をしなけ

ればならない。 終身タイプの保険になると、一生のうちに支払う保険料が1000万円を超えることも珍しくないため、時

間をかけて検討する価値はある。 時間をかけて自分のニーズを明確にし、費用対効果を考える必要がある。 5-3 特約 特約は、保険を複雑な商品にしているのではなく、消費者の保険購入を、有効なものにしてくれる。 自分のニーズを把握している人は、主契約では補えない部分の保障を選択することができ、効率よく自

分に合った保険を選ぶことができる。 ニーズを把握していない人は、 悪、いらない特約を付けられてしまう可能性が増すが、見積りで新た

に知る特約があり、自分に合った保障を選ぶチャンスが広がる。 特約を付けるにあたって、注意しなければならないことは、主契約と特約で同じ保障のものがあるという

ことだ。たとえば、主契約であるがん保険と、特約のがん特約があり、自分の契約内容をしっかり確認しな

くては、重複して契約をしてしまうこともある。 おわりに

保険に関してわからないことがあれば、加入しないというのが一番の自衛手段である。少しでも「難しい」

や「複雑」だと思ったときには保険を購入しないという選択が有効である。 しかし、保険が必要だという方がほとんどだろう。 わからなければ、わかればいいのだ。 そのために有効なのが、営業職員や代理店である。保険商品に関しての専門家でもあり、親身になっ

て消費者のほしい保険を選んでくれる。しかし、1社だけでは、偏った情報しかもらえないことも考えられ

る。そこで、得た情報の信憑性をより高めるために、複数社から見積もりを出してもらい、検討することが重

要である。しかしこの方法は、時間がかかり、面倒だと感じる消費者も少なくないだろう。 そこで近年、来店型の保険代理店が注目を集めている。ファイナンシャルプランナーなどの保険に関

する専門知識をもったスタッフが、保険の購入に力を貸してくれる。また、来店型代理店の従業員は、営

業職員とは異なり、どこの保険会社にも属さないため、中立的な意見を聞くことができ、複数社の保険を

取り扱っていることから、同様の保障内容の保険を比較し、検討することができる。 しかし、来店型代理店で購入する時のデメリットも存在する。海外では、代理店が保険会社からえる手数

料が多い商品を優先的に販売するといったことも起きている。 このことから、消費者は自分のニーズを明確にし、必要な保障をしっかりと認知していなければいけな

い。この知識は、見積もりや営業職員、代理店といったものから情報を収集できる。そこでわからないこと

が少しでもあれば、営業職員や代理店といった保険に精通する「人」から話をきき、新たな情報を仕入れ、

加入しようとする保険に関してしっかりと理解し、自分の必要な保障だけを購入する必要がある。 謝辞 研究発表や論文作成に協力していただいた方々、研究発表の際に見に来ていただいた方々、また質

疑応答に参加していただいた方々、大変ありがとうございました。

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参考文献 出口治明(2009),『直球勝負の会社―日本初!ベンチャー生保の起業物語』ダイヤモンド社. 出口治明(2008),『生命保険はだれのものか―消費者が知るべきこと、業界が正すべきこと』ダイヤモンド

社. 岩瀬大輔(2009),『生命保険のカラクリ』文藝春秋. 岩瀬大輔(2011),『ネットで生保を売ろう!‘76 生まれ、ライフネット生命を立ち上げる』文藝春秋. 岩瀬大輔(2010),『132 億円集めたビジネスプラン―熱意とロジックをいかに伝えるか』PHP研究所. 近見正彦、堀田一吉、江澤雅彦編(2011),『保険学 Principles of Insurance』有斐閣. 社団法人生命保険協会(2011),『相談所リポート No.87 <平成22年度(年度版)>』生命保険相談所. 社団法人生命保険協会(2011),『年次統計 平成 22 年度版』. 公益財団法人 生命保険文化センター,『ほけんのキホン 2011 年 5 月改訂』. 公益財団法人 生命保険文化センター(2009),『平成21年度 保険に関する全国実態調査<速報版>』

生命保険文化センター. 公益財団法人 生命保険文化センター(2006) ,『平成18年度 保険に関する全国実態調査<速報版>』

生命保険文化センター. 久我 尚子(2011 5 月号),『ニッセイ基礎研 REPORT 若年層の生命保険加入先と加入商品』ニッセイ

基礎研究所. 久我 尚子(2010 12 月号),『ニッセイ基礎研 REPORT 生命保険会社の選択理由』ニッセイ基礎研究

所. 荻原 邦男(2011 9 月号),『ニッセイ基礎研REPORT 2010 年度生保決算の概要』 ニッセイ基礎研究

所. 井上 智紀(2008 9 月号),『ニッセイ基礎研 REPORT 消費者は保険知識を有しているのか』ニッセイ

基礎研究所. 松岡 博司(2005 12 月号),『ニッセイ基礎研 REPORT 生命保険料でみた世界の保険市場』ニッセイ

基礎研究所.

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損害保険代理店の変遷と今後

拓殖大学 宮地ゼミナール 2 班

隈本 祐輔 鎌田 啓伸 要旨

本論文では代理店は必要な存在ではないかということを中心に論じる。代理店チャネルとネット損

保を比較するためにそれぞれの特徴を挙げ、良い代理店探しの一つの方法として日本損害保険代

理業協会を紹介する。また過去のデータから現在代理店が置かれている状況を見て、その理由を論

じる。現状を把握した上で学生の意識調査や欧米主要国の保険チャネルの状況などにも触れる。顧

客に代理店の必要性を認知させるためには、顧客との信頼関係の構築が求められるということを主

軸に、我々の考えを論じる。 キーワード : 代理店、日本損害保険代理業協会、ネット損保、保険自由化、信頼関係

1 はじめに

損害保険代理店は、「損害保険会社との間で締結した損害保険代理店委託契約に基づき、損害保険会

社を代理して保険契約を締結し、保険料を徴収することが基本業務」1とある。また代理店の も重要な仕

事は、「消費者・保険契約者と保険会社のパイプ役となり『知識』『情報』『交渉力』などの格差を緩和し、消

費者・保険契約者をさまざまな危険から守るべく 適な保険提案を行うこと」とある。つまり代理店は、消費

者が保険による安心を得るためのサポートをしている。 しかし近年、代理店を介さない、安さ重視のネット損保が頻繁に聞かれるようになった。ネット損保は日

本に浸透しているのだろうか。今まで主流であった損害保険代理店は廃れてしまうのだろうか。そのような

問題意識から損保代理店の変遷と今後ということを論じていく。 2 代理店とネット損保 2-1 代理店の特徴

代理店のメリットはまず地域密着のサービスが提供できるため、困った時はすぐ相談し、より細かいサー

ビスを受けられるということである。また乗合の保険代理店では、生保を含め複数保険会社の保険商品を

取り扱うことが出来るため、アドバイスを受けながら比較でき、万が一事故に遭った時には、保険会社との

やり取りを代行してくれる。なにより重要なのは顧客と代理店が長期的な信頼関係を築いていける点であ

る。保険は「安心を買う」というが、ネットや電話等の非対面方式での契約と、一つ一つ疑問点を解消しな

がら共に保険を作っていくのとではメンタル面における安心にも違いがあるのではないか。また「もしもの

時」にあわてないためにも、保険代理店によるサポートは保険知識の乏しい人にとってはとても重要であ

ると考える。 損害保険の代理店は大きく分けて専業代理店と副業代理店がある。専業代理店は保険販売を主力事

業とした、いわゆるプロの保険代理店である。一方、副業代理店は自動車修理工場、ディーラー等の自

動車関連業や不動産業などと本業の事業があり、その延長で保険販売をしている代理店である。日本の

専業代理店の割合は 2010 年度では 16.7%2とあまり多くない。副業代理店は本業の分野ではプロであり

信頼できるかもしれないが、保険のプロではない。そのため、上記の代理店としてのメリットが十分に発揮

できない可能性もある。つまり、現在日本の代理店はプロの保険代理店が少ない。また、消費者がプロ保

険代理店の中から様々なサポートをしてくれる良質な保険代理店を選び抜くのはさらに難しくなる。

1日本代理業協会HP(http://www.nihondaikyo.or.jp/index.aspx)より引用。 2社団法人 日本損害保険協会(2011)『ファクトブック 日本の損害保険』参照。

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2-2 ネット損保の特徴 ネット損保の強みは、安さである。代理店を設けていない分、その手数料が必要ないことが、安さの大き

な要因である。また、代理店で契約せずに、ネット上や電話応対で契約をするため、手軽さがアピールポ

イントでもある。 しかし安く、煩わしさがないからとネット上などで保険を契約するのは危険ではないだろうか。「保険」と

いうものは広く認知はされているが、広く理解されている訳ではない。保険に対する知識が乏しい者にネ

ット損保は向いていないのではないだろうか。 その理由は、ネット損保は自己責任性が強いからである。ネット損保は自分で保険内容を検討し、選択、

手続きしなくてはならない。そのため、免責や特約の種類等を理解した上で、何が自分に必要か必要な

いかなど慎重に判断しなくてはならない。単に安くしたいからという理由だけで様々な補償を外したり、保

険金額を少額にしてしまうと本当に困った時に対応できず、逆に割高になってしまうかもしれない。 3 代理店選びの方法

前述にて代理店選びは難しいと論じた。ここでは良い代理店を探す際の一つの手段として、日本損害

代理業協会の活用をあげる。 3-1 日本損害代理業協会について

日本損害代理業協会は、「損害保険代理店の協会で、損害保険の普及と保険契約者及び一般消費者

の利益保護を図るため、損害保険代理店の資質を高め、その業務の適正な運営を確保し、損害保険こと

業の健全な発展に寄与するとともに、幅広く社会に貢献するための活動を行うことを目的としている3」。

3-2 日本代協認定保険代理士とは

日本代協認定保険代理士は「保険を選ぶ前に代理店を選ぶ」をスローガンに、保険を提供する代理店

自らが、保険に係る基本理論から実践まで高度な知識を習得し、生涯教育的観点に立ち日々自己研鑚

を図りながら、「顧客から信頼される代理店」として、万一の場合の対応などさまざまな場面で、親身なコン

サルタントとして活躍している。いわば保険を提供しているプロ中のプロ達のことである 3。以下の 4 項目

は認定代理士である者の条件とも言える。

1.「顧客・消費者」に信頼と安心を与える専門家

2.保険会社と円滑な取引を行い信頼関係にある者

3.同業者からも高い評価を得られる者

4.自ら高度な専門家としてたゆまぬ努力をし続ける者

3-3 日本代協認定保険代理士を活用するために

この日本代協認定保険代理士は今や全国区に広がっており、各地域に存在する。そのため日本損害

代理業協会のサイトから自分の自宅の住所や郵便番号で検索するとすぐに表示され、よりよいサービスを

近くの代理店で受けられる。

しかしこの認定保険代理士だけではなく、日本損害保険代理業協会自体の認知度も低い。先で述べた

「保険を選ぶ前に代理店を選ぶ」というのがスローガンならば、「保険」と検索すると真っ先に日本損害代

3 日本代理業協会HP(http://www.nihondaikyo.or.jp/index.aspx)より引用、転載。

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理業協会がトップに出てこなければならない。認知度をあげるためにも、協会員や認定代理士は積極的

に広告なり PR をすべきである。

今後、代理店を探す際はこのサイトを利用するということが常識になると代理店選びも容易になるので

はないか。

4 代理店の現状

図 1 1997-2010 年度代理店数推移

出所:日本損害保険協会(2011)頁78 図『ファクトブック 日本の損害保険』の一部を修正して作成。

図 1 は、1997~2010 年度までの代理店としての登録数の推移を表したものである。見てわかるように、

2000~2001 年度にかけて急激に減少しているのがわかる。これは生保の営業マン等が関連会社の損

保商品を販売するために損保代理店として個々人が登録していたが、2001 年度における保険業法の改

正で、そういった者が生保会社の使用人として損保の販売が可能となったため、代理店が激減したので

ある。 その後も少しずつ減少している原因としては、保険業界が競争激化していったため、各保険会社が業

績の上がらない非効率代理店等の統廃合を進めた。このように代理店は大型化をしていき、代理店数は

現在も減ってきていると推測される。

0

100

200

300

400

500

600

700

'97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10

Th

ousa

nds

代理店数

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図 2 1997-2010 年度保険募集従事人数推移

出所:日本損害保険協会(2011)『ファクトブック 日本の損害保険』の一部を修正して作成。

図 2 は、1997 年度~2010 年度まで保険募集従こと人数の推移を見たものである。保険従事者人数は

前述の代理店数の推移とは反し、2000~2001 年に急激に増加した。その後も増加率に差は有るものの

人数は大きく減少もなく、増加を続けている。 これは保険自由化により、各金融機関や郵便保険(現かんぽ生命)がそれぞれの従業員に保険募集人

の資格を取得させ、保険募集従事人として登録したためでと考えられる。

表 1 2010 年度各チャネル別保険料 代理店扱 7 兆 5866 億円(92.1%) 直扱 6167 億円(7.5%) 仲立人扱 333 億円(0.4%) 出所:日本損害保険協会(2011)『ファクトブック 日本の損害保険』の一部を修正して作成

表 1 は、2010 年度に各チャネルがどれほどの保険料を徴収したかという表である。ネット契約も含まれ

る直扱の収入は、全体の7.5%と微々たるものである。このことからネット損保は広く認知されてはいるが、

いまだに損害保険では代理店での契約が主流であることがわかる。 この背景には一般消費者に「ネット損保では不安」という思いが少なからずあることが考えられる。 一方で、消費者にとって保険の一番わかりやすい尺度が保険料の安さであるのは間違いない。 実際に、インターネットや電話などを通じて保険を販売する形態をとる主要 8 社4の 2011 年 4~9 月期

の保険料収入決算は前年同期 7.8%の増収となっており、代理店と比べると総額自体は及ばないものの

徐々に人気を集めている。 しかし、困った時のサービスや保険内容よりも価格を優先し、多少不安でも安い方が良いということが消

費者間の常識になってしまう可能性もある。 5 学生に対する意識調査

今後、保険の契約を検討していく若年層の保険契約に対する意識等を把握するために拓殖大学の「保

険論Ⅱ」及び「サービス企業論Ⅱ」の受講生 144 名を対象に保険チャネル等に関するアンケートを行っ

た。

4 ソニー、アクサ、三井ダイレクト、チューリッヒ、アメリカンホーム、SBI、そんぽ 24、イーデザインの計8社

0

50

100

150

200

250

'97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10

x 10

000

従事者数

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100

アンケートの質問内容と結果は、以下の 5 つである。

① ご家族も含め現在、損害保険に加入しているか。 ・はい(73%) ・いいえ(8%) ・わからない(19%)

② (加入者)加入チャネルは何か。その理由は何か。 代理店(69%) 電話(15% イ ン タ ー ネ ッ ト

(14%) その他(2%)

理由 ・相手と対面して直接話ができ

る。 ・保険は重要な買い物なので

信頼できる人に任せたい。

・簡単だから。 ・電話のほうが話も聞くこと

ができ早く、手続きが終わ

るから。

・自宅でできるので

手軽。 ・代理店に比べて保

険料が安い。

・知り合いの保

険会社の社員

から。

③ (加入者)保険請求をしたことがあるか。また、その時の感想。 ある(17%) ない(46%) わからない(37%) 感想 ・手続きや電話が掛ってきて面倒。

・事故を起こしパニックになったが代

理店に問い合わせ助けてもらった。

④ 社会人になり、自ら保険契約を本気で考える際にはどのチャネルでの加入をしたいか。またそ

の理由。 代理店(64%) インターネット(31%) 電話(4%) その他(1%)

理由 ・説明がわかりやすく保険を

しっかり理解して入りたいか

ら。 ・対面で話せるので安心。ネ

ットや電話だと不安。

・他社と比較しやす

い。 ・代理店まで行くのが

面倒。 ・保険料が安い。

・代理店まで行くのは

憂鬱だがネットは怖

いので電話が良い。 ・わからないことがあ

ればすぐに聞くことが

できる。

・知り合いの保

険会社の社員

から。

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⑤ 代理店契約とネット契約にはそれぞれどのようなメリット・デメリットがあるとイメージしているか。

代理店 ネット メリット 保険のプロと直接話ができ、自分にあったプランを

提供してくれる。 契約する人の顔が見えるので安心(詐欺にあわな

い)

自宅で気軽に加入でき情報を

欲しいタイミングで得られる。 値段が安く、店員さんに押しつ

けられることもない。

デメリット 代理店により当たり外れがあり、入店したら契約す

るまで帰れない雰囲気がある。 代理店まで行くのが面倒で、人件費が高い。

詳しい話を聞くことができず、

加入できているか不安。 情報漏れの可能性があり、手

軽なのが逆に不安。 6 欧米諸国の保険チャネル

世界の損害保険における収入保険料の上位5 カ国は上からアメリカ、ドイツ、日本、イギリス、フランスで

ある5。日本の保険販売チャネルとの比較のために、上記 4 カ国の保険販売チャネルについて順不同で

あるが、論じる。 6-1 イギリス イギリスの個人自動車保険におけるチャネル割合は、ダイレクト販売 41%、保険ブローカー31%、提

携販売 17%、銀行・住宅金融組合 7%、保険販売員 2%、保険代理店 2%の順となっている。 消費者とのコミュニケーション手段としては、特にダイレクト販売や保険ブローカー、提携販売において

はインターネットが主要であり 50.9%を占める。また電話による販売も 41.1%と利用度が高い。電話によ

る販売は、コールセンターによって集中化できるため効率的な対応が可能となる。インターネット、電話に

よる販売の2つだけで、コミュニケーション手段全体の92%となる。続いて、対面3.6%、郵便2.5%、その

他 2.0%となっている。 イギリスの個人自動車保険では、ダイレクト販売が大きな割合を占めている。主な理由は、ダイレクト販

売には仲介手数料が不要であり一般的に保険料が安いためである。しかし一方で、ダイレクト販売はコー

ルセンターや IT システムなどのインフラ整備に費用がかかる。会社側はテレビCMやダイレクトメールに

より多額の費用を支出しているため、伝統的な保険会社は子会社を持ち、別ブランドとして販売している

会社が多い。 2番目に高いシェアを誇っている保険ブローカーは、保険仲立人として保険会社との保険契約を行い

従来は高いシェアを占めていた。しかし、ダイレクト販売など低廉な保険料を売り物にする他のチャネル

に押されシェアを奪われた。大手ブローカーなどは、ダイレクト販売等に対抗するためにコールセンター

やインターネットを整備して非対面販売を拡大しており、アグリゲーターと提携するケースが出始めている。

アグリゲーターとは、2002 年から登場した新しい形態の保険仲介者である。ウェブサイト上で複数の見積

もり保険料を比較し、見込み客を保険販売者に紹介する機能を提供している。アグリゲーターの新規契

約(個人自動車保険)の利用割合は 2007 年が 23%、2008 年は 44%となっており、年々増加している。

6-2 ドイツ ドイツでは専属代理店の数が多く、個人契約を中心にシェアも高くなっている。種目によっては、70%

以上の個人契約が専属代理店により締結されている。その他の販売チャネルとしては営業職員、インタ

ーネット等によるダイレクト販売、銀行によるバンカシュランス等がある。 5社団法人 日本損害保険協会(2011 年度版)「ファクトブック 日本の損害保険」頁91 参照。

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なぜこれほどまでに専属代理店での契約が多いのを見ていくと2009年における保険仲介者の数が約

24 万6 千店ありそのうち、専属代理店が約17 万3 千店と約70%を占めていることも要因の1つである6。

また、イギリスに比べインターネット等の販売が低い理由は、ドイツの保険契約者の多くがインターネット

は情報を得るためだけに利用し実際の保険契約は代理店で行うという考えが強いからである。インターネ

ット契約の占めるシェアは未だに低いが、着実に成長してきており現在では多くの大手保険会社が子会

社を持ちスタートさせている。インターネット契約は将来 も重要な販売チャネルと言われており、比較的

若い年齢層は利用数が増えている。現在までインターネット契約に踏み切れていない保険会社の抱える

問題として、代理店よりも低価格の保険料をインターネット契約において提供することにより自社代理店と

の間に緊張関係が生じること態もでてきていることなどが挙げられる。この関係の修復しだいでは、多くの

保険会社がインターネット契約を今後取り入れていくことになるだろう。

6-3 フランス フランスにおける個人向け損害保険商品の販売チャネルは、対面販売が主流であり、電話やインター

ネットによる非対面販売はまだわずかな販売シェアでしかない。 対面販売には主に2種類あり、直販相互保険会社の店頭販売、保険総代理店による募集がある。この

中でも直販相互保険会社が多くのシェアを取る理由としては、保険仲介者を経由しないため販売コストが

低いこと、また相互会社形態で営利追求企業でないため保険料が安いということが考えられる。また相互

会社形態の保険会社は、元々同業者組合のような共済組織を起源としているため、付保ニーズが明確で

「売り込む」というより「買いに来る」保険としての性格の強い個人分野において知名度が高く、保険料の面

からも広く支持されている。 インターネット等の非対面販売は、フランスにおいてわずかなシェアでしかない理由としては、保険販

売において人と直接対面するなどの人的コンタクトを望む消費者志向や、直販相互保険会社によりリスク

の細分化に基づく低料率化が実現していること、インターネットの普及が他国より遅れたことが考えられて

いる。特にリスクの細分化に基づく低料率化は日本も更に徹底することで顧客の「代理店は高い」というイ

メージが少しは軽減できるのではないか。しかし、ドイツ同様にフランスでも 近ではインターネット販売

に参入する保険会社も増加している。 このように直販相互会社の価格競争が強いことにより、損害保険の販売において、生命保険ほど銀行

窓販が進展しない、あるいはネット通販などのダイレクト販売も進展していない要因の1つとなっている。

6-4 アメリカ アメリカにおいても、他の国と同様に様々な種類の保険仲介者が存在するが、リスクの規模や複雑さに

応じて明確な保険仲介者がわけられる。 アメリカの多くの州において、個人または法人は、保険代理店および保険ブローカーの免許を重複し

て取得することは禁じられておらず、プロデューサーという1つの免許になっている州も多く、代理店かブ

ローカーかという保険仲介者の立場は免許ではなく、保険会社、契約者と保険仲介者との関係によって

定義されることが多い。 比較的複雑なリスクが多い企業契約のマーケットでは保険ブローカーに優位性がある一方で商品をパ

ターン化しやすい個人の自動車保険などは、独立代理店やインターネット、電話が徐々にシェアを広げ

ている。

6公益財団法人 損害保険事業総合研究所(2010 年3 月)『欧米主要国における保険規制、監督、市場動向について―保険

販売の規制と実務―』参照。

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7 結びにかえて 今後、代理店扱での保険販売を勧めていくためにはどうすればよいだろうか。ひとつは顧客の代理店

自体、特に専業代理店に対する信頼感を強めることが必要である。そのためにも代理店のメリットである

対面で取引ができ、細かい顧客のニーズに応えるようさらに努力することではないだろうか。保険知識に

乏しい自分に合った保険を全力で共に考え、アドバイスをしてくれる存在。事故後のフォローなども迅速、

適切であり、自分を安心させてくれる存在。そのような意識が顧客に生まれるように代理店がアピールし

ていけばネット損保との差別化を図れるのではないかと考える。つまり顧客から信頼される代理店が増え

ることで、代理店が他チャネルとの競合において生き残ることに繋がるだろう。 また保険料は安ければ安いだけ良いという考えではなく、ネット損保より少々高額な代理店扱はそれな

りの理由があるということを消費者に理解させることが重要なのではないか。「保険は安心を買う」と言う。

しかし、ネットで思うがまま、安い保険料で中身の薄い保険を自分で作り上げ、非常時にはほとんど対応

できないこともある。「安心」が単なる思い込みにならないためにも、保険について知識が無い者は信頼

できる代理店を見つけ、本当の安心を作っていくのが理想的と考える。 参考文献 社団法人 日本損害保険協会(2007~2011 年度版)『ファクトブック 日本の損害保険』. 公益財団法人 損害保険事業総合研究所(2010 年 3 月)『欧米主要国における保険規制、監督、市場動

向について―保険販売の規制と実務―』. 大塚 武敏(2009),「わが国における損害保険募集の構造:販売チャネルの多様化に見る消費者利便と問

題点」『2009 年 CiNii 収録論文』. 中央大学商学部平澤ゼミナール 4 年生(2007),「損害保険代理店における経営戦略~損害保険代理店

が生き残るためには~」『RIS2007 論文集』. 社団法人 日本損害保険協会 HP(http://www.sonpo.or.jp/). 社団法人 日本損害保険代理業協会 HP(http://www.nihondaikyo.or.jp/index.aspx).

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日本企業のデリバティブの購入実態

―企業・銀行間関係に着目して―

東京経済大学 柳瀬典由ゼミナール デリバティブ研究班

内山隼人 小林麻衣 寺下智子 並木陽平 長谷侑奈 八森航 馬場覚 山崎湧輝

要旨 本研究の目的は、リスクヘッジ目的に用いられるデリバティブ(金融派生商品)の購入実態につい

て「銀行からの影響力」という観点から探ることにある。『日本経済新聞』(2011 年3 月5 日)によると、

約2万社の中小企業が為替デリバティブによって多額の損失を抱えているという。さらに、「望んでい

ないのに販売された」という記事内容から、他の企業のデリバティブの購入にも「銀行からの影響力」

が関係しているのでは、と考えた。そしてこの考えが上場企業のような大企業にも当てはまるのか。と

いうことを各社のデリバティブの期末契約高、各種財務変数などの各種データを用いて詳細を分析、

検討する。実証分析の結果、銀行からの影響力、特に銀行からの役員派遣の有無がデリバティブの

購入要因のひとつになっている可能性があるということが分かった。

キーワード:為替リスク 為替デリバティブ 銀行 役員派遣 第1章 はじめに

本研究は、銀行と企業との間で行われているデリバティブ取引、その中でも為替デリバティブについて

焦点をあてた研究である。デリバティブ取引に注目した背景には、輸出輸入企業が為替リスクをヘッジす

る目的で利用した為替デリバティブ取引により、2 万社以上の中小企業が多額の損失を抱えたという事実

がある1。しかも、為替デリバティブ損失を巡る企業と銀行との争いに対して、全国銀行協会が仲裁に入っ

たという事実が明らかとなった。この問題について、もし企業が為替デリバティブをリスクテイク目的で購

入し、損失を出した結果、全銀協が仲裁に入るということは考えにくい。つまり企業は、銀行の何らかの影

響力によってデリバティブを必要以上に購入、もしくは必要でないのに購入にいたっているのでは、とい

う問題意識が本研究の主軸である。 為替デリバティブは会社の利益に応じて適切な量を購入すれば、理論的には為替リスクを完全にヘッ

ジすることが出来る2。企業は為替デリバティブを必要量以上に購入した場合どうなるのか。詳しくは第3

章で紹介するが、結果として、リスクヘッジではなく逆にリスクをとることになってしまう、という論理を本研

究では導き出した。これに対し販売元の銀行はデリバティブの販売量が増えれば、それに応じてオプショ

ン料・手数料収入も増える仕組みである。もしこの考え方が正しければ、銀行はデリバティブを多く販売

するインセンティブがあるといえる。そうであるとしたら、企業は銀行の何らかの影響力により、結果的に

デリバティブを多く購入している可能性がある。 本研究では銀行の影響力を特定の銀行からという前提において次の3つの要素から定義する。第一に

借入比率が大きい、第二に出資比率が大きい、第三に役員派遣の有無。本研究の問題意識への仮説と

して、この三つの定義が当てはまる企業は、他の条件を一定とすれば、銀行の交渉力は強い。つまり企

1 『日本経済新聞』(2011 年3 月5 日)。 2 第2章第2節にて詳しく論じる。

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業はデリバティブ購入依頼を断りにくい。その結果デリバティブ契約残高が大きくなる、と本研究では推察

した。 仮説の検証で使用したデータは東証一部、東証二部、ジャスダック上場の3月を決算月とする企業計

2,039 社。対象期間は 2010 年度(2010 年~2011 年度)。デリバティブ契約残高はヘッジ会計の適用の

ある通貨関連のデリバティブの期末契約残高である。その他の財務変数は Quick 社提供 Astra manager や日経デジタルメディア社提供「NEEDS-Cges(コーポレートガバナンスデータベース)」から

引用。問題視されているのは中小企業だが、今回、上場企業を使用した理由は二つあり、第一に中小企

業のデータ入手に限界があること。第二に上場企業のような大企業にも当てはまるのではと考え、今回の

検証に至った。 仮説検証の手順は、四段階である。第一に各企業の特定の銀行からの借入金/銀行借入金(総額)」、

「メインバンク株式保有比率」、「銀行からの役員派遣の人数」を計算する。第二に各企業の総資産単位あ

たりのデリバティブ契約残高を算出する。第三にはじめに算出した値の全体の平均値を計算。第四にこ

の平均値を上回る企業群と下回る企業群に分け、各企業群郡のデリバティブ期末残高の平均値に差が

見られるかを検証する。 デリバティブの購入要因には当然他の要因も考慮しなければならない。本来、為替リスクに直面する輸

出入企業は、本研究の対象である通貨デリバティブをより多く利用すると考えられる。そこで本研究では

海外売上高の有無をコントロールした。検証対象期間における対象企業 2,039 社のうち海外売上高のあ

る企業は 840 社であった。この 840 社で検証を行った。 仮説検証の結果は大きく分けて三つある。一つ目の検証仮説は「特定銀行からの借入依存度の高い

企業はデリバティブ契約残高が大きくなる」である。この検証の結果は、予想と反する結果が得られた。こ

の結果について、そもそも仮説のロジックが間違っていたのかもしれない。つまり、銀行側は融資先の企

業が損失を出したら不履行になるかもしれないので、影響力を行使してデリバティブを販売することは間

違っている、ということを表しているのではないだろうか。二つ目の検証仮説は「特定銀行からの出資比率

が高い企業はデリバティブ契約残高が大きくなる」である。この検証の結果についても予想に反する結果

が得られた。これについてもロジックが間違っていた可能性がある。出資している銀行側は出資先が損失

を出せば配当収入が得られない。つまり銀行は多く販売するインセンティブがない。このような理由から、

予想に反する結果が得られたのではないだろうか。三つ目の検証仮説は「特定銀行からの役員派遣があ

る企業のデリバティブ契約残高は大きくなる」である。この検証は「特定銀行からの役員派遣」のサンプル

数が少なかったため、銀行からの役員派遣人数を利用した。その結果、全企業の総資産あたりのデリバ

ティブ契約残高の平均値 1.87%を上回る 2.13%という大きな差がみられた。この検証結果から役員派遣

の有無が企業のデリバティブの購入要因のひとつになっている可能性がある。 今後の課題としては、以下の三つがある。第一に、本研究では海外売上高のみをコントロールしたが、

他の要因もコントロールした場合に結果に大きな変化が現れないかという点である。第二に、今回銀行か

らの影響力として使用した指標間に何らかの関係があるのかという点である。あるとすればそれがどのよう

な影響を検証結果に与えるのかという点である。第三に本研究では通貨デリバティブのみに着目したが、

もうひとつ主要なデリバティブである金利デリバティブについても銀行からの影響力が生じているのかと

いう点である。 第 2 章 研究背景・デリバティブとは 2.1 企業の為替リスク管理

日本の輸出、輸入は、共に年々増加傾向にあり、貿易産業は日本にとって欠かせない産業の一つとい

える。海外の企業と貿易をする上で切り離すことのできない問題に為替の変動リスクがある。日本円の為

替レートの変動は企業の損益に大きな影響を及ぼす要因の一つである。2008年9月に起こったリーマン

ショック直前の為替レート(円/米ドル)は円安方向で右肩上がりに推移していた。実際、この時期、さらに

円安方向に推移していくであろうと予想されていた。

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では、企業にとって為替リスクとはどのようなものなのだろうか。ここでは、輸入企業が直面する為替リス

クを、以下の例を用いて説明する。いま、日本のある企業 X が小麦をアメリカの農場から一万ドル分輸入

したいと考えており、その代金は一ヶ月後に支払う契約をしていると仮定する。一ヶ月後の決済時に支払

う総額は、米ドル相場の基準を1ドル 100 円とした場合、1万ドル分の小麦を購入したため、1万ドル×100円で支払総額は 100 万円となる。仮に、その後、円高に推移し 1 ドル 80 円となった場合の支払総額は、

1 万ドル×80 円で 80 万円を支払う。逆に、円安に推移し、1 ドル 120 円となった場合にはm1万ドル×120円で 120 万円を支払うことになる。つまり、輸入企業にとって、円高時には費用が安く済むが、円安時に

は費用が高くなるといえる。 図表1は、先ほどの小麦輸入企業 X が直面する為替リスクを示している。横軸は一ヶ月後の決済時点

での為替レートを、縦軸は為替レートが変化した場合の会社利益を表している。輸入した小麦はすべて

販売し、どの為替レートにおいても 200 万円の売上を計上すると仮定。輸入企業の場合、円高から円安

になるにつれて会社利益は減少するため、グラフは右下がりの形状となっている。

図表1 輸出入企業が直面する為替リスク

(出典) 筆者作成。

2.2 デリバティブを活用したリスクヘッジ戦略

為替レートが変化することで小麦輸入企業Xの利益は変動する。ここで、小麦輸入企業Xは、為替デリ

バティブを用いることによって、1 か月後の為替レートに関わらず、会社利益を一定にすることができる。

デリバティブ取引は、銀行などの金融機関が発行主体あるいは仲介機関として介在することが一般的で

あり、したがって、デリバティブを利用したい企業は、購入した際に銀行に対してプレミアムや手数料を支

払うことになる。企業はデリバティブを購入したことにより、将来一定の金額で取引が出来るようになる。 そもそもデリバティブとは、為替の変動や通貨・金利などの価格変動に伴うリスクヘッジ策として開発さ

れた『金融派生商品』と呼ばれるものである。商品と言っても、我々が普段見かけているような日用雑貨と

は違い、目に見えない、言わば“条件”を売買することになるものである。また、代表例として「先渡し取引」

があるが、これは、ある特定の商品をあらかじめ決めた受渡日に、あらかじめ決めた価格で取引する契約

である。この取引はリスクヘッジの要となっている。 では、先ほどの小麦輸入企業が為替デリバティブを用いた場合を見よう。デリバティブを用いて、1 か

月後に必ず1ドル当たり 100 円で購入するという約束をする。この契約により一か月後の為替レートが円

安の 120 円になった場合も、円高の 80 円になった場合も1ドル=100 円で買うことになる。つまり、一か

70

80

90

100

110

120

130

80 90 100 110 120

利益(万円)

1か月後の為替レート(円/1ドル)

会社利益

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月後の決済時に為替レートが 120 円になった場合も1ドル=100 円で買うことができるので、1ドルあたり

20 円の得をすることになる。そのため、契約単位数が 1 万であるので、20 円×1万単位で 20 万円が会社

に 終利益として入ることになる。反対に円高になり 80 円になった場合、1 ドル=100 円で買わなければ

ならないので、20円分多く支払わなければならない。そのため、20円×1万単位で20万円の損失が発生

する。それを表したのがこの棒グラフである。図表2は横軸が一か月後の為替レートを示し、縦軸が為替

デリバティブから生じる利益を表している。 以上をまとめると、為替デリバティブを使わない場合の会社利益を表したのが右下がりの直線であり、

為替デリバティブを使った場合の会社利益を表したのが右上がりの直線であった(図表1および図表2を

参照)。図3を見れば明らかであるが、図1と図2のグラフを合算することによって、決済時の為替レートに

関わらず、会社利益が一定(水平な直線)となることがわかる。これこそが、リスクヘッジが出来ている状態

である。つまり、1 ドル=80 円の場合も、1 ドル=120円の場合も企業は安定して 100 万円の 終利益を出

すことができる。以上のように、デリバティブを適切に利用すれば、理論的には企業は価格変動リスクを完

全にヘッジすることができるのである。 ところが、日本企業の為替デリバティブの利用実態を調べていく中で、理論上とは異なり、多くの企業で、

リスクヘッジが十分でないどころか、むしろリスクを取ってしまう結果になっていることが分かった。たとえ

ば、『日本経済新聞』(2011 年 3 月 5 日・2011 年 8 月 21 日付朝刊)によれば、2万社近い中小企業が為

替デリバティブで多額の損失を抱えている。企業は全国銀行協会に和解のあっせんを求めており、企業

は「望んでいないのに融資と抱き合わせで販売された」「執拗に勧誘された」と発言している。これらの内

容から、本研究では必要以上にデリバティブを購入した結果、損失が生じているのではないかと推察す

る。 では、必要以上の購入とは具体的にどういうことなのか、なぜ必要以上に購入することが損失につなが

るのだろうか、図表5を用いて説明する。先ほどの例を利用し、ここでは契約内容の単位数を 10 倍の 10万単位契約したとする。もとの会社利益を表したグラフは、(1)の右下がりのグラフである。次に為替デリバ

ティブを使った場合の会社利益を表したグラフが(2)の右上がりのグラフである。これらを合算したものが

(3)の線である。先ほどの契約単位数が 1 万だった場合のグラフと比較すると、契約単位数を 10 倍にした

ことにより会社利益の増減が大きくなり、元の会社利益と合算してもリスクヘッジすることができない。これ

では、円高になればなるほど利益がでるが、逆に円安になればなるほど多額の損失が出る可能性がで

てしまう。このように企業側は大量にデリバティブを購入すると、リスクヘッジをしているつもりであっても、

結果的にリスクを取ってしまう可能性があることがわかる。その一方で、銀行は大量に販売すれば手数料

収入がその分増えるため、できるだけ多く売りたいと思うインセンティブがある。以上、銀行が手数料収入

を増やすために、必要以上の量のデリバティブを企業に販売し、その結果、一部の企業が損失を抱えて

しまった可能性が疑われる。

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図表2 為替デリバティブから生じる損益 図表3 為替デリバティブ取引から生じる損益

(出典)筆者作成。 (出典)筆者作成。

図表4 為替デリバティブを大量に購入した例

(出典)筆者作成。

-30

-20

-10

0

10

20

30

80 90 100 110 120

損益(万円)

1か月後の為替レート

(円/1ドル)

為替デリバティブ

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第 3 章 デリバティブ購入要因としての「銀行からの影響力」仮説 本研究の問題意識は、銀行は出来るだけ多くデリバティブを販売したいと思うインセンティブがあるとす

る。だとするならば、この考えが正しければ、銀行からの影響力が大きい企業ほど、 終的にデリバティ

ブを多く購入しているのではないだろうか。すなわち、「銀行からの影響力」が本研究のキーワードのひと

つである。本研究で定義する「銀行からの影響力」は三つある。第一に、全て特定の銀行からを前提に、

“融資比率が大きい”。第二に、“出資比率が大きい”。第三に、役員派遣がある。本研究ではこの三つを

「銀行からの影響力」と定義し、これらを前提とする以下の仮説が浮かび上がった。 上記で述べた「銀行からの影響力」があると、他の条件を一定とすれば、銀行の交渉力は強いということ

が伺える。そうなると、企業はデリバティブの購入要求を断りにくくなり、その結果、デリバティブの契約残

高が大きくなるのではと私たちは考えた。 これらを踏まえ、仮説実証を行う。検証する対象企業は、東証一部上場企業・東証二部上場企業・ジャス

ダック上場企業の3つの市場から、3月を決算月とする 2,039 社である。対象期間は 2010 年度(2010 年

4 月1 日~2011 年3 月31 日)。対象となる変数は、①有価証券報告書の原本よりデリバティブ契約残高

を手入力で入手。②Quick 社提供「Astra Manager」よりそれ以外の財務変数を入手。③日経デジタル

メディア社提供「 NEEDS-Cges (コーポレートガバナンスデータベース)」よりその他の変数(例:社外役

員派遣人数等)を入手。また、デリバティブ契約にはいくつか種類があるが、本研究ではヘッジ会計を適

用している通貨関連のデリバティブ契約残高を使用した。これは為替デリバティブが一番本研究の目的

に適しているからと考えたからである。 仮説検証の手順は、四段階である。第一に各企業の特定の銀行からの借入金/銀行借入金(総額)」、

「メインバンク株式保有比率」、「銀行からの役員派遣の人数」を計算する。第二に各企業の総資産単位あ

たりのデリバティブ契約残高を算出する。第三にはじめに算出した値の全体の平均値を計算。第四にこ

の平均値を上回る企業群(以下Aとする)と下回る企業群(以下Bとする)に分け、各企業群郡のデリバティ

ブ期末残高の平均値に差が見られるかを検証する。 もちろん、他にもデリバティブ契約の大きさに重要な影響を与える要因があるだろう。例えば、海外売

上高がある企業は為替リスクが高いので、為替デリバティブを相対的に多く利用する傾向があると思われ

る。この点をコントロールするために、本研究の分析では全企業 2,039 社のうち海外売上高がある企業

840 社で検証を行った。先ほども簡単に説明した通り、銀行からの影響力と定義するそれぞれの変数が

平均値より高い企業群を(A)、平均値以下の企業群を(B)としている。そして(A)と(B)の間で総資産単

位当たりのデリバティブ契約残高の大小を比べる。各検証で本研究が予想するのは(A)が(B)を上回る

ということである。 第 4 章 検証結果

検証仮説は以下の三つである。第一に、特定の銀行からの借入金の程度が大きいという点、第二に、

特定の銀行が企業の株式を保有している程度が大きいという点、第三に銀行からの役員派遣があるとい

う点、である。 今回の仮説検証での差が有意なものかをみるため、t検定を使用した。t検定とは、二つのものの差が

有意であるかどうかを表すものである。値は*、**、***の順に 10%、5%、1%の有意水準を表す。「*」の

数が多いほど有意であるとされる。

4.1 メインバンクからの借入金依存度 まず、仮説のメインバンクからの借入金依存度についての検証結果に移る。図表は、二つのメインバン

グの定義による借入依存度の検証結果を示している。(A)と(B)は銀行からの影響力と定義する各変数

が平均値より高い企業群が(A)、平均値以下の企業群が(B)を表している。(以下の図表でも同様)「デリ

バティブ契約残高平均値」とは各企業群の総資産単位当たりのデリバティブ契約残高の平均値を表して

いる。(以下の図表でも同様)

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仮説①の検証にあたって、メインバンクの定義を二つに分けてある。まず一つ目はメインバンクの定義

を主要取引銀行(日経 CGES の定義)とした場合である。サンプル数 840 の総資産単位あたりのデリバ

ティブ契約額の平均値=1.87%でメインバンクからの借入金依存度が平均以上であった社数が 403 社で、

平均以下であった社数が 437 社となった。平均以上であった企業の総資産単位あたりのデリバティブ契

約額の平均値が 1.86%。また平均以下の企業の総資産単位あたりのデリバティブ契約額の平均値が

1.89% となった。t検定で二つの平均値の差が有意なものであるかを検証した。その結果、二つの平均

値の差に意味があるものではなかった。つまり本研究の当初の予想に反する結果が得られた 次はメインバンクの定義を「借入金額が一番多い銀行」とした場合である。一つ目のやり方と同じように

サンプル数 840 社の総資産単位あたりのデリバティブ契約額の平均値は 1.87%。メインバンクからの借

入金依存度が平均以上であった社数が 391 社で平均以下であった社数が 449 社であった。先ほどとは

違い平均以上のほうが高い平均値が出てきたがこれもt検定で差の優位さを表すと 1.64* とまたほぼ同

じという結果が出てしまいこれも予想とは違う結果となってしまった。 この仮説①の 2 つの定義の結果をまとめると、予想に反する結果が得られたがこの結果が出た理由を

私たちは考えた。1 つは、「企業にとって大事な借入先なので購入に至るという要素」と、もうひとつは、「.銀行にとっては融資先企業に損失を出されては困るから無理な販売は行わない」、この 2 つの要素が打

ち消しあって今回のような結果が出たのではないか、考えた。

図表6 仮説①メインバンクからの借入金依存度の検証結果 定義 主要取引銀行 借入金額が1番多い銀行

企業群 A B A B サンプル数 391 社 449 社 391 社 449 社

デリバティブ契約残高平均値 1.86% 1.89% 1.92% 1.84% t値 1.65* 1.64*

4.2 銀行による株式保有

次に②特定の銀行が企業の株式を保有率との関係についての検証結果について議論する。 図表7

は、二つのメインバンクの定義による株式保有比率の検証結果を示している。仮説②においても、仮説①

と同様にメインバンクの定義を二つに分けてある。 一つ目はメインバンクの定義を主要取引銀行(日経 CGES の定義)とした場合である。サンプル数 840

社、総資産単位あたりのデリバティブ契約額の平均値=1.87%であった。そこから、平均以上 425 社、平

均以下 415 社となった。デリバティブ契約残高を総資産で割った値は、平均以上 1.55%、平均以下

2.22%となり、平均以下の方が高い平均値が出た。この差が有意であるかをt検定で表したところ 1.65**かなり有力な値となり、わたしたちが予想していたものとは真逆の結果となった。 二つ目の検証は、メインバンクの定義を借入金額が一番多い銀行とした場合とする。 サンプル数、総資産単位あたりのデリバティブ契約額の平均値は、一つ目と同じ値。平均以上は301社、

総資産単位あたりのデリバティブ契約平均値は1.57%。平均以下では539社、平均値は2.06%となった。

またもや、平均以下の方の平均値が高かった。この 2 つをt検定で表したところ、1.65*とあまり強い差は

見られず、ほぼ同じという結果となった。 仮説②での、二つの定義の結果をまとめると、今回二つの検証とも、株式保有率が高い企業はデリバテ

ィブの期末契約残高が大きくなるという予想と反するものとなった。この仮説については、そもそも仮説の

ロジックが間違っていた。銀行が企業の株式を保有しているということは、その企業の業績が悪くなったら

配当収入が得られない。つまり出資先に売るインセンティブは無いので、今回予想に反する結果が得ら

れたのではないか考える。

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図表7 仮説②検証結果 定義 主要取引銀行 借入金額が1番多い銀行

企業群 A B A B サンプル数 425 社 415 社 301 社 539 社

デリバティブ契約残高平均値 1.55% 2.22% 1.57% 2.06% t値 1.65** 1.65*

4.3 銀行からの役員派遣 後に仮説③社外役員派遣との関係について述べる。図表8は、役員派遣の有無による検証結果を示

している。この検証に用いた変数は「特定銀行からの役員派遣の人数」のサンプル数が極めて少なかっ

たため、定義は、「銀行からの役員派遣の人数」とする。サンプル数 840 社のうち銀行からの役員派遣が

あったのは、44 社(A)。役員派遣がなかったのが 796 社であった(B)。総資産単位あたりのデリバティブ

契約平均値は役員有りの 44 社では、3.90%。役員無しでは、1.77%となった。全企業の総資産あたりの

デリバティブ契約残高の平均値1.87%を上回る 2.13%という大きな差がみられた。この差をt検定で検証

したところ、2.20**とかなり有意な結果となった。 仮説③に関しては、予想通りの結果が得られた。つまり

銀行からの役員派遣の有無が企業のデリバティブ購入の一つの要因となっている可能性がある。 図表8 仮説③検証結果

定義 銀行からの役員派遣の有無 企業群 A B

サンプル数 44 社 796 社 デリバティブ契約残高平均値 3.90% 1.77%

t値 2.20** 第 5 章 まとめ

本研究の目的は銀行からの影響力が企業のデリバティブ購入要因のひとつになっているのか、という

検証仮説を探ることにある。本研究では上場企業 2,039 社、その中でも海外売上高のある 840 社のデリ

バティブ契約残高に、特定銀行からの借入比率や出資比率、役員派遣人数などの変数が影響している

かを検証した。その結果、銀行からの借入比率、株式保有比率は企業のデリバティブ購入の要因に影響

を与えている可能性は低いと言える。役員派遣の人数は企業のデリバティブ購入の要因のひとつになっ

ている可能性がある。 今後の課題として今後の課題として、他の要因をコントロールした場合の検証結果への影響、銀行から

の影響力として使用した指標間の関係性、通貨以外のデリバティブについても銀行からの影響力が生じ

ているのか、といった点が挙げられる。 謝辞

本研究を完成するにあたって、公式・非公式の研究交流会等で多くの先生方から有益なコメントを頂き

ました。特に、上野先生(静岡県立大)、米山先生(一橋大学)、石坂先生(福岡大学)、森岡先生・山口先

生(東京経済大)、岡田先生(日本大学)、寺畑先生(東洋大学)、後藤先生(University of South Carolina)、菱沼氏(エース損害保険)、心より感謝いたします。ありがとうございました。 参考文献 1. 日本経済新聞社(1995)「ここが知りたいQ&Aデリバティブの常識」日本経済新聞社. 2. フェリム・ボイル&フェイドリム・ボイル(2002)「はじめてのデリバティブ」日本経済新聞社. 3. 森平爽一郎(2007)「物語で読み解くデリバティブ入門」日本経済新聞社.

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日本における企業年金制度の現状

~なぜ確定拠出型年金に移行しないのか~

東京経済大学 柳瀬ゼミナール 企業年金研究班

荒井薫 磯﨑翔太 桜井千穂 德元真帆 徳山大介 能美亮宏 山賀叶介 山城慎哉

要旨 本研究の目的は、企業の財務的負担が軽いと言われる確定拠出(Defined Contribution、以下

DC)型の企業年金制度が、制度導入時点に期待されたほどには普及していないという実態を踏まえ、

制度選択の決定権をもつ事業主(企業)の視点から、既存の企業年金制度である確定給付(Defined Benefit、以下 DB)型と DC との比較を行うとともに、DC の普及を阻害する要因について実証的に

検討する。

キーワード: 退職後所得保障 積立不足 確定拠出型年金

第 1 節 はじめに

本研究が対象とする企業年金制度は老後を支える所得の一手段である。そもそも、老後を支える所得

には企業年金制度を含め三つある。第一に、公的年金制度(国民年金、厚生年金)であり、これは国から

支給される老後所得である。第二に、企業年金制度(確定給付型年金、確定拠出型年金など)であり、こ

れは文字通り従業員が働いていた会社から退職後に受け取る老後所得である。第三に、個人の自助努

力である。これは個人の貯蓄や投資によって、老後所得に備える手段である。 本研究が企業年金制度に注目した背景には、General Motors(以下、GM)と日本航空(以下、JAL)

の経営破綻がある。GM は、度重なる労使交渉の末に上昇してしまった年金・医療費を含む人件費負担、

さらには、巨額の企業年金制度の積立不足などを原因として、2009 年に経営破綻に陥ってしまった。

JALも2010年に経営破綻したのだが、GMと同じく企業年金制度の積立不足が深刻化しており、それを

解消しなければならない状況に追い込まれていた。 本来、企業年金の制度選択は、従業員のモチベーションや生産性の向上等を目的とする企業の意思

決定事項である。そうであるならば、企業側から導入を進めた企業年金制度が本業を圧迫し、 悪の場

合、経営破綻にまで至るという状況は本末転倒であろう。 実は、GMやJALの経営を圧迫したのは、DB型の企業年金制度である。DB型の企業年金制度では、

積立不足に陥った場合に追加拠出が求められる可能性があるため、一般に、財務的負担が重いと言わ

れる。その一方で、企業には、DC型の企業年金制度という選択肢もある。DC型の企業年金制度は、DB型とは異なり、追加拠出が求められることは一切ないので、一般に財務的負担が軽い制度と言われる。

本来であれば、財務的負担が軽い制度は企業経営上、魅力的であるようにも思える。ところが、実際に

は財務的負担が軽いはずの DC 型の制度は十分に普及しているとは言えない。そこで、本研究では、な

ぜ、DC 型の企業年金制度の採用が進まないのかという問題に一定の答えを提示することを目的とする。 では、何が企業年金の制度選択―DB vs. DC―に影響を与えるのだろうか。一つの可能性としては、

DC 型年金へ移行したいにも関わらず、それが何らかの要因によって、阻害されているということが考えら

れる。あるいは、別の可能性として、何らかの要因によって、DC を採用したいと思うインセンティブがそも

そも小さいということも考えられる。

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これらの可能性を実証的に議論するために、本研究では、企業年金の制度選択の決定要因を探るべく、

企業年金制度の採用状況を調査するとともに、各種財務変数との関係を詳細に分析した。調査範囲とし

て直近一年間の東京証券取引所(一部)に上場企業(金融・保険業を除く)を対象に、有価証券報告書か

ら情報を取得。定量分析に用いるデータベースは、株式会社Quickが提供するAstra Managerおよび

有価証券報告書からの手入力のデータである。さらに、実際に年金制度を決める企業年金基金の実務関

係者に実情をインタビュー調査し、現場の声を集めた。検証の結果、目に見えないコストが障壁になって

いることがわかった。さらに、従業員を含めた内部要因が年金制度の決定に影響を与えることを発見し

た。 論文構成は以下のとおりである。第2節には年金制度の背景について DB・DC を中心に特徴並びに、

普及状況の比較について記述する。第3・4節では本研究のテーマである DC が普及しない原因への仮

説、または仮説に到るまでの過程について記述する。第5節では仮説に対する検証方法並びに、結果を

記述する。第6・7節研究結果を含めたまとめを記述する。以上、7節からなる本研究論文である。 第 2 節 制度的背景

まず、企業年金制度の仕組みを簡単に整理しておく。企業年金には一般的に企業にとって財務的負

担が重い DB と、負担が軽い DC がある。DB とは、退職後の年金給付の目標金額を現役時代に確定し

て、将来受け取る給付額から逆算して掛金を割り出す制度である。一方で、DC は現役時代に掛金を確

定して納め、その資金を個人が運用し、損益が反映されたものが老後の受給額として支払われる年金制

度である。それではなぜ、一般的に DB の財務的負担が重く、DC が軽いといえるのか。それは、DB は

将来の年金の給付額を確定しておく必要があるためその年金のための資産を積み立てなければいけな

いからである。さらに積立不足になった場合、企業側は追加拠出する必要がある。一方、DC は将来の年

金額を確定しておく必要がないため、DB とは異なり企業側は年金のための資産を積み立てる必要も無く、

追加拠出する必要も無いのである。つまり、企業がリスクを負担する可能性があるのが DB であるのに対

し、DC はそれがないという事である。 そのため、現状では財務的負担が軽い DC を採用したいと考えている企業は 50%以上もある。(日本

経済新聞2007/10/14)しかし、従業員1000人以上の大企業において17%しかDCを採用いないのが今

の日本の現状である。また有価証券報告書に記載されている情報をもとに東証一部を対象に独自に計算、

調査したところ同様の結果が出たのである。 図1はアメリカと日本が DC を導入してからの加入員数の推

移である。背景が違うので単純に比較はできないが、日本での普及が進んでいない現状が伺える。

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図1 日米の加入数比較

出所:三石(2004) をもとに筆者作成。

図2は、年金資産額合計に占める DC の資産額の割合を、日本とアメリカで比較したものである。アメリ

カでは約66%なのに対して日本では約7%しか DCに資産を使われていないことがわかる。当初の年金

実務関係者による予測では DB と DC の割合は五分五分になるとされていた。このことからも DC の年金

資産額が増えていないことがわかる。つまり、実質普及していないと言える。

図2 日米の年金資産額における DB・DC の割合

出所:渡辺(2011)および森(2006)をもとに筆者作成。

1984

2001

1985

2002

1986

2003

1987

2004

1988

2005

1989

2006

アメリカ

日本

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ではなぜ企業の負担が軽く、半数以上の企業が採用したいと考えている DC の導入が進まないのかとい

う考えに至った。本研究では、DC を採用したい企業と採用したくない企業の2つの可能性から見た仮説

を設定した。

一つの可能性としては、DC 型年金へ移行したいにも関わらず、それが何らかの要因によって、阻害さ

れているという仮説である。あるいは、別の可能性として、何らかの要因によって、DC を採用したいと思う

インセンティブがそもそも小さいということも考えられる。これを仮説2とする。ここで仮説の1つ目としてイ

ンセンティブが大きいと考えているのにできない企業は、DCへの移行に伴う要件を満たせないのではな

いか、ということがあげられる。 第 3 節 仮説1:移行要件が障害となり、移行できないのではないか まず制度移行の要件を簡単に整理する。DC に移行する際には、大きく分けて2つのステップを踏む必

要がある。ステップ1は、積立不足を解消すること。積立不足を解消したうえで次の段階として、全部移行

と一部移行のどちらかを企業は選択することになる。以下ではこの大きく分けて2つのステップを細かく見

ていきながら、仮説を検証していく。 まずは移行要件のステップ1:積立不足を解消することについて。積立不足があると DC には移行でき

ないことが、法律で定められているため、積立不足を解消しなければ移行はできない。この法律は以前

に従業員と約束した年金の給付額を保障するために制定されたものである。 ここまでは積立不足があることを前提として説明をしてきたが、積立金が十分に積立てられていれば、

移行に問題はない。そこで実際に積立金が十分にある企業はどのくらいあるのかを調査した。 有価証券報告書を用いて、東証一部上場の期間を直近1年間の全企業を対象に積立率を計算したとこ

ろ、全 1675 社中 1628 社が積立不足の状態であることが判明した。つまり全体の約97%は積立不足の

状態であるということだ。しかしこの約97%もの企業すべてが確定拠出型年金 DC に移行できないわけ

ではない。この積立不足を解消する方法が2つある。1つは企業が掛金を一括拠出する方法である。 この図3に書かれている 低積立基準額とは、確定拠出型年金に移行する際に必要な積立金額のこと

で、この金額を積立金額が上回っていない場合は、その不足部分を解消しなければ移行することは出来

ない。そのために、企業が不足金額を拠出して、 低積立基準額を積立金が上回るようにする。しかし、

この方法では企業が不足部分のすべての金額を支払わなければならず、大きな負担となる。

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図3 企業が不足部分を拠出するケース

(注)筆者作成。

もう1つの方法は、 低積立基準額そのものを減少させるという方法である。この図4のように、 低積

立基準額を減らし、実際の積立金額と同じ金額にすれば、積立不足を解消できたということにすることが

できる。しかしこの方法では、従業員に支払う年金の金額を減らすことになってしまい、従業員に負担さ

せる形となってしまう。そのため、全加入者の2/3以上の同意や事業所の厚生年金被保険者の1/3以

上を組織する労働組合の合意などが必要になる。この同意などを得ることは企業にとって厳しいものと思

われる。

図4 低積立基準額を減少させるケース

(注)筆者作成。

次にステップ2について説明する。全部移行とは、一度現在の年金制度を終了して、その後新たな年金

制度を作ることである。これに対して一部移行とは、旧制度にかかる年金資金の一部を、新たに作った年

金制度の年金資金として使うというものである。このように企業は実際に年金制度を移行する際に全部移

行と一部移行のどちらかを選ぶこととなる。 この全部移行と一部移行によってその移行のときに必要な要件が異なってくるが、加入員総数の3/4以

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上の同意や代議員会で定数の3/4以上の多数による議決など、どちらにも厳しいと思われる条件が課

せられている。これらの移行要件が障害になっているのか検証を行う。 ここで現段階での仮説1をまとめる。DC に移行するには積立不足がないことが条件になっているが、現

状ではほとんどの企業が積立不足の状態にある。こうした企業が移行するためには、積立不足の解消を

しなければならないが、それをすることも企業には負担となってしまう。うまく積立不足を解消できたとして

も、実際に移行する際に、企業にとって厳しい規則が障害となっている可能性がある。以上のようなことか

ら、DC に魅力を感じていながらも、移行を諦めざるを得ない企業が多いのではないかと本研究では仮説

を設定した。 第 4 節 仮説1の検証 この仮説を検証するために、ジェーシービー企業年金基金・図書印刷企業年金基金・富国生命保険相

互会社の実務関係者へインタビューを行った。質問内容は、本当に DC は財務的に軽いと言えるのか、

本当に移行要件を満たすことは難しいのか、などである。 1つ目の、本当に DC は財務的に負担が軽いのかという質問については、たしかに DC は財務的には

負担は軽いが、従業員の教育コストなど目に見えないコストがかかるという答えであった。 2つ目の本当に移行要件を満たすことは難しいのかという質問については、私たちの想像とは違い、移

行要件を満たすことはそこまで難しくないという答えであった。また、賞与や家族手当などの福利厚生を

充実させるなどの代替案を提案することで、比較的同意は得やすいとのことであった。 移行要件が厳しくないのであれば今以上に移行が進んでいるはずである。ではなぜ移行が進まないの

か。それを確かめるために、新たに仮説2を設定した。 第 5 節 仮説2:DC 移行の必要性を感じていないからではないか 仮説2は、そもそもDCを採用するよりも、むしろDBに留まることのほうに魅力を感じている企業が多く、

その結果、DC が期待されたほど普及していないと考える立場である。そこで、以下では、なぜ企業が

DB に留まろうとするのかについて、実証的に検証していく。 はじめに、仮説2として、企業が従業員を長期的に雇用したいからではないかと仮説を設定した。これ

は、熟練した能力が求められるような企業では従業員を長期的に雇うことが必要になる。DB では将来の

給付額が確定しているため、従業員は安心して退職まで働くことができる。そのため、あえて DC に移行

する必要はないと企業が考えているのではないかと本研究では推測した。 次に、歴史のある企業は DB しか採用した経験しかないため、DC を採用に躊躇しているのではない

かと仮説を設定した。歴史ある企業、つまり会社営業年数が古い企業では退職者も多いため、年金受給

者も多いと考えられる。年金受給者には雇用関係が終了しているため、賞与等の代替案を提案できない。

したがって企業は年金受給者や従業員の同意を得ることが困難になると考えられるその結果、DC へ移

行することに消極的に考えている可能性があるのではないかと推測をした。 後に、企業の経営が安定していれば、DC に移行する必要がないのではないかと仮説を設定した。

企業の経営が安定していれば、DBの給付額の支払いに余裕があり、あえて確定拠出型年金DCに移行

する必要性を感じていないのではないかと推測した。

第 6 節 仮説2の検証方法と結果 本研究では有価証券報告書に記載されている情報を基にデータ分析を行う。本研究の検証では、2つ

の変数の差に有意性があるかを計るt検定を使用する。検証に用いるサンプルは東証一部上場企業であ

り、それをDB 採用企業とDC 採用企業に分類したうえで両グループに属する企業特性を調べる。どのよ

うな特徴をもつ企業がDCへ移行をしていないのかを明らかにすることがその主眼である。本研究では特

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に企業の収益性および企業規模の視点から分析を行った1。 収益性を測る指標には、ROA・ROE・売上高総利益率・売上高営業利益率・売上高経常利益率・売上

高当期純利益率・総資本回転率・自己資本回転率・売上債権回転率・棚卸資産回転率の 10 項目を使用

した。それぞれの指標にもとづき、平均値の差に関する検定を行ったところ、ROA・ROE・売上高総利益

率・自己資本回転率・売上債権回転率で DB 採用企業と DC 採用企業に差があることが確認された(表1

を参照)。

表1 収益性の平均値の比較 サンプル数(DB) サンプル数(DC) 平均値(DB) 平均値(DC) t値

ROA 532 202 5.43 6.65 1.97***

ROE 532 202 5.24 6.65 1.96***

売上高総利益率 571 219 0.24 0.29 1.97***

自己資本回転率 571 217 2.89 3.53 1.97***

売上債権回転率 564 213 9.92 25.7 1.97***

次に、企業規模を測る指標には、売上高・総資産・期末従業員数の3つの指標を用いる。それぞれの

指標にもとづき、平均値の差に関する検定を行ったところ、すべての指標でもDB採用企業とDC採用企

業に差があることが確認された(表2を参照)。

表2 企業規模の平均値の比較 サンプル数(DB) サンプル数(DC) 平均値(DB) 平均値(DC) t値

売上高 571 219 421898.6 256423.6 1.96***

総資産 571 217 526063.2 254038.3 1.96***

期末従業員数 535 203 9498.39 6167.62 1.96***

第 7 節 まとめ

本研究では、なぜDCの普及が進まない原因について本研究を進めてきた。その答えとして、検証1よ

り、移行要件や教育コストなどの目に見えないコストが障害となり、普及しない。検証2より、企業が従業員

を長期的に雇用したいという企業意思は DC 採用に影響を与えていない。歴史のある企業は年金受給者

の数が多いことは DC 採用に影響を与えていない。企業経営が安定していることは DC 採用に影響を与

えていないことがわかった。以上、仮説2の検証では年金制度に影響を与えると思われる要因は DC 採

用と関連性がなく、企業の収益性・規模は関連性があることが証明された。結果として3つの可能性を発

見した。本研究の結果は以上である。本研究では DC が普及しない原因に焦点を当ててきた。本研究の

結果から、企業負担が軽く、従業員の老後所得を十分に確保した年金制度を提案する予定である。具体

的には、現行の DC の問題点(機能不全のポータビリティーなど)を改善した新DC、DB・DC とは別の第

三となる新年金制度である。

1 安全性を測る指標には、流動比率・当座比率・自己資本比率・負債比率・固定比率・固定長期適合率・インタレストカバレッ

ジレシオの7項目を使用した。それぞれの指標にもとづき、平均値の差に関する検定を行ったところ、安全性に関しては、す

べての指標でも DC の採用状況には関連性がないことが確認された。また、生産性を測る指標として、従業員一人当たりの

売上高・労働装備率の2項目を使用し、それぞれの指標にもとづき、平均値の差に関する検定を行ったところ、いずれの指

標においても、DC の採用状況には関連性がないことが確認された。 後に、成長性を測る指標として、売上高伸び率・経

常利益伸び率・売上高試験研究比率の3項目を使用し、平均値の差に関する検定を行ったところ、これに関してもすべての

指標で DC の採用状況とは関連性がないことが確認された。

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謝辞 今回の研究は企業や業界団体の方々、並びに各大学の関係者各位の皆様のご指導、ご協力のもと完成

することができました。この場所をお借りして、チーム一同お礼申し上げます。 参考文献・データ 1. 井出正介/飛田公治(2006)『企業経営と企業マネジメント』東洋経済新報社. 2. 久保知行(2009)『わかりやすい企業年金』日経文庫. 3. 日航航空グループ(2010)『JAL 崩壊』文春新書. 4. 三石 博之(2004),『米国401(k)プランの 新動向』,JAIRO,

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/10/s1028-6c.html(閲覧日 2011/1/27) . 5. 森祐司(2006)「アメリカ確定拠出型年金の運用状況」『年金ニュースレター 2006 年 7 月号』大和フ

ァンド・コンサルティング. 6. 山口修、久保知行(2004)『企業年金の再生戦略』金融財政事情研究会. 7. 渡辺由美子(2011)「確定拠出年金の施行状況について」『企業年金の現状と課題』厚生労働省年

金局 企業年金国民基金課.

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公的年金制度における第三号被保険者問題

長崎大学 大倉ゼミナール

相川信彦 内田恵 川崎未来 桑宮未来 小林大樹 田渕公実子 土井晴樹 中野一徹 濵都沙也香

要旨

今日、メディアなどにおいて年金受給年齢の引き上げや未納問題などの様々な報道がされている。

そこで本論文では、公的年金制度の概要について述べつつ、生活保護受給者との格差問題・消えた

年金問題・不正受給問題といった諸問題を考察したうえで、女性に対しての公的年金問題について議

論することを主眼とする。より具体的には、昨今社会的に話題になっている第3 号被保険者制度に焦点

を置いた検討を行っていくこととする。

キーワード:公的年金制度、第 3 号被保険者、不整合記録問題、年金受給資格期間、保険料負担

の不公平感 はじめに 現代社会において公的年金の存在は欠かせないものとなっている。20 歳を迎え、年金保険料の支払

い義務を有している大学生とっても、決して無関係なことではない。他方において、メディアなどにおいて

年金受給年齢の引き上げや、未納問題などの様々な報道がされているにもかかわらず、多くの者におい

ては年金に対する知識量が少なく、それゆえに報道等の内容について深く理解ができていないのが現

状である。 そこで本論文では、公的年金制度の概要について述べつつ、生活保護受給者との格差問題・消えた年

金問題・不正受給問題といった諸問題を考察したうえで、女性に対しての公的年金問題について議論す

ることを主眼とする。より具体的には、昨今社会的に話題になっている第3 号被保険者制度に焦点を置い

た検討を行っていくこととしたい。 第1章 公的年金制度について 1-1 公的年金制度 公的年金は、老後の所得保障の主柱とし、高齢者の老後生活を実質的に支えていくことをその役割とし

ている。このため、年金に加入してから年金を受給するまでの間に賃金や物価変動などが大きく変動した

としても、その年金価値が保証される仕組みを有している。また、現役世代が公的年金制度に必ず加入

することにより、安定的な保険集団が構成され、そしてそれによって、個人の責任で対応できない物価の

上昇や、国民の生活水準に対応した給付の改善などに必要な財源を後代の世代に求めるという世代間

扶養の仕組みを採用している。 なお公的年金制度は、社会保険方式をとっていると言われているが、実際には保険料を基本として国

庫負担(税金)を組み合わせることで安定的に運営されている。年金給付に要する費用は、加入者(現役

世代)の支払う保険料および国庫負担(税金)によって成り立っている。なお、国民年金(基礎年金)への

国庫負担は 2 分の 1 となっている。ただし社会保険方式を採用していることから、原則として保険料を納

めなければ年金を受け取ることはできない。

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1-2 公的年金制度の必要性 公的年金制度の必要性は、現代社会に存在する老後の生活リスクの存在によって説明可能である。な

おこのような生活リスクには、老後の余命期間が予測不可能であること、 現役時代から老後までの長い

期間に起こりうる賃金や物価の上昇などの経済社会変動が大きくかつ予測不可能であること、老後を迎え

る前に障害を負う可能性あるいは死亡して遺族が残される可能性が皆無ではないこと、などがあげられる。

そして、このような生活リスクに直面している下で、老後の生活に必要となる収入を個人レベルで確実に

確保することは困難である。以上より、退職後の将来において必ず訪れる老後において、生涯を安心し

て暮らすための老後の生活を支える収入が何らかの制度によって確保される必要があり、このことが公的

年金制度の必要性に直結しているのだと結論づけられるのである。

1-3 公的年金制度の体系 現在の日本の公的年金制度は、国民年金(基礎年金)(以下「国民年金」と呼ぶ)を中心にいくつかの階

層によって構成されたものとなっている。以下の(図1)は公的年金制度の体系を簡単に表したものであ

る。 図 1:公的年金制度の体系

出所:日本年金機構ホームページ「20 歳になる前に知っておきたい年金のはなし」の一部を修正して作成。

国民年金は「2階建て」と呼ばれる公的年金制度の1階部分にあたり、すべての国民に共通した年金給

付を行うものである。国民年金における保険料は日本国内に住む 20 歳以上 60 歳未満の人すべてに納

付義務がある。また、加入者の職業によって、第 1 号被保険者、第 2 号被保険者、第 3 号被保険者に分

類され、それぞれにおいて保険料の納付方法が異なる。 第 1 号被保険者に該当する者としては、無職・学生・自営業者・農業や漁業の従事者等があげられる。

保険料は、日本年金機構から送られてくる納付書によって納付する。保険料は定額で 2011 年4 月より月

額15,020 円となっている。また、この定額保険料に月額400 円を加えることで、将来付加年金を受けとる

ことを選択することも可能である。なおこのような付加年金の仕組みは、第 1 号被保険者に限定的に適用

されるものである。 第 2 号被保険者に該当する者としては、民間の会社員や公務員等があげられる。厚生年金の保険料

は、勤めている会社の事業主が給料やボーナスから天引きする形で支払われるため、被保険者自身で

国民年金(基礎年金)

国民年金基金

厚生年金保険

共済

年金

保険

第1号被保険者 第3号被保険者 第2号被保険者

公務員等 民間サラリーマン

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保険料を納付する必要はない。加入している厚生年金保険および共済年金保険が国民年金の費用を負

担しているが、これらの保険料額は、標準報酬月額を決定した上でこれに保険料率を乗じることで算出さ

れる。なお、2011 年 9 月から 2012 年 8 月までの一般の被保険者等における保険料率は 16.412%であ

る。ただし保険料支払いについては労使折半となっていることから、各被保険者自身が支払う保険料額

はこの算出額の半分となる。 第3号被保険者に該当する者としては、民間の会社員や公務員等に扶養される配偶者のうち年金保険

料負担が生じる所得水準未満の者があげられる。第3号被保険者は保険料を自分で納付する必要はなく、

配偶者の加入している被用者年金制度(厚生年金制度や共済年金制度)が負担する仕組みとなっている。

なお「年金保険料負担が生じる所得水準」についてであるが、第 3 号被保険者制度が制定された 1987年 3 月においては年収 90 万円であったが、その後 1987 年 4 月からは年収 100 万円、1989 年 5 月か

らは年収110 万円と、上限額が引き上げられており、1993 年4 月以降は年収130 万円が当該所得水準

額となっている。 1-4 年金保険料支払総額の格差について

上で述べたように、第3 号被保険者は自身で保険料を納付する義務がない。見方を変えれば、第3 号

被保険者は保険料支払面において優遇されているともいえ、実際このことがしばしば社会問題としてとり

あげられることがある。では、第 3 号被保険者はどの程度の保険料支払面の優遇を享受しているのであ

ろうか。このことを明らかにすべく、第 1 号被保険者、第 2 号被保険者、第 3 号被保険者の女性が生涯納

める保険料を比較してみる。ただしここでは、未納期間や免除制度の利用はなく、20 歳から 59 歳まで保

険料を納めた場合を考える。また2011年度に20歳となる者を想定することから、現在段階的に行われて

いる国民年金保険料および厚生年金保険料の引き上げについても考慮する。また、付加年金について

は考えないものとする。 まず、働いていない自営業者の妻である第 1 号被保険者の場合、40 年間で支払う年金保険料総額は、

約804万4320円となる。次に、会社員の女性である第2号被保険者の場合、支払う年金保険料総額は、

収入によって異なってくるが、月収が 20 万円、ボーナスが 30 万円で年 2 回支給されると仮定すると、40年間で約1742万976円となる。しかし、労使折半により第2号被保険者の負担分は、約870万円となる。

それに対して、会社員の夫を持ち年収が 130 万円未満の第3 号被保険者の場合、年金保険料の負担は

発生しない。 上記の計算をもとに年金保険料を比較してみると、第 2 号被保険者については、支払った保険料支払

総額に応じて年金受給額が決定することから、保険料支払総額が高額であることが直ちに不平等につな

がるとは言えないかもしれない。しかしながら、第1 号被保険者と第3 号被保険者が将来受け取る年金受

給額は同じである。換言すれば、両者ともに「働いていない」という条件は同一であるにもかかわらず、夫

の職業が自営業者か会社員かの違いのみで保険料支払総額に 800 万円以上の差が存在するのであ

る。

第 2 章 第 3 号被保険者制度が誕生した歴史的背景 現在、第 3 号被保険者制度が社会的に問題となっている。先に述べたような保険料支払総額の観点か

ら鑑みた場合、社会問題化することはある意味当然の帰結であると言える。ではそもそもなぜ、このような

第3 号被保険者制度が誕生したのであろうか。これについては、どのようにして年金制度が誕生したのか

という歴史的背景に少なからず関連している。 日本における年金制度のスタートは、1942 年における民間の労働者を対象とした労働者年金保険法

である。しかし、1942 年が第 2 次世界大戦の 中であることを考えた場合、この時期における労働者年

金保険法の誕生は不自然な感があるが、これは当面必要とされる戦費調達を目的としていたためである。

つまり、年金制度誕生のきっかけは戦費集めの口実だったのである。そして労働者年金保険法において

は、この目的に沿って、軍需生産の現場男子肉体労働者は年金加入させたが、事務系の労働者と女性

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労働者は除外された。その背景には、戦争遂行上、直接的戦力に役立たないと同時に、長期雇用を通じ

ての資金調達という点からみてもプラスにならない(結婚、出産などによる退職があり、長期保険に役立た

ない)という判断があった。しかし、戦争が長引き、財政が苦しくなってきたことを受けて、1944 年に厚生

年金保険法と名称を変更した上で、女性労働者にも適応が拡大されるようになった。 そして戦後、専業主婦の数が増加の一途をたどったこともあり、専業主婦の年金権の尊重や、離婚した

場合の妻の生活などを考慮する必要に迫られた。このような流れを受けて、1986 年 4 月に大きな年金制

度改革が行われた。1986 年 3 月までサラリーマンの妻は国民年金には任意加入であったことから、その

3 割が未加入であった。しかしながら、未加入の妻は老後に年金を受給できなかったことから、離婚時に

無収入で生活しなければならなかったり、障害を負った場合に保障がなかったりといった問題があった。

そして、このような背景を受けて、女性の年金権確立を目的に誕生したのが「第 3 号被保険者制度」であ

った。第 3 号被保険者制度の創設によって、夫婦それぞれの基礎年金が確立し、これによって専業主婦

にも自分自身の年金権が付与されるようになったのである。 以上のように、第3号被保険者制度は、女性の年金権を確立する目的で創設された制度であるが、ここ

で注視すべきなのは、この制度は戦後増加した専業主婦のために創設された制度であり、その趣旨は現

在も変化していないという点である。このような趣旨とは対照的に、現在では、男女雇用機会均等法の創

設およびその改正が行われたり、企業単位での女性の労働に関する取り組みが注目されるようになった

り、将来に向けての貯蓄を目的に社会進出したりするようになった。さらに、共働き世帯の増加、晩婚化・

未婚率の上昇、離婚の増加といった家族形態の変化によって、女性のライフスタイルは多様化している点

も見逃せない。このように考えた場合、第3号被保険者制度はこのような変化に対応したものではなく、そ

れゆえに現状から大きく乖離した制度であると言わざるをえない。

第 3 章 第 3 号被保険者にかかる問題の解決策 第 3 号被保険者制度の存在は、年金受給権の確立に貢献していると評価できると同時に様々な社会

問題を引き起こしている。それらの問題は多岐にわたるが、突き詰めれば「保険料負担の不公平感」がそ

の根幹にあるといえる。よって第3 号被保険者制度によって引き起こされる各種問題を解決するためには、

この「保険料負担の不公平感」を消滅あるいは緩和させるための策が求められることになる。 先にも述べたように、第 3 号被保険者となるための要件の 1 つとして、「年収 130 万円未満」があげら

れる。そしてこれを受けて、あえて年収を 130 万円未満に抑えようと考える人も多く、女性のパートタイム

労働や男女の賃金格差を助長、さらには女性の社会進出意欲の阻害といった社会問題を引き起こしてい

る。 よって、第 3 号被保険者にかかる問題についての解決策としては、厚生年金への加入要件の改正が

考えられる。現在政府は、(1) 雇用見込み期間が 31 日以上、(2) 労働時間が週 20 時間以上、の条件を

満たすパートタイマーについては年間収入額に関係なく厚生年金に加入させることとしている。なおこの

2 つの条件は、雇用保険の適用条件に合致している。よって解決策としては、これらの要件に加えて、保

険料支払の有無の基準となる所得水準を現在の 130 万円から引き下げることが考えられる。これによって

第3 号被保険者数が減少するという直接的な効果だけでなく、第3 号被保険者を支えている第2 号被保

険者の負担が軽減されるという間接的効果も期待できる。また国の年金財政の面から考えても、第 2 号被

保険者数の増加は望ましいことであるといえる。 しかしながら、この解決策は、第 3 号被保険者に該当するパートタイマーの主婦や、第 3 号被保険者を

パート労働者として雇用する企業にとっては負担増となることから、望ましい策であると単純に評価できな

い面があることも事実である。特にこの解決策は、厚生年金の加入要件の改正となることから、これまでよ

りも雇用主である企業の負担が大きくなる。また、引き下げたものの「年収〇〇万円未満」という所得水準

が存在する以上、第3 号被保険者と第1 号被保険者や第2 号被保険者の女性との不公平感を完全には

払拭できない。よって所得水準の引き下げ以外の策について考慮する必要があると言える。 民主党のマニフェスト(2009)において、年金制度については「危機的状況にある年金制度を公平で分

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かりやすい制度にするために、すべての人が同じ年金制度に加入し、職業を移動しても面倒な手続きが

不要になるように、年金制度を例外なく一元化する。」と述べている。もし、この年金制度一元化が実施で

きたとすれば、事業主である企業の保険料負担は以前と変わらない。また、厚生年金ではなく、基礎年金

である国民年金の保険料支払義務を第1号被保険者から第3号被保険者までにすることで、第3号被保

険者と第 1 号被保険者や第 2 号被保険者の女性との間における保険料負担の不公平感は解消されるの

ではないかと思われる。 また、年金制度の一元化により、手続き忘れ等の理由による未加入者の出現をなくすることができると

同時に、これまで分立していた保険料徴収・年金支給等の事務コストおよびそれに必要なシステム運営コ

ストなどを引き下げることができる。 そして年金一元化を行うにあたって問題になるのは、国民年金保険料の支払方式を保険料方式か税

方式のどちらにするかということである。税方式のメリットとしては、未納・未加入者問題の解決、事業主の

保険料負担が減る、ということがあげられる。それに対して、デメリットとしては、財政状況に左右されやす

い、労使折半でないため国民の負担が大きい、ということがあげられる。それに対して、保険料方式のメリ

ットとしては、社会保障以外の目的で使用されない、負担と給付の関係が明確なため国民の理解を得や

すい、ということがあげられる。それに対して、デメリットとしては、未納・未加入者の存在、事業主の保険

料負担の増大、があげられる。 このように保険料方式・税方式いずれにもメリット・デメリットがあり、どちらを採用すべきかについては難

しい問題である。さらに、現在の若年者の間では、十分な額の年金を将来受給できるかという不安が少な

からず存在する。よって、国民年金保険料の支払方式を考える際には、現代の若年者の安心獲得を 1 つ

の目的にすべきであると思われる。そして本論文では、この保険料支払方式の面から解決策を検討した

上で、「あんしん年金」の構築が実現できるのではないかと考えた。なおこの「あんしん年金」の具体的な

内容については、以下のとおりである。 国民年金については、対象となるすべての者に公平的に負担してもらうことを目的に保険料方式を採

用する。そしてその年金保険料は、年金給付のみに利用することとする。それに対して、年金事務費や広

報費、システム経費などといった年金給付以外の費用に対しては税方式を採用する。このようにすれば、

これまで年金保険料から拠出されていた年金関連費用の分だけ保険料を引き下げることができ、国民に

とっても事業主にとってもメリットになる。また、支払いが困難な者に対しては免除制度を活用したり、育児

期間中の被用者に対しては保険料免除措置を産休期間にまで拡大したりする。 そしてこのような「あんしん年金」の創設によって、第3号被保険者に対する不公平問題を解決すると同

時に、現代の若年者に対しても十分な年金額が保証されていることをアピールすることができるものと思

われる。 第 4 章 不整合記録問題

不整合記録問題とは、「何らかの理由によって、第3号被保険者が第1号被保険者に切り替える際に本

来必要な第 1 号被保険者への変更届出を行わなかったために、年金記録と実態との間に不整合が生じ

ていることによって生じる問題」のことをいう。1 つの例として、会社員の夫が退職あるいは自営業への転

職などで厚生年金の資格を失くした場合を考える。このとき、妻は第3号被保険者から第1号被保険者に

なるため、市区町村で変更手続きが必要となり、同時に年金の納付義務が生じる。しかし、この変更手続

きを忘れてしまうと、第1号被保険者への種別変更が行われず、結果として年金保険料未納付になってし

まい、これによって不整合記録問題が生じる可能性がある。 不整合記録問題の解決策として、まず発生自体を抑止することが必要である。発生要因として、健康保

険組合からの被扶養配偶者の異動情報の未取得、住所不明によるもの、種別変更の処理誤りがあり、そ

れぞれの解決策として健康保険組合からの被扶養配偶者の異動情報の取得、住民基本ネットワークの活

用、事務処理マニュアルの整備などがあげられる。なお、すでに発生してしまった不整合記録問題に対

しては、運用 3 号制度(不整合記録が発生している人に対し、過去 2 年間分の保険料を追納することで、

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その不整合期間は保険料を支払ったこととするもの)を発表・実行することで対応するとされていたが、こ

の制度における不公平感が顕著であったことから、すぐに凍結となった。このことから明らかなように、第

3 号被保険者における不整合記録問題に対しては、可能な限り正しい状態を追及することおよび公平性

の観点と救済の観点から対処することが重要になる。 このような不整合記録問題に対する今後の対応は、被保険者に対してのものと、すでに年金受給者に

なっている者へのものとに区分可能である。 まず、被保険者に対しての対応であるが、運用 3 号制度の失敗後に設けられた特例措置の1つとして

カラ期間が導入された。カラ期間の導入は、任意加入の期間中に申請しなかった人のための救済を目的

としたものである。このカラ期間は、年金支給額の計算には反映されないが、年金受給資格期間の 25 年

の中に数えることができる。これにより、本来納付されるべきであった第1号被保険者としての保険料が納

付されていなかった期間については、カラ期間として年金受給資格期間に含めることが認められた。また、

カラ期間のうちの直近10 年間について年金保険料の追納を可能とした。さらに、それ以前の期間につい

ても、通算して 10 年を超えない範囲で年金保険料の特例的な追納を認めることが検討されている。 次に、すでに年金受給者となっている者に対しての対応であるが、正しい保険料支払状況の追求を基

本として、その結果に基づいた適正な年金支給を行うことが重要となる。その際、受給者の年金は、受給

者の生活の根幹にかかわるものであることから、措置後の変更が及ぼす影響には十分配慮する必要があ

る。また、受給者に対しても、被保険者と同様、カラ期間や特例追納を認める。そして今後、年金種別変

更の漏れがないようにするとともに、事業者からの第 3 号被保険者の資格に関する情報の届出が遅滞な

く日本年金機構に伝達されるようにすべく、制度改正を行っていく必要があろう。また、種別変更すべきこ

とが明らかとなった不整合記録の対象者に対して、その内容と意味をわかりやすく説明する通知を早急

に行うことと周知の徹底をはかることが必要である。

おわりに 本論文では、公的年金制度の必要性、体系、歴史について概観した後、第 3 号被保険者制度における

不公平問題および不整合記録問題について考察した。本論文での考察の結果、第 3 号被保険者制度に

おける不公平問題に対しては「あんしん年金」の構築、不整合記録問題に対しては再発防止と国民への

周知徹底という解決案を示した。 しかしながら、年金制度は日々変革していることもあり、ここで示した解決案で全てが解決される訳では

なく、今後の課題が山積していることも事実である。たとえば、不公平問題についていえば、年金一元化

を行う際、年金保険料を国民年金のような定額にするのか厚生年金のような定率にするのかといった点が

未解決のままである。また、不整合記録問題についていえば、制度改正やわかりやすい通知といった大

まかな対策案について提唱したものの、具体的にどのような制度改正をすべきなのか、またわかりやす

い通知というのはどういったものなのかといった点にかかる検討が必須となろう。

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参考文献 公文昭夫(著者)(2004)『年金不安 50 問 50 答』大月書店. 下和田功(編著)(2010)『はじめて学ぶリスクと保険(第 3 版)』有斐閣. 厚生労働省,(http://www.mhlw.go.jp/). お金の随想録 2007 年金制度誕生の歴史,(http://futures.sakura.ne.jp/a-club/newpage54.html). 日本年金機構 HP,(http://www.nenkin.go.jp/). 日本年金機構ホームページ 平成 23 年度年金制度のポイント 厚生労働省年金局, (http://www.nenkin.go.jp/pamphlet/pdf/h23_point.pdf). 日本年金機構ホームページ 20 歳になる前に知っておきたい年金のはなし, (http://www.nenkin.go.jp/pamphlet/pdf/fukudoku03.pdf). 民主党政策集 INDEX2009, (http://www2.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/img/INDEX2009.pdf).

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127

エコカー普及促進に向けた考察

日本大学 岡田ゼミナール①

井川 陽介 但野 佑樹 廣谷 俊樹 淡島 莉彩子

要旨

環境問題が 近になってさらに注目されるなかで、私たちは、自動車がもたらす環境問題、

リスクなどに注目し、それらの改善について考察した。特に、 エコカーの普及による環境問題の改善に論点を置き、エコカーの歴史、現在の普及状況、

普及促進の取り組みを述べたうえで、保険やカーシェアリングなどによる普及促進の可能性

について検討した。

キーワード :エコカー、電気自動車、CO2、自動車保険、カーシェアリング、 1 はじめに 研究動機

エコカーが普及するためには、費用的側面や技術問題において課題があるのはいうまでもない。もっ

とも、私達は自動車メーカーのみならず、自動車利用の環境を改善することでも普及促進ができると考え、

2020 年ごろの普及を想定して研究を行った。

2 エコカー普及の背景と取組み (1)エコカーへのあゆみ

二酸化炭素(CO2)などの排出量が少なく、燃費もいい自動車。エコロジー(=環境)とエコノミー(=節

約)の性格を併せ持っているため、エコカーと呼ばれている。電気自動車、ハイブリッド車の他、燃料電池

自動車、天然ガス車、水素自動車などが該当する。ハイブリッドカーの例としてトヨタのプリウスが、電気自

動車の例として日産リーフがある。電気自動車は、ハイブリッドカーに続き、次世代のエコカーの代名詞と

なる自動車といわれている。 なぜ近年エコカーを普及させていく動きが目立ってきているだろうか。主な理由として4つ挙げられる。

まず1つめに CO2 排出削減等への規制、2 つめに環境意識の高揚、3 つめに原油供給量の問題、そし

て4つめに低燃費車へのシフトである。 2008 年世界で 295 億トンの二酸化炭素が排出されている。国別でみると、1 位中国22.1%、2 位アメリ

カ 19.2%、3 位ロシア 5.5%、4 位インド 4.9%、5 位日本 4%となっている。日本における京都議定書の対

象となっている温室効果ガス排出量の割合では、2009 年全体で 12 億 900 万トン排出される。内訳は二

酸化炭素(CO2)が94.7%、メタン(CH4)が1.7%、一酸化二窒素(N2O) が1.8%およびその他である。図表

1 は、日本の CO2排出量の推移を表す。グラフをみると、1990 年から 2007 年まで CO2が増えているこ

とがわかる。2008 年と 2009 年は減少しているが、さらなる排出削減が必要である。また、部門別の CO2

排出量を比較すると、産業部門がトップとなっているが、2009 年度は 19.5%減少している。2 位の運輸部

門では 5.8%増加している。

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128

図表 1 日本の CO2排出量の推移

出所:全国地球温暖化防止活動推進センター「日本の 1990〜2009 年度の温室効果ガス排出量データ」

原データ:国立環境研究所温室効果ガスインベントリオフィス (2)電気自動車普及状況と取り組み 電気自動車(EV)とは、電気を原動力として走行する自動車をいう。一般の自動車は内燃機関で石油な

どを燃焼させたエネルギーで走行するが、電気自動車は電力で電気モーターを回転させて走る。 電気自動車は 近発明されたもののように思われがちであるが、実は 19 世紀から実用的な電気自動

車が存在していた。開発経緯をふりかえると、19 世紀蒸気自動車が危機に陥りガソリン自動車が優位に

なっていったが、ガソリンエンジンと自動車の原動機をめぐって主導権を争ったことがあった。この時代に

は「電気自動車」という選択肢が存在したのである。 さて、現代に話を戻そう。現在、EV 軽自動車・乗用車はどのくらい普及しているのだろうか。図表 2 を

みると、この 3 年間で販売台数は伸びているものの、一般軽自動車・乗用車のそれと比べるとまだまだ低

く、およそ0.7%のシェアにすぎない。また、図表3のEV軽自動車・乗用車の保有台数についても、保有

台数は伸びているが、従来車と比べるとまだまだ低いことがわかる。

図表 2 EV 軽自動車・乗用車と一般軽自動車・乗用車の販売台数

出所:環境省(2009) 105 頁 表3.2.3、3.2.4、3.2.5 より作成

0

1,000,000

2,000,000

3,000,000

4,000,000

5,000,000

2009 20102011

2,500 8,750 36,200

4,904,7324,916,995 4,922,811

EV軽自動車/乗用車

通常軽自動車・乗用車0.05 0.17 0.73

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図表 3 EV 軽自動車・乗用車と一般軽自動車・乗用車の保有台数

出所:環境省(2009) 105 頁 表3.2.3、3.2.4、3.2.5 の一部より作成

このように、EV 市場の成長はこれからであるが、EV 車が地球環境に与えるインパクトは大きい。主な

車種ごとの CO2排出量を比較した図表4 をみると、EV 車は従来車より1キロ当たりの CO2排出量が 3 分

の1と非常に抑えられているのが分かる。 また、「日経ものつくり」の調査結果(2011年1月号)によると、EV市場の期待度について質問したところ、

「大いに期待できる」が 41%、「やや期待できる」が 36%、合計 77%が「期待できる」と回答している。他方、

「あまり期待できない」が13%、「全く期待できない」が3%、無回答が8%である。次に、EV市場の開拓に

向けて具体的な取り組みを開始したかの質問について、「すでに開始している」が 51%、「まだ開始して

いないがその計画がある」が 14%、合計 65%が開始しようとしている。その他「開始していない」が 28%、

「分からないが」6%である。また、開始したもしくは開始する計画における取組みとは何かについて質問

したところ、一番多い取り組みとしては「EV 用部品・材料の開発」が 65.8%である。以下、「充電機器など

EV向けインフラ」が29.5%、「EVやその生産技術についての調査・分析」が29%、「EV向けサービス(ソ

フトウェアを含む)の開発、車両の開発」が 20.4%と続く。 後に、EV が普及する上で、もっとも大きな課

題は何かについて質問したところ、一番高いのが「充電インフラの不足」が 27.7%である。以下、「価格の

高さ」が 24.9%、「航続距離の長さ」24%、「充電時間の長さ」10.4%、「電池の寿命」9.1%と続く。

0

10,000,000

20,000,000

30,000,000

40,000,000

50,000,000

60,000,000

70,000,000

20092010

2011

2,500 11,22947,239

66,127,472 65,800,246 65,814,398

EV軽自動車/乗用車通常軽自動車/乗…

0.0037 0.017 0.071

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図表 4 日本における主な車種の CO2排出量(1 ㎞走行当たり CO2総排出量)※

※2011 年9 月現在

出所:水素・燃料電池実証プロジェクト(JHFC)より作成

後に、エコカー普及に向けて政府は現在、「EV・PHV タウン構想」に取り組んでいる。この構想は

2007年6月、経済産業省が電気自動車やプラグインハイブリッド車(PHV)などの新世代自動車の早期実

用化を目指し、それを実現するための施策や連携体制を構築するために策定した「新世代自動車の本格

普及に向けた提言」を表す。タウン構想の基本方針は、「初期需要の創出」、「充電インフラの整備」、「普

及啓発の促進」および「効果評価の実施」の4つであり、エコカーが本格的に普及するために欠かせない。

なお、タウン構想の実施地域と概要は図表 5 のとおりである。構想のスケジュールと照らし合わせると、

2011 年現在、プラグインハイブリッド車や電気自動車を充電するためのインフラはまだまだ不十分 であ

る。 図表 5 EV・PHV タウン構想の実施地域と概要

地域 自治体名 内容

広域実施地域 東京都 隣接する広域な地域でモデル事業を実

施し、先進的なマスタープランの策定を

目指す地域。 神奈川県

実施地域 愛知県、青森県 新潟県、福井県、京都府、長崎

県、大阪府、岡山県 沖縄県、岐阜県、熊本県 埼玉県、佐賀県、静岡県 栃木県、鳥取県

地域の特色を生かしたモデル事業の実

施を通じて、熟度の高いマスタープラン

の策定を目指す地域。(大阪府から鳥取

県までは、2010 年12月に追加選定され

た地域。)

出所:経済産業省「EV・PHV 情報プラットフォーム」(http://www.meti.go.jp/policy/automobile/evphv/index.html)

より作成

0 50 100 150 200

ガソリン車

ディーゼル車

HV車

燃料電池車

EV車

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131

3 仮説と考察① 保険によるエコカーの普及促進 これまで私たちはエコカー普及に向けて政府の取り組みを紹介したが、自動車産業以外からの普及促

進のアプローチも可能ではないかという問題意識をもった。そこで、以下では、この問題に対して 2 つの

仮説を提示し、考察を行う。 (1)エコカーに対する保険の日米比較

日本のエコカーに対する保険は、「エコカー割引」のみである。これは自動車保険の契約に際し、被保

険自動車がハイブリッドカー、電気自動車、天然ガス自動車などの低燃費、低公害車および低排出ガス

車の場合に適用される基本保険料の割引を表す。この制度は、保険業界の環境に対する社会的責任

(CSR)または社会貢献の一環として行われている。なぜなら、エコカーは大気汚染など地球温暖化の原

因といわれる二酸化炭素や窒素酸化物などの排出量が通常の自動車と比べて少ないからである。エコカ

ー割引の割引率は、どの保険会社も 3~5%と違いがない。また対応車種にもほとんど違いがない。そうし

た現状のなかで、エコカー割引を廃止する保険会社が現われている。また、自動車の進歩にともない、現

在エコカーの定義が曖昧になっている。このため、「エコカーを特例として割引するはずが、ほとんどの

車種に適用されてしまう」などの理由からも、エコカー割引は縮小傾向がみられる。 一方、エコカーの普及が進んでいる米国の自動車保険はどのようになっているだろうか。

①ハイブリッド車特約 保険業界の環境対策に関するCERESの報告書を執筆したローレンス・バークレー国立研究所のエバ

ン・ミルズ氏によると、 ハイブリッド車の購入層は自動車の走行距離やメンテナンスに気を配る傾向があ

るといわれている。このデータから、ハイブリッド車の所有者に対して保険料を割り引く。トラベラーズやフ

ァーマーズ保険会社などがこの特約を提供しており、保険料割引は 10%である。 ②ペーパーレス・ビリング

オールステート保険会社の「グリーン保険」は、紙に印刷した請求書を郵送しないという「ペーパーレ

ス・ビリング」を選択した顧客の保険料を 2%割引き、1 件の契約ごとに 30 ドルを環境浄化プロジェクトに

寄付する商品を提供している。 ③走行距離連動型

さらに一般的なのは、走行距離連動型(PAYD)保険である。プログレッシブとゼネラル・モーターズ

(GM)系の GMAC 保険会社は、走行距離が基準値以下の加入者に対し、保険料をそれぞれ 大で

25%と 54%割り引いている。保険会社が顧客の走行距離を把握できるのは、自動車に GPS(全地球測

位システム)などの追尾システムを搭載しているからである。 (2)エコカー(ハイブリッド)車の安全性、危険性と自動車保険

ところで、ハイブリッド車に乗っている人は、従来型の乗用車に比べて交通事故の際にけがをする危険

性が 25%少ないという調査結果を 2011 年11 月17 日、米国の保険業界でつくられる調査機関がまとめ

た。大きな電池を積んだハイブリッド車は従来の車よりも約 10%重いため、衝突時のショックを和らげる効

果があるらしい。調査機関は「燃費の向上が安全性を犠牲にしていないことが証明された」とコメントして

いる。調査は、自動車保険の支払データを利用して、2002年から10年までに発生した、25種のハイブリ

ッド車による自動車同士の衝突事故と従来型車の事故を比較した。その結果、ハイブリッド車に乗ってい

た人がけがをする確率は、同型の従来車に比べて 25%低いことが分かった。ただ、モーターだけで走る

低速走行時の静かさが災いして、歩行者との接触事故の危険性は 20%高いことも判明した。 一方、視覚に障害をかかえる人が交通事故に遭うおそれが高くなっているとして、国土交通省は 2009

年10月26日、エコカーの走行時には擬似走行音を出すことを義務付ける方針を固めた。日本盲人会連

合の実施した調査によると、エコカーの静音性が問題となって、事故に遭ったなどの情報は寄せられて

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132

歩行者

0

0.05

0.1

0.15

0.2

0.25

2003 2004 2005

年度

(事故

件数

)/(保

有台

数)×

100 [%]

プリウス

カローラ

アリオン

クラウン

自転車

0

0.05

0.1

0.15

0.2

0.25

2003 2004 2005

年度

(事故

件数

)/(保

有台

数)×

100 [%]

プリウス

カローラ

アリオン

クラウン

いないが、視覚障害者が自動車に白杖を折られるなどニアミス事例が報告されている。 ハイブリッド車の静音性関してメーカーの 2006 年~2010 年にかけて、約 60 件の意見や質問が寄せ

られた。たとえば、ハイブリッド車は低速走行時とても静かなため、走行中に後ろから接近したことに気が

つかないことがある。クラクションとは別にチャイムなどで、歩行者に車の接近を知らせることはできない

のだろうか。図表6 によると、車速20km/h以上ではタイヤと路面の接触による音が増加するため、EV 走

行が可能なハイブリッド車でも一般エンジン車と同等の気付きやすさがあるとされている。また、停止して

いる場合にも対策を求める声はあるが、一般エンジン車がエンジンを止め、駐停車している状態と同じで

あり、ハイブリッド車等に特別な不要と考えられている。

図表 6 EV 走行が可能なハイブリッド車と一般エンジン車との音量比較

所:国土交通省(2010) 6 頁 図C

図表 7 は、車種別にみる事故率の比較である。エコカーにあたるプリウスに注目すると、一般自動車に

あたる他のカローラ、アリオン、クラウンは高齢者が多く乗っているおり、スピードをあまり出さないので、

事故件数は少ないのかもしれない。日本のエコカーに対する自動車保険は CSR としての「エコカー割引」

しか実施していない。そして、リスクである静音性は政府が疑似走行音を義務付けることによって改善さ

れる。このことから、エコカーの利用者は保険料割引を行う価値がある。そこで、アメリカのモデルを参考

にし、CSR の面だけでなくビジネスの面からも新たな自動車保険の商品を開発するべきである。

図表 7 車種別の事故率

出所:国土交通省(2009) 6 頁 「図3 事故比率」

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133

4 仮説と考察② 非所有によるエコカーの普及促進(カーシェアリング等) 図表 8 のように、年々自動車有効需要台数が減少している。特に若年層に特化するならば、その需要

台数の減少は顕著である。若年層においては、脆弱な経済基盤や所有意識の低下が挙げられる一方、

50 代以上の者は、経済的基盤の確立と所有に対する執着心が挙げられ自動車は所有することは合理的

であるという考えがある。

図表 8 普通自動車と軽自動車の有効需要台数の推移

出所:財団法人日本自動車工業会「自動車需要台数変遷」より作成

(1)レンタカー・カーリース だが、レンタカーやカーリースといった「非所有」を基本とした普及アプローチにより、先述した若年層の

経済的問題は解消されるだろう。また電気自動車という特性上、ランニングコストがガソリン車と比較し少

ない傾向にあるが、一方でこの電気自動車を貸渡車両として増加させることで、必然的に国内の電気自

動車台数の増加に繋がると推察される。 電気自動車は依然として初期投資に難点があるが、特にメーカー傘下のリース会社に重点的に車両を

卸すことで、中間マージンの撤廃によって消費者が低価格で借りることが出来る。また貸渡車両を中古車

市場に卸すことで、若年層を基本とした消費者は安価に購入できるメリットがあろう。 業界の再編を考えた普及は非常に有効であると考えられる。すなわち、メーカーと販売店の一体的な

繋がりを前提に、消費者が低価格で「使用」することで、需要が増加するだろう。貸渡車両においては、こ

の低価格が起爆剤となり、また若年層が経済的に安定した際には購入を検討する要素があると結論付け

られる。今後のビジネスモデルの展開に期待したい。 (2)カーシェアリング カーシェアリングとは、自動車を複数の人や会社で共有し、互いに利用する仕組みをいう。交通エコロ

ジー・モビリティ財団によると、2011 年1 月現在、車両ステーション数が 2917 カ所、車両台数が 3911 台

あり、会員数は 7 万 3224 人に達している。 カーシェアリングが環境に及ぼす主な効果として、自動車保有台数の削減、環境に優しい移動手段へ

のシフト、自動車走行距離の削減と CO2 削減、駐車スペースの削減などがあげられる。近年、若者の自

動車離れが指摘されているが、カーシェアリングを促進することにより、車両維持費が減ることや自社の

車を知ってもらう機会が増えることから、若年層の自動車の利用が期待される。カーシェアリングで利用す

る自動車をエコカーにすれば、エコカーを浸透させることができるだろう。

普通自動車

軽自動車

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134

5 おわりに ますますモータリゼーションが加速する今日、さらなる環境問題の対応に追われることはまちがいない

だろう。モータリゼーションの解消が一番の環境対策になるとも言われるが、一方で合理的に自動車に対

して環境リスクの対応を求めるならば、これまで述べた電気自動車の活用が妥当であるとわれわれは考

える。特に、エコカーの特徴をふまえた保険商品の開発により、EV 自動車の普及が側面支援されるだろ

う。また、EV 自動車のレンタルなどを通じて、消費者の利用機会を増やすことがその普及へと繋がり、ま

た将来的な購入も視野に入れることが期待される。 本研究を通じて、自動車のリスクとその対応策について、さらに理解が深まった。リスク対応については

広域的な協力が不可欠であり、未だ完全な対応がなされていない。しかし、先述した内容を今後の社会

が受け入れると仮定するならば、その普及は早急に実限するものと確信し、また期待したい。 参考文献 片岡裕(2011),「電気自動車(EV)市場の可能性」『日経ものづくり』(2011.1),77-80. 片岡裕、高田憲一、池松由佳(2010),「EV で稼ぐ部品・材料の挑戦」『日経ものづくり』(2010.12),38-67. 環境省(2005) ,「事業者からの温室効果ガス排出量算定方法ガイドライン(試案 ver1.6)」 環境省(2009) ,「次世代自動車戦略」次世代自動車普及戦略検討会 国土交通省(2009) ,「ハイブリッド車等の静音性に関する対策について」(案) ハイブリッド車等の静穏性

に関する対策検討委員会資料 国土交通省(2010) ,「ハイブリッド車等の静音性に関する対策について(報告)」 全国地球温暖化防止活動推進センター「EDMC/エネルギー・経済統計要覧」2011 年版 日本自動車工業会(www.jama.or.jp)

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135

海外旅行保険の加入促進

日本大学 岡田ゼミナール②

松下 亜矢子 竹内 大輝 芳原 毬絵 倉嶋 文裕

要旨

日本人の 12 人に 1 人が 1 年のうちに海外旅行に行っている。そこで、海外旅行保険の加入

率を調べたところ 30~40%と、加入率が 80%の生命保険、加入率が 70%の自動車保険に比

べると高くはない。そこに注目し、なぜ海外旅行保険の加入率は高くないのかということに興味

を持ち、どのようにすれば加入率が上がるのかを研究した。

キーワード:海外旅行保険、海外旅行の動向、海外旅行保険商品、 海外旅行保険加入率、海外旅行保険加入促進

1 近年の日本人の海外旅行の動向 2010 年 10 月 1 日時点の日本人の人口は 1 億 2805 万人である。そして、2010 年の海外旅行者数は

1664 万人である。このことから、1 年間に日本人の 8 人に 1 人が旅行で海外を訪れている。

図表 1 日本人海外旅行者数の推移

出所:法務省及び国際観光振興機構(JNTO)資料に基づき観光庁作成

上記のグラフからも分かるように、2010年の海外旅行者数は1664万人と前年の2009年に比べ、119万

人増加した。しかし、2006 年の 1753 万人から 2009 年の 1545 万人までは減少傾向にある。また、2003年に旅行者数が激減しているのは、イラク戦争による影響が大きいと思われる。 日本人の年間宿泊観光旅行の回数としては「0 回」が全体の 33.3%と も多く、次いで「1 回」の 22.3%

となっている。韓国、フランスなどの諸外国に比べると、韓国は「0 回」が全体の 16.3%、フランスは「0 回」

が全体の 22.0%と、日本よりも海外旅行に行かない人の割合が少ない。また、「4 回以上」の回数を比べ

ると、日本は全体の 12.7%だが、韓国は 22.4%、フランスは 22.5%と日本に比べ、海外旅行に多く行く

人が多い。主要国における年間海外旅行回数をランキングにすると 1 位イギリス(1.12 回)、2 位ドイツ

(1.04 回)、3 位フランス(0.39 回)、4 位オーストラリア(0.28 回)、5 位韓国(0.25 回)、6 位アメリカ(0.21回)、7 位日本(0.13 回)、8 位中国(0.03 回)となっている。 2010 年の日本人海外旅行者の渡航先としては1位中国(373 万人)、2 位韓国(302 万人)、3 位香港

49 66 96139229

234

241

285

315

353

404

391

401

409

423466

495

552683

843966

1100

1063

1179

1193

13581530

1670

1680

15811636

1782

1622

1652

1330

1683

1740

1754

1730

1599

1545

1664

0

500

1000

1500

2000 (万人)

(年)

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136

(131 万人)、4 位アメリカ本土(126 万人)、5 位ハワイ(122 万人)、6 位台湾(108 万人)、7 位タイ(98 万

人)、8 位グアム(89 万人)、9 位シンガポール(52 万人)、10 位ベトナム(44 万人)と上位のうち 7 つがア

ジアである。 日本人海外旅行者の性別構成比では 1990 年は男性が 61.3%、女性が 38.7%であったが 2010 年は

男性が 54.6%、女性が 45.4%と 20 年間で徐々に女性の割合が増加した。 日本人海外旅行者の滞在期間比率は、直近 3 年間では「5 日以内」の滞在期間が全体の 60%以上を

占めている。また、「10 日以内」が 25%前後と、「5 日以内」と「10 日以内」で全体の 80%以上を占めてい

て、「6 ヵ月以内」は 3 年間とも 5%となっている。

2 海外旅行保険の種類と補償内容の比較

海外旅行先で病気になったりケガをしたり、誤ってものを壊してしまったときなどにかかる費用を補償

する損害保険が海外旅行保険である。

2-1 海外旅行保険の利用方法 (1)損害保険会社から購入する方法

損害保険会社の海外旅行保険とは、保険会社と契約することで、怪我や病気、盗難などさまざまなトラ

ブルを補償してくれるサービスである。契約の多数を占めている、保険代理店で契約するよりも、インター

ネットから加入した方が、仲介手数料や事務処理コストを大幅に削減できるため平均 30%ほど安くなって

いる (2)クレジットカード付帯の海外旅行保険を利用する方法

クレジットカードに付帯する海外旅行保険とは、各クレジットカード会社が、保険会社と契約している補

償サービスであり、補償期間中であればいつでも対象となる。 クレジットカードの付帯条件として、 以下の 2 つの条件がある。 ① 自動付帯

自動付帯とは、カード入会日の翌日等から付帯されるものであり、クレジットカードを所有するだけで海

外旅行時に自動的に有効となる。 ② 利用付帯

利用付帯とは、クレジットカード会員になるだけでは旅行保険は付帯されず、そのカードで旅行代金や

宿泊代金を支払った場合にのみ有効となるものである。 2-2 損害保険会社とクレジットカード付帯保険の主な補償内容の違い

クレジットカード付帯の補償内容には基本的に含まれないものは、次のとおりである。 ・疾病死亡:旅行中に病気が原因で死亡 ・航空機寄託手荷物遅延費用:搭乗時に航空会社に預けた手荷物が、目的地に運搬されなかった場合 ・航空機遅延費用:悪天候や機体の異常などの理由で、搭乗予定の航空機が遅延したり、欠航・運休にな

った場合 また、ジェイアイ傷害火災保険会社の支払い項目別事故状況をみると、第 1 位が治療・救援費用

(41.0%)、第 2 位が携行品損害(35.2%)、第 3 位が旅行事故緊急費用(18.3%)である。これらを合計が全

体の 94.5%を占めている。 2-3 2種類の保険における補償金額の比較

次の表を見る限り、損害保険会社は補償額が厚く、クレジットカードは、年会費無料で補償をカバーで

きるというメリットがあるが、自己負担額が多額になるケースもあるのだ。例えば、ハワイにて脳失血で倒れ、

ヘリコプターと医師をチャーター。その後、病院で輸送し、治療集中室で入院した場合の費用は、約

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1566 万円かかるといわれている。実際のクレジットカード会社からの受け取り金額は、約 250 万円である

ので、自己負担額は 1300 万円以上となる。このように、補償額のカバーが低いというデメリットがある。

図表 2 損害保険会社から購入する海外旅行保険とカード付帯海外旅行保険の比較

損害保険会社 クレジットカード付帯

保険料 4580 円 0 円

傷害死亡・後遺障害 1000 万円 2000 万円

疾病死亡 1000 万円 0 円

傷害・疾病治療 1000 万円 100 万円

賠償責任 1億円 2000 万円

携行品損害 10 万円 20 万円

救援者費用 1000 万円 100 万円

補償期間 6 日(5 泊 6 日) 90 日(業界標準)

出所:損害保険会社は東京海上日動(期間:5 泊6 日、内容:ツアー エコノミープラン)

クレジットカード付帯保険は JCBEIT(金額:年会費無料、付帯条件:自動付帯)

後に、各保険の補償内容の比較をして、表にまとめた。

図表 3 損害保険会社から購入する海外旅行保険とカード付帯海外旅行保険の長所と短所

長所 短所

損害保険

会社から

購入

インターネット

・保険料が安い ・24 時間 365 日見積もり

可能

・保険知識が必要

旅行会社など ・高額の商品が受けられる ・補償サービスが充実

・価格設定が高め

クレジットカード付帯 ・年会費のみで補償 ・渡航の際、手続きが不要

・トラブル時立替払いが多い ・疾病死亡補償がない

出所:石原(2011)、JI 傷害保険会社より作成

3 海外旅行保険の商品プラン 3-1 海外旅行保険商品プラン

海外旅行保険の商品プランには、補償内容があらかじめ決まっている「セットプラン」と補償内容を自由

に設計できる「フリープラン」の 2 つがある。セットプランのメリットとして、 ・ どの補償を選ぶか分からない時、おすすめプラン等で選択可能 ・ 補償を幅広くカバー

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・ セットプランのみ補償される内容がある デメリットとして、 ・ 料金が高い ・ 必要の無い補償に入っている場合がある セットプランは簡単に加入でき、安心な補償をカバーする点で、海外旅行初心者に向いているプランで

ある。 次にフリープランのメリットとして、

・ クレジットカードにプラスして更に手厚くできる ・ 海外で怪我をした場合の治療費だけを補償することができる ・ 自分にあった自由な保険設定ができる デメリットとして、 ・ 補償額がセットプランより低い ・ 補償内容が少ない ・ フリープランを対応している会社が少ない フリープランは海外旅行の経験が豊富で、自分の必要な補償を理解している経験者に向いている。 3-2 カード付帯保険と補償フリープランの組み合わせ

クレジットカードの所有者が多いため、「カード付帯補償+フリープラン」を組み合わせて初心者でもわ

かりやすく、しかも安く済むことができれば、加入促進につながるのではないかと考えた。それでは、どの

ような場合にフリープランで上乗せするとよいだろうか。第1に補償額が不安な場合、第 2 に補償内容が

不安な場合、第 3 に補償内容および補償額の両方が不安で、さらに手厚くしたい場合の 3 つが考えられ

る。そこで、セットプランとフリープランではどのような差があるのか損保ジャパンを例に検討した。7 日間

ハワイ旅行を仮定し、 もリーズナブルなセットプラン(図表4の(A))では2930円で済むことがわかった。

次に同じ条件でカード付帯補償+フリープランで、セットプランに補償内容、補償額に近づけた場合であ

るが(図表4 の(B))、2800 円とセットプランと大差なく、この場合はセットプランの方がお得であるといえる。

それでは、どのような場合、フリープランで安く済むのだろうか。まず、海外旅行で重要視される補償内容

として、治療費と賠償責任の 2 点があげられる。この 2 点の補償額をセットプランに近づけ増加した場合

(図表 4 の(C))、1590 円ととても安く済むことがわかった。 また、注意すべき補償として、持病、歯科、治療費があげられる。

・ 持病:旅行中に受診し、出発前から持っていた病気だったと推察されば場合は、補償されない。 ・ 歯科:旅行中に痛くなった場合、転倒で歯が欠けた場合、補償されない。 ・ 治療費、救護費用無制限補償:保険金額無制限プランを扱っていなく、高額な治療に至った場合、補

償されない。 上記を補償していなく、トラブルになるケースが多い。また3つの重要な補償はセットプランのみ適応さ

れていて、フリープランでは補償されない。 現在の海外旅行の商品プランについて、セットプランは充実しているものの、フリープランはあまり普及

していない。フリープランを各保険会社が取り入れ、補償内容、補償額を充実することができれば、加入

促進につながるのではないだろうか。

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139

図表 4 海外旅行保険商品プランの比較 (A) 7 日間ハワイに行った場合 損保ジャパンセットプラン三通り

補償内容 シンプルプラン スタンダードプラン 補償充実プラン

治療費用 1000 万 1500 万 2000 万

傷害死亡 1000 万 2000 万 3000 万

疾病死亡 1000 万 2000 万 3000 万

賠償責任 1 億円 1 億円 1 億円

携行品損害 30 万 30 万 50 万

救援者費用 1000 万 1500 万円 2000 万 航空機寄託 手荷物遅延等費用

10 万 10 万 10 万

料金 2930 円 3450 円 4240 円

(B) 7 日間ハワイに行った場合 カード+損保ジャパンフリープラン(セットプランの補償内容、補償額に近づけた場合)

補償内容 クレジットカード

の補償例 補償内容、補償額

の増加 補償の合計

治療費用 つかない +1000 万 1000 万 傷害死亡・後遺障害 500 万 +500 万 1000 万

疾病死亡 つかない +1000 万 1000 万 賠償責任 1000 万 0円 1000 万

携行品損害 20 万 +50 万 70 万 救援者費用 200 万 0円 200 万

航空機寄託手荷物 遅延等費用

つかない +10 万 10 万

料金 2800 円 (C) 7 日間ハワイに行った場合 カード+損保ジャパンフリープラン(治療費用と傷害死亡・疾病死亡を補償)

補償内容 クレジット カードの補償例

補償内容、補償額 の増加

補償の合計

治療費用 つかない +1000 万 1000 万 傷害死亡・後遺障害 500 万 +500 万 1000 万 疾病死亡 つかない +1000 万 1000 万 賠償責任 1000 万 0円 1000 万 携行品損害 20 万 0円 20 万 救援者費用 200 万 0円 200 万

航空機寄託手荷物 遅延等費用

つかない 0円 0万

料金 1950 円 出所:損保ジャパン「新海外旅行保険オフ」(商品プラン)より転用

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4 海外旅行保険加入率とアンケート調査の概要 4-1 海外旅行保険加入率の動向 損害保険料率算出機構の「海外旅行傷害保険統計表」と、日本旅行業界の「旅行者数変遷」のデータを

もとに、海外旅行者数を保険加入者数で割った海外旅行保険加入率を計算すると2009年は31%であっ

た。ここでの海外旅行保険加入者は、カード付帯の保険は含まれず、保険会社の商品を購入し、加入し

た人数だけを示している。2005 年から 2009 年までの 5 年間で旅行者は 159 万人、保険加入者は 204万人減少した。

また、2005 年から 2009 年までの加入率をグラフ化すると上記のようになる。5 年間で保険加入者数が

200 万人以上減少したのに伴い、保険加入率も 5 年間で約 10%減少した。

図表 5 海外旅行者数と海外旅行保険加入者数の推移

出所:損害保険料率算出機構(2009)、日本旅行業協会(2011)より作成

図表 6 海外旅行保険加入率の推移

出所:損害保険料率算出機構(2009)、日本旅行業協会(2011)より作成

0200400600800

1,0001,2001,4001,6001,8002,000

2005年 2006年 2007年 2008年 2009年

万人

海外旅行者数

海外旅行保険

加入者数

39 3836 35

31

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

(%)

(年)

海外旅行保険

加入率

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4-2 アンケート調査の概要 そこで私たちは、海外旅行保険の加入率の実態を把握するために、成田空港第1ターミナルで出国者

を対象にアンケート調査を実施した(2011 年 8 月 16 日回答者 76 名)。 【アンケート内容】 ・旅行先 ・期間 ・海外旅行保険に加入しているか ・海外旅行保険会社名 ・加入しない理由 ・性別 ・年齢 アンケート調査結果の概要は次のとおりである。まず、「海外旅行保険に加入しているか」という質問で

は「はい」が 82%、「いいえ」が 18%であった。加入しない理由としては、「短期間だから」、「必要がない

から」という回答が多かった。加入していない人の年代別割合をみると、「20 代」が 71%、「30 代」が 29%

であり、加入していない人は全員が 20 代、30 代であった。加入していない人の渡航期間については「3日間」が 14%、「5 日間」が 14%、「1 週間」が 29%、「2 週間」が 43%となり、1 カ月を超える長期の渡航

者で加入していない人はいなかった。 一方、加入している人の主な渡航先については、「アメリカ」が 29%、「イタリア」が 29%、「ペルー」が

13%、「韓国」が10%、「フランス」が6%、「その他」が13%となり、アメリカとイタリアへの渡航者が全体の

半数以上を占めていた。加入している人の年代別割合では、「10 代」が 16%、「20 代」が 29%、「30 代」

が 19%、「40 代」が 10%、「50 代」が 16%、「60 代」が 3%、「70 代」が 7%となった。加入している人の

渡航期間としては、「5日間」が13%、「6日間」が6%、「7日間」が32%、「8日間」が13%、「10日以上」

が10%、「1カ月」が6%、「10カ月」が10%、「1年以上」が10%となり、「7日間」が全体の30%を占め、

5 日未満の加入者はいなかった。また、加入している人の保険会社としては「日本興亜損保」が 29%、

「東京海上」が 19%、「AIU」が 13%、「損保ジャパン」が 10%、「三井住友海上」が 7%、「エース損保」

が3%、「不明」という回答が19%となった。学校や団体で保険に加入している場合は、加入している保険

会社を認識していない人もいた。 このように、私たちがアンケート調査を行った成田空港第1ターミナルでの結果は、海外旅行保険加入

率は 80%と高かった。 5 仮説と検証 近年、海外旅行保険の加入率は 30~40%であった。アンケート調査結果をふまえると、70%%程度は

加入しているように思われたが、なぜ予想よりも低かったのだろうか。以下では、これについて仮説と検証

を行う。 5-1 仮説

私たちがたてた仮説は次の3つである。 ・仮説 1、アジアへの旅行者が増加しているため、海外旅行保険に加入しなくなっている。

(渡航先の距離や期間が短いほど加入しない) ・仮説 2、海外旅行保険を過小評価しているから、海外旅行保険に加入しなくなっている。 ・仮説 3、所有するクレジットカードに保険がついているから、海外旅行保険に加入しなくなっている。

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142

5-2 仮説の検証 次にこの仮説を検証していく。

(1)仮説 1 の検証

近年、アジアへ行く海外旅行者が増えてきていることについて、2006 年から 2010 年の日本人の主な

海外旅行先を見ていく。2006 年度は中国が 3,389,976 人のところ 2010 年には 3,731,200 人と増加して

いることがわかる。次に韓国は、2,440,139 人のところ 2010 年には 3,023,009 人と急増している。 アジア以外の旅行先では、アメリカが2006年には3,883,906人のところ2010年には、1,236,231人と

急激に減少している。次にオーストラリアの 2006 年は 685,330 人のところ 2010 年には 398,188 人と減

少している。 次に海外旅行期間についてだが、旅行者全体と男性合計、女性合計の旅行期間は 3~5 日間が多く、

性別・年代別旅行期間だと男性・女性ともに 5~7 日間が多かった。このことから短期の旅行者が多いとい

うことがわかる。 上記の検証によって、海外旅行保険の加入は、海外旅行先がアジアに偏っており、短期間の旅行者が

多いので加入しなくなっている。 (2)仮説 2 の検証

旅行者が海外旅行保険を過小評価しているということについて、まず海外旅行保険の金額でアジアと

欧米で比較してみたところ、期間が短いほど差額は低く、 低110 円の差額しかなかった。長期にわたる

海外旅行の場合でも差額は 2300 円くらいであった。 次に海外旅行の事故発生率である。2005 年から 2010 年までのデータについてみると、2005 年は

2.40%だった事故発生率だが、2010 年には過去 高値の 3.33%となっている。これは 30 人に 1 人が事

故にあっているという計算になる。それでは、主にどの地域で、どのような事故が起きているのか 2010 年

の海外法人援護統計を見てみると、1 位がアジア、2 位が欧州、3 位が北米だった。どのような事件や事

故が起こっているかは、1 位が窃盗被害、2 位が遺失、3 位が疾病だった。そして事件や事故の中での高

額支払いとして 高 400 万円近くの請求をさせられることもある。 海外旅行の保険金の支払いについて、保険金が支払われる確率は3~4%で、支払われる保険金は、1

人あたり平均 82,390 円である。自動車保険と比較すると、自動車保険の保険金の支払われる確率は、

11~12%で、支払われる金額は 1 人あたり 27 万円だった。確率や金額も差があることがわかった。 上記の検証から海外旅行の事故で高額な支払いをしなくてはいけないということがわかる。また支払わ

れる金額が高いということがわかる。 (3)仮説 3 の検証

後に、持っているクレジットカードについているから海外旅行保険に加入しないということであるが、

こちらの検証は海外旅行保険に加入しない理由としてアンケート結果がある。

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143

図表 7 海外旅行保険に加入しない理由

出所:損保ジャパン「地球の歩き方」ユーザーアンケート(http://www.arukikata.co.jp/hoken/oshirase_02.html)

以上をまとめると、欧米中長期の保険加入率は高いが、アジアと欧米にはそれほどリスクの差はない。

そして、カード付帯保険では不十分である。したがって、海外旅行保険の加入を促進すべきであると考え

られる。 5-3 海外旅行保険の加入促進のための取り組みと提案 海外旅行保険加入促進への取り組みについて、一般社団法人日本旅行業界(JATA)では、海外旅行

保険加入率アップのためのポスターを作成、海外旅行保険に加入することで受けられる補償内容や金額

などについて紹介し、加入率を高めたいとしている。 私たちの提案は、クレジットカード付帯保険と保険会社との間でしっかりとした連携を取り、消費者にわ

かりやすく提供することである。また、海外旅行の事故率や事故が発生したときの金額を認知させる、クレ

ジットカード付帯の保険利用者が多いので、フリープランの普及と上乗せの補償内容の充実などが重要

であろう。これら対策をとれば、海外旅行の加入率が高くなると考えられる。

30.94

6.04

69.81

8.3

11.7

0 20 40 60 80

保険料が高いから

進められなかったから

クレジットカードについて

いるから

手続きが面倒くさいから

必要性を全く感じない

海外旅行保険に

加入しない理由

%

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参考文献 石原恭子(2011),「海外旅行保険」『日本経済新聞』(0619 朝刊),13. 観光庁(2010) ,「平成 21 年度旅行環境に関する国際比較調査」 国際観光振興機構(2010) ,「国際観光白書 2010」 国際労働機関(2009) ,「Travail legal database2009」 ジェイアイ傷害火災保険(2010) ,「海外旅行データ」 JCB(2010) ,「クレジットカードに関する総合調査」 損害保険料率算出機構(2009) ,「平成 21 年度損害保険料率算出機構統計集」 日本旅行業協会(2011) ,「2011 年度旅行統計」 ホームページ AIU 海外旅行保険(http://www.aiu.co.jp/travel/) 損保ジャパン(http://www.sompo-japan.co.jp/) 東京海上日動(http://www.tokiomarine-nichido.co.jp/) 地球の歩き方「海外旅行保険」(http://www.arukikata.co.jp/hoken) 三井住友海上(http://www.ms-ins.com/)

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マイクロインシュアランスの普及方策の模索

一橋大学 米山高生ゼミナール ①班

縣 宗徳 井上 潤也 岡村 篤 小野田 成高

要旨

人々の生活、産業発展に保険は欠かせないインフラである。しかし、世界には保険の制度の基盤

が整っていない国が多々ある。また、先進国においても、保険市場が飽和しており、更なる事業拡

大のためには新規市場の開拓が急務である。そして、これらの問題を解決するため、注目されてい

るのが「マイクロインシュアランス」である。しかし、マイクロインシュアランスの事業化はあまり進んで

いない。本論文ではその普及策を模索し、保険市場の拡大と、新興国、途上国の更なる発展に寄

与しようというものである。

キーワード リスクの保険可能性 付加保険料 販売チャネル CRIG 逆選択

1 マイクロインシュアランスとは 1.1 定義

マイクロインシュアランスの定義は、国や機関により様々なものがあるが、それらの共通項を抜き出すと、

次の 3 点に集約できる。 ○保険金額、保険料が低額 ○貧困防止のために存在 ○貧困者など、これまで顧客でなかった層をターゲットとする つまり、マイクロインシュアランスは、単なる少額の保険というわけではなく、貧困防止という目的のため

の保険ということである。 1.2 普及させる利点

マイクロインシュアランスの普及において、主に 2 つの利点が考えられる。まず 1 つ目は、貧困層の底

上げに役立つという点である。従来、保険に入ることができなかった貧困層の人々にとって、マイクロイン

シュアランスは生活上のリスクを回避・軽減する貴重な手段となり得るため、貧困脱出のための重要なツ

ールとなる。二つ目は、保険の入り口としての役割を果たすという点である。今は貧困層であっても将来

的に所得が増大し、通常の保険の顧客となりうる人々に対して、マイクロインシュアランスという保険の入り

口を提供することで、将来的な市場の信頼をえることができるのである。 1.3 市場規模

現在、世界人口の約割は開発途上国の低所得者によって占められているが、マイクロインシュアランス

の顧客となる人々はそのような人々である。将来的には、契約件数 30~50 億円、元請け保険料ベースで

800~900 億ドルを見込んでおり1、とても大きな市場があるといえる。

1 池田香織「マイクロインシュアランスへの期待と展望」(2011)『損保ジャパン総研レポート』第59 巻、6 頁。

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1.4 現状 このように利点も市場も大きなマイクロインシュアランスであるが、その現実に事業化に成功していると

いわれているのは、インドやバングラディッシュなどの一部の発展途上国だけであり、一般に普及してい

るとはいえない状況である。その普及を妨げている問題は一体何なのだろうか。 2 マイクロインシュアランスの問題点

なぜ、現状でマイクロインシュアランスは普及していないのか。「保険可能性」2という概念をもちいて問

題点を探っていく。保険可能性とは、リスクが保険で十分に引き受けられる可能性のことをいう。リスク回避

的な企業や人は、保険を妨げる要因がなければ、全部保険によってすべてのリスクを保険会社に移転す

るはずである。 しかし、この保険可能性を制限する要因として、付加保険料・モラルハザード・逆選択の三つの要因が

ある。以下では、マイクロインシュアランスにおいてこの三つの要因がどのように問題になってくるのかを

探っていく。 2.1 付加保険料

ある保険契約における保険料は、公正保険料3という概念を用いると、割引期待保険金コストと期待運

営管理コスト、そして公正利益の付加の総和により表わされる。付加保険料とは、このうち期待運営管理コ

ストと公正利益の付加の和に相当し、これは予定総コストを予定契約件数で割った金額に等しくなる。

マイクロインシュアランスは少額な保険であるため、保険料に占める付加保険料の割合が他の保険に比

べ大きくなり、契約者に割高感を与えてしまう。 2.2 モラルハザード

モラルハザードは、保険契約後に契約者の行動が変化し、期待損害額が上昇することをいい、保険料

計算時にこのモラルハザードを考慮すると期待保険金コストが増加してしまう。また、保険会社がモラル

ハザードを防止するために職員のコミットを増やしたりなどすると、管理運営コストが増加してしまう。コスト

を 大限下げる必要のあるマイクロインシュアランスにおいて、このモラルハザードをどのように防止する

かは大きな問題となってくる。 2.3 逆選択

逆選択とは、保険者が顧客に関する十分な情報を持たないためにリスクの高い顧客のみが保険に加

入してしまう現象のことをいい、これにより支払保険金額が期待保険金額を上回るため、保険料計算時に

考慮する必要があり、期待保険金コストが増加し、さらに低リスクの顧客が離れてしまうという影響がある。

モラルハザード同様、マイクロインシュアランスにおいてはコストの要因となるため、対策が必要である。 3 インドにおける事業化の裏側

インドでは途上国で多くみられるように、保険という商品がまだ浸透していない。その中で、インドにお

いてのマイクロインシュアランスなどを普及させるのに成功した二つの企業がある。TATA AIG と

BAJAJ Allianz である。この論文では特に飛躍的な成功を収めた TATA AIG を紹介する。 インドでマイクロインシュアランスが普及した理由はいくつかある。まず一つ目は、政府の規制の変更

である。2000 年にインドでは保険市場が自由化された。これによって大量の外資系企業がインドの保険

市場に参入することが許され、それまで国営の保険会社のみが存在していたインドにおいては保険契約

2 ハリントン = ニーハウス (2005)、289 頁。 3 ハリントン = ニーハウス (2005)、219 頁。

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者数が大きく伸びるきっかけになった。さらに、2000 年7 月に「農村・社会セクタに対する保険者の義務」

(Obligations of Insurers to Rural Social Services)という新しい法律が制定された。この法律は、保険

事業に新規参加する保険者に、低所得者の保険引き受けを義務づけたものである。これは実質、保険会

社に課された割り当て人数である。

農村部における生命保険の引き受け条件

初年度 2 年度 3 年度 4 年度 5 年度

発行証券数に 占める割合

6% 9% 12% 14% 16%

出所:損害保険事業総合研究所「農村部における引き受け条件:生命保険」(2007)195 頁

社会的セクタにおける保険の引き受け条件 初年度 2 年度 3 年度 4 年度 5 年度

被保険者数 5000 人 7,000 人 10,000 人 14,000 人 20,000 人

出所:損害保険事業総合研究所「社会的セクタにおける保険の引き受け条件」(2007)195 頁 *社会的セクタ=都市部あるいは農村部の経済的弱者あるいは下級階層の非組織化労働者 人口の大半が地方に暮らしているインドではこのような規制が必要なのである。 インドでのマイクロインシュアランスが普及している二つ目の理由は新たなチャネルの設立にある。当初、

インドでのマイクロインシュアランス販売はパートナー・エージェントモデルという方式で行われていた。こ

れは TATA AIG のようなマイクロインシュアランスを販売している企業がエージェント(場合によってはマ

イクロファイナンス機関)と組み、エージェントが地域を回り保険募集を行うという仕組みであった。この方

式の問題点は非常に効率が悪いということであった。しかし、現在は地域型インシュアランスグループ (Community Regional Insurance Group)という新しいモデルで販売されるようになった。この方式は

TATA AIG のような保険会社が紹介料を地域 NGO に支払う代わりに、NGO は地域に広いネットワーク

を持つ人を保険会社に紹介し、その人は保険会社の支援を得て、エージェントとしての免許を入手できる。

そのエージェントは地域でグループを作り、グループ内の全員と保険に同時加入するというものである。 三つ目の理由は、マイクロインシュアランスの保険内容を理解するのが非常に簡単だという点である。ま

だ途上国であり、インド国民が保険に対する理解度がほとんどない中で、この点は非常にマイクロインシ

ュアランスの普及に貢献していると考えられる。以下四つは TATA AIG が実際に提供している保険商品

である。すべて生命保険である。死亡者が出た場合、保険金は支払われる。 商品①“Nav Kalyan Yojana”(5 年満期)4

35 歳男性の場合: 保険料:131 ルピー/年 (約 200 円) 保険金:10,000 ルピー (約 15,100 円)

商品②“Sumangal Bima Yojana”(10年間保険料を支払い、15年満期。満期までに保険金の支払いが

なかった場合、保険料の 60%が払い戻される。)5

35 歳男性の場合: 保険料:330 ルピー/年 (約 500 円) 保険金:10,000 ルピー(約 15,100 円)

4 http://www.tata-aig-life.com/micro-insurance/sumangal-bima-yojana.html 5 http://www.tata-aig-life.com/micro-insurance/sampoorna-bima-yojana.html

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商品③“Ayushman Yojana”(保険料は一括払い。10 年満期。満期までに保険金の支払いがなかった

場合、保険料の 125%が払い戻される。)6

35 歳男性の場合 保険料:3150 ルピー/年 (約 4,800 円) 保険金:10,000 ルピー(約 15,100 円)

商品④“Sampoorna Bima Yojana”(10 年間保険料を支払い、15 年満期。満期までに保険金の支払い

がなかった場合、保険料の全額が払い戻される。)7

35 歳男性の場合 保険金:10,000 ルピー (約 15,100 円) 保険料:323 ルピー /年 (約 500 円)

このように、非常に理解をするのが簡単な保険内容になっている。 以上三つの要因によってインドの生命保険の成長率が右肩上がりになっているものと思われる。

4 インドの事例から見るマイクロインシュアランス普及の鍵 先ほどの事例から私たちはマイクロインシュアランス普及の鍵は4つあるものと考えた。4つとは「新しい

販売チャネルの利用」、「政府による規制」、「保険内容の単純化」、「有名保険者との提携」である。4 つ目

の「有名保険者との提携」に関しては、先の事例分析の中では取り上げなかったが、マイクロインシュアラ

ンスの募集を行っている保険者の多くが海外の有名保険会社と提携していたことから、事業化の一因で

あると推測される。では、1 つずつ見ていく。 4.1 新しい販売チャネルの利用 インドの TATA AIG において地域型インシュアランスグループ(CRIG)が活用されたように、新しい販

売チャネルの利用はリスクの保険可能性を向上させることに繋がる。 その要因は大きく分けて 2 つあり、1 つめは営業費の削減である。CRIG では保険会社はエージェント

のみにアプローチし、エージェントが複数人とグループを形成し保険に加入する。つまり、保険会社が営

業職員等を使ってアプローチする人数を減らすことで、営業回数そのものを削減するのである。 2 つめは逆選択の防止である。CRIG では先に述べたように複数人がグループを形成し一括で加入す

る。このグループは顔見知りであることを前提に構築されるため、エージェントは加入申請者のリスクの多

寡を把握することができ、逆選択をなくすまではいかないが、低減することができるであろう。

6 http://www.tata-aig-life.com/micro-insurance/ayushman-yojana.html 7 http://www.tata-aig-life.com/micro-insurance/navkalyan_yojana.html

05000

100001500020000250003000035000

01-02 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07

契約数

年度

インドにおける生命保険の成長率

公的保険

民間保険

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現在の日本において、生命保険は営業職員、損害保険は代理店による販売が主流である。しかし、日

本と同様の販売チャネルを新興国、途上国において導入しても、保険金に占める営業費用の割合が大き

くなってしまい、契約者に割高感を与えてしまうことを考えても、新しい販売チャネルの利用は必須である

といえる。 4.2 政府による政策 インドにおけるマイクロインシュアランスの事業化の裏には 2000 年 7 月の新法が大きく寄与しているこ

とが伺える。もちろん、 終的には自由競争が必要であるとは思うが、マイクロインシュアランスのように、

まだ萌芽的な状態である事業をしっかりと根づかせるためには、規制を行うことも必要なのではないかと

思う。 保険会社はマイクロインシュアランス普及のために、顧客の保険リテラシーの向上を図ることを義務とす

る規制が必要である。これは途上国ならではの問題であるが、保険の普及には欠かすことのできない要

素である。規制がなければ、誰かがやればいいと考える保険会社もいるのではないかと考えられる。教

育にかかる費用はもちろん自前であり、そこで得られる保険料もマイクロインシュアランスでは、一般保険

に比べ低額であり、得られるものは少ない。しかし、リテラシーの向上によって主たる保険料収入源である

一般保険を販売が促進されるとするならば、保険者は積極的に保険リテラシーの教育を行い、更に契約

者の募集を熱心に行うであろう。 4.3 保険内容の単純化 TATA AIG の事例から読み取れると思うが、彼らの販売しているのは死亡保険のみである。種類こそ

いくつかあるが、どれも死亡保険という点には変わりはない。ここから考えられることは契約者に保険リテ

ラシーが欠如している場合、契約内容を単純化することが契約者を得る上で重要な要素になるのではな

いかということだ。もちろん、経済が発展していけば、契約者のニーズも変わり、保険内容も複雑化せざる

を得なくなるかもしれない。しかし、そこに至るまでの道のりを支えるのがマイクロインシュアランスであり、

保険の入り口であるマイクロインシュアランスには、保険内容の充実よりも、エントリーモデルとして入りや

すさ求められるのはある意味必然であるといえるかもしれない。 また、保険内容が単純化されれば、調査にかかる費用、時間も削減することができる。日本において、

契約内容は多岐に渡り、その都度専門家の意見を仰がなければならないことが多々あり、調査には費用

と時間がかかってしまう。もちろん、一般保険ならその分を保険料に含んだ場合でも、契約者に割高感を

与えにくいが、期待保険金コストが低額であるマイクロインシュアランスにおいては契約者に割高感を与

えてしまうことは自明であろう。そのため、保険事故を単純化し、簡単な調査で保険金の支払いを受けら

れるようにしなければならならない。また、情報の蓄積という点から見ても、単純化は大きなメリットがあると

いえる。それは、複雑なリスクをカバーする保険を設計するためには、多くの契約者の情報が不可欠であ

る。しかし、情報の蓄積が行われていない途上国においては情報の入手が難しく、設計自体も困難であ

ると考えられるため、自然と単純化してしまうのかもしれない。 4.4 有名保険会社との提携 先に述べたようにインドにおいて、マイクロインシュアランス事業を行っている保険者の多くが有名保険

者と地元の企業とで提携して作られている。 有名保険者との提携は、契約者に安心感を与える。保険とは人生で 2 番目に高い買い物であるといわ

れる。よって、顧客は全幅の信頼を置ける保険者にしか保険料を支払わないと考えられる。実際、名前も

知らない、経験もなさそうな保険者にいきなり契約してくださいといわれても、契約を結ぼうとは思えない。

つまり、世界的に有名な保険者がバックにつくことにより、顧客にも契約を結ぼうという意欲がわき、契約

者の増加に大きく貢献するのである。 また、有名保険者と現地の 1 保険者との一番の違いはその資金調達手段の豊富さである。現地保険者

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は国内で資金を融通するしかなく、資本コストはその国の情勢に大きく左右されてしまう。しかし、世界中

に資金調達先を持つ有名保険者であれば、資金の調達だけでなく、保険料を含めた資産の運用も多様

に行うことができ、より効率的に運用できるのではないかと考えられる。 5 更なる発展のために

前述のようにインドではマイクロインシュアランスを確立できたが、マイクロインシュアランスの潜在市場

は30~50億といわれながら、現在は1億3500万件ほどの契約数にとどまっている。更なる発展のため

にはまだ残されている問題があると思われる。 インドのマイクロインシュアランスのシステムには二つの問題が残っている。一つは「モラルハザードを

防ぐ機能が存在しない」こと。もう一つは「一度に入る人数に限界がある」ことである。これらはどちらもマイ

クロインシュアランスを成立させるためには、換言すれば、コストを下げるためには必須の項目である。 私たちは保険者の立場からマイクロインシュアランスの普及策を模索してきたが、さらにマイクロインシ

ュアランスを普及させ、何十億もの保険を必要とする人々を取り込んでいくためには、保険者側の努力だ

けでは問題が残るという結論に至った。そこで、途上国の既存コミュニティを巻き込んでいくことで更なる

発展を見込めるのではないかと考えた。 私たちが提案するのは、「途上国の州や県といった大規模なコミュニティについて、その行政機関が契

約者を募集する」というものである。コミュニティに属する人々の保険をその行政機関が一括して引き受け、

人々は保険料を税金と一緒に納める。行政機関は保険に関するリテラシー教育を施すなどのリスクコント

ロールを国民に対して行うというシステムである。保険者が国民に対して保険を提供することによって

人々は不安が取り除かれ、意欲的に生産可能になる。これによって生産量は増加し、行政機関への税金

も増える。これが行政機関が保険会社と組むメリットであり、動機づけとなる。また、保険者だけではなく行

政機関までもがリテラシー教育を施すことでシステムはより効率的に機能する。先進国の有名保険会社は

現地保険会社に対して技術・資本の提供を通して関与していく。

提案するコミュニティに行政機関を選んだのには五つの理由がある。一つはデータを蓄積する機関と

して行政機関を期待するということである。日本の厚生省にあたるような、人々の死亡率等の精密なデー

タを蓄積する機関が途上国にも必要であると私たちは考える。二つ目は行政機関が保険提供に関与する

ことで、行政機関が積極的に国民を教育するようになるということである。三つ目は、既に資金を集める仕

組みが「納税」という形で出来上がっているということである。保険者としては新たなチャネルを構築するコ

ストが無く、行政機関としては税金に保険料を上乗せするだけで済む。四つ目は、多少倫理的な意見か

もしれないが、福祉の視点から行政機関が社会保障・福祉を行っていくべきではないかということである。

政府

国民(顧客) 行政機関

財閥

保険者

有名保険

規制

技術

資金 資金

リテラシー教育

契約、納税 動機付

募集委任

リテラシー教育

保険

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151

五つ目は、行政機関が税金と一緒に保険料を徴収するシステムから、大多数の国民を一括加入させるこ

とができるということである。 ここまでを見ると行政機関が保険を提供すればよいのであって、保険者が介入する必要はないと思わ

れるかもしれないが、民間保険者が途上国に進出するのには二つのメリットがある。民間保険者側として

は、先進国の保険市場飽和に伴う次なる市場開拓の必要性があるという事情である。一方、貧困国内の

保険者は有名保険者から技術や資本を提供してもらうことで、貧困から抜け出した国民を一般秘剣の顧

客として受け入れ、先駆者利益を獲得することが期待される。 6 まとめ

私たちはインドでのマイクロインシュアランスの成功をうけ、4 つの普及のカギを見出した。それが 1、マ

イクロインシュアランスに適した新たなチャネルの創設 2、政府の政策 3、保険内容の単純化 4、有名

保険者との提携であった。しかし、マイクロインシュアランスがまだまだ潜在市場を取り込めていない現状

に、モラルハザード防止機能の不在や一度に募集できる人数の限界といった残された問題があるとし、

途上国の行政機関を巻き込むことで更なる発展が見込めると結論付けた。 保険はインフラとして経済発展のために不可欠な存在であり、途上国での入り口としてマイクロインシュ

アランスは大きな意義を持つといえる。マイクロインシュアランスの普及によって貧富の格差の是正が加

速度的に進むことを期待している。 参考文献 S.E.ハリントン、G.R.ニーハウス著、米山高生、箸方幹逸監訳、(2005)『保険とリスクマネジメント』 東洋新

聞新報社 池田香織(2011)「マイクロインシュアランスへの期待」『損保ジャパン総研レポート』 鐘ヶ江修(2007)「マイクロインシュアランスの概況と規制の課題について」『損害保険研究』69(3) 175~

203 頁 Micro-Credit Ratings International Limited (2008), “Micro-Insurance regulation in the Indian financial landscape Case study”, http://www.m-cril.com/PublicationListAll.aspx TATA AIG HP http://www.tata-aig-life.com/

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震災と水産業

~震災後の産業モデルの課題~

一橋大学 米山高生ゼミナール ②班

鈴木佳菜子 坂本裕嗣 林聖也 渡邊元気

はじめに

もともとリスクが高い、衰退していると言われていた水産業が昨年3.11の震災を受けたが、そのダメー

ジから立ち直ることができるのだろうかという疑問を抱いた。 「現状を知ってもらうことで支援を広げていきたい」という現地の方の記事を読んだ。生産者はこのよう

に考えている。では消費者はどうだろうか。安くておいしくて安全な魚を食べたい。しかし今後も食べてい

けるのかという不安を感じた。 1節 3.11 震災の被害

観測史上 大の M9.0 の地震が起きた。その後発生した津波は主に太平洋沿岸地域へ被害を与えた。

12 月9 日時点では死者は 15000 人を超え、行方不明者は 3500 人近くに及んだ。地震保険支払額は共

済金も含めると約1 兆8000 億円。これは阪神淡路大震災の 10 倍ものお金が動いていることとなる。もっ

とも被害が大きかったのは東北地方の東沿岸部である。では東北地方とはどのような漁場であったの

か? 寒流暖流の影響を受け、魚種が多彩であり、世界 3 大漁場の一つであった。また、日本の漁業生産高

のおよそ 1 割を占め、サメ加工の分野では9割、わかめにおいては8割を占めていた。そして、1世帯当

たりの平均収入が 1000 万を超える市町村が 18 ある。 「小さな港では、水産業の復興に失敗すれば、そのまま街が消えてしまう可能性がある」これは三重大学

の勝川先生の言葉であるのだが、このように東北地域においては水産業が大きな役割を担っていると言

えよう。 2節 日本の漁業の現状

一章で説明してきたように、漁業に対する今回の東日本大震災の被害は甚大であった。今回の漁業の

復興を考えるにあたって、ただ元通りにするだけでは復興として不十分であることに気付いた。そもそも

近年日本の漁業は衰退してきている。震災に関係なく日本の漁業自体に問題があるのではないか。この

節では日本の漁業が包摂する問題について論じ、解決策を提起していく。 まず、日本の漁業の現状について漁業就業者数、生産量、生産高の三点から述べる。日本の漁業就

業者数は 2010 年には約 20 万人であり、沿岸漁業従事者が 9 割、沖合、遠洋漁業従事者が 1 割となっ

ている。これは漁業就業者数が 1960 年代には 60 万人、1990 年代には 40 万人であったことを考えると

激減してきていることがわかる。

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漁業の漁獲量推移(水産庁 HP より作成)

※ⅰ)漁獲量においては 2010 年が 527 万トンであり、ピーク時(1984 年)の約1200 万トンの半分以下

になってしまっている。※ⅱ)生産額においても 2010 年は約1 兆5000 億円とピーク時(1984 年)の 2 兆

9000 億円の半分程度になってしまっている。※ⅲ)以上のように統計からも日本の漁業の衰退は顕著で

あることがわかる。 なぜ日本の漁業は衰退したのか。一般的には船舶の燃料となる原油が中東の情勢の不安定化や世界

のエネルギー需要が増加したことによって高騰したことや、1970 年代以降に 200 海里漁業専管水域が

制定され自由に漁業のできる漁業面積が減少したことが挙げられる。しかし日本は漁業を自由に行える

排他的経済水域が世界第 6 位であったり、暖流と寒流がぶつかることでできる潮目などの豊かな漁場が

たくさんあったりと恵まれた環境であるといえる。漁業が衰退してしまった も大きな理由は、早獲り競争

による乱獲であると考える。 日本においては大半の魚が 1 歳以下の幼魚のうちに獲られてしまいる。幼魚のうちに獲られてしまうと

いうことは、子孫を残す可能性がなく、また一般に幼魚の方が価格も安く取引されてしまう。これによって

生産量、生産額がともに大きく減る結果になってしまっている。これを表すもっともよい例がクロマグロで

ある。クロマグロは 1 歳の幼魚の状態だと体重が 3 キログラム程度で 1 キログラムあたりの単価が約 550円で、年間 160 万本獲られている。しかしこれが 7 歳になって成魚となると体重は約 100 キログラムにな

り、1 キログラムあたりの単価も約 5000 円となり年間 45 万本獲られている。本数では圧倒的に稚魚の方

が多いが、漁獲量、漁獲金額は成魚の方が圧倒的に多くなっている(※ⅳ)。つまり、成魚まで待ってから

獲ればもっと収益を挙げることができるのに、日本には資源を管理する有効な手立てがないので、早く獲

ったもの勝ちの乱獲状態に陥ってしまいみすみす未来の収益を逃している。

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水産庁「国際漁業資源の現状」http://kokushi.job.affrc.go.jp/H22/H22_04.html

しかし、日本では衰退産業だが、少し世界目を向けてみると漁業はまだまだ成長産業であり、中国、イ

ンド、インドネシアなどでは持続的に収益を伸ばしてきている。 成長している国は新興国ばかりで、日本のような先進国において漁業のような一次産業が衰退するの

はしかたがないように思われるかもしれないが、ノルウェーのように先進国であっても資源管理をしっかり

とし持続的にもうかる漁業を展開している国もある。

勝川俊雄三重大学准教授 HP(http://katukawa.com/?cat=90)

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結局日本において必要なのは限りある水産資源を持続的に維持できるようにする資源管理政策である

と言える。 まとめると、現在、日本は資源維持が可能な漁獲量よりも多くとってしまっている。そこで有効な資源管

理政策を定め、資源維持が可能な漁獲量よりも少なく獲ることが必要であるといえる。現在日本にも資源

管理政策はあるが、数値目標といった程度で遵守されていないのが現状である。この現状はどのように

資源管理をしていけば変わるのであろうか。 ※ⅰ 、 ⅱ 、 ⅲ の 数 値 は い ず れ も 農 林 水 産 省 ホ ー ム ペ ー ジ 農 林 水 産 基 本 デ ー タ よ り

http://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/index.html ※ⅳ 勝川俊雄『日本の魚は大丈夫か』 NHK出版新書、2010 年、82 頁。 3節 産業モデルの課題 前節で明らかになったように、日本の水産業が持続的に発展していくためには、漁業制限を達成できる

制度が必要になってくる。先に説明した資源維持に成功しているノルウェーはその制度を構築している。

そこで、日本の水産業を考えるにあたって、まずは、ノルウェーの漁業制度を紹介する。 1970年代までのノルウェーでは、漁船の技術

向上による過剰な漁獲が行われ、資源が枯渇

してしまう乱獲状態に陥っていた。しかし、政府

が補助金を支出することで、かろうじて水産業

が維持されていた。ところが、1970 年後半に、

ニシンの漁獲量が激減したため、政府が漁獲

量制限を導入した。それは、漁業者ごとに漁獲

枠を割り当て、その割り当て以上の魚を取らな

いようにするシステムで、IQ(individual quota)

制度と呼ばれている。この制度の導入により、ノ

ルウェーのニシン漁は回復を遂げた。 一方、

日本でも、平成23年に農林水産庁が発表した

「資源管理・漁業所得補償対策大綱」において、

「水産資源の管理・回復を図りつつ、漁業者が

将来にわたって持続的に漁業経営を維持でき

る環境を整備していく」と示されており、ノルウェ

ーと同様な制度への指針が示されている。しか

し、制度面では、不十分な点がある。 現在、管理政策では漁獲量の制限は主に漁港を単位とした全体での努力目標になっている。そのため、

漁港を運営する漁協が自主的に資源管理を行えば、資源の維持につながるものの、そうでなければ、資

源維持のための制限は十分に実行できない。 もう一つの問題として、日本は、漁獲量あたりの人口がノルウェーより多いことである。ノルウェーが一人

あたり約147トンの漁獲量があるのに対して、日本は、一人あたり約26トンの漁獲量である。個人で漁獲

量を制限しても、その量では、生産者が生計を維持できる水準を確保する保証はない。 この点を踏まえ、一般的に、人口減少が指摘される日本の水産業は、実際は人口の過剰状態であり、そ

のため、少ない資源を競い合うために、資源が枯渇しているのではないか。では、なぜ、このような人口

過剰な状態になっているのだろうか。 そこで、私たちは、水産業の年齢別人口分布に注目した。

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現在、水産業の人口は、50歳以上が全体の約70%、60 歳以上が全体の約47%と高齢化が進んでい

る。この背景には、漁業者には、基礎年金のみしか支給されないため、その給付だけでは生計が立てづ

らいこと、コニュニティの場として水産業があることから、生きがいのために続けている人がいることがある。

その結果として、一人あたりの収益が少なくなり、若い世代が参入しようとしても、収益が見込めず、敬遠

されるのである。 さらに、他の問題として、漁協の閉鎖性もある。現在の制度では、漁業権を取得しなければ漁業はでき

ない。しかし、その取得には、優先順位があり、事実上、漁協に加入しなければ取得できない。その理由

は、江戸時代から、漁業は地域に属するとされた経緯がある。自由競争が行き過ぎて産業が衰退すること

を防ぐために、規制を設けることは重要なことであるが、新しい制度の採用を拒み、既得権益を得ようとす

るのは問題がある。この点について、三重大学勝川准教授は、宮城県知事が漁業特区の構想を打ち出し

た際の組合の対応が反対の一点張りであったことをあげている(詳しくは、勝川俊雄『日本の魚は大丈夫

か~漁業は三陸から生まれ変わる~』2010、5章を参照)。 漁協の姿勢については、今後の展開に期待することとして、私たちは、前者の問題の解決策として、漁

業に退職年金制度を設けることを検討した。退職年金制度により、産業人口が減少することで、ノルウェ

ーの IQ 制度が導入できるのではないかと考えた。その仕組みについて、解説する。 まず、現状の漁業者に漁獲枠を配分する。その後、退職制度をもとに退職する人は、漁獲枠を継続する

人に譲渡するのと引き換えに、退職年金を受給する。漁獲枠を受け取った漁業者はその獲得代を年金の

運用者に支払う。 一方、退職年金を受給できる年齢でない人は、漁獲枠を販売することで、資金を獲得し、他の職種に就

くことができる。漁業を続ける原因の1つとして、漁船の購入資金を回収できないことがあるが、この制度

によって、その問題を解決することができる。 この 2 点の導入によって、IQ 制度の導入ができるのではないか。 しかし、日本の産業人口が高齢化しているので、年金制度の運用において資金が不足する可能性があ

る。その対応策としては、現在、水産業に投下されている補助金を退職年金の運営に充てることがあげら

れる。

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小松正之「水産業をめぐる制度改革の課題と展望」http://www.nira.or.jp/pdf/nogyo4.pdf

現在、日本では、年間約2600億円の補助金が水産業に充てられているが、その半数以上が、漁港整

備に充てられている。この数値は、EU と比較してかなり高い。この背景には、予算制度の問題がある。予

算制度では、支給額より、使用額が少なければ、次年度の支給額が減少する。そのため、必要がなくても、

予算を獲得するために整備事業が行われている。しかし、漁港の整備は、収益性の向上につながること

は少ない。収益性を上げる必要がある水産業の状況では無駄である可能性もある。そのため、年金制度

に用いることで、補助金を収益性の向上のために使用できるのではないか。 ここまで、年金の運用を考えたが、水産業の現状では、産業人口の過剰以外にも問題点がある。それは、

サプライチェーンの閉鎖性である。卸売市場に、新規参入する場合、出資金、販売手数料など資金が必

要とされる。そのため、新規参入がしづらい状況である。卸売市場を経由した流通は、全体の約61%と高

いため、他の経路を探すのは、困難である。しかし、近年では、市場を介さず、小売店が生産者と直接契

約し、製品を供給するなど多様化に向けた広がりがみられる。水産庁も、1次産業、2次産業、3次産業を

効率よく取り入れた 6 次産業化への指針を示しており、今後、多様化する見込みである。 サプライチェーンの閉鎖性も、漁業者の利益を保護するために、持続、発展してきたものだとされる。ま

た、日本では個人経営の小規模な小売店が多く、流通経路の自由化によって、大規模なチェーン店に価

格を下げられることで、そのような小売店を存続させる狙いもあった可能性もある。しかし、消費者への質

の良い製品の供給を視野に入れるならば、改善が必要になる。それは、小売店がアクセスのしやすい卸

売市場の制度が整備される一方で、種類の多様化や質の向上を促進する流通経路の多様化を進めてい

くことにより可能であるだろう。 しかし、サプライチェーンの多様化は、やはり価格競争に陥りかねない。その解決策として、ノルウェー

では製品の規格に応じた 低価格が法律により決められている。この制度により、過度な価格競争が阻

止され、同時に、設置された規格以下の製品は出回らないので、製品の質の保障につながっている。そ

して、流通経路の多様化により、価格交渉力が弱くなる生産者の収益性も守ることができる。 ここから、日本の水産業の課題についてまとめたい。 資源が限られる水産業では、完全な自由競争が行われると、資源が枯渇して、産業が衰退してしまう。

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そのため、①漁獲量の上限を決め、漁獲枠を設置すること、②その実施のために退職制度を導入するこ

とで、現在は不十分な IQ 制度を取り入れることがある。また、③水産業の問題であるサプライチェーンの

参入緩和に取り組むこと、④多様化による価格競争を防止する価格保証制度の導入することで、流通経

路を多様化することが必要である。 その取り組みによって、持続的な水産業へモデルを変えていくことができるだろう。 4節 震災後の課題 前節で産業モデルの課題について考察したが、東日本大震災で東北地方の漁業は大きな被害を受け

た。しかし、その後の助成金や保険金の給付では、被害額に及んでいない。その原因として、JF 共済へ

の加入率が低かったこと、政府からの補助金は、漁港や漁具の漁業の生産段階に集中して、加工設備等、

流通段階にはあてられていないことがある。実際に、宮城県や岩手県では、漁港を集約して復興させる

方針を立てている。 私たちは、復興やその後の存続の手段として IQ 制度を利用できないかと考えた。 そのモデルを宮城県において以下で示したい。 まず、宮城県の水産業人口分布は、日本の水産業の人口と同様、高齢化している。60 歳以上が33%、

50 歳以上が57%となっている。

ここで、かりに年金受給権を 60 歳以上とした退職年金制度を導入すれば、産業人口の減少により、一

人あたりの収益性が上がり、IQ 制度が達成しやすくなる。 もちろん、退職を強制するわけではない。仕事が人々の生きがいになっていることを無視してはならな

い。しかし、一方で、既存の基礎年金では、生計が立てられず、その年金を補充するために、年間100万

円前後で、漁を続けている「年金漁師」の存在も指摘されている。事故や自然災害のリスクが大きい漁業

者が、高齢後も無理に漁を続けるのではなく、安心して、老後を送れる仕組みを考えていくことも重要な

のではないだろうか。 また、そのことが産業の活性化にもつながっていく。

後に 以上、主に生産者の視点に立って、水産業を考察してきた。しかし、私たち消費者からみても、持続的

な水産業にモデルチェンジしていくメリットは大きい。それは大きく3点ある。1つ目は資源管理政策により

質の向上が見込まれること。2つ目は、サプライチェーンが多様化することで、安く購入できること、3つ目

として、生産量の安定が見込まれるため、自国消費が増え、安全な魚が食べられることがあげられる。 持続的な産業モデルへの転換は、よりよい魚とのかかわりを私たちにもたらしてくれるだろう。

宮城県の年齢別漁業者分布 2008 (水産庁HPより作成)

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情報社会におけるリスク管理~あなたの個人情報は大丈夫?~

福岡大学 石坂ゼミナール 1 班

入江翔平 九後隆晶 武田知也 田中翔子 中村滋男 安河内瑛美

要旨

現代、情報化が進み続ける社会において様々な情報問題が頻発している。情報社会の中で生き

ていく上で我々はどのように情報、またはインターネットと向き合っていくのかというテーマの下、企

業からの視点、個人からの視点で考察を行う。 キーワード: 情報社会 コンピューターウイルス 個人情報流出

情報問題 大学生の意識レベル 1 情報社会とは

情報社会とは、一般に、コンピューターによる迅速な情報処理と多様な通信メディアによる広範な情報

伝達によって、大量の情報が不断に生産、蓄積、伝播されている社会のことを指す。また、通信技術とコ

ンピューターの飛躍的な発達を背景として人々の日常生活の中で、情報に対する欲求が強まり、情報メ

ディアに接触する時間量が増大し、意思決定や適応行動にとって情報の重要性がますます大きくなるな

ど、情報への依存度が極めて高い社会であると言える。情報社会である現代、情報を巡り様々な問題が

発生している。近年の例を挙げると、「海上保安庁による尖閣諸島沖ビデオの流出事件」や「WikiLeaksによるアメリカ政府の軍事、外交機密流出問題」、また「京都大学入試問題のリアルタイム漏洩」をはじめと

して、他にも多くの問題が日々起きている。 情報問題において、重要なキーワードとなるものの中に「コンピューターウイルス」がある。コンピュータ

ーウイルスを大きく分類すると、まず、一般的にウイルスと呼ばれる「広義の意味でのウイルス」が存在す

る。そこからファイルに感染するものを「狭義の意味でのウイルス」と言い、ファイルに感染せず、また自己

増殖するものを「ワーム」と呼ぶ。さらにファイルに感染せず、自己増殖をしないものを「トロイの木馬」と言

う。 まず「狭義の意味でのウイルス」について説明する。これには、ウイルス本来の機能を実行するまでに

3 つのプロセスが存在し、1:他のファイルにウイルス自身をコピーし、他システムにウイルスを感染させ、

2:発病までの条件が揃うまでの期間、何もせずにシステム内に潜み続ける。そして、3:ある一定の潜伏

期間を経た後、ファイルを破壊し、メッセージを表示するなどの機能を提供する。 次に「ワーム」は、単独のプログラムで動作し、インターネットを利用して自分自身をコピーしながら自己

増殖を繰り返す。狭義のウイルスとは異なり、他のコンピューターに感染するために他のファイルに寄生

する必要がない。 「トロイの木馬」は単独のプログラムで動作し、通常の有益なプログラムに見せかけて個人情報を奪取

する等の、不利益をもたらす機能を提供する。トロイの木馬自身では、他のファイルに感染するといった

自己増殖は行わない。 これらのウイルスによって例外なく全ての PC は危険に晒されている。現に企業の PC がウイルスに感

染し、顧客の個人情報が流出する事件も多数発生していることから、企業の PC は危険に晒されているこ

とが分かる。 個人情報には大きな金銭的価値があるとされる。それゆえ、個人情報をウイルスやハッキングによって

奪取し、売買する者が後を絶たないのが現状である。個人情報の価値は次の数式で金額化することがで

きる。

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個人情報の価値=A×(10 1+5 )×B (円)

出所:2003 年度情報セキュリティインシデントに関する調査報告書

(日本ネットワークセキュリティ協会=JNSA)

ここで、A は流出した状況別の判断数値であり、メールアドレスのみの流出ならば A=10、個人を特定す

る ID、パスワード関係のものであれば A=30、基本的な個人情報であれば A=100、特徴的な個人情報

(3 種類以下)であれば A=500、特徴的な個人情報(4 種類以上)であれば A=1000 が代入される1。B は

本人特定容易度を表すものであり、流出情報に氏名と住所が含まれる場合は B=6、氏名又は「住所+

電話番号」が含まれる場合は B=6、それ以外は B=1 が代入される。また、X には精神的苦痛レベル、Yには経済的損失レベルを数値化したものを代入する(表1参照)。

例えば、氏名、住所、年収、本籍、口座番号/暗証番号の個人情報が流出したとすると、

500×(10 +5 )×6=375,000(円)(一件当たり)

と求められる。 表 1:精神的苦痛レベル、経済的損失レベルに関する数値表

Y=1 Y=2 Y=3

X=1

氏名、住所、生年月日 金融機関名、住民票コード メールアドレス 健康保険証番号 社員番号、電話番号 年金証書番号など

パスポート番号 購入履歴、 プロバイダのアカウントパスワ

ードなど

口座番号/暗証番号 クレジット番号 カード有効期限など

X=2

健康診断書、性格判断、妊娠歴 手術歴、身体障害者手帳、病歴 指紋、スリーサイズ、人種、国籍など

年収、資産、建物、 土地、残高、借金、 所得、借入記録など

遺言書など

X=3 加盟政党、政治的見解、信条、思想 宗教、本籍、病状、性癖、性生活など

無し 前科前歴、犯罪歴、 与信ブラックリストなど

2 企業における情報流出

図 1 は近年の企業における情報流出のインシデント件数の推移を表したものである。この図を見ると

2003 年~04 年にかけて件数を大きく増加しているのがわかる。これについては、2003 年の「個人情報

保護法」の施行、また 2004 年に閣議決定となった「個人情報の保護に関する基本方針」が原因であると

考えられる。これは事業者が個人情報の漏洩を発生させた場合、「二次被害防止、類似事案の発生回避

等の観点から、可能な限り、事実関係を公表することが大事である」と公表が求められているため、情報を

隠蔽し、後に発覚するより積極的に公表する方が組織(企業)の信用問題になりにくいと判断したからであ

ろう。また、2007 年以降の件数増加については個人情報の価値の上昇が考えられる。

1 基本的な個人情報:氏名、生年月日、住所、性別。 特徴的な個人情報:財産、プライバシーに関わるもの。

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図 1:情報流出インシデント件数

出所:NPO 日本ネットワークセキュリティ協会『情報セキュリティインシデントに関する調査報告書』 図 2:情報流出事件発生比率

出所:NPO 日本ネットワークセキュリティ協会『情報セキュリティインシデントに関する調査報告書』

次に,図 2 は業種別の情報流出事件の発生比率を表したものである。公務、金融業・保険業、教育・学

習支援業と個人情報を扱う業種が約 7 割を占めているのがわかる。 企業の情報流出の要因となるものは、「外部」「内部」に分けられる。つまり、原因が外部の者によるハッ

キング等の攻撃であるのか、内部の者による持ち出し、あるいは管理ミス等であるのかということである。 外部のリスク要因の例を挙げると、第 1 節で説明した「ウイルス」、ボットネットに接続されたコンピュータ

ーを遠隔操作するプログラムである「ボット」、「不正アクセス・ハッキング」、また、正規のメールや web サ

イトを装い情報を奪取する「フィッシング」等である。近年の事例として、2009年ではgoogle『Gmail』にお

いて約3万人の個人情報が流出し、また、かんぽ生命でも約1万3500人の個人情報が流出する事件が

起きた。2010 年には、沖縄総合事務局において一部の個人情報が流出し、ネットスーパーである NEO BEAT では約 1 万 2000 人の個人情報が流出するといった事件が挙げられる。

図 3 はウイルスの届出件数を表したものである。これを見ると、2003 年~04 年にかけて急激に増加し

ているのがわかる。これは前述の個人情報保護法の施行等の影響、また、発見しやすい・認知度の高い

ウイルスが拡大したことが考えられる。その後、2005 年をピークに件数は右肩下がりとなっている。これに

は企業個人に関わらず、セキュリティソフトの導入等の基本対策が充実してきたことや、ウイルス自体が巧

妙化し、発見されにくいものになってきたことが関係している。 内部のリスク要因の例を挙げると、複写や持ち出しによる「内部不正行為」のように故意に流出させる場

合と、「管理ミス」や「誤操作」、「紛失・置き忘れ」のような過失による場合に分けられる。近年の事例として、

故意に流出させたものは 2004 年の Softbank における約 450 万人の個人情報流出、2009 年の三菱

UFJ 証券の約5 万人の個人情報流出などが挙げられ、過失により流出したものは、2004 年の ACCS に

62 57

366

1032 993864

13731539

1679

0

500

1000

1500

2000

2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

公務

33.1%

金融業・

保険業

25.0%教育・

学習支援業

11.4%

医療・福祉

9.3%

サービス業

3.5%

卸売業・

小売業

3.3%

情報通信業

4.8%不動産業・

物品賃貸業

2.3%

その他

7.3%

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おける約 1 万人の個人情報流出、2009 年のエステサロン TBC の約 5 万人の個人情報流出などが挙げ

られる。 図 3:ウイルス届出件数

出所:独立行政法人 情報処理推進機構セキュリティセンターより参考

図 4:情報流出事件件数比率

出所:NPO 日本ネットワークセキュリティ協会『情報セキュリティインシデントに関する調査報告書』

図4は2010年の情報流出事件件数の比率である。これを見ると、管理ミス、誤操作、紛失・置き忘れの

内部の過失が原因で流出した事件が約 8 割を占めていることが分かる。また、図 5 の流出人数比率のグ

ラフをこれと比較する。図 4 の流出件数のグラフではわずか 1%だった不正アクセスによる情報流出が図

5 では約4 割を占めており、原因を外部のものとする事件は発生した際、1 件当たりの情報流出人数が非

常に多いことが推察される。このように、件数で見ると内部リスク要因の方が圧倒的に頻度は多いが、被

害人数で見ると外部リスク要因は流出人数が多いため事件の規模が大きくなりやすく、どちらにおいても

十分に注意しなければならない。

0

20000

40000

60000

1995 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10年

管理ミス

36.3%

誤操作

32.3%

紛失・置き忘れ

12.6%

盗難

7.6%

不正な情報持ち出し

4.3%

バグ・セキュリティ

ホール

1.5%

設定ミス

1.0%

不正アクセス

1.0%

目的外使用

0.6%内部犯罪・

内部不正行為

0.5%

ワーム・

ウイルス

0.4% その他

1.1%不明

0.7%

(計1,679件)

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163

図 5:情報流出人数比率

出所:NPO 日本ネットワークセキュリティ協会『情報セキュリティインシデントに関する調査報告書』

3 個人における情報流出 個人に起因して発生した事例としては次のようなものが挙げられる。 まず、Ameba ブログによる情報流出の例である。これは青山学院大学の学生がブログに誰もが閲覧可

能な状態で、不倫をしているという内容の日記を掲載し、閲覧者がその学生の過去のブログから判明した

住所等多くの個人情報から個人を特定し、その内容を別のサイトに掲載する等の形で流出していった。

次に、Twitter による流出の例では、福岡大学の学生が「飲酒運転をした」という内容の書き込みを

Twitter上で行い、ネット上で話題となった。これも過去の書き込み等によって個人が特定され、流出した。

また、ウイルスによる流出の例として、日本 IBM の委託先社員の PC より、神奈川県立の高校に在籍して

いた生徒の個人情報が流出したものがある。日本 IBM は神奈川県教育委員会から授業料徴収システム

開発を委託されていたが、ある社員のPCにファイル交換ソフト「Winny」がインストールされていた。その

PC が Winny を介して暴露ウイルスに感染し、インターネット上に銀行口座の情報を含む個人情報が流

出した。 これらの事例から、我々学生にも情報流出は身近な問題であると考えられる。そこで、我々は情報管理

の意識調査をするため福岡大学、山口大学、長崎大学の学生にアンケートを実施した。また、有効回答

人数は 603 名であった2。 表 2 は、アンケートの質問項目一覧である。このアンケート結果から、予想以上に大学生の情報管理に

対する意識レベルの低さが伺えた。ここからはそれについての我々の考察を論じたい。

2 協力してくださった山口大学、長崎大学の皆様、感謝申し上げます。

不正アクセス

40%

管理ミス

22%

盗難

10%

内部犯罪・内部不正

行為

8%

不正な情報持ち出し

6%

紛失・置き忘れ

4%

設定ミス

4%

バグ・セキュリティ

ホール

1%

誤操作

1%

ワーム・

ウイルス

0%

目的外使用

0% その他

0%

不明

4%

(計5,579,316人)

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164

表 2 :アンケート質問項目一覧

Q1 インターネットは 1 日どのくらい利用しますか?(携帯、E メール含む)

Q2 自宅もしくは自分の PC にセキュリティのソフトを入れていますか?

Q3 mixi,Facebook,Twitter,モバゲー,GREE など SNS サイトを利用していますか?

Q4 Q3 で「利用している」と答えた人のみお答えください。 個人が特定できる情報を掲載していますか?

Q5 Q4 で「掲載している」と答えた人のみお答えください。 掲載している個人情報に○をつけてください。(複数回答可)

Q6 個人情報を書き込む際、流出や悪用などの可能性を意識していますか?

Q7 個人情報を悪用されたことはありますか?

Q8 ameblo や dclog 等(SNS サイト含む)でブログを書いていますか?

Q9 Q8 で「書いている」と答えた人のみお答えください。

Q10 現在の携帯はスマートフォン(iPhone,Xperia 等)を使用していますか?

まず、大学生のインターネット利用の現状は、約9 割の学生が毎日利用しており、半数以上は 1 日に 2時間以上利用するということであった。また、Twitter や Facebook 等の SNS サイトの利用に関しては約

8 割が利用していると答え、インターネットは現在の大学生において必須のツールとなっている。しかし、

インターネットとこれほど密接した生活を送っているにも関わらず、セキュリティソフトに対する質問に対し

ては「セキュリティソフトを導入していない、わからない、無料のソフトを導入している」と答える学生が予想

以上に多く、意識していると思われる学生は少数であった。また中にはSNSサイトにおいて悪用される可

能性の高い情報、住所やメールアドレスなどを公開していると答える学生もいた。さらに、実際に悪用され

たという答えもあり、約20人に1人は被害にあっているということが分かった。悪用された例としては「知ら

ない番号やアドレスから連絡がきた」、「知らないサイトに登録され迷惑メールが届くようになった」、「自分

の顔写真が関係のないサイトで使用されていた」というものがあった。しかし、個人情報を公開する際に流

出や悪用に対して意識しているかという質問に対してはほとんどの学生が「意識している」と答えた。これ

は、意識はしているものの氏名や学校名だけで個人が特定され、情報が流出するという現代の情報社会

の実情を把握できていないためであると思われる。また、Q10 の質問において、スマートフォンを「使用し

ている」と答える学生は 36%であった。近年、使用者が増加傾向にあるスマートフォンだが、今後さらに普

及していくと考えられる。しかし、それに伴ってスマートフォン対象のウイルスなども増加してきている。大

学生にとって PC と同等、もしくはそれ以上に利用頻度の高い携帯電話にもリスクを被る可能性は潜んで

いるのである。このアンケートを通して、大学生にはより高い水準でのセキュリティ意識を持つことが必要

であるという印象を受けた。

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165

4 対策方法

ここでは、1~3 節を踏まえて、企業・個人における対策について我々の考察を述べていく。まず、企業

における対策方法の現状は以下のようになっている。 図 6 :情報セキュリティ教育導入比率

出所:警察庁『平成22 年度不正アクセス行為対策等の実態調査』

図6は、企業における情報セキュリティ教育導入の現状である。このグラフによると、「実施している」と答

える企業は 6 割を超えており、また、実施はしていなくとも「必要性を感じている」と答える企業も約 3 割に

のぼる。個人情報の保護、管理が重要視されている中で、情報セキュリティに対する意識の向上のため

情報セキュリティ教育は欠かせないものと認識されている。 図 7 は情報セキュリティの運用、専門管理部署の有無を表している。設置している企業、していない企

業は 6:4 と分かれ、設置していないと答えた企業については、専門ではなく情報セキュリティ運用管理者

以外が兼務していると考えられる。 図 7:情報セキュリティの運用、専門部署の有無

出所:警察庁『平成22 年度不正アクセス行為対策等の実態調査』

図 8 は、セキュリティポリシーの策定状況を表したものである。策定予定まで含めると、約 9 割の企業が

セキュリティポリシーを策定(予定も含む)している。しかし、情報管理が重要視されている現代においても

セキュリティポリシーの必要性すら感じていない企業も存在しているのである。

実施している63.9%実施を予定してい

る5.1%

実施はしていない

が必要性を感じる28.5%

実施していない1.7%

無回答0.8%

(841社)

ある63%

ない36%

無回答1%

(841社)

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166

図 8:セキュリティポリシー策定状況

出所:警察庁『平成22 年度不正アクセス行為対策等の実態調査』

図9 はセキュリティ監査の実施(予定)頻度を表したものである。実施で も多かったものは「1 年ごとに」

が28%であったが、実施していないと答えた企業が3割以上となっている。これはセキュリティ監査を行う

ために要する費用に効果が見合っていないためであると考えられる。 図 9:セキュリティ監査実施頻度

出所:警察庁『平成22 年度不正アクセス行為対策等の実態調査』

ここからはこれらの現状を踏まえ、企業が行うべき対策方法を紹介していく。

初に外部が関わる情報流出に対しての対策方法である。まず、情報セキュリティに対する意識を高

めるために情報セキュリティ教育を徹底することである。そしてログの収集・解析を行う。これはPCの利用

状況やデータ通信記録の収集や解析のことであり、これによって操作を行った者のIDや操作日時、操作

内容を把握できる。また、情報流出対策においてネットワークの環境整備は重要な役割を担っている。具

体的にはファイアウォールや侵入感知システムの導入である。ファイアウォールとは社内ネットワークとイ

ンターネットの間で外部との境界を流れるデータを監視し、不正アクセスを検出、遮断するシステムのこと

であり、これにより第三者の侵入、データやプログラミングの盗み見、改ざん、破壊を防ぐことが可能となる。

侵入検知システムは、システムを監視し、侵入や侵害をいち早く管理者に通知するシステムであり、これ

は調査、分析作業を支援するために必要な情報を保存し提供することを目的としている。この他にも情報

を暗号化することなどいくつもの対策を講じることが重要である。 次に内部からの情報流出に対する対策方法である。流出の原因となるものは主に社員のミスや持ち出

しによるものであるため、こちらも外部と同様に社員教育の強化が必要となってくる。ファイル共有ソフトの

使用禁止やデータの持ち出し禁止等の項目をまとめたセキュリティポリシーの策定によって社員のセキュ

リティに対する意識を高めるのである。これは、コストをあまり必要としないため、約8割の企業が行ってい

る。また、誤操作や管理ミス等による流出リスクを低減するため情報管理専門の部署、機関を設置し、さら

に管理環境の整備を行う。外部の対策方法と多少重複するが、管理環境の整備には操作履歴の保存や

アクセス制御、PC を使用する際に個人を特定できる情報の要入力、また監視カメラの設置や USB 等の

策定してある75%現在策定を進めて

いる7%

策定はしていない

が、今後策定する

予定12%

策定しておらず、

今後も策定の予定

はない5%

必要ない0%

無回答1% (841社)

3ヶ月ごとに1% 半年ごとに

6%1年ごとに

28%

2年ごとに1%その他

2%

不定期26%

実施を予定してい

る4%

実施していない31%

無回答1%

(841社)

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記憶媒体へのコピーができないシステムの導入が挙げられる。 しかし、外部、内部共にこのような対策をいくら施しても、リスクは低減できるが情報流出は絶えず、1 日

に約 4 件のペースで発生しているのが現状である。その理由として先でも述べたように個人情報には高

額な金銭的価値があるため、金銭目的で奪取しようとする者が絶えないことや、ウイルス性能の向上など

情報奪取の手法が巧妙化していることが考えられる。情報を奪取するハッカーとセキュリティはどちらか一

方が技術力において上越し、すぐに他方がそれを上回るといった関係が延々と続いており、それはつま

り情報流出に対して確実な対策は存在しないということになるのである。確実でない対策でも導入には多

額のコストが発生するため、セキュリティを軽視する企業も存在する。しかし、それらにコストをかけ、リスク

を 小限にすることが顧客の信用獲得へとつながり、企業価値の上昇へとつながっていくのである。これ

こそが情報セキュリティの意義であると我々は考える。 個人の情報流出の対策において も効果的なものは有料セキュリティソフトの導入である。またファイル

共有ソフトを利用しないことや、セキュリティソフトが警告するwebサイトを閲覧しないなど流出に対する自

己管理が重要になる。また SNS サイト等を利用する際には情報社会は世界とつながっているということを

再認識し、安易な考えで物事を述べないことや、過度の個人情報公開を行わないなどの注意が必要であ

る。 SNS サイト等はコミュニケーションツールであるため、ある程度の個人情報の公開は必要となってくる。

言い換えれば、閲覧者にある程度は個人を特定されなければならないのである。悪用されやすい情報、

例として住所やメールアドレス・電話番号等を公開せず、節度を守った発言を心がけること、つまりこれも

自己管理が 大のリスク管理となりうるのである。 参考文献 春日 清孝, 牧野 修也, 楠 秀樹(2011),『“社会のセキュリティ”は何を守るのか 消失する社会/個人』 学文社. 情報処理推進機構(2009),『情報セキュリティ読本―IT 時代の危機管理入門』 実教出版. 情報処理推進機構(2011),『情報セキュリティ白書 2011』 独立行政法人情報処理推進機構. 三浦 展(2011),『これからの日本のために 『シェア』の話をしよう』 NHK 出版. イズミヤ, http://www.izumiya.co.jp/press/2010/08/_neo_beat.php 沖縄タイムス ,http://www.okinawatimes.co.jp/top/ (記事 URL) ,http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-07-16_8118/ 小田急百貨店企業情報, http://www.odakyu-dept.co.jp/corporation/index.html 個人情報保護法対策ポータル, http://www.kojinjyouhou.jp/ 警察庁 サイバー犯罪対策,http://www.npa.go.jp/cyber/ 情報処理推進機構 ,http://www.ipa.go.jp/ Security NEXT ,http://www.security-next.com/category/cat191/cat25 TREND MICRO セキュリティ情報 ,http://jp.trendmicro.com/jp/threat/ 日経テレコン21, http://t21.nikkei.co.jp/ フジ,http://www.the-fuji.com/ マルエツ, http://www.maruetsu.co.jp/ 読売新聞 YOMIURI ONLINE, http://www.yomiuri.co.jp/ 琉球ジャスコ, http://www.aeon-ryukyu.jp/ 流通ニュース, http://www.ryutsuu.biz/topix/c080419.htm

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保険会社の海外進出~保険制度の整っていない国への進出~

福岡大学 石坂ゼミナール 2班

大瀬洸伸 菖蒲勇気 世木麻友美 久野晶子 前原美春 渡邉徹典

要旨

現在の日本は、国内保険会社にとって厳しい状態である。その具体的背景として、少子高齢化、

国内保険市場の縮小または停滞、飽和状態が挙げられる。これらにより、日本国内の保険会社の国

内事業の海外展開が盛んに行われている。こうした日本の保険会社の現状を踏まえ、海外進出によ

り保険制度の整っていない国の生活水準を向上させ、保険制度を拡大させるとともに、私たちが考え

る国内保険会社の新たな進出先と保険商品を提案することを本論文の目的とする。

キーワード : 国内保険業界の現状・海外進出・農業天候保険・保険商品の提案 1 はじめに

私たちは、まず、現在の日本において様々な企業が海外進出をしている中、日本の保険会社も海外進

出できるのか、また進出した保険会社はどのような方法で進出したのかを調査した。そして、この調査に

基づいて、新しい進出先と保険商品を保険制度の整っていない国へ提案し、その国の保険制度を拡大さ

せ、その国の生活水準を向上させることを目的として、この研究を行った。 2 保険会社の海外進出 2-1 背景

保険会社はなぜ海外進出するのか、その背景には、少子高齢化、国内保険市場の縮小、停滞、飽和

状態、また損害保険会社においては自動車売上の減少といったものも挙げられる。本節では、国内保険

会社の海外進出における背景について述べる。 日本国内は現在、出生率の低下、高齢化率の上昇などにより少子高齢化が進んでいる。少子高齢化

が進行することによって保険の加入世代である若者の数が減り、国内での新たな利益の創出が困難にな

っている。 図1は、自動車保険における元受正味保険料の過去10年間の推移を表したものである。このグラフか

ら分かるように、過去 10 年、横ばいが続いている。自動車保険は、損保業界において、収入の半分以上

を占めており、その自動車保険の収入で、ほぼ横ばいが続くということは、国内の損保業界の停滞が伺え

る。

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出所:日本損害保険協会「自動車保険元受正味保険料の推移」

出所:日本自動車販売協会連合会「統計データ:新車販売台数の推移」

図 2 は過去 10 年の国内の新車売上の推移を示している。この推移の背景には、若者の車離れや、先

ほど挙げた少子高齢化によって若者が減少し、新しく車を買う消費者自体が減っていること等があろう。こ

のように、自動車売上が減少することで新たな自動車保険の加入者も必然的に減少する。前述のように、

自動車保険は損保業界において大きなウェイトを占める商品であり、自動車保険を扱う損保会社にとって、

自動車売上が減ってしまうということは、自社商品の利益減少に直結する、非常にダメージの大きな現象

となっている。 また、日本損害保険協会「損害保険に関する全国調査報告書」によると、地震保険の加入率は約 20%、

火災保険、傷害保険は約 50%、自動車保険は約 70%となっている(自動車保険と傷害保険は各個人の

任意保険の加入率、地震保険と火災保険は各世帯による加入率を示す)。これら加入率から、日本の各

個人と世帯の過半数が自動車保険や火災保険など何らかの損害保険に加入していることが分かる。さら

に、人口減少傾向も相まって需要が小さくなっており、国内市場としては、飽和状態に近いと考えられる。 次に、国内生命保険市場の動向について述べる。国内の景気後退により、国内生保の契約者数、保有

契約高は共に右肩下がりで、年々減少傾向にある。この傾向から、国内の生命保険市場の縮小を見て取

ることができる。また、国内の生命保険の加入率が、男性は約 90%、女性は約 80%であることから、国内

生保市場も飽和状態に近いといえる。

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170

以上を踏まえると、国内保険会社にとって、国内市場は正に逆風が吹いている状態であるため、海外

へと事業を展開し、新たな利益の獲得を目指していると言えよう。

2-2 メリット・デメリット 本節では、保険会社が海外進出する際のメリット・デメリットを考察する。保険会社がアメリカ、イギリスな

どの先進国に進出する場合、現地で既に設立されている保険会社と M&A での展開を行っており、会社

の健全性、高いビジネスモデル、成長性への期待ができる。また、社会の安定と中間所得層の厚みがあ

るため、安定的な収入を得やすいといったメリットが挙げられる。しかし、一定の事業基盤の確保が必要

であり、新規参入が困難であるということ、また生活習慣や文化の違いから必ずしも国内のノウハウが通

用しないといったデメリットが挙げられる。 次に、保険会社が中国、タイ、インドなどの発展途上国に進出する場合、保険市場が未発達であるた

め、今後の保険市場の成長余地が見込まれる。また、現地に競争相手(保険会社)が少ない。さらに、アジ

アであれば地理的に近いといったメリットが挙げられる。一方、保険市場が未発達であるゆえに、土台が

出来ておらず、短期的に利益が見込めず、新規契約を獲得するための販売コスト・時間がかさむ。また、

外資規制という大きな障害があるといったデメリットが挙げられる。しかし、外資規制は徐々に規制緩和さ

れている。 3 損害保険会社の海外進出 3-1 事例

損害保険会社の三井住友海上火災保険株式会社、東京海上日動火災保険株式会社の2社を挙げ、海

外進出における特徴をまとめた。 まず、三井住友海上の海外進出は、2003年にインドのムルガッパグループと合弁会社を設立し、2004

年にはイギリスのアヴィヴァ社の損保事業を買収することによって,ASEAN 地域へ展開している。日系

企業の保険を世界的に引き受ける体制の整備強化をとっており、また現地の損保への資本参加の形式

で市場を開拓している。 次に東京海上では、2004 年に中国、2006 年にマレーシア、2010 年にサウジアラビアへ進出しており、

さらに 2012 年にベトナムへ進出を予定している。東京海上では、主に高成長が期待される東南アジアへ

海外展開を M&A によって行っており、M&A に投じる資金に上限はなく、さらに先進国でも英国キルン

社、米国フィラデルフィア社を買収し、欧米での展開も図っている。

3‐2 保険料収入から見た国内損保の事業 現段階で損害保険が海外事業でどれだけ収益をあげているのかを知るため、2010年度の各社の保険

料収入を調べた。三井住友海上とあいおいを含むMS&ADホールディングスのデータによると、保険料

収入は約2.8兆円で、そのうち海外事業から得られるのは 6%である。東京海上ホールディングスのデー

タによると、保険料収入は約 3.1 兆円、そのうち海外事業で得られるのは約 18%である。 4 生命保険会社の海外進出

生命保険会社では、第一生命保険株式会社、日本生命保険相互会社の 2 社を挙げ、海外進出におけ

る特徴をまとめた。 第一生命は、1982 年にロンドン、1987 年にマレーシア、2006 年にタイ、2007 年にインドとベトナムに

進出した。特徴として、当初は資産運用を狙いとしていたが、市場の急拡大により狙いを再保険の活用と

し、現地企業との提携、事務所設立といった形態をとり、現地企業や日系企業に向けた販売を行い、主に

アジアへ進出している。 日本生命は1991年にニューヨーク、1996年にマニラ、2003年に中国に進出している。主に合弁会社

の設立によるアジアへの進出、また日系企業、現地企業向けの販売を行っている。

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5 海外進出のまとめ

これまでに述べた損害保険会社、生命保険会社による海外進出の事例から分かる特徴は以下のように

まとめられる。進出形態については、販売コストや時間のかからない現地企業との提携が多く、進出地域

は、成長余地のあるアジアに向けた進出が主で、販売先は、日系企業、現地企業である。 6 進出国の提案 6-1 進出国

本節では、進出国を提案する。 私たちは、進出国にラオス人民共和国を選んだ。ラオスの首都は、ビエンチャンである。人口は 612 万

人、人口増加率は 1.4%、経済成長率は 8.4%である。宗教は仏教で、主要産業はサービス業、農業、工

業である。他の特徴として、進出する際の主な外資規制はなく、すべての国と友好関係を維持強化する

政策をとっており、1997 年 7 月には ASEAN に加盟している。 6-2 進出国に選んだ理由 ここでは、私たちがラオスを進出国に選んだ理由について説明する。主な理由は、高い経済成長率、

人口増加傾向、安価な労働力、日本に向けた投資環境整備の4点である。 まず、高い経済成長率について述べる。ラオスの経済成長率を ASEAN 諸国の中のブルネイ、そして

日本と比較してみると、ラオスの経済成長率が高いことが見てとれる(図 3 参照)。また世界全体の経済成

長率や新興国全体の成長率に比べても、ラオスの経済成長率は高い。

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次に、人口増加傾向について述べる。高い出生率と高い乳幼児死亡率といった特徴がある多産多死

型社会と呼ばれるラオスだが、図4から分かるように出生率、人口増加率は減少しているものの、平均寿

命は年々増加しており、高齢者の死亡数が減少しているため、人口は右肩上がりとなっており、増加傾向

であるといえる。 3 点目に、安価な労働力について述べる。表1はラオス、タイ、中国、日本の一人当たりの名目 GDP と

低賃金を表にしたものである。表からわかるように、ラオスの 低賃金は、日本はもちろん、日系企業

の主な生産拠点となっているタイ、中国の約 5 分の 1 となっている。安価な労働力は、人件費を抑え、企

業の生産性を向上させる、進出した際の大きなメリットである。さらにこのことから、今後、日本や欧米のメ

ーカーの進出が見込まれており、法人向けの損保市場も急成長が期待できる。

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173

日本に向けた投資環境整備に関しては、ラオスと日本との間では 2008 年、日・ラオス投資協定が発効

されている。日・ラオス投資協定とは、日本とラオス間の投資を促進し、投資家及び投資財産の保護を目

的とした協定である。この協定により、日本ラオス間の経済強化だけでなく、投資の自由化が促進され、日

本の保険企業の進出環境の整備が進み、日本の保険会社が進出しやすい環境であるといえる。 6-3 社会保障制度

ここでは、ラオスの社会保障制度についてまとめておく。ラオスの社会保障制度には、1)公務員社会

保障制度、2)民間被用者社会保障制度、3)地域医療保険制度の3つがある。1)の公務員社会保障制度

は、1993年11月に制定され、適用は公務員系とされ、保険料は月額基本給の6%で、残りは政府によっ

て負担される。給付には、医療費、傷病手当、退職年金などがある。2)の民間被用者社会保障制度は、

1999 年12 月23 日に制定され、適用は 10 人以上の企業の従業員であるか、10 人に満たない従業員を

持つ企業も任意で加入可能であり、保険料は、従業員が月給の 4.5%、雇用者が 5%を支払う。給付には、

医療給付、妊娠手当、労災、退職年金などがある。3)の地域医療型保険制度は、2002 年9 月16 日に制

定され、適用は農業従事者や自営業者で、保険料は毎月世帯別に、単身世帯は10000キープ、2~4人

世帯は 17000 キープ、5~7 人世帯は 21000 キープ、8 人以上は 23000 キープとされている。特徴とし

て徴収した保険料を(事務経費を控除して)契約病院に払い込むことが挙げられる。メリットは、農村地域

でも現金管理や現金出納事務を行わずに保険事業を実施できる点である。デメリットとして、住民は契約

病院を登録するが、登録した一つの病院でしか診察が受けられない点が挙げられる。 6-4 先行の保険会社

保険商品を提案する上で、既にラオスに進出している国があるのか調査した結果、ドイツ、マレーシア、

ベトナム、日本がいずれも合弁会社の設立により進出していることが分かった。

7 商品の提案 本節では保険商品の提案を行う。私たちはラオスへ進出する際、農業天候保険を提案する。

7-1 農業天候保険 農業天候保険とは、農繁期の7月から9 月にかけて累積降水量が一定基準を下回った場合に、収穫量

を問わず保険金が支払われる保険である。 農業天候保険は、損保ジャパンがタイに進出した際、取り扱われている。この農業天候保険の対象者

はタイの農業協同組合である BACC から融資を受けている農家で、保障内容として雨量を指標とし、雨

量が一定量以下になった場合に保険金を受け取る。保険料は BACC からの融資額に一定量率(4.46%)を掛けた保険料を支払う。また、損保ジャパンは国際協力銀行と協力し、BACC と保険契約を行っている。

BACC はタイの農家と保険会社との中間業者の役割を果たしている。 7-2 提案の理由

ラオスに提案する商品として、農業天候保険を挙げた理由について述べる。 まず、ラオスは農業天候保険を取り入れておらず、この保険商品の大幅な展開が期待できるという点が

挙げられる。また、ラオスの労働者の約8 割が従事している農業に適した保険を販売すれば、右肩下がり

である農業の GDP だけでなく、ラオス経済自体の底上げが達成しやすいと考えた。これは、結果的に生

活水準の向上にもつながる。 そして、ラオスよりも先に農業天候保険を取り入れているタイと、隣接国であるため、気候が似ており、

適用しやすいと考えた。

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7-3 商品の提案 先に挙げたタイの農業天候保険をラオスに適用する。加入対象者はラオスの農業協同組合から融資を

受けている農家で、雨量を指標とし、雨量が一定量以下になった場合に保険金を受け取る。保険料は農

業協同組合からの融資額に一定量率(4.46%)を掛けたものとする。 進出形態として日本企業は公的機関と協力し、農業協同組合と保険契約を行う。農業協同組合はラオ

スの農家と保険会社との中間業者の役割を果たすという仕組みをとる。 加入対象者について、タイでは、農家の年収が 50000 バーツ以下の者が融資可能といった上限があり、

これを満たしている農家に農業天候保険が適用されている。タイの農村地域の平均年収は48481バーツ

であり、大部分の農家が適用されている状態である。これを参考にラオスの上限を設定する。ラオスの農

村地域の平均年収は 82000 キープであるので、50000:48481=x:82000 となり、これを解いてラオスの

上限を 84569 キープと設定した。よって、ラオスの年収 84569 キープ以下の農家が融資可能になり、農

業天候保険が適用される。また、この融資額に一定率をかけたものが保険料となる。 7-4 保険導入後の効果・影響 農業天候保険導入後の効果・影響について考察する。まず、農業天候保険により、農業に対する損害・

リスクを減少することが出来る。これにより、農業への信頼性、安全性が上がり、ラオスの主要産業である

農業への後継者増加を図ることが出来る。また、農業天候保険により、農業収入のリスクを低減し、安定的

に収入を得ることが出来るので、貧困層の減少も図ることが出来る。このことは、生活水準の向上につな

がる。 8 まとめ 国内保険会社の海外進出の特徴として、進出形態は主に提携、合併、合弁であり、進出先は、経済成

長が著しい ASEAN 等であった。 現在の国内保険会社の海外収益は概ね約1割程度ではあるが、先に述べたように、国内の諸状況は

保険会社にとって逆風が吹いている状態である。そのため、さらなる利益を求め、日本の保険会社は

続々と海外へと目を向け始めている。よって、この海外収益は、今後さらなる増加が期待できよう。 後に、ラオスの特徴や投資環境を踏まえた上で、農業天候保険の導入を提案した。私たちは、農業

天候保険が様々な効果をもたらすことで、ラオスの生活水準の向上につながると考えた。 参考文献 田畑康人・岡村国和編(2011),『人口減少時代の保険業』慶応義塾大学出版会. 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推定人口」,http://www.ipss.go.jp/ 外務省,http://www.mofa.go.jp/mofaj/ 在ラオス日本国大使館,http://www.la.emb-japan.go.jp/index_j.htm 生命保険文化センター,http://www.jili.or.jp/ 世界銀行、世界開発指標,http://www.google.co.jp/publicdata 損保ジャパン,http://www.sompo-japan.co.jp/ Tokojyaya.com,http://www.tokojaya.com 独立行政法人 国際協力機構,http://www.jica.go.jp/story/media/media_17.htm 日本経済新聞社日経テレコン 21,http://t21.nikkei.co.jp/g3/CMN0F11.do 日本自動車販売協会連合会,http://www.jada.or.jp/ 日本生命保険協会,http://www.seiho.or.jp/ 日本損害保険協会,http://www.sonpo.or.jp/ 三井住友海上,http://www.ms-ins.com/ Lao-Viet Insurance Company,http://laovietinsurance.com/index.php?limitstart=8

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為替変動による輸出入企業への影響

武蔵大学 茶野ゼミナール A班

市村 悠 太田未来 鴨下 俊太郎 林 佳奈

要旨

近年、円高が急速に進み、トヨタなど日本を代表する企業の収益悪化が懸念されるなど

為替変動に注目が集まっている。

為替変動の影響をより受けやすい、輸出入企業の株価と円相場の動きとの連動性の有無

について相関係数を用いて明らかにし、円高と円安それぞれの局面での為替感応度を

測り、その大きさが対称であるかどうか検証する。

キーワード:為替リスク 企業価値 相関 輸出比率 貿易通貨

1 研究動機

「超円高」と言われているように、近年為替の変動が大きな注目を集めている。例えば、200

8年の12月、日本を代表する企業であるトヨタ自動車が、円高と世界的な景気低迷の影響を受け

て、2009年の3月決算時点で1941年3月以来、初めて営業損益が赤字になるという見通し

を建てたという報道があった。このように新聞やテレビといったメディアでも多くの注目を集めて

いる為替の変動と株価の間にはどのような関係があるのか?とりわけ為替の変動による影響が大き

いと考えられる輸出関連株と輸入関連株に着目し、為替変動と株価の間にある関係を研究すること

にした。

2 問題提起

一般に、輸出企業は円安に有利で円高に不利、その反対に輸入企業は円高に有利、円安局面では

不利だと言われている。円高が日本経済に悪影響を及ぼしていると耳にすることがあるが、為替の

変動が企業に対して悪影響を及ぼす場合には、輸出関連株と輸入関連株それぞれの企業が受ける株

価への影響の大きさに違いはあるのだろうか?また違いがあるとすれば、円高と円安が進んだ場合

日本経済全体にとってどちらの方がより深刻なのか?以上がわれわれの問題意識である。

3 為替変動が企業業績に及ぼす影響

そもそも、為替の変動はどのようにして企業業績に影響をあたえるのかについて説明する。下の

図は、自動車を輸出している企業の例である。この自動車輸出企業は、対米ドル為替レートが1ド

ル=100円のとき自動車1台あたり100万円で海外に自動車を輸出していたとしよう。

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時点n+1で円相場が1ドル=95円(円高)へ推移すると、販売していた1台100万円の自

動車の価値は95万円へと目減りする。これによって1台あたり5万円の売上高が減少し、企業業

績が悪化する。反対に、時点n+1で1ドル=105円(円安)へ推移すると、この自動車の価値

は1台105万円に増え、企業業績は好転する。

「円建て輸出入価格=邦貨建て名目為替レート×外貨建ての輸出入価格」

この式で表されるように、輸出企業にとっては売上高、輸入企業にとっては仕入れコストの増減

が為替リスクとなり、業績に影響をあたえるのである。

4 為替レート

3節の自動車輸出企業の例で登場した「1ドル=100円」という為替レートは、一般に名目為

替レートと呼ばれており、2つの通貨間の交換比率を表している。貿易取引で用いる通貨として大

きな割合を占める米ドルの影響力は非常に大きい。しかし、貿易取引には米ドルだけでなく中国元

やユーロなど様々な通貨が用いられているため、2つの通貨間ではなく世界から見た日本円の相対

的な価値を見る必要がある。そこで5節以降では、企業株価と比較する対象に「邦貨建て対米ドル

名目為替レート」でなく「実質実効為替レート」を用いる。

実質実効為替レートとは、対象貿易取引通貨全体をその割合ごとに加重平均し、物価上昇・下落

を考慮して指数化したもののことである。代表的な指標には、国際決済銀行(BIS)が発表して

いる実質実効為替相場指数がある。この指標では2005年時点での円相場を100として円高・

円安を数値化している。

ちなみに、邦貨建て名目為替レートでは円高ほど数値が低く円安ほど数値は高くなるが、実質実

効為替相場指数は円相場を外貨建てで表す数値であるため、値が大きいほど円高、値が小さいほど

円安である。この研究では「実質実効為替相場指数」を用いる。

出所:http://www.daiwa.jp/

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5 検証

本節では4節で説明した実質実効為替相場指数を使って株価との関係性を検証する。

5.1 分析期間

次のグラフの網かけの部分が、本研究での分析対象期間である。

・円安局面:1995~1998年

・円高局面:2007~2009年

それぞれの悪影響の大きさを測るため、円安局面では輸入関連株、円高局面では輸出関連株を為

替指数の比較対象とする。

出所:日

本銀行時

系列統計

データ検索サイトより作成

・輸入企業

分析期間:1995年4月~1998年9月円安

グラフ:yahoo ファイナンスより

作成

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この期間ではアメリカのクリントン政権の「強いドル政策」により引き起こされた円高で199

5年4月に79円を記録したことへの対応策として、対外投融資促進策が取られたこと、日銀が史

上 大規模の為替介入を行ったことから、為替が急速に円安方向に進んだ。

実質実効為替相場指数では、1995年4月時点で151だった円相場が1998年9月には96へ

下がり、55ポイントもの円安が見られた。上のグラフは分析期間中の円安における、日本配合飼

料の株価グラフである。分析期間の為替変動と網かけ部分の株価の暴落が明らかに一致しているこ

とが分かる。そして、この企業は原材料の輸入を海外に依存しており、総売上高に占める海外売上

高の割合は0%と典型的な輸入企業である。

次に輸出企業の分析期間について説明する。

・輸出企業

分析期間:2007年~2009年円高

近年世間を騒がせているこの円高は、サブプライムローン問題の顕在化やリーマンショック後の

日本政府の「円安政策はとらない」発言による円買いドル売りから引き起こされたものである。こ

の期間中、実質実効為替相場指数は2007年時点の79から2009年には108へ29ポイン

ト円高に進んだ。

ここで輸出関連株のうち、象徴的な株価変動をしているものとして、商船三井をあげる。この企

業は89%もの輸出比率で取引を行っている代表的な輸出企業である。分析期間の為替変動と一致

して網かけ部分の株価が暴落しているのが見てとれる。

以上のことから、過去20年間の実質実効為替相場指数の動きと、輸出入企業それぞれの株価変

動(下落)が一致していると考えられる1995~98年円安・2007年~2009年円高の2

つの期間を分析対象期間として選出した。

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5.2 分析銘柄

つづいて、輸出入関連株それぞれの対象銘柄の定義付けを行う。

・輸入関連株は以下の3つの条件をもとに分析銘柄を抽出した。

① 原材料を海外からの輸入に依存している

② 調達した資源を国内消費向けに加工して販売している

③ 分析期間中の総売上高に占める海外売上高が15%以下

④ 東証一部の上場企業である

一例として、原材料を輸入に依存していても輸出比率の高いゴム産業、紙・パルプ産業の中でも

海外売上高が25%を超えている三菱製紙は分析対象に適さないものとみなした。

・輸出関連株の分析対象銘柄は、stock weather が発表している輸出比率ランキングを参考に選出

をした。

同社発表の輸出比率ランキングのうち

① 東証一部の上場企業である

② 過去20年分の株価データが十分にあるもの

に当てはまる上位27銘柄を分析対象とした。

5.3 考察

次に、実際に各銘柄の株価の動きを考察する。なお、個々のグラフの網かけ部分は分析対象期間

であることを示している。

・1995~1998年円安・輸入関連27銘柄

輸入関連銘柄では選出した銘柄を、食料品・繊維・紙パルプ・石油の4つの業種にわけてその株

価推移を考察する。

・食料品

まずは、食料品産業の株価変動の考察をする。食料品産業では、上記の4つの業種のうち も総

売上高に占める海外売上高の比率が低いものが多く、その比率が10%未満のもの、海外での販売

を全く行っていない銘柄が大部分を占めている。また、この業界では8銘柄全てに分析期間中の大

幅な株価下落が見られた。特に日清オイリオ、日本配合飼料、協同飼料、丸大食品、プリマハムの

5銘柄は、グラフ中の期間に示された過去20年間(1991~2011年)の中で、分析期間中

の円相場の動きによると思われるこの株価下落が も大きな下落であることが分かる。

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・繊維

次に繊維産業の株価についての考察をする。繊維産業では、食料品産業と比べると海外売上比率

が高く、海外で販売を行っていないという企業は8銘柄のうち1社も該当する企業は無い。この業

種ではサカイオーベックス、グンゼ、日清紡ホールディングスで特に大きな変動が見られる。

また、帝国繊維(右下)では1991年から1993年ごろに大きく下落して以来、2011年

までその株価は横ばいであるが、当分析期間に該当する期間では比較的大きな変化が見受けられる。

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・紙パルプ

続いては、紙パルプ産業の株価推移についてみてみる。この業種では繊維産業と同様、海外での

売上比率は全7銘柄全てが10%未満のものから15%程度であった。繊維産業とは海外売上比率

が同程度であるが、紙パルプ産業では繊維産業に比べて過去20年間全体から見た分析期間中の為

替変動に伴ったものと考えられる株価の値下がりが大きく目立っている。また、大王製紙、王子製

紙、巴川製紙所、北越紀州製紙、レンゴーから明らかなように、株価の変動が他の業種に比べて大

きいことがこの業種の特徴であるといえる。

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・石油

後に、石油産業の株価である。石油産業でも大きく株価が下落している。海外売上高の比率は

繊維・紙パルプ産業と同様であり、期間中かなり目立った動きをしている。しかしながら、昭和シ

ェルでは、為替変動によると考えられるような株価の下落は見受けられなかった。

以上4業種27銘柄の株価変動から、過去20年の中でも1995年~1998年の実質実効為

替相場指数の変動に伴った下落が特に大きく目立っていることが分かる。しかしながら、中には昭

和シェルのようにその影響を受けなかった、または影響が極めて小さい企業が存在するということ

も事実である。また、1991年時点では2011年時点と比較して高い水準にあった株価がこの

円安局面を機に暴落し、そのままもとの高い水準に戻ることなく2011年現在に至ってしまって

いる企業が多く見受けられた。

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・2007~2009年円高・輸出関連26銘柄

輸入関連株に引き続き、輸出関連株での株価変動を考察する。また、以下の輸出関連株のグラフ

は輸出比率ランキングの順に従って掲載するものとする。

・輸出比率ランキング1位~8位(86%以上~)

・同ランキング9位~16位(81%~85%)

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・同ランキング17位~24位(78%~81%)

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・同ランキング25~26位(78%)

上が、26銘柄輸出比率78%以上の株価変動のグラフである。この輸出比率ランキングの1位か

ら26位までにはおよそ20%もの幅がある。しかしながら、グラフを見てみると、為替の変動に

よる株価の動きというのは、輸入関連株でも見られたように、各業種の特徴・要因によるものもあ

るため、輸出比率の大きさに必ずしも比例するものであるわけはないらしい。ランキング1位の共

栄タンカーや6位マブチモーターでそれほど大きな株価の暴落が見られなかったことからもこのこ

とは明らかである。また、全26銘柄のうち、ヤマハ発動機、商船三井、第一中央汽船、川崎汽船、

マキタ、日本郵船、アルバイン、コマツ、キヤノン、日産自動車、スター精密、日立建機の12銘

柄が当分析期間中の株価は過去20年間で も大きく下落している。このように、輸出入企業でそ

れぞれ分析期間中の株価を観察すると、大多数の企業で為替の急激な変動に伴って株価の値下がり

が見られるという共通点が浮かびあがった。しかし、本当にこの期間中の株価と為替相場指数の動

きは連動しているのだろうか?

連動性の有無について相関係数を用いて検証した。

5.4 連動性の検証

相関係数とは、2つの変数の連動性を-1~+1の数値で表す統計学的指標である。得られる値

が+1に近いと2つの変数の動きには正の相関がある、つまり同じ動きをしていることになる。反

対にその値が-1に近いと2つの変数には負の相関がある、つまり正反対の動きをしていることに

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なる。また、0に近づくにつれて2つの変数の間には関連性がない、無相関であることを表す。こ

こでは為替相場指数の値が下がる「円安」に対し、株価が下落する輸入関連株では正の相関が、指

数の値が上がる「円高」に対して株価が下落する輸出関連株では負の相関が得られることが望まし

い。

その結果、ほぼ全ての分析対象銘柄で

輸入関連株:+0.4~+0.5

輸出関連株:-0.5~-0.6

という値が得られ、対象期間中の為替相場指数の動きと株価の下落には関連性があることが実証さ

れた。

5.5 為替感応度

では、輸入関連株と輸出関連株ではどちらの方がより大きな影響を受けているのか?

そこで、株価変動率を実質実効為替相場指数の変動率で割ることで、為替変動1%あたりの株価下

落率を測り、輸出入それぞれの為替感応度が対称であるか非対称であるかを明らかにする。

結果として、輸出入企業それぞれで以下のような値が得られた。

輸入企業

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輸出企業

輸入関連株・・・平均値1.73%

輸出関連株・・・平均値2.06%

この数値から、サブプライムローン問題顕在化後の為替感応度の方が高く、非対称的であること

が明らかになった。また、平均差のt検定でも、輸入関連株と輸出関連株のそれぞれの局面での感

応度には差があると証明することができた。

ここでTOPIXと為替変動を比較して日本の主要企業全体の動向について考える。左のグラフか

ら明らかな通り日本の企業全体として、分析対象の円安と円高がどちらも大きな悪影響を及ぼして

いるが、円高局面での悪影響の大きさが円安局面での影響に比べてはるかに大きい。

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また、下のグラフはそれぞれの為替感応度を表したものである。

・1995年~98年円安・・・0.79

・2007年~09年円高・・・1.38

という値が得られ、はるかに円高局面での影響の受け方が大きいことがわかる。

このことからも、2つの期間で感応度に差があることが証明された。

6 結論

これまで、実質実効為替相場指数と東証一部上場の輸出入企業の株価変動の関係性について分析

してきた。

これらの変動を比較して、その動きは常に連動しているわけではないことがわかる。

しかし、当分析対象期間でも見られるように為替と株価の動きが連動性を持つとき、為替の変動

は輸出入関連企業を中心とした株価を大きく動かしている。そして、その為替感応度で表される影

響力の大きさには円安局面・円高局面で大きな差があり、円高局面の方が大きいということが証明

された。こうした輸出入企業で比較した為替感応度の非対称性とTOPIXに見られた為替感応度

の差から、日本企業全体が円高に対して脆弱な傾向をもっているという結論が導き出された。

参考文献

各社『有価証券報告書』1990年度-2010年度版

日本銀行 http://www.boj.or.jp/

ストックウェザーhttp://www.stockweather.co.jp/

大和証券http://www.daiwa.jp/

国際ニュースhttp://www.afpbb.com/

ヤフーファイナンスhttp://finance.yahoo.co.jp/

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株式投資に対する商品投資のリスクヘッジ機能

武蔵大学 茶野ゼミ B 班

鈴木彰 小宮健太郎 首藤将太 早川怜佑 浜本貴也

要旨

私たちは、株式投資に対する商品投資のリスクヘッジ機能について調べました。実際の株価と商

品価格を基に、2つの収益率を変数にとり、相関係数の推移を調べました。そこで、リーマンショック

以前と以後で、大きな違いがあることを発見しました。また、これらの原因を探るとともに日本の商品

市場にも目を向け、相関係数の推移を回帰分析により説明しようと試みました。 キーワード : リスクヘッジ機能 相関係数 リーマンショック

1 研究動機 株式投資の勉強をするにあたり、リスクヘッジや分散投資と言う言葉をよく耳にする。そこで、

分散投資の対象に商品というものが挙げられていくことを知り、研究を始めていった。 実際の株価と商品の収益率の違いを相関係数によって調べ、リスクヘッジ機能の強弱を調べてい

きたいと思う。 2 リスクヘッジとは何か? 2-1リスクヘッジとは? リスクヘッジの定義はリスクを回避し、低減する工夫のことであり、単にヘッジという言い方も

ある。そして株式投資に対するリスクヘッジとは、株式の価格が下がったときに起きる損失を補っ

てくれる投資対象があることである。 2-2相関関係について ここでリスクヘッジ機能を調べるにあたり、相関係数を用いて説明する。相関係数とは2つの確

率変数の間の相関を示す統計学的指数であり相関係数の範囲は、-1<X<1である。 この研究において相関係数の2 つの確率変数は、株式の投資収益率と商品の投資収益率をとり、

進めていく。 株式の投資収益率の低下、もしくは商品の投資収益率が低下したときにもう一方がその損失を補

うこと、つまり相関係数が0もしくは負の相関のときにリスクヘッジ機能が強いといえる。 これから株式と商品の投資収益率の相関係数を計算しリスクヘッジ機能の強弱を調べていく。 3 商品市場について 3-1商品市場とは 商品市場とは、正確には商品先物市場と呼ばれ、将来の一定の期日に商品を売り又は買うことを

約束して、その価格を現時点で決める取引のことである。ここで扱う商品の種類には、金属、穀物、

原油等のエネルギーなど商品の種類はさまざまなものにのぼり、今回は商品ファンド指数を用いる。 ここで商品ファンドについて説明すると、投資家より資金を集め、そのまとめた資金を投資の専

門家や商品投資顧問業者が商品先物市場に運用するというもので、いわば「商品版の投資信託」で

ある。

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3-2実際の相関係数 相関係数を計算するに当たり、商品と株式の投資収益率のデータを使い計算するため、ロンドン、

ニューヨーク証券取引所の株式指数とS&Pコモディティインデックス(以下S&P)と東京工業品取

引所(以下TOCOM)の商品指数を、1995年から2007年の13年間をデータとして用いる。 まずS&Pとニューヨークの投資収益率が以下の図1である。

図1、S&P商品指数とニューヨーク証券市場の平均株価

二つの収益 率のうち、上の線

がニューヨークの投資収益率であり、下の線がS&Pの投資収益率である。かなり違うところはあ

るが、2003 年から2006 年まで徐々に上昇していく同じような動きに注目しておいてもらいたい。 ここからS&Pを基準とし、S&Pとニューヨーク、S&Pとロンドンの相関係数を求めたのが図2

である。 図2、S&Pとニューヨーク、S&Pとロンドンの相関係数

2この図

を見てわ か

るとおり、 -

0.4<x<0.5と弱い正の相関と弱い負の相関を繰り返している。相関関係がほとんどないというこ

とにより強い正の相関があるときと比べ、ヘッジ機能があるといえる。

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3-3商品市場の規模 ここで相関が商品市場の規模と関わりがあるのではないかと思い、1999年~2007年までの世界

全体の商品市場と日本の商品市場の規模の比較をしたのが図3である。規模の大きいほうが世界全

体の商品市場の規模である。

図3、世界全体の商品市場と日本の商品市場の規模

出所:農林水産省(2008)3頁 図1,2(取引所の出来高の推移)の一部を修正して作成 世界全体の商品市場の規模が大きくなっているのに比べ、日本の商品市場の規模が2003年まで

上昇し、そこから下降している。この要因を調べた。

要因① 投資家の構成比の違い ここで、1つ目に考えられる要因として商品市場に参加している個人投資家、当業者、機関投資

家の構成比の違いが挙げられる。

左からTOCOM、東京穀物取引所、ニューヨーク、ロンドンで並んでおり、上から機関投資家等、

当業者、個人投資家の順で比率が表されている(図4を参照)。

図4、投資家の構成比

出所:岡田(2008)5頁 図3 (市場参加者の構成比の比較) 日本では個人投資家が多いために市場の規模があまり拡大していないことから、機関投資家が商

品市場の拡大に大きく影響しているのではないかと考えられる。

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機関投資家がなぜ商品市場に参加し始めたのか、それは、商品ファンド指数の増加が挙げられる。

この現象は、株式市場にも同じような動きが挙げられる。信頼される指数の増加により、機関投資

家が株式にも投資し始め、株式市場が拡大したことと類似している。 商品指数の例としてS&P・GSCI(S&P 商品)指数、ダウジョーンズ・UBS(DJUBS)指数、

ジムロジャース指数、日経TOCOMなどが挙げられる。 要因② 低金利による金余り

商品市場の拡大の要因の2つ目は、低金利による金余りにある。つぎのグラフは、1995年~2011年までのアメリカのFRBの政策金利の推移を表している。グラフを見ると2000年と2007年に大

きく金利を下げていることが読み取れる。前者は、ITバブル崩壊の影響であり、後者は、サブプラ

イムローン問題の影響である。金利が下がると、金融緩和され るためマネーストックを表すM2は増加する。この時期も実際にM2は増加している。

図5、FRB政策金利

出所:連邦準備制度理事会(2010)政策金利から作成

図6、マーシャルのK そこで、資金のだぶつきを調べるため、マーシャル のKを計算した。右のグラフはそのマーシャルのKを示

している。マーシャルのKとは「貨幣供給量/名目GDP」で計算でき、実体経済に対して貨幣量が適正な水準にある

かを判断する一つの指標である。つまり、マーシャルのKが大きければ大きいほど、経済成長に比べてお金が多く出

回っているということになる。右のグラフのマーシャルの

Kは2001年ごろと2006年頃から大きく数値が上がって

いる。つまり2001、2006年以降、投資資金がだぶついて

いた。よって、余剰資金が商品市場へと流れたため市場が

拡大したと考えられる。 4 リーマンショック以後の変遷 4-1リーマンショックとは 2008年9月15日に米第4位の投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻申請をした。そこで、金融

機関の破綻リスクが強く認識され、世界的な金融危機が起きることとなった。その背景には、2007年ごろのサブプライムローン問題による住宅バブルの崩壊がある。これを皮切りに低迷する証券市

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場や株式市場から資金が流出していった。そこから、現物資産である商品市場へのマネーへの流入

が加速していった。しかし、リーマンショックによってリスクのある市場からは、資金が流出し、

商品市場や株式市場に更には世界的な金融危機を引き起こした。 4-2リーマンショック以後の変遷 右の図7はS&P商品価格指数とニューヨーク株価指数である。上の線がニューヨーク株価で下

の線がS&Pの商品価格指数を表している。縦に引かれている線はリーマンショックが起きた時期

である。一目でわかるとおり、2008年後半からS&P商品価格指数、ニューヨーク株価指数ともに

著しく低下していることがわかる。

図7、S&P商品指数とニューヨークの平均株価

次にこの時期の相関係数を計算した。S&P商品指数とニューヨーク株価指数、S&P商品指数と

ロンドンの株価指数の相関係数を計算した結果が図8である。リーマンショックの起きた2008年

から相関が0.8付近まで上昇し、負の相関が一度も計算されていない。強い正の相関が見られたた

め、今までのリスクヘッジ機能が失われたといえる。

図8、1995年~2010年までの相関係数

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5 日本と世界の比較 5-1日本の商品市場の現状 ここで、世界の動きと比較をするために未発達である日本の商品市場に目を向けた。 世界の商品市場は2008年以降強い正の相関をとり、リスクヘッジ機能が失われた。しかし、日本

の商品市場は、まだまだ規模が小さく個人投資家の割合も多いのでこれとはまた違った結果になる

と思い、日本の商品投資のリスクヘッジ機能について調べた。 日本の商品市場の現状を表すためにTOCOMの出来高の推移(図9)と商品市場の参加者を構成し

ている先ほど載せた図4を参考にしてもらいたい。

図9、TOCOMの出来高の推移

出所:岡田(2008)4頁 図2 (東京工業品取引所の出来高の推移)

日本の現状において、目立つ点は「機関投資家、当業者の割合の低さ」と「2003年以降の商品市

場の縮小と個人投資家の割合」である。 ① 機関投資家、当業者の割合の低さ この要因は、電子取引システムの不備、取引時間の短さ、商品設計や市場設計の不良、上場商品

の少なさなどによる。2007年以降、改良が少しずつ進められてきているが、未だ成熟した商品市場

とはいえない現状になっているため機関投資家や当業者の割合は低い。 ② 2003年以降の商品市場の縮小と個人投資家の割合

2003年以降、商品市場は縮小していった。これは、個人投資家の推移と連動していると考えられ

る。2004年、商品取引所法が改正をした。これにより、個人投資家に対する不当勧誘の禁止や個人

投資家の保護を強める法律へと変化していった。この法改正が機能しているのかを検討するため、

法改正前と法改正後の苦情件数を調べて表1としてまとめた。 表1、法改正による苦情件数の推移

出所:岡田(2008)76頁 図2 (商品先物取引の苦情件数の推移)

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苦情件数を見てわかるとおり、2005年からは、苦情が少なくなってきているものの、各商品ファ

ンドのディスクロージャー資料から集めると、苦情は2005年以降も多くなっており、2004年の法

改正が本当に機能しているのかどうかが怪しいということがわかる。 その次に世界と比較するため、ニューヨークを基準としS&P、TOCOMの相関係数の推移を図

10に表した。

図10、ニューヨークとS&P、TOCOMの相関係数の推移

リーマンショック以後強い正の相関をたどっているのがS&Pで、弱い正の相関も見せているの

がTOCOM の相関係数である。世界の商品市場と比べると、リーマンショック以降TOCOM は、

強い正の相関をずっととっておらず、弱い正の相関をとっている時期もある。これは、日本の商品

市場が未熟であり、世界の商品の動きとは違う独自の動きをとっているからである。このために、

日本の商品市場はリスクヘッジ機能が失われたと断定することはできない。 6 相関係数の決定要因 6-1 回帰分析 ここで、相関係数の動きがなぜ上がったり下がったりを調べるために回帰分析を行った。回帰分

析とは、従属変数(被説明変数)と独立変数(説明変数)の間に式を当てはめ、従属変数が説明変数によ

ってどれくらい説明できるかを定量的に分析することである。ここでは、従属変数を相関係数とし、

説明変数には①為替レート②短期金利を採用することにした。説明変数は、投資家の構成比や市場

規模、リスクリターン比率など様々なものが挙げられるが、以上に挙げたものはサンプル数が少な

いために今回は除外した。次に実際の結果を見ていく。 6-2 関係性 下の表は、2000年~2006 年、2006 年~2011年と期間を分け、為替レートと短期金利において

の関係性を示したものである。SP は S&P 商品指数、TOCOM は日経 TOCOM、NY はニューヨ

ーク証券取引所株価指数、TOKYOは東証株価指数である。

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表2,相関関係の変化要因

表2を見てわかるとおり、2006年~2011年の間は、どの関係においても関係性があることがわ

かった。この期間は相関係数においては、強い正の相関を取り、また為替レートは、ドル安傾向に

あった。また、短期金利は金融緩和の影響で低金利になっていることから、ドル安・低金利の時に

正の相関になるということがわかった。では、次にこれがどのくらい信頼性があるかどうかを検証

していく。 6-3 決定係数

ここで、信頼性を測る指標として決定係数を用いて説明する。決定係数とは、独立変数(説明変数)が従属変数(被説明変数)をどれくらい説明できるかを表す。つまり、あてはまりの良さの尺度とし

て利用される。次表は、実際の決定係数の値である。 2000 年~2006 年に唯一関係性があったSP、TOKYO だが決定係数は、0.05 と低い値をとって

いる。それに比べ、2006年~2011年は0.4から0.5程でこれは、相関の40%から50%を短期金利

と為替レートによって説明できることを意味している。

表3、決定係数の値

7 結論 リーマンショック前までの相関関係は中長期的に見て0に近かった。これは株式投資に対する商

品投資のリスクヘッジ機能が比較的強かったからである。そして、リーマンショック発生前後には

商品ファンド指数の増加に伴い、機関投資家が商品投資を行うようになって投資家の構成比に変化

が生じた。低金利による金余りの発生やドル安の進行は、米国内外の機関投資家が商品投資を行う

強い要因となり、そのような大量の資金流入により商品市場は金融市場化していった。 その結果、リーマンショックによって商品市場の特性が大きく変わり強い正の相関をとり、株式

投資に対するリスクヘッジ機能は弱まるという機関投資家にとっては皮肉な結果となった。一方で、

日本の商品市場の動きは世界の市場の動きとは別の動きをしているように見えた。すなわち、日本

の商品市場の指数は米国の株価との相関は必ずしも高くないことがわかった。 後に、株価と商品の相関関係が何によって影響を受けているか回帰分析で調べたところ、2007

年以降の時期はドル安、低金利により正の相関になっていることが判明した。ただし、決定係数は

SP,NY ユーロドル ×短期金利 ×

SP,TOKYO ユーロドル ×短期金利 ○

TOCOM,TOKYO ユーロドル ×短期金利 ×

2000年~2006年(相関0)

SP,NY ユーロドル ○短期金利 ○

SP,TOKYO ユーロドル ○短期金利 ○

TOCOM,TOKYO ユーロドル ○短期金利 ○

2006年~2011年(正の相関)

SP,TOKYO 0.054933 SP,NY 0.5171616SP,TOKYO 0.495519TOCOM,TOKYO 0.39933

2000年~2006年(相関0) 2006年~2011年(正の相関)

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40~50%の数値までしかなく、残り50%近くは短期金利と為替レートでは説明できなかった。 今後、商品市場のこのような変化がどうなるかについても引き続き研究課題として調べていこう

と思う。 参考文献 @商品先物取引(URL:http://www.wild-earth.org/n_shouhinfundtoha.html) 岡藤商事株式会社(http://www.shouhin-fund.com/nyumon/index.html) 元外務員が教える面白いほどわかる商品先物市場 (http://www.shohin-sakimono.net/knowledge/market.html) 商品先物市場をめぐる現状と課題(http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0615.pdf) 商品先物市場の現状と 近の動向

(http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g80327c04j.pdf) 為替王(http://blog.livedoor.jp/kawase_oh/archives/51635886.html) 総務省(http://www.soumu.go.jp/) 経済産業省(http://www.meti.go.jp/) 日銀(http://www.boj.or.jp/) 連邦準備制度理事会(http://www.federalreserve.gov/)

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企業の個人情報漏洩リスク

明治大学 中林ゼミナール

加藤潤 今野耀介 今野佑一郎 神戸湧希

要旨

2011 年現在、個人情報漏洩に関する事件や事故が多発している。個人情報漏洩は、企業の経営

者や組織の責任者が認知すべきリスクのひとつといえる。本稿では、 初に個人情報漏洩の現状に

ついて述べ、個人情報漏洩リスクとそれへのリスクマネジメントを紹介する。新たな情報機器が情報

化の進展により登場し、新たな情報漏洩の可能性が生まれたことを踏まえ、スマートフォンを例に、そ

こに潜む情報漏洩リスクへの対策の方向性を示す。

キーワード : 個人情報漏洩 情報化 リスクマネジメント 個人情報漏洩保険 スマートフォン 1 個人情報漏洩の現状

情報通信技術の急速な進展により、コンピュータやインターネットなどの情報技術が社会に急速に浸透

するに伴い、企業の保有する個人情報の社外流出事件等が増加し、個人情報に対する一般人の不安が

高まってきたということなどを要因にして個人情報保護法が施行された。2005 年に施行された同法は今

年(2012 年)で施行7 年目を迎えるが、現在の個人情報漏洩問題に何らかの改善は見られたのだろうか。

現実は、企業が公表する個人情報漏洩の件数はむしろ増えている。これは、実際に漏洩の件数が多くな

っているということよりも、企業が積極的に個人情報漏洩事件・事故を公表するようになったというのに起

因している。以前では公表するまでもなかった小規模な漏洩でも積極的に公表するようになったのである。

この点では、個人情報保護法の制定の意味はあったといえる。 また、何故企業が持つ個人情報が漏洩してしまうのだろうか。その主な原因は何にあるのか。2010年に

起きた個人情報漏洩では、「管理ミス」、「誤操作」、「紛失・置き忘れ」などのような人的ミスによる割合が非

常に大きく、漏洩原因の全体の約 8 割1を占めた。このような原因は、個人情報を管理する者の意識低下

に結びつけることができる。特に「管理ミス」は、漏洩件数とともに1件当たりの被害人数も多く、2005年か

ら増加傾向にあるため、「管理ミス」への対策は重要であり、今後も注視していかなければいけない。また、

2011 年に世間を騒がせた「不正アクセス」や、「内部犯罪・内部不正行為」、「目的外使用」などのような当

事者に悪意のある原因は、漏洩件数は低いが、1 件当たりの被害人数が非常に大規模になるため、件数

が少ないといっても決して無視することはできない。 2 個人情報漏洩による様々なリスク

企業の業務・サービスが情報化され利便性は確かに高まった。しかし、それと同時に情報漏洩リスクも

高まることになった。利便性と情報漏洩リスクはトレードオフの関係にあるといえる。利便性を高めようとす

ると情報漏洩リスクが上昇してしまう。しかし、あまりに情報漏洩リスクを恐れ、リスクを抑えたいと躍起にな

ると、企業の業務効率が下がり、顧客へのサービスで十分な利便性を提供できなくなってしまう。このよう

な情報漏洩リスクはほとんどの企業が認知すべきリスクの 1 つである。ここから、個人情報漏洩リスクを法

的リスク・経営リスクという大きく 2 つに分けて説明していく。 個人情報漏洩による法的リスクには、主に個人情報保護法違反による刑事罰と民事上の損害賠償があ

る。個人情報保護法では、5000 件以上の個人情報を取り扱う企業や組織を個人情報取扱事業者と呼ん

1 日本ネットワークセキュリティ協会(2011)のデータより

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でいる。個人情報取扱事業者には義務が課されており、この義務に違反すると刑事罰に問われる場合が

ある。刑事罰は「6 か月以下の懲役または 30 万円以下の罰金」となっている。しかし、実際にこの刑事罰

が適用される例は少ない2。次に、民事上の損害賠償だが、こちらはすべての企業が対象となる。個人情

報を漏洩すると漏洩した本人に対して、損害賠償責任を負う。過去の判例では1人当たり数千円から数万

円程度となっている。大規模な漏洩の場合は巨額の賠償になる可能性があるといえる。また、裁判になら

なくても、企業が自主的に慰謝料として商品券を漏洩の被害者に配布するといった例もある。2009 年に

起きた三菱UFJ 証券の個人情報漏洩では、漏洩した 5 万人に対して 1 人当たり 1 万円の商品券を配布

した。これは 5 億円もの規模であり、異例であった。 法的リスクの他にも経営に関わるリスクが存在する。経営リスクは時に法的リスクを上回る。個人情報が

漏洩すると、リスクがこれ以上拡大しないように業務を停止しなければいけなくなる場合が出てくる。また、

漏洩したことによって取引先企業や顧客からの信用の低下、会社法による役員への責任追及、市場での

評価低下による株価の下落など様々なリスクがある。 企業が慎重に個人情報を取り扱っていても、個人情報が漏洩してしまうという場合もある。そのような場

合には、漏洩後の対処が非常に重要となる。どのような種類の個人情報が漏洩したかによってその後の

対応が変わってくるため、事実関係の確認を迅速に行う必要がある。例えば、クレジットカード番号のよう

なリスクの高い個人情報が漏洩した場合と住所氏名のような個人情報が漏洩した場合とでは対応が異な

る。また、漏洩が起きたら情報漏洩を公表し、本人への連絡とお詫びを行い二次被害の防止をする必要

がある。問い合わせ窓口を設置し不安を静めるなど、限界はあっても、善後策の検討や、原因の追及や

社内体制の整備を行い再発防止策の検討も行わなければならない。 3 企業の個人情報漏洩リスクマネジメント 事業活動を行う上で、個人情報は活発に利用され、その重要性・貴重性は高まっているが、近年の情報

機器の発達、普及に伴い、その管理はますます複雑になってきている。そのような中での個人情報保護

法の施行により、顧客情報から社員情報まで、企業の持つあらゆる個人情報の取り扱いに対して、義務が

課せられることとなった。これにより、企業は、法律違反による行政処分といった、新たなリスクを抱えるこ

ととなる。個人情報を取り扱うすべての企業は、自らの事業を継続するために、組織全体としてその対応

が求められる。そこで、ここでは、企業が行うべき個人情報漏洩リスクマネジメントを挙げていく。 (1)PDCA サイクルを利用した情報保護マネジメント

PDCA サイクルとは、典型的なマネジメントサイクルの 1 つで、ここでは、対応策の立案(plan)、対応

策の実施(do)、対応策の検証(check)、対応策の見直しと改善活動(act)のプロセスを順に実施する。

後の act では check の結果から、 初の plan の内容を継続(定着)・修正・破棄のいずれかにして、次回

の plan に結び付ける。このプロセスを繰り返すことによって、より効果的な情報保護が推進される。また、

事業者はこれらの対応策の中において個人情報保護を遵守するためのコンプライアンス体制を整備し、

全体に及ぼしていくことが必要とされる。 (2)プライバシーマーク等の認証取得

プライバシーマーク制度とは、一般財団法人日本情報経済社会推進協会が「JIS Q 15001」に適合し

て、個人情報について適切な保護措置を講ずる体制を整備している事業者等を認定し、その旨を示すプ

ライバシーマーク(図表 1 参照)を付与し、事業活動に関してその使用を認める制度のことである。その目

的は、個人情報の本人の信頼を得ること等にあり、事業者にとっては取得時にコストがかかるが、この認

証取得によって、個人情報保護の積極的な保護をしているということを示すことができる。また、「個人情

報漏洩保険」加入の際の保険料割引制度の適用が可能になる。この保険及び制度についての詳細は、

2 主務大臣による勧告に従えば罰則が適用されないためである。

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これ以降で述べる。

図表1 プライバシーマーク

出所:一般財団法人日本情報経済社会推進協会

(3)インシデントの克服による個人情報漏洩リスクマネジメント

アクシデントに至らない、危険な状況をインシデントという。ヒヤリとしたりハッとした経験、つまりヒヤリ・

ハットという言葉がまさにこのことであり、1件の重大事故(アクシデント)の背景には多くのインシデントがあ

り、このインシデントを事例として分析し、上(幹部)からではなく下(現場)からの改善対策が漏洩防止に効

果的である。 (4)リスクマネジメント手法としての個人情報漏洩保険 (a)個人情報漏洩保険とは

個人情報を 1 件でも漏洩させると、企業は事後対応をせまられる。対応を誤ると、企業イメージ

の低下や、取引先からの取引停止などにもつながりかねない。さらに、当事者である事業者は、被

害者から慰謝料などの損害賠償金の支払いを余儀なくされる可能性もある。個人情報漏洩保険は、

こうした事業者が負担する損害賠償金や信頼回復のためなどの各種費用を補償することにより、事

業活動を支援するものである。 (b)各社の名称例 2004 年 3 月に損害保険ジャパンが発表した「個人情報取扱事業者保険」を皮切りに,現在、損保

各社が個人情報漏洩に対応した賠償責任保険を販売している。ここでは便宜的に AIU 保険会社が

販売する「個人情報漏洩保険」を用いるが、その名称は各社で異なり、主な保険会社が販売するも

ので、以下のような名称となっている。 ・個人情報漏洩保険 (AIU 保険会社) ・個人情報漏えい対応保険 (日本興亜損保保険株式会社) ・個人情報漏えい保険 (東京海上日動火災保険会社) ・個人情報取扱事業者保険 (株式会社損保ジャパン) ・個人情報プロテクター (三井住友海上火災保険株式会社) ・情報漏えい補償保険 (ニッセイ同和損害保険株式会社) (c)個人情報漏洩保険の概要

個人情報漏洩保険の補償内容は、一般的に、賠償責任部分と費用損害部分の二部構成となって

いる。賠償責任部分とは、他人から訴えられた場合に生じる損害、すなわち、偶然の事由により個人

情報が漏洩したこと、またその恐れがあることに起因し、保険期間中に損害賠償請求がなされたこと

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による、損害賠償金と訴訟費用などの損害に対しての補償である。次に、費用部分とは、個人情報

漏洩が発生した際の対応に必要となる費用である。すなわち、マスコミ対応費用、広告費用、コンサ

ルティング費用、調査費用、見舞費用など、多岐にわたる。 (d)保険料の算定方法と保険料例

個人情報の所有について、各事業者で情報所有量や管理体制は大きく異なっている。図表 2 は業種

別の保険料例であるが、各業種によって保険料に差があることが見てとれる。

図表 2 個人情報漏洩保険の業種別保険料例

出所:三井住友海上「個人情報プロテクター」

保険料の算定の際には、各事業者の①年間売上高、②業種、③情報管理状況等を加味して算定され

る。情報管理状況については各社所定のチェックリスト形式の「申告書」や「質問書」と呼ばれる用紙への

記入によって勘案される。尚、質問事項の1つには、プライバシーマークなどの認証取得の有無を確認

する欄が設けられており、これらの認証取得により、各社で 30%程度の保険料割引が可能となる。 (e)個人情報漏洩保険の限界

この保険の具体的な補償内容は前述の通りだが、情報漏洩のリスクのすべてを補償するものではない。

補償の対象とならない情報例は東京海上日動火災保険の商品の例として以下のようなものがある。 ・日本国外のサーバーに記録されている個人に関する情報 ・特定の個人を識別できないメールアドレス ・アンケート集計結果をもとに作成された統計的な情報等

このように、特定の個人を識別できないメールアドレスや日本国外に所在(記録媒体の所在による判断)する情報は個人情報とみなされず、補償の対象外となっている。また、免責事項が多く、例えば、契約企

業の故意による漏洩だけでなく,個人情報保護法に著しく違反する行為や管理体制が原因となった漏洩

事故も免責となりうるということである。このように、個人情報漏洩保険には補償の限界があるということも留

意すべきである。 (f)個人情報漏洩保険の社会的役割と課題 個人情報漏洩保険には、プライバシーマークなどの認証を受けた企業の保険料を割引するといった制

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度がある。また、本保険は簡易リスク診断書の作成など危機管理についての調査を実施しているところも

ある。簡易リスク診断書とは、各社がリスクコンサルティングサービスの 1 つとして実施しているもので、各

保険会社による加入事業者への調査に基づきリスク診断を行い、図表 3 に示すような「リスク評価報告書」

を作成し、各事業者に提供するサービスである。このサービスによって、各事業者は情報管理の不足事

項を確認することができ、一層の管理強化に努めることができるだろう。

図表3 リスク評価報告書の一例

出所:三井住友海上「個人情報プロテクター」での「簡易リスク診断書」例

これらのサービスの推進によって情報漏洩の防止、軽減が期待できるため、保険会社や事業者はこれ

らをうまく活用、推進していくことが重要である。 5 新たな情報漏洩の可能性~スマートフォンを例に~

本章では、企業が今後直面する可能性がある情報漏洩について述べていく。近年は情報技術の発展

が著しく、スマートフォンをはじめとした携帯電話端末が個人にも企業にも普及している。こうした新たな

媒介から情報漏洩の可能性があることを示し、企業がスマートフォンを導入する際の対策について述べ

ていく。 (1)スマートフォンの普及拡大

近年ではスマートフォンをはじめとした携帯電話端末の発展に伴い、国内でのスマートフォン市場が拡

大していき、企業への導入も進んできている。図表 4 で示されるように年平均 33%のペースで成長して

おり、今後ますます拡大されると予想される。また、図表5 から、スマートフォン導入率は 1 年前よりも上昇

し、導入予定または検討中の企業も増加し、さらに普及拡大する見込みであることが読み取れる。こうした

スマートフォンを導入するにあたり、企業は主にコスト削減、業務効率化に期待している。しかし、スマート

フォンによる利便性の向上は同時にリスクの増加の可能性があるのではないかと考えた。

(2)スマートフォンとは そもそもスマートフォンとはどういったものなのか。スマートフォンとは通話機能を主体とした従来の携帯

電話に、様々な付加機能が搭載され、多くのアプリケーションが利用可能であり、また、クラウドサービスと

の連携が可能になったことで、利便性が向上した携帯端末である。従来の PC 向けとして開発された OSがスマートフォンのプラットフォームとして採用されるようになってきた結果、スマートフォンで現実にでき

ることと、PC で現実にできることとの差は急速に埋まりつつある。PC と比較して、スマートフォンは優れた

携帯性を有していることから、PC でできなかったことを補完するデバイスとしての地位を確立しつつあ

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る。 図表 4 企業のスマートフォン導入台数の推移と今後の見通し(2010 年 8 月時点での推計)

出所:「日本スマートフォン市場分析2010」 株式会社ROA Group

図表5 企業のスマートフォン導入状況

出所:「企業のスマートフォン、タブレット型端末利用状況調査」ジーエフケー マーケティングサービス ジャパン株式会社

2011 年11 月15 日

(3)企業がスマートフォンに期待すること

図表6 で示されるように、企業はスマートフォンの導入にあたり導入前に具体的に期待していることは、

「外出先でのメール受信」、「資料確認による業務効率化」、「従業員のモチベーション上昇」が上位を占

めている。また、導入後の効果は、上位2項は期待値から2割程度下回るものの、「従業員のモチベーシ

ョン上昇」では期待値からの乖離が 1 割未満となっており、スマートフォン導入の期待と効果その差は 2割程度と概ね期待通りだったことがわかる。しかし、スマートフォンには多くの問題がある。

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図表6 企業のスマートフォン端末導入の期待と効果(2011 年 6 月時点)

出所:「法人のスマートフォン端末・タブレット端末導入に関する調査」株式会社楽天リサーチ

(4)スマートフォンの問題点 スマートフォンの普及が、組織の情報セキュリティマネジメントに及ぼす も重大な影響は、使用者が

個々のセキュリティリテラシーへの依存度を高めざるを得ないことである。また、スマートフォンは個人所

有のものが企業導入よりも先行した背景から、個人所有のスマートフォンの業務持ち込みを禁止しても、

社内統制が利かないと予想される。そのため、これまで一般企業が目指すセキュリティポリシーをそのま

ま当てはめようとすると、本体企業がスマートフォンに期待する生産性向上や機動力、携帯性を著しく損

なう結果が見えてくる。また、スマートフォンには以下の 5 点の問題があると考えられる。 1. PC で適用される従来のセキュリティ対策をスマートフォンに適用するのが困難な場合があること 2. 企業が過度な対策や適切ではない対策を講じることにより、期待していた利便性を損なう場合がある

こと 3. リスクを可視化しても、全てのリスクを低減することは困難である。そのため対策の順位付けをし、リス

クに対しての対策をしなければならないこと 4. リスクの多様化や変化のスピードが速まることによりシステムでの対策が困難にあった。そのため企

業は情報リテラシーの向上を努めなければならないこと 5. 優れた携帯性から盗難・紛失のリスクがあること

企業はスマートフォン導入にあたり、これらの問題に対処しなければならない。何の対策もなしに導入

をした場合は情報漏洩のリスク危険性が非常に高まる。企業の責任者は情報漏洩を大きなリスクとして認

識しておかなければならない。 (4) 後に

企業はスマートフォンの有効活用により生産性の向上、機動性、コスト削減などさまざまな利点がある。

しかし、企業はスマートフォンを導入するにあたり、さまざまな視点からの利用者の課題をもとに、自社の

IT 環境、利用シーン、扱う情報を精査しながら、優先すべき対策、受容すべきリスクを的確に見極めなけ

ればならないだろう。

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4 まとめと課題 個人情報保護法が施行されて 6 年が経過した 2011 年の時点でも、個人情報漏洩はなお発生し続けて

おり、発生による損害賠償額は巨額になる場合も多く、企業にとって、事業継続上の避けられないリスクの

一つだといえる。また、情報漏洩の発生によって法的リスクや、経営リスクなど、さまざまなリスクを伴うこと

になる。リスクマネジメントの一手法として、個人情報漏洩保険を紹介したが、これはこれら情報漏洩リスク

の全てが保障されるわけではない。また、個人情報保護法が制定された 2005 年当時に比べ、 近では

ますますの情報化の発展、更にはスマートフォンをはじめとした新たな情報機器の登場により個人情報漏

洩リスクはますます増大し、複雑化してきている。スマートフォンの普及率は急激な上昇を見せ、業務に

導入する企業は、今後ますます増加することが予想される。このような業務の情報技術化が進む企業に

おいては、大量漏洩のリスクは高まるばかりであり、有効な対策が求められる。個人情報漏洩を防ぐ方法

には従業員の意識を高めるといった心理的な側面と情報へのアクセスや社外持ち出しを制限したり、テク

ノロジーの面でセキュリティを強化する物理的な側面とがあるが、優れた携帯性を有しているスマートフォ

ンに関しては、持ち出しを制限することは困難である。そこで、企業全体で個人情報の管理に対し、従来

とは異なる危険性(優れた携帯性、大量の情報所有が可能)を想定し、企業戦略やテクノロジーの面にお

いて対策していく必要があるだろう。以下に、社内における戦略や社員への情報リテラシー教育などを行

う心理的側面と、スマートフォン自体の技術的なセキュリティ対策を行う物理的側面とで、有効な対応策を

示す。

心理的側面-社内からの意識改革 ① モバイルセキュリティについて、成功率の高い企業戦略を構築

⇒組織内のどこで使われているかの確認、どのような情報が保存されているかの分類分けによ

るリスクレベルの確認 ② 個人の責任について従業員に啓蒙

⇒従業員の責任を明白に規定するポリシーの作成 ③ 脅威やモバイルデバイスの企業セキュリティポリシーについて、従業員の意識の向上

⇒従業員への啓発トレーニングの実施 物理的側面-セキュリティ技術の活用による情報漏洩リスクの軽減 ① 安全性の高いパスワードの使用

⇒ 長く複雑、多様なものに。定期的な変更が重要 ② 悪意あるアプリケーションの不使用

⇒ 悪質コードによるデータ漏洩防止 ③ 修正プログラムの適用

⇒常に新しいプログラムで、モバイルデバイスを保護 ④ リモートからの情報消去システムの使用

⇒例えば、iPhone では「MobileMe」などによる遠隔操作での情報消去やロック、また、トラッキ

ングアプリケーションの使用によるデバイスの位置の特定。ラップトップでは、富士通「CLEARSURE」(富士通のノート PC のリモート情報消去・ロック機能)など

心理的側面においては、②のように大量の個人情報を持ち歩いているという意識を従業員に自覚

させ、その責任を明白にしておく必要がある。しかし、人間は注意していても必ず間違いを起こして

しまうものである。その中で、少しでも漏洩を防いでいくためには、やはり実際の業務の中でトレーニ

ングして慣れていくということが も有効なのではないだろうか。それが③の啓発トレーニングであり、

これは先に述べたヒヤリ・ハットを事例として分析するということにも通じる。例えば政府は、政府職員

を対象に、事前に不審なメールに注意するよう喚起した上で、時期を知らせないまま模擬メールを

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送り付けるというサイバー攻撃訓練を行っているという。このような訓練を通して従業員の意識を高め

ていくことも、トレーニングの一つとして非常に有効だろう。また、情報漏洩の原因における盗難・紛

失の比率は例年高い割合になっている。そこで、物理的側面においては、特に④のリモートからの

情報消去・ロックするシステムは非常に効果的な対策といえるのではないだろうか。このようなシステ

ムを社内全体のモバイルデバイスに適用させられれば、盗難・紛失による情報漏洩リスクを大幅に

低減することができ、 低限の損害に抑えることが可能になるだろう。 情報漏洩は、企業にとって、完全に無くすことはできないリスクである。しかし、有効な対策を行う

ことによって、 低限に抑えることは可能である。企業は、常に新たな情報漏洩リスクの存在を認識

し、情報を取り入れ、その防止に努めていく必要があるだろう。 参考文献 ・赤堀勝彦(2008),「個人情報保護法制のもとにおける企業の個人情報漏洩リスクとリスクマネジメント」『神

戸学院法学』37(3/4) ・牧野二郎(2005),『個人情報はこう変わる』岩波書店 138 ・橋本淳司(2006),『小さな会社は「個人情報保護法」にどう立ち向かったか』PHP 研究所 ・赤堀勝彦(2010),『企業の法的リスクマネジメント』法律文化社 77-81,87,93-94 ・藤谷護人(2004),『個人情報保護法対策 30 の鉄則』メディアセレクト ・渡辺喬一(2004),『個人情報保護法のしくみと実務対策』日本実業出版社 ・日立ソフトウェアエンジニアリング、グローバルセキュリティエキスパート(2008),『情報セキュリティガバナ

ンス 情報漏えい対策と内部統制』生産性出版 ・弁護士法人クレア法律事務所(2010),『会社の個人情報対策のことならこの 1 冊』自由国民社 ・酒巻久、キャノン電子情報セキュリティ研究所(2006),『 新情報漏えい防止マニュアル』ASCⅡ 参考 URL ・http://privacymark.jp/privacy_mark/about/outline_and_purpose.html(情報 終確認日:2012 年

1 月 27 日) ・http://www.tokiomarine-nichido.co.jp/hojin/baiseki/roei/index.html(情報 終確認日:2012 年 1月 27 日) ・http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NIP/NIPCOLUMN/20050414/159235/(情報 終確認日:2012 年

1 月 27 日) ・http://financial-asso.com/sonp-kojinjoho.html(情報 終確認日:2012 年 1 月 27日) ・http://www.ms-ins.com/houjin/product/pd-protector/hokenryou.html(情報 終確認日:2012 年 1月 27 日) ・http://www.ms-ins.com/houjin/product/lineup/pdf/pd-protector.pdf#search='個人情報プロテクタ

ー'(情報 終確認日:2012 年 1 月 27 日) ・http://scan.netsecurity.ne.jp/article/2011/10/04/27384.html(情報 終確認日:2012 年 1 月 27 日) ・http://www.sophos.com/ja-jp/security-news-trends/security-trends/7-tips-for-securing-mobile-workers.aspx(情報 終確認日:2012 年 1 月 27 日) ・http://www.sophos.com/medialibrary/Gated%20Assets/white%20papers/sophosseventipstosecuringmobileworkerswpna.pdf(情報 終確認日:2012 年 1 月 27 日) ・http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120119/plc12011919560016-n1.htm(情報 終確認日:

2012 年 1 月 27 日)

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望ましい年金制度の構築

~持続可能性を高めるために~

山口大学 石田成則ゼミナール 1 班

小栗伸介 片山真吾 重本慎平 松下昴平 山田惣一朗

要旨 日本の現行の公的年金制度には、人口動態的リスクや経済社会的リスクの影響により、様々な問題

が浮上している。このように問題が山積みになっているが、現行の年金制度を維持していくことはで

きるのだろうか。ここでは多々ある問題の中でも給付と負担の世代間格差、デフレ経済下でのマクロ

経済スライドに焦点を当てる。その上、賦課方式と積立方式の財政方式を比較し、併せて諸外国の年

金制度を参考にし、わが国の年金政策の提言を行う。 キーワード ・世代間格差 ・マクロ経済スライド ・財政方式 ・私的年金

1 公的年金制度の現状 1-1 給付と負担の関係

現行の公的年金制度はどのような仕組みなのだろうか。まず、給付と負担の関係について見ていく。現

在の国民年金保険料は、月額15,020 円(平成23 年度現在)であるが、2017 年には 16,900 円に固定さ

れる。単純計算すると、新規納付者は 40 年で約 804 万円納めることとなる。

表 1※1 (万円)

厚生年金 国民年金

2010 年時

保険料負

担 年金

給付額 倍率

保険料負

担 年金

給付額 倍率

65 歳 1000 4800 4.7 400 1300 3.4 60 歳 1200 4700 3.9 500 1300 2.7 50 歳 1800 5100 2.9 700 1400 1.9 40 歳 2400 5900 2.5 1000 1500 1.6 30 歳 3000 7000 2.3 1200 1800 1.5 20 歳 3600 8300 2.3 1400 2200 1.5 10 歳 4200 9700 2.3 1700 2500 1.5 0 歳 4900 11200 2.3 1900 2900 1.5

出所:厚生労働省 第15 回社会保障審議会年金部会資料 これに対し給付額は 65 歳から 83 歳(男女の平均寿命の平均)までで約 1,420 万受け取れる。これは

保険料を満額支払った場合、約 1.7 倍の給付を受けられるということだ。しかし支給開始年齢はいずれ引

き上げられると言われている。仮に支給開始年齢が 70 歳まで引き上げられると、給付期間が縮まる分給

付総額は下がり、負担額の約 1.27 倍の給付となってしまう。また、厚生年金は所得比例となるため、所得

に応じ負担額と給付額は異なるが、妻が専業主婦で夫が第 2 号被保険者のモデル世帯で給付額は月額

約 23 万である。

※1 物価は 2009 年時に換算し、保険料額、給付額はその年齢の人が 65 歳になった際の数値に試算している。労働者の平

均賃金は年々上昇していることが前提となっている。

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表 1 は妻が専業主婦のモデル世帯の夫婦の世代別にみた給付額と負担額の関係について示してい

る。2010 年に 20 歳になった者は、厚生年金では保険料負担額に対して 2.3 倍の給付、国民年金では

1.5倍の給付を受け取ることができる。それに対して、65歳の者は厚生年金では4.7倍の給付、国民年金

では 3.4 倍の給付となっており、若年層と比較すると多くの給付を受け取っていることが見て取れる。 このように若年層と老年層といった世代別に見たときに大きな格差が生じている。これを公的年金にお

ける世代間格差という。20 歳の者は総負担額と同等の給付を受け取るまでに約 10 年かかるが、高齢者

の場合、たった数年しかかからない。表1の物価は2009年に換算しているため、昔と今で保険料や賃金

に違いはあるかもしれないが、それでも少子高齢化による公的年金の世代間格差は大きいのではないか

と言えるであろう。

1-2 マクロ経済スライド

図 1※2

国民年金の年金額は、毎年度物価・賃金変動に応じて自動改変する仕組みとなっている。具体的には、

賃金上昇率が物価上昇率を上回る場合、 ① 新規裁定者(年金を受給し始める者)の年金額は、賃金変動率により改定 ② 既裁定者(年金を受給している者)の年金額は、物価変動率により改定 ただし、賃金の伸びが物価の伸びを下回る場合は、現役世代の負担との公平の観点から、新規裁定者と

既裁定者の改定の特例が設けられている。例えば、双方の変動率がマイナスである場合には、新規裁定

者、既裁定者ともに物価スライドに応じて改定される。 マクロ経済スライドとは物価、賃金上昇の際に、年金額の上昇幅を抑制する仕組みである。具体的には、

※2上の図:ある程度賃金・物価が上昇した場合 左下の図:賃金・物価の上昇率が小さい場合

右下の図:賃金・物価が下落した場合

出所:第3回社会保障審議会年金部会 資料2 6頁

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5年に一度の財政検証の際、概ね100年間の財政均衡期間の終了時に、年金の支給に支障のない程度

の積立金(給付費 1 年分)を保有することができるように、年金額の伸びの調整を行う期間を設定する。労

働力人口減少(0.6%)及び平均余命の伸び(0.3%)に応じた率(=0.9%)を毎年の年金額のスライド率か

ら控除することで、物価や賃金による年金の上昇を抑え、給付水準を抑制する。スライド調整率は、2004年改正時にマクロ経済スライドが導入された際、調整期間(約 20 年)の平均値として 0.9%の値が示され

た。 マクロ経済スライドの仕組みについて述べていこう。現行制度では、スライドの自動調整は「名目下限

額※3」を下回らない範囲で行い、以下の 3 つのパターンに分けられる。 ① 賃金や物価がある程度の上昇局面にある場合、スライドの自動調整が完全適用され給付の伸び

が抑制される。年金額改定率はスライド調整率分の調整が行われる。 ② 賃金や物価の伸びが小さく、スライドの自動調整を完全適用すると名目額より下がる場合には、名

目額を下限とする。改定率へのスライド調整の効果が限定的となる。 ③ 賃金や物価の伸びがマイナスの場合には、賃金・物価の下落率分は年金額を引き下げるが、そ

れ以上の引き下げは行わない。つまり、スライド調整の効果はなくなる。 1-3 デフレ経済下でのマクロ経済スライド

マクロ経済スライドの問題は、デフレ経済下では発動しないことである。マクロ経済スライドを発動しな

いことの理由としては、特例水準が解消されていないこと、名目下限額があることが挙げられる。これまで

にも述べてきたように、年金額は物価により変動していく。特例水準とは、物価が下落したときに年金額を

下げず、据え置いたことにより生じた本来水準との差を示す。そもそも何故、特例水準が生じてしまったの

だろうか。 平成 11~13 年に物価が下落した際、本来であれば、平成 12~14 年度の年金額は 3 年間の累計で

1.7%の引き下げとなるところ、政府は当時の厳しい社会情勢のもとにおける年金受給者の生活の状況に

かんがみ、特例的に年金額を据え置く措置を講じた。この特例水準を解消しなければ、マクロ経済スライ

ドは発動することができない取り決めとなっている。平成 16 年改正において、賃金・物価の上昇に伴って

特例水準を解消する措置を講じたものの、平成 20 年秋のアメリカのリーマンショックの影響等もあり、賃

金・物価の下落傾向が続いていることにより、本来水準と特例水準との差は縮まらず、平成 23 年度では

両者の差は 2.5%に拡大している。この特例水準を解消し、名目下限額を撤廃しないことには、現状のま

まではマクロ経済スライドがデフレ経済下で発動することはないだろう。

2 諸外国の年金制度 2-1 日本の年金制度 日本の年金制度は、20 歳以上の全国民が公的年金により老後生活が保障される国民皆年金である。

公的年金制度の1階部分である国民年金で賦課方式を採用している日本では、世代間扶養を目的として

おり、原則強制加入となっている。また、自営業者や学生などは国民年金(基礎年金)、被用者とその配

偶者は厚生年金、公務員等は共済年金といったように職業によって加入する年金制度が分かれている。

財政方式としては、国民年金(基礎年金)は賦課方式、厚生年金・共済年金は修正積立方式を採用してい

る。ここでの修正積立方式とは、引退世代への給付についてはその時の現役世代から徴収した保険料で

賄う世代間扶養を基本原則にしつつも、年金制度が成熟化、つまり引退世代の人口の比率が高まったの

ち高位安定する以前に徴収する保険料の中の一部を将来の給付原資として積み立てておき、年金制度

が成熟化した際に、引退世代に対する給付の一部をその積立金の運用収入で賄う仕組みである。また、

※3名目下限額については、平成16年度改正における議論の中で、現役世代の保険料負担能力とのバランスや給付水準の

調整が高齢者の生活に与える影響、年金額を物価・賃金以外の要素で名目額以上に引き下げることについての憲法の財産

権との関係等を勘定し、導入されたもの。

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先に述べたように受給開始時の年金額の算定は手取り賃金スライド、受給開始後は物価スライドが基本と

なる。しかし、平成16 年の年金改正時に、現役世代の人口の減少及び平均余命の伸びを減じるマクロ経

済スライドが導入された。 この賦課方式の長所としては、①経済成長が続き、人口構造が若い場合には高齢者の貧困比率が下

がる、②ハンドリングコスト※4が低いこと等が挙げられる。①については、現在の日本の経済状況や人口

動態には当てはまらないが、一般的な賦課方式に適した条件として挙げている。また、短所としては、①

少子高齢化により世代間格差が生まれる、②経済成長が滞れば深刻な財政問題が生じ、年金制度の持

続が困難になる、③拠出と給付の関係が不明確である(積立方式と比較した場合)といったこと等が挙げ

られる。 2-2 チリ・アルゼンチンの年金制度 ここからは海外の年金制度を見ていく。まず、チリでは賦課方式に基づく給付建ての制度を採用してい

たが、1981 年に公的年金制度を抜本的に再編成した。それまでの賦課方式制度を廃止し、完全積立年

金への強制加入型年金を採用した。すべて民間で管理・運営し、政府は民間年金に対して 小限の規

制と監視を主な役割としている。また、民間年金による給付が 低保障額に達しなかった場合には、その

差額を政府が補填することとなり、掛金(給与の 10%)に関しては全額従業員本人が拠出する。本制度で

は事業主が従来負担していた拠出はなくなるが、代わりに給付を17%引き上げる仕組みとなる。この結果、

従業員の手取り賃金は不変に留まる。チリでは、年金受給者は受給方法を終身年金か有期年金かを選

択できる。終身年金では年金受給開始後早くに亡くなると少ない年金しか受け取ることができない。一方

で、有期年金とは死亡保障よりも生存中の年金の充実を求めるものである。また、チリでは年金国債が発

行された。年金国債とは、制度切り替え時点で年金開始年齢に達していなかった中年層や若年層には旧

制度下の拠出分に伴う年金受給権が年金国債という形で発行されるものである。また 低保障として拠出

期間が 20 年以上の者には 低水準の年金給付が政府保証によって支払われることとなっている。 アルゼンチンでは混合方式として賦課方式と民間積立方式の両立の形を採用し、全労働者は賦課方式

の公的な共通基礎年金と補償年金に加入することとなる。また、2 階部分を公的年金か民間積立年金か

選択できるのが特色である。民間積立年金の拠出金は労働者が賃金の 16%、使用者が賃金の 11%とな

る。この16%は年金基金運用会社の個人口座に積み立てられ、11%は賦課方式の財源となる。受給には

計画年金と終身年金があり、計画年金とは年金基金運用会社が直接支給する方法で、個人積立金を平

均寿命で割ったものが支給される。この場合、平均寿命より早く本人が死亡しても残余はその相続人が受

給できるが、平均寿命を超過した場合には、給付額は減額され長寿者に不利となっている。終身保険と

は保険会社と契約して支給され、死亡者の残余積立金が生存者に分配される仕組みである。 チリ・アルゼンチンの年金制度から読み取れる積立方式の長所としては、①世代間扶養を目的としてい

ないため、世代間の格差が生じない、②自身の年金を自分で積み立てるため、制度の透明度が高くなる、

③日本のように第 2 号被保険者から第 1 号被保険者年金へ、第 2 号被保険者から第 3 号被保険者への

移動の際、生じてしまう記録の問題といった移動問題がなくなる等が挙げられる。その一方で、①年金制

度への加入率の低下、②全般的にハンドリングコストが高い、③市場運用リスクの存在、④賦課方式から

積立方式への制度移行に伴う潜在的コストとして財政負担等といった短所がある。 2-3 スウェーデン・ドイツの年金制度 後にスウェーデン・ドイツの年金制度について見ていく。スウェーデンの年金制度は概念上の拠出建

て(社会保険方式+賦課方式)と純粋な拠出建て(社会保険方式+積立方式)によって運用されている。

また、所得比例年金を採用していることから、無年金者・低年金者が生じる可能性があるが、対策として

低保証年金を設け、それを税財源で運用している。スウェーデンの年金制度の特色には以下の点が挙

※4 ハンドリングコストとは年金を管理するための行政管理費用のことである。

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げられる。 A. 賦課方式+積立方式で運用することにより、世代間負担の不公平の緩和を図っている。 B. 賦課方式の財政を維持しつつ、個人勘定を設けることによって、個人の現役時代の保険料負担に見

合った年金を給付する「自動均衡メカニズム※5」を導入している。 C. 低年金に陥った際に年金制度への信頼を損なうことがないように、「 低保証年金」を導入している。

65 歳から支給され、25 歳以降の居住期間が 40 年の場合に満額となる。 D. 被保険者自身の年金情報を提供することによって、給付と負担の関係を明確化している。

「自動均衡メカニズム」とは、保険料資産と積立金が年金債務と均衡しているかを確認するシステムで

ある。毎年末に年金資産と年金債務のバランスを検証し、資産より債務が大きい場合は自動的に年金額

を削減するシステムで、簡単に言えば年金における収支の関係を確認するシステムである。このメカニズ

ムは収支を合わせているので、年金制度に持続性がもたらされる。その一方で給付削減は免れないとい

う欠点もある。 次にドイツでは、給付建ての賦課方式制度が社会保険方式で運用されている。政府により個人年金と

企業年金が奨励されているため、実質的に賦課方式+積立方式の形となる。スウェーデンと類似した形

を採っているが、ドイツでは公的年金が賦課方式、私的年金が積立方式により運用している。このように

私的年金を強化・奨励していることから公的年金の持続的な運営が実現する。また、企業年金としてリー

スター年金とリュールップ年金が導入されている。両制度の相違点は、拠出限度額の有無や政府奨励の

内容等に見られる。 リースター年金には、公的年金の給付水準の引き下げ分を補完する役割があり、助成金(基礎助成金・

児童助成金)または税控除(保険料の所得控除)といった政府奨励の措置がある。この政府奨励は低所得

者や子どもの人数が多いほど援助が手厚くなる。また、リュールップ年金とは、主に自営業者を対象にし

た制度で、退職後のための貯蓄を奨励することを目的としている。税控除(保険料の所得控除)という政府

奨励があり、拠出限度額はない。この制度はリースター年金の対象除外者を対象とした税制優遇年金とな

っている。 3 日本に望ましい年金制度 3-1 各財政方式に適した条件

表 2 各財政方式に適した条件 賦課方式 積立方式

◇ 経済成長が期待できる ◇ 人口構造が若く、高齢化リスクが比較的

小さい ◇ 人口が増加傾向である

運用利回りが経済成長率を上回る 人口構造が比較的若く、将来高齢化が

見込まれる 移行コストを賄うことができる財政的余

先に説明した諸外国の財政方式の例から、賦課方式や積立方式をうまく運用していくための条件を見

ていく。まず、賦課方式は、①経済成長が期待できること、②人口構造が若く、高齢化リスクが比較的小さ

いこと、③人口が増加傾向にあること、が財政的な面から年金制度を運用していく上で適した条件である

と考えられる。また、積立方式では、①運用利回りが経済成長率(生物学的利子率)を上回っていること、

②人口構造が比較的若く、将来高齢化が見込まれていること、③チリ、アルゼンチンの例から、賦課方式

から積立方式へ切り替える場には、その際の移行コストを賄うことができるほどの財政的余裕があること、

※5 保険料率を固定して、その範囲内で給付を行うこととし、給付額が自動的に調整される

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といったことが挙げられる。このように賦課方式と積立方式の適した条件を述べていくと、日本にはどのよ

うな財政方式が適しているのであろうか。そのためにはまず、日本の人口動態や経済状況について知る

ことが必要となってくるだろう。 3-2 日本に適した年金制度

図 2 日本の実質経済成長率の推移

出所:IMF-World Economic Outlook(2011 年9 月版)

図 3 日本の人口ピラミッド 左:2010 年 10/1 右:2055 年推定 (1,000 人)

出所:総務省「平成22 年国勢調査抽出速報集計結果」 出所:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」

日本の経済成長率は図 3 を見てもわかるようにリーマンショックの影響等により急激に低下したり、浮き

沈みはあるものの持続的な経済成長は見込まれず、低迷していると言えるだろう。また、日本の高齢化率

は、1950 年には 4.9%だったが 2010 年には 23.1%とこの 60 年の間に大きく伸びてしまった。さらに約

50 年後である 2055 年には高齢化率は 40%を超え、2.5 人に 1 人が 65 歳以上の高齢者となると推定さ

れている。図4の人口ピラミッドを見ても、2010年から2055年の推移から高齢化率が年々上昇傾向にあ

ることが分かる。 このような日本の状況を見ると、日本は賦課方式と積立方式どちらか一方だけで年金制度の運営を維

持していくのは難しいであろうと考えられる。また、賦課方式と積立方式にはそれぞれ様々なメリット・デメ

リットがあるが、スウェーデンやドイツの例からわかるように、両方式を組み合わせた併用方式により、それ

ぞれのメリットを生かしつつ、デメリットは小さくすることができる。よって、日本には賦課方式と積立方式の

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両方を適切に組み合わせた年金制度が必要となってくるのではないだろうか。 しかし、この併用方式も今後少子高齢化が進んでいけば、いずれ破綻してしまうだろう。よって公的年

金制度を維持するには、長期的な少子高齢化対策を講じることが も重要で、現時点の日本には長期間

に渡って持続可能性のある機能を持つ年金制度が望ましいだろう。 4 持続性を高める機能 4-1 給付調整メカニズム 持続可能性を高めるためには、移民を受け入れ労働力人口を増加、定年の引上げ、給付水準の見直し

等様々な措置が考えられるが、ここでは給付調整メカニズムの適用、公的年金のスリム化、特に給付水準

の抑制、そして私的年金の奨励に焦点を当てて考えていく。 スウェーデンで導入されている自動均衡メカニズムは、毎年末に年金資金と債務のバランスを検証し、年

金収支を合わせていることから、持続性のある機能と言えるだろう。しかし、この仕組みでは、年金給付額

の削減は免れないという欠点もある。次に、日本の年金制度で導入されているマクロ経済スライドでは 5年毎に 100 年先の年金財政の均衡を検証している。しかし、現在マクロ経済スライドは発動されていない

ためその効果は出ていない。政府は早期にマクロ経済スライドを発動させるために 3 年で特例水準の

2.5%を解消するという意向を示している。仮にこの特例水準を解消し、その後マクロ経済スライドが発動

することとなれば、毎年約 0.1 兆円の削減に繋がるため、持続性は高まっていくだろう。 4-2 私的年金の活用

第 2 節で述べたように、ドイツでは、企業年金には事業主に対しての公的助成、リースター年金・リュー

ルップ年金では、加入者に対しての公的助成と私的年金の奨励・強化を積極的に行っている。表 2 はリ

ースター年金の新規契約件数を示したものである。2002 年の好調な滑り出し以降 2003 年、2004 年と低

迷したが、2005 年以降は回復し、顕著な成長を見せている。また、リースター年金の受け皿商品として生

命保険会社の年金保険があるが、その契約件数も2005年上半期から2006年上半期では46万件、14%増となっている。このことから、私的年金奨励の成果が出ていることが分かる。表 3 は、政府補助金と所得

控除の関係を含めた広義の補助金効果について夫婦・子ども 2 人のケースを示したものである。補助金

の上限額を得るために必要な保険料が年度ごとに社会保険料算定用所得の一定比率で定められており、

こちらの表は 2008 年基準であるため、所得の 4%が保険料合計となる。

表 2 リースター年金新規契約数 (単位:千件) 2002 年 2,5702003 年 5212004 年 2962005 年 1,119

2005 年上半期 2472006 年上半期 882

出所:小松原章/中嶋邦夫「私的年金が強化されるドイツ年金制度」

『ニッセイ基礎研REPORT』2006.12

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表 3 補助金効果(2008 年基準) (単位:ユーロ)

夫婦補助 子ども 補助

自己負担 保険料

保険料 合計

税金還付 補助・税金

効果(%) 所得 1.5 万 308 370 60 738 ― 92%

2.5 万 308 370 322 1000 ― 68%4.0 万 308 370 922 1600 ― 42%5.0 万 308 370 1322 2000 ― 34%7.5 万 308 370 1422 2100 14 33%

出所:表2 に同じ。

また、1.5 万の層については自己負担保険料が規定上 60 ユーロとされているため、合計額が 738 ユ

ーロとなっている。また、7.5 万の層については所得控除限度額が 2,100 ユーロであるため、合計保険料

をこれに合わせている。補助・税金効果は補助金と税金還付の合計額を保険料合計額で割ったものであ

る。この表から、低所得で子どもが多いほど補助金による恩恵が大きく、これらの層に対する老齢所得増

進効果が期待できると考えられる。また、所得が高い場合には、所得控除枠利用による税還付がなされて

いるため高所得者層に対しても貯蓄促進効果が期待される。このように私的年金を強化・奨励し、その代

わりとして公的年金の給付水準を低下させることで、公的年金のスリム化を図っている。 次に日本の私的年金の奨励についてだが、日本にも私的年金に対する所得控除は存在する。社会保

険料控除、小規模企業共済等掛け金控除、生命保険料控除、個人年金保険料控除等がある。しかし、こ

れらの控除制度は上限が低い、内容が複雑で分かりにくいといった問題から、活用されてはいても奨励

効果は期待できない。 5 まとめ 第 3 節で述べたことから、日本でも分かりやすく、より充実した私的年金の公的助成を設けることが必要

であり、それにより公的年金のスリム化を図ることで、持続可能性が向上すると考えられる。日本は高齢化

リスクが高く、この先も大幅な経済成長を見込むことはできないため、賦課方式と積立方式どちらか一方

だけでの公的年金の運営は難しく、併用型の年金制度を適用し、持続可能性を高めるための機能を組み

込む必要がある。 そして、持続可能性を高めるために、給付調整の仕組みを機能させること、つまり、2.5%の特例水準を

解消し、デフレ経済下でもマクロ経済スライドを発動させることが必要となる。また、給付抑制をすることで

公的年金のスリム化を図り、その分私的年金に対する政府の助成措置の拡充が必要となってくるであろ

う。 おわりに 現在、税と社会保障の一体改革として、社会保障財源に充てるため消費税を増税しようとしている。消費

税増税は社会保障制度の維持には繋がっていくと考えられるが、まずは 2.5%の特例水準を解消する等

の制度自体の問題を解決していくことが、持続的な年金制度を構築していく。

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参考文献 書籍 財団法人年金シニアプラン総合年金機構 『年金と経済』‘24(3)’ ‘28(4)’ ‘29(1)’ ‘29(3)’ 有森美木 (2011),『世界の年金改革』第一法規 データ出典 内閣官房, 『社会保障改革』 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/ 『社会保障・税一体改革成案』 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/pdf/230701houkoku.pdf 厚労省『年金・日本年金機構関係』 http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/ 厚労省『平成 16 年年金制度改正の概要』 http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/02/dl/tp0212-2a.pdf 社会保障改革に関する集中討論会議 (第 8 回資料 1-1,1-2) http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai8/siryou1-1.pdf http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai8/siryou1-2.pdf 宇佐美耕一, 『転換期にあるアルゼンチンの社会保障制度』 http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/13662202.pdf 宇佐美耕一, 『アルゼンチンにおける年金制度改革』 http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Project/2006/pdf/407_02.pdf カルメロ・メサ=ラーゴ,『ラテンアメリカの公的年金制度の民営化―日本への教訓―』 http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/Latin/pdf/210105.pdf 高山憲之, 『 近の年金論争と世界の年金動向』 http://takayama-online.net/Japanese/pdf/thesis/thesis/keiken2002.pdf 『年金問題 誌上ディベートⅠ 基調報告:公的年金をめぐる争点』 http://takayama-online.net/Japanese/pdf/thesis/thesis/br9904.pdf U.S. Census Bureau http://www.census.gov/ Material notebook of world economy http://ecodb.net/

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企業における「予防」の可能性

~公的医療費増大の抑制への考察~

山口大学 石田ゼミナール 2班

小西佳祐 中村和正 樋口裕樹 平田一晃 藤井陽平

松浦史典 山﨑祐治 要旨

日本の国民医療費は今日において増加の一途をたどっており、財政を逼迫している。従来

の日本の医療政策は、人類史上類を見ない少子高齢社会に際して大きな転機を迎えている。

効率的医療資源の分配、過剰な医療サービスの見直しなどと並行して、健康管理の推進によ

る医療費節減への取り組みが重要となってきている。福利厚生の一環として従業員に様々な

サポートを行っている企業が医療情報・サービスを統合的に管理・提供しうる医療政策のプレ

イヤーではないか。 キーワード ・企業における予防の可能性・医療費増大の抑制・健康会計

1 はじめに

近年、メディアに医療費の増加が多く取り上げられており、医療費の高騰が社会問題になっている。現

役世代の負担が今後どうなってしまうのか、という漠然とした不安から、私たちは RIS の研究テーマに設

定をした。日本の医療財政の問題を資料から検証し、それに対する提言を行うことを目的としたい。

2 医療財政の現状

出所:「診療報酬制度について」6頁、8頁を参考に作成

左のグラフは1985年から2010年までの国民医療費を表したものである。老人医療費の増加傾向が特

に顕著であり、医療費全体に占める割合も大きくなっている、特に2025年予測では医療費の半分が高齢

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者医療費になると予測されている。 右側は 2010 年から 2025 年までの国民医療費の予測されている伸びをグラフ化したもの。今後もこれ

までと同様に、高齢者医療費が 1 番増加傾向にあることがわかる。ちなみに老人医療費が後期高齢者医

療費と名称が変わっているのは、2003 年に 75 歳以上を後期高齢者としたためである。

出所:総務省統計局「人口の推移と将来人口」エクセルデータを参考に作成

前ページの下のグラフは、1990 年から 2040 年までの人口変化を示している。65 歳以上の老年人口

だけが増加すると予測されている。このような人口構造の変化が、老人医療費を今後も増加させるという

一因となっている。 また、 1 年間にかかる 1 人当たりの医療費や、国民所得に対する医療費の割合は年々増加している。

3 企業での健康予防 これまでから、20代から50代での不健康が高齢者医療費の増加の大きな要因の1つとなっていること

がわかると思う。そこから生産年齢人口での予防が重要であると考え、企業での健康予防に注目した。 ・人口割合の中で生産年齢人口が も多いこと ・その生産年齢人口のなかでも7割が就業していること(雇用形態は問わない) ・従業員は企業で過ごす期間が長いこと(人生の半分近くを企業で過ごす) ・事業主には従業員に対して安全配慮義務があるため、健康への取り組みに対して従業員に一定の強制

力を持つこと 以上のような理由から、これから企業で健康予防に力を入れるということに意味はあると考えた。 4 企業・従業員の考え ○企業による福利厚生制度の目的<企業福祉・共済総合研究所 (2002) 福利厚生・退職給付総合調査

>※複数回答 1位 従業員の長期定着性の維持・向上 55.7% 2位 勤労モラールの維持・向上 53.7% 3位 企業の社会的責任 49.4% 4位 労使関係の円滑化 38.0% 5位 職場での生産性の維持・向上 37.5%

企業は従業員に福祉を提供することによって、長期にわたる勤続と高い生産性を期待していること。さ

らに、3位に「企業の社会的責任」が入っていることから、消極的ではあるが、政府の社会保障制度が不備

であるため、企業がそれを補完するという社会的責任を感じている、ということがわかる。ただし、これは

福利厚生に対しての回答なので従業員の健康に対しての社会的責任はこれより少ないと予想される。

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○従業員にとって必要性が高い項目<ニッセイ基礎研究所 (2003) 企業内福利厚生や勤労者財産形成

促進制度に関するアンケート>※複数回答 従業員 企業 1位 老後生活のための資産形成 57.8% 31.9% 2位 病気・事故のための金銭的準備 55.5% 38.1% 3位 身体の健康の維持・増進 53.3% 60.2% 4位 心の健康の維持・増進 38.1% 40.2%

3位:身体の健康の維持・増進、4位:心の健康の維持・増進 からわかるとおり、 従業員、企業とともに

従業員の健康問題に大きな関心を持っていて、充実を望んでいることがわかる。 また、<企業福祉・共済総合研究所 (2003) 福利厚生・退職給付総合調査>の今後、新規導入・拡充

したい制度の項目からは、企業はこれまで労働災害や病気になった時の処置や治療費の支払い策を

重要な柱としてきたが、今後はその発生を予防する対策、早期発見のための福祉制度に切り替えようと

していることがわかる。 5 企業へのアンケート調査

ここまでは企業や従業員による福利厚生制度への考えを紹介したが、書籍やインターネットの調査で

は従業員への健康予防に対する直接的な調査は行われていなかったため、企業の健康予防に対する具

体的な考えを調査するためにアンケートを行った。 送付先は山口県内の企業を中心に200社で、帰ってきたアンケート90社の内、有効回答は83社だっ

た。 目的は企業の健康予防にたいする取り組みを把握するため、そして、企業の従業員への健康予防に

対する意識を調査するため。尚、私たちは企業の舵を取る経営者の方々の考えを知りたかったので、回

答は出来る限り経営者の方にお願いした。

◎予防に対する取り組みの方針

全 33 社 全 50 社 ①経済的に可能であり、すでに費用を投入している ②経済的に可能であり、これから積極的に費用を投入していきたい ③経済的に可能ではあるが、費用を投入するつもりはない ④経済的に不可能であるため、取り組みたいが費用を投入できない ⑤経済的に不可能であるし、可能であっても費用を投入するつもりはない

これは、予防に対する取り組みの方針について尋ねたものである。今回は産業医の有無の境目である、

従業員が 50 人以上の企業と 50 人未満の企業で分けて集計した。ここでは、経済的=時間的、費用の投

入=労働力の消費ということをアンケートの方で定義した。 結果、従業員 50 人以上の企業も 50 人未満の企業も前向きな意見が多かった。しかし、50 人未満の④

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の割合が30%以上あることから、小規模の企業では取り組みを行いたいという意識はあるものの、実際に

は費用を投入できていない企業が多い、という現状がわかる。 また、実際にどの程度予防に関する取り組みを行っているかを問うた設問では、従業員数が多い(比較

的規模が大きい)企業の方が健康予防に対して多くの取り組みを行っていることがわかった。

こちらは、社会全体での企業の役割として、個人の健康の維持増進を担えると思うかを問うたもの。ここ

でいう健康の維持増進とは、健康診断の様な病気の早期発見ではなく、実際に維持増進が見込める活動

の部分の事。この設問は「企業の可能性」という仮説を、企業の経営者が可能であると思っているかどうか

を知ることを目的としている。 結果は「はい」の方が多かった。実際に理由も書いていただいたので、1部を紹介する。

~「はい」と答えた経営者の理由~ ・個人が生涯において会社に拘束されている時間を考えると、企業の取り組み次第で可能 ・社員の病欠による生産性の低下は、企業にとって不利益で、福利厚生のみならず、リスク管理の面から

も不可欠である ・個人の意識改革を推進 ~「いいえ」と答えた経営者の理由~ ・社会保険に加入し費用を負担していること自体、従業員の健康維持に繋がっている ・企業による健康維持への啓蒙は出来たとしても、結果・成果を企業が担うことは難しい ・企業の 優先課題は利益を確保して存続させることだから

アンケート調査によって、企業が健康予防に対して積極的に取り組んでいる、また今後取り組もうとして

いることがわかった。企業が個人の健康予防を担えると考えているところも多く、私たちの予想と近い結果

とった。しかし、そのような意識はあっても、金銭面での理由や、効果測定の困難など、企業が社員の健

康予防に資金を投資する上で問題が生じる。健康予防での効果をより高めるために、これからは、投資資

金の効率的配分や、投入する費用に対してより効果の高い手段の判別などに重点が置かれてくるだろ

う。 そこで、効率的配分を分析できる手段として『健康会計』という考え方を提案する。

6 健康会計

どこの企業の決算書でも福利厚生費が計上されているが、法定福利費や定期健康診断費用は別とし

て、その使途は慶弔費、社内レクリエーション費用、衣食住やクラブ活動への補助など、旧来の就業規則

に従って慣例的に支出されている例が多いと思われる。そこで注目したのが、健康会計という企業の健

康への取り組みを評価である。健康会計とは従業員の健康管理のために企業がどれだけお金を使った

かを把握し、公表するものである。これは、将来の病気の発生を抑えるための投資という位置付けによる

もので、予防に対する取り組みの一つと言えよう。 健康会計で計上される家計項目としては以下のようなものが挙げられる。 1、緊急・救急対応/2、設備、備品等/3、作業環境測定/4、健康診断/5、健康管理

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6、メンタルヘルス対策/7、安全衛生部署運営/8、IT 関連/9、健康の保持増進活動 10、福利厚生/11、労働安全衛生マネジメントシステムの維持管理 12、労働安全衛生活動全般の維持管理/13、免許、作業主任者等の講習/14、安全衛生教育 15、会議/16、パトロール/17、啓発活動/18、労働災害関係/19、その他

健康会計の項目の具体例として、以上のものが安全衛生コスト集計表にはあるが、それぞれさらに細

分化することで、どこにお金がかかっているかを知り、限られた費用の中で効率よく配分することが可能と

なる。また、課題も分かることから、経営の指針とも成りえる。 企業間競争や雇用環境が厳しさを増す中、「心の病」が長期欠勤や能率低下等を通じてもたらす労働

の生産性低下が指摘されており、うつ病対策についての従業員、企業、社会の関心も高まっている。健康

会計では、メンタルヘルス対策をさらに教育ラインケア、セルフケア、ストレス調査というように細分化して

いる。

出所:森晃爾・奥真也・永田智久(2009)57 頁

次は具体的な数値を入れてよりイメージしやすいようにしていく。この表は、ある会社が行った安全衛

生施策の「緊急・救急対応」の費用と効果を健康会計で表したもの。 この場合、通常は経費として計上されるのは外部講師費用と購入した AED の代金。AED は減価償却

期間が 3 年であり、1 年分の経費として計上している。見逃してはならないのが、活動への社員の参加コ

スト。この表では、合計欄の 2 つの人件費に相当する費用が、活動への参加コストにあたる。避難訓練は、

業務時間中に 1 時間かけて行われたため、その1時間は仕事をすることができない。そこで、一人当たり

1 時間の人件費(平均時給)×時間×人数=活動への参加コストと考える。 これを見ればわかるように、実際には経費よりもこうした活動への参加コストのほうがより費用がかかっ

ていることがわかる。この健康会計表だと、一目瞭然で把握できる。 これが財務諸表にのった場合、この会社が緊急・救急対応にかけた費用は、経費と減価償却の合計の

56 万円だけである。しかし、実際に企業にかかっているコストは、活動への参加コストを合計した 290 万

円。このように健康会計は財務会計だけでは見えない数字をどんどん可視化することでひとつの活動に

企業がどれだけの費用をかけているのかを明確にすることができる。また、参加コストが多い企業はそれ

だけ従業員の健康に貢献しているということで、社会的評価に値する。 健康会計の波及効果については以下の様なことが考えられる。 ①従業員に対しては、インセンティブ強化による健康の維持増進、満足度の向上、予防による個人負担

医療費の抑制(自分自身が受けている健康への取り組みについての情報提供を受けることができ、自

らの健康管理に活用することができること)が考えられる。 ②企業に対しては、従業員が健康になることで労災による損害賠償額の抑制が考えられる(現在、労災

経費 減価償却 投資

経費額(円) 減価償却費(円) 投資額(円)1時間当りの人件費

(円)時間 人数 回数 合計(円)

なし 経費

人件費3000円×1時間×600名 活動への参加 3000 1 600 1 ¥1,800,000

外部講師1名(3回分) 経費 ¥60,000

人件費3000円×3時間×60名 活動への参加 3000 3 60 1 ¥540,000

本年5台購入(1台30万円)減価償却期間3年間 経費 ¥0

減価償却/投資 ¥500,000 ¥1,500,000

緊急避難訓練

救急救命講習

備品(AED)

具体的活動内容 避難訓練は、全従業員(600名)が参加。全従業員の平均給与額は1時間当たり3000円とした。

効果 外部医療機関主催による救急救命講習年3回を3年前より開始。600名中180名終了。AEDは事業所内のどの場所でも5分以内にアクセス可能となっている。

詳細 費目

コスト

人件費に相当する費用

1. 緊急・救急対応

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補償の請求件数は年々増加している)。他にも、保険料の抑制や、生産性向上(損失の回避)が考えら

れる。 ―――――――――――――――――参考データ――――――――――――――――――

「疾患別プレゼンティーイズム」について紹介。 これはロッキード・マーチンが 28 種類の疾患が社員の生産性に及ぼす影響についての評価を委託した

もので、ボストンのタフツ・ニューイングランド・メディカルセンターのデブラ・ラーナー、ウィリアムH.ロジ

ャース、ホン・チャンによる研究結果。 ロッキード・マーチン社が 2002 年に行った、同社の疾患別平均年間損失額を調査した結果である。 疾患 罹患率 生産性の平均低下率 平均年間損失額 片頭痛 12.0% 4.9% 43 万 4385 ドル 関節炎 19.7% 5.9% 86 万 5530 慢性的腰痛(脚の痛みを伴わないもの) 21.3% 5.5% 85 万 8825 アレルギーあるいは鼻腔の問題 59.8% 4.1% 180 万 9945 喘息 6.8% 5.2% 25 万 9740 逆流性食道炎(胃酸の逆流) 15.2% 5.2% 58 万 2660 皮膚炎その他の皮膚の問題 16.1% 5.2% 61 万 0740 過去 2 年間でひいた風邪 17.5% 4.7% 60 万 7005 うつ病 13.9% 7.6% 78 万 6600 (出典:タフツ・ニューイングランド・メディカル・センターのデブラ・ラーナー、ウィリアム H.ロジャース、ホン・チャンによる

研究結果)

(ダイヤモンド社『ハーバード・ビジネス・レビュー』2006 年12 月号)

出所:森晃爾・奥真也・永田智久(2009)24 頁 他にも企業に対しては、積極的に健康に取り組んでいるという様なイメージの向上によるブランド化が

考えられる。エコが叫ばれる中、環境に配慮した企業が注目されるように、少子高齢化などにより人的

資本が重要視される中、これからは健康に配慮する企業が注目されると考えられる。 ③投資家に対しては、会計上でわかるため、企業の将来性など投資の判断材料の一つとなる。また先ほ

ど話した企業のブランド化にともないイメージ向上による株価の上昇も考えられる。また、自分に合った

健康に対する取り組みにどれだけ費用を割いているか等が会計上からもわかるため、学生に対しても

就職願望を抱かせる選択肢の一つとなりえる。 これらの相乗効果から ④社会全体に対しては、健康に対するインセンティブ強化、生産性向上による経済成長や医療費等上昇

の抑制も考えられる。 こうした波及効果(メリット)があるが、健康会計は費用の算出方法等の一律の基準は発表されていない

ため、制度として導入するまでには至っていない。一律の基準を設定するには基準となるデータの増加

が必要である。 健康会計は企業が社員の健康増進に対して行う投資コストとその効果を「可視化」するための分析手段

である。真の目的はコストの削減ではなく、コストの効率的な活用にあり、取り入れることで多くの波及効果、

相乗効果が得られる。このコストの効率的な活用という点で、大企業だけでなく、中小企業にも適用できる

と考えているため、これから一律の基準を整えていくことで健康関連に投資しやすい環境が生まれ、効率

的予防が行われる社会が形成されるだろう。

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7 おわりに 企業は利潤を 大化することを目的としながらも、今日では同時にいかに社会的責任を果たしていくか

が課題になっている。情報社会においては風評が従来とは比較にならない速度、範囲で伝達されるとい

う外部的要因と、従業員が職務に従事しやすい環境を整えることが効率的企業経営に結び付くとの内部

的要因がその理由として考えられる。人的資本の定着という観点から、企業側の福利厚生への関心は高

い。 ただし、アンケートから得られた回答には従業員の健康が企業の業績に正の影響を与えるとしても、財

務的に難しいという意見が多く上がった。投入する費用は健康会計によって明らかにできたとしても、そこ

から得られる便益を定量的に把握することは一企業としては難しい。 今後の課題として、企業側が容易に導入可能な健康会計の手法を模索するとともに、健康から得られる

成果についてある程度明らかにすることが企業が福利厚生全般に取り組む後押しになるのではないか。

そのためには国や地方公共団体が情報を集積・分析し、企業側に還元するような仕組みが求められると

思われる。この点についてはこれからの研究で検証をしていきたい。

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参考文献 厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp 統計局 http://www.stat.go.jp/data/nihon/zuhyou/02syo/n0200100.xls 健康管理、予防および早期発見に重点を置いた医療政策

http://www.accj.or.jp/doclib/advocacy/HC_WP_J.pdf 第 54 回福利厚生費調査結果(2009 年度)(社)日本経済団体連合会

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/008/honbun.pdf 自殺・うつ対策の経済的便益 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000qvsy.html 品質会計 http://d.hatena.ne.jp/couger/20100428/1272471779 トップのための経営財務情報 http://www.gtjapan.com/pdf/newsletter/ceo/ceo_200901.pdf#search 富士通総研の研究

http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/events/conference/101027kouno.pdf#search トヨタのケーススタディ http://jinjibu.jp/keyword/detl/451/?link=sa CSR の観点からの健康増進活動の促進に関する関係者ニーズの現状 ~「健康会計」等に関するアン

ケート調査結果とその考察~ 小林正、朝倉晋、吉本明憲、河野敏鑑 http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/topics/kenko_poster20080712.pdf ヘルシーカンパニーの考え方 http://www.well-frontier.co.jp/html/news/pdf/mailmag_0711.pdf EAP のヘルシーカンパニーネット(ヘルシーカンパニー事例) http://www.healthycompanynet.jp/text/knowledge-hc.html 花粉症社員一人につき 5000 ドルの損失、フェニックス市で成功した健康増進プログラム http://www.president.co.jp/pre/backnumber/2010/20100517/14843/14849/ 日医総研ワーキングペーパー http://www.jmari.med.or.jp/research/dl.php? RIETI 経済産業研究所 http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0236.html 産業医科大学「安全衛生コスト集計表」 http://ohtc.med.uoeh-u.ac.jp/health-accounting.html HCC の情報提供、富士ゼロックスの診断後の面談、(株)ソフィアの万歩計ダービーなど http://bizgate.nikkei.co.jp/soumu/backnumber/sn/08_1.html 東京海上日動リスクコンサルティング、モチベーションとメンタルヘルスのリスクマネジメント http://www.tokiorisk.co.jp/risk_info/up_file/200808294.pdf#search 「 関東地区の事業場における慢性疾患による仕事の生産性への影響」産業衛生学雑誌 http://www.jstage.jst.go.jp/article/sangyoeisei/49/3/103/_pdf/-char/ja/ 経済産業省ホームページ http://www.meti.go.jp/policy/kenkou_kaikei/index.html 健康資本増進グランドデザイン研究会について http://www.meti.go.jp/policy/kenkou_kaikei/files/kenkou_kenkyukai.pdf 涌井美和子(2006)『企業のメンタルヘルス・マネジメントと EAP の導入・活用策』日本法令 井上壽枝(2000)『全図解 環境会計のしくみ』あさ出版 森晃爾・奥真也・永田智久(2009)『よくわかる「健康会計」入門』法研出版 橘木俊詔(2005)『企業福祉の終焉』中公新書 土田昭司(1994)『社会調査のためのデータ分析入門』有斐閣 岩佐英彦・宿久洋(2009)『アンケート調査・分析ができる本』秀和システム

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貧困層における医療格差問題

早稲田商学部 江澤ゼミナール グループ1 内田 貴也 勝浦 彩 坂井 剛 三林 北斗

要旨 今回私たちは大学の講義で中国国内の医療保険や生命保険の制度において格差があり、特に医

療については富裕層と貧困層の間で大きな格差があることを知った。 この論文では中国のみなら

ず他のインドやインドネシアにも目を向けて、各国の現状を調べそれに対する解決策として保険制

度のより良い提案を私たちなりにしていきたいと思う。 キーワード:マイクロインシュアランス・共済方式・保険リテラシー・物納

1 テーマ設定にあたって 今回私たちがこの「貧困層における医療格差問題」テーマとして設定した理由は、メンバーの1人が中

国の授業でNHKスペシャル「激流中国」という番組を見たことがきっかけでした。その番組内で中国の農

村地区で梨農家を営む1家族が取り上げられていた。内容は、一人の子供が目の病気にかかりその治療

に都市の中心部まで行かなくてはならない状況でここに中国での医療や保険制度に問題があった。そこ

に映し出されていたのは主に2つ、人気医師の診察を受けるために夜通し並ぶ患者の行列と唯一加入し

ていた農村保険が機能していないという現状でした。まず中国では診察券をもらうために冬では氷点下

の中で病人である患者も夜通し並ばなくてはならなく、もちろんこの家族も並び診察券のために並んだ。

しかしそれだけではなくこの家族が加入していた農村保険が機能しておらず、領収書を役場のような場

所に提出したが保険金がおりず高額な医療費を自己負担しなければなく、治療費集めに苦労していた。

この治療費については、1回目の治療に日本円で4500円、これはこの家族の1カ月の給料に相当するも

のでした。もちろん治療は 2 回目もあり、その費用は14000円であった。この梨農家の家族は病気の子

供だけでなく、祖母も病気でそのような大金を用意することが困難で、母親が親族に頭下げてお金を集

めていました。その後2回目の治療は受けられたが治療が遅れ片方の目は失明、そしてもう一方はかろう

じて見えているという状況である。私はこの話を聞いて、なぜそうまでしなければ治療が受けられないの

か、保険制度はどうなっているのか、私たちにできることはないのか、そう思いこのテーマを選択した。 2 アジア各国の現状

この章ではアジアの国々において保険がどのくらい広まっているのかを見ていきたい。 ◆一国の保険普及率を示す指標◆ 【保険密度】→人口1人あたりの収入保険料‥‥全体の収入保険料÷人口 【保険普及率】→その国の GDP に対する収入保険料の割合 =収入に対してどれだけ保険にお金を使っているか‥‥全体の収入保険料÷全体の所得

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出所:Paul Sinnott(2010) 4 頁(アジアの生命保険市場(日本以外)

www.actuaries.jp/lib/practical-training/kensyu22-1-siryo-JA.pdf

このデータからアジアにおいて特にインドネシアの普及率や密度が人口に対して大幅に低いことが読

み取れる。テーマ設定の章では中国の保険制度に言及していたが、実状として中国は今現在経済の発

展とともに数値がほかの国よりも大幅に伸びていることが調査によりわかったので、今回はより深刻なイン

ドネシアに焦点を当てて調べていくことにした。 3 インドネシアの保険事情 ◆インドネシアで保険が普及しない理由◆ 制度が整備されていないことが大きい インドネシアには我が国のように全国民を対象とした社会保障制度が整備されていない。 〈主な医療制度〉 ・公務員とその家族を対象とする公務員医療給付制度(ASKES) ・民間企業の労働者とその家族を対象とする労働者社会保障制度(JAMSOSTEK) ・軍人を対象とする軍人社会保険(ASABRI) ・貧困者を対象とする社会健康保障制度(JAMKESMAS)

などがある。

1.3%

31.7$

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そして民間企業の労働者とその家族を対象とした民間医療保険が存在する。

2005 年に施行された貧困層のための社会健康保障制度(JAMKESMAS)によって貧困層がカバー

されることとなったがどの枠組みにも該当しない人々が無保険者となっている。 これらの制度の中で も加入者が多いのが貧困層のための社会健康保障制度(JAMKESMAS)であり

人口の 33.6%を占める。公務員医療給付制度(ASKES)が次に多く人口の 7.6%を占める。それ以外の

制度はいずれも割合が低く、社会保障としてあまり社会に寄与していないのが現状である。 なぜ無保険者層は民間保険に加入しないのかという疑問に対して、私たちなりの仮説をたてた。

〈仮説〉生活に余裕がないために民間保険を利用しない。 →保険に加入するよう促して怪我や病気等のリスクを回避できれば生活水準の向上につながるのではな

いか。 4 マイクロインシュアランス

インドネシアに保険を普及させるためにはどうすればいいか。議論の末、我々が辿り着いたものがマイ

クロインシュアランスである。マイクロインシュアランスは、通常の保険では保険料が高すぎるなどの理由

で加入できなかった新興国の低所得者に対して、病気・死亡に備えた生命保険・医療保険や農作物の不

作などに備えた傷害保険のように、様々なリスクに備えた保険を少額の保険料で提供する。 少額な保険料の具体例を挙げると、損保ジャパンがインドで提供しているマイクロインシュアランスは傷

害保険の保険料が日本円で月 20 円、また医療保険は月 700 円~1500 円で運営している。マイクロイン

シュアランスは民間保険会社の多くが 2000 年以降に参入を本格化させていることからも比較的新しい保

険の形であると言える。 (1)マイクロインシュアランスの現状 現在、世界の保険市場は一般的に先進国で飽和状態に陥っており、成長も限定的だと見込まれている。

その一方で、マイクロインシュアランスの対象になる年間 3,000 ドル未満で生活する低所得者層は、全世

界に約40億人存在すると言われている。そのうち実際に保険に加入している人はわずか5パーセントに

過ぎない。つまり、低所得者層の多い新興国市場ではマイクロインシュアランスの潜在的な市場規模が大

きく民間保険会社にとっても成長性や収益性が見込まれるマーケットであると言える。今後民間保険会社

のマイクロインシュアランス参入が増加すれば、より新興国に保険が普及するのではないかと考えた。 (2)マイクロインシュアランスの課題(顧客側の課題) 次にマイクロインシュアランスの課題を、まずは顧客側の視点から考察した。これはマ イクロインシュアランスが比較的普及しているインドでの調査結果である。 出所:損保ジャパン総合研究所(2011)7頁 図表3 Micro-Credit Ratings International Limited,“Micro-Insurance

regulation in the Indian financial land- scape_case study”, Mar. 2008, p.96.より。

当グラフから分かる顧客側の課題として3点の「不足」がある。

マイクロインシュアランス

未加入の理由

(調査国:インド)

保険商品についての知識不足 58%

保険の便益に対する理解不足 15%

高価な保険料 22%

収入の不確かさ 4%

保険提供者に対する信頼欠如 5%

書類事務の多さ 1%

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まずは【保険リテラシーの不足】である。当該する「保険商品についての知識不足」「保険の便益に対す

る理解不足」はグラフ全体の7割を超えている。保険の知識、メリットの理解が足りないことが加入率上昇

を妨げる 大の要因であることが分かった。次に挙げられるのが【資金力不足】だ。保険を購入する経済

的な余裕がないと感じる人が存在している。 後に【保険会社、販売チャネルの信用不足】が挙げられる。

保険は目に見えてすぐに受け取れる商品ではない。後に保険金を支払うといった契約のみで保険料を

先払いすることは信用がないために難しいと感じているのだ。 (3)マイクロインシュアランスの課題(保険会社側の課題)

保険を供給する保険会社側の課題は大きく二点挙げられる。 一点目は【運営コストの問題】だ。マイクロインシュアランスの特徴である安い価格設定を維持しながら

事業を継続するためには、保険契約の募集から保険料の集金、保険金の支払いといった運営の各場面

でコストを削減する必要がある。二点目は【先進国と同じでは通用しない保険商品】である。マイクロイン

シュアランスは簡単に言えば「小さな保険」だが、先進国で販売している既存の商品をただ小規模にする

だけでは成立しない。上述した顧客視点の課題にあるように、低所得者の人々は保険の概念すら理解し

ていない人がいるため、保険商品はシンプルであることが求められる。そのため保険を販売する地域の

特性やニーズを踏まえて商品開発及び運営を行っていかなければならない。マイクロインシュアランスは

確かにメリットもあるが、このように顧客側にも保険会社側にも課題が存在していることが分かった。 (4)マイクロインシュアランスの販売方式について

主に4つの方式に分類される。 ①直接販売方式(図1左上)

保険会社が指導した各地域の販売員が住民を訪問して契約に回る。日本の生命保険の販売方法と

しても古くから行われている。 ②小売店方式(同右上)

保険会社が小売店に保険の販売を委託する。この小売店の形態は日本で言うタバコ屋や雑貨店の

ような、地域に根付いた店というイメージである。小売店に来店した住民に保険を販売する。 ③代理店方式(同左下)

代理店を通じて保険を契約する。この代理店は小規模の銀行で、資金力のない住民のために少額

のお金で融資を行っている。融資を受けている住民の多くは貧困層であるため融資金を返済する前に

病気で亡くなった場合貸し倒れのリスクがある。そのため融資を受ける住民には強制的に保険に入っ

てもらうことで代理店の貸し倒れによるリスクを減らすことができる。具体的には死亡保険に加入しても

らうことで万が一亡くなってしまった際に代理店に保険金が支払われる。代理店方式の代表的な例とし

て、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのグラミン銀行が有名である。

④共済方式(同右下) 加入者が相互扶助の精神のもとに出資する形で組合に保険料を支払い保険に加入し、万一の場

合は組合から保険金が支払われる。共済を運営している組合は、マイクロインシュアランスの場合地

域の有識者が中心となって自助グループと呼ばれる地域の集団を作り運営を行っている。

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(図1)

作成 早稲田大学江澤ゼミナール 1班

これら 4 つの方式の中で今回の目的である「医療保険を新興国に普及させる」にはどの方式が適して

いるか考えた結果、【共済方式】が も適しているという結論に至った。理由は以下の3点である。 ①逆選択といった医療保険ならではのリスクを回避できる 医療保険は他の保険に比べて保険金支払いの頻度が高いため、逆選択のリスクが高くなる。その点

で共済方式を利用して地域グループと連携して運営することにより、住民のことをよく知るメンバーがリス

クの高い人を見極め、逆選択を回避することができる。また信頼できる地域の方々から病気予防のための

指導を行うなどして、病気や死亡のリスクも軽減できる。 ②運営コストを削減できる 一例として保険料集金、保険金支払い業務の委託が挙げられる。また、上述した逆選択の回避に関し

ても、保険会社だけで行うにはコストがかかるが地域グループと連携することにより削減できる。 ③地域住民の保険リテラシーが高まる 住民からの信頼を得ている地域の方々が保険の基礎知識を教えることで保険の知識を住民に広めるこ

とができる。また健康であるための予防教育を行うことで健康に対する意識も同時に高められる。 これらに共通して言えることは、共済方式なら地域のグループと多くの部分で連携して保険を提供する

ことができること、そこにメリットがあるということである。

また、他の3つの販売方式がなぜ適さないか以下に根拠を述べる。 ①直接販売方式

販売員を雇用して保険を販売する当方式は人件費コストがかかる。土地の事情を知る人間を雇用す

ることにはメリットもあるが、コスト削減がより重要であると考え不適切とした。 ②小売店方式

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そもそも小売店が積極的に保険を販売しておらず、顧客が小売店に来店し興味を示さなければ保

険が売れない仕組みとなっている。そのため保険の知識が少ない人々に販売するには不適切であ

る。 ③代理店方式

新興国に金融を広める上で、この代理店方式の実績は評価できる。しかし、我々が目指す真の意味

で新興国に保険を広めるには、顧客が自発的に保険に加入してメリットを認識するのが理想だ。そのた

め、強制加入の形を取る当方式は、我々の方針に適さないという結論に至った。

以上の点から私たちが目的とする、貧困層へ医療保険を普及させるための適切なマイクロインシュアラ

ンスの形は共済方式なのではないかと考察した。 (5)共済方式マイクロインシュアランス販売の成功例

共済方式で医療保険を販売することに成功した事例であるドイツ 大の保険会社アライアンツがインド

に進出し医療保険を販売したモデル(図2参照)の特徴は自助グループが民間保険会社と提携の契約を

する点にある。自助グループは保険会社に保険料の運用を委託し、保険会社は保険についての指導や、

数理など技術面の支援を行っている。 (図2)

作成 早稲田大学江澤ゼミナール 1班

このモデルが成功している理由は主に2点挙げられる。

①自助グループと保険会社の連携 保険料の集金、保険金支払いなどの業務を自助グループが行うことで低コストでの運営が可能になる

とともに、地元に溶け込んでいる組織の強みを生かして持続的な運営が見込まれる。 ②保険会社による補償範囲拡大、技術的ノウハウの提供

共済方式の弱点は小さなグループ内でリスクを分け合うため手術や入院といった高額支払いが困難で

ある。保険数理など専門的知識の不足も弱点であるため、保険会社と連携することでカバーした。 ここでもう一度、アジアの保険普及についての指標を振り返ってみる。このモデルが成功したインドは

マレーシアよりも保険密度が高く(P2参照)、保険普及率にも差がある(P2参照)。また2005年→2009

年にかけての保険普及率の推移ではインドは2.3%→5.2%と2倍以上増加しているのに対して、インド

ネシアは0.9%→1.3%と1,5倍の増加にとどまっている。インドネシアよりもインドで保険の普及が進

んでいる、そしてマイクロインシュアランスを利用した医療保険の成功モデルがある、このことからインドで

の成功事例をインドネシアに応用できないかと我々は考察した。以上から共済方式を応用してマイクロイ

ンシュアランスを販売する方法について、次章で提案する。

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5 私たちの提案 私たちは保険をインドネシアに普及させるためには保険に加入しない理由(P4参照)で大半を占めて

いる保険商品・保険の便益に対する知識不足、つまり保険リテラシー向上させればよいのではないかと

考えた。そこでこれを解決するために私たちが考えた方法は、「物納」という方法である。これは従来のお

金を払って保険に加入するという概念を壊して、「物」実際には農家であれば野菜、今回の貧困層の家族

であれば梨で保険料をダイレクトに支払う事が出来れば、保険をより身近なものに感じられるのではない

かと考えた。次の図3を見てほしい。 (図3)

作成 早稲田大学江澤ゼミナール 1班

この図は先ほどの図2(P8参照)を農家目線で自分たちなりに改良したものである。ここでのポイントは

住民が払う保険料の部分を野菜に変え、その野菜を自助グループが市場で売るというものだ。またこれ

からの保険会社は自助グループに対して保険商品や保険そのもの知識だけでなく、野菜などの物納で

得たものをいかに販売し、利益をあげるかなどのノウハウや市場の動向なども教育していけば新しい保険

会社の形が少しずつ見えていくのではないかと考えた。そして条件として 1 つ目は「野菜は年に1シーズ

ン徴収すること」、これは野菜によって旬な時期が違うためそれに対応するためにそれぞれが1番収穫で

きるシーズンごとに徴収するというものだ。2 つ目は「生産された作物はすべて回収すること」、これは市

場に売る自助グループとしても一定以上の量を確保するためである。ここで私たちは回収された作物に

付加価値をつければより売れるのではないかと考えた。つまり野菜をすべて回収することで仕入れ値を

下げ、その分それらを「インシュアランスベジタブル」という名で低価格で提供できればいいのではない

かと考えた。そして 3 つ目は「自助グループはあくまで非営利団体」ということで、我々の目的は利益を

大限にすることではなく、貧困層の人達に保険を身近なものとして提供したいというところにある。次にこ

の制度のメリットを述べていきたいと思う。まず1つ目は先ほども述べたが、現金を納めるより抵抗がないと

いうことである。栽培したものを直接納めることで、自分たちで販売という手間を1つ省くことができ、それ

によって保険をより身近に感じてリテラシーの向上につながるのではないかと考えた。2つ目としてとれた

野菜は基本すべて回収なので、確実に出荷でき収入の安定につながるのではないかと考えた。 次に予想される課題について述べていく。まず加入者のリスクが高すぎて収支相等の原則に当てはま

らないのではないかと、という問題が挙げられる。これに関しては加入者にたいしてある程度の厳正な審

査を行い、また勉強会などを積極的に開き指導を行わなくてはならない。次に大数の法則が成り立つほ

ど加入者が集まるのかという問題だ。これに対しては、自助グループを地元の文化や習慣が身について

いる有識者などで運営してもらうことで人と人とのつながりで一番大切な「信頼」を得ることで解決したいと

思う。 後に、天候が悪くなった場合どう対処するのかという問題が挙げられる。これに関しては天候のよ

い年は多めに徴収して、少ない年には多めに回収した分を取り崩して補てんしていく形をとりたいと思う。

保険会社

自助

グループ

住民野菜

売上ー保険料

保険金・融資

保険知識や販売の

教育・指導

市場

条件 ①野菜は年に1シーズ   ン徴収 ②生産された作物を  全て回収 ③自助グループは  あくまで非営利団体

運用を委託

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つまり平準保険料方式に似た形を想像してもらいたい。また今様々な企業で採用されている天候インデ

ックス保険も組み込むことができれば対処できるのではないかと考えた。もちろんこれ以外にも課題や問

題は山のようにあるが、ここでは割愛させていただく。 後に私たちがこの提案を通して伝えたかったことは「現金で保険に加入するという概念を取り払い、

地域密着型の自助グループを活用して保険の知識を高める」ということで、これによって「保険の普及によ

って生活水準の向上につながり、一人でも多くの人達を保険によって助けたい」と願って提案をさせても

らった。 参照 URL NHK スペシャル 激流中国 病人大行列 ~13億人の医療~(2008)

http://www.nhk.or.jp/special/onair/080615.html. 池田 香織(2011)「マイクロインシュアランスへの期待と展開『損保ジャパン総研レポート』1−20.

www.sj-ri.co.jp/issue/quarterly/data/qt59-1.pdf 小林 央(2010)東南アジア諸国の生命保険事情 http://www.fukoku-life.co.jp/economic-information/report/download/analyst_VOL205.pdf 1−3. Paul Sinnott(2010)アジアの生命保険市場(日本以外)

www.actuaries.jp/lib/practical-training/kensyu22-1-siryo-JA.pdf. 参考文献

福岡藤乃(2010)「インドネシアにおける医療保険制度とその課題」『海外社会保障究』 No.170、71-80.

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生保業界におけるIT戦略

早稲田大学 江澤ゼミナール グループ2

榎本陽介・小名裕一朗・松原咲南

要旨 現在、我が国の生命保険市場は少子高齢化の影響もあり縮小傾向にある。そのような状況の中、

日本の生保業界は今後どのようなマーケティングを展開する必要があるのか。我々は情報化社会の

今日において日々必要不可欠となってきている IT を利用できないだろうかと考えた。以下、現在の

生保業界におけるIT戦略を考察しながら研究を進めていきたいと思う。 キーワード:SNS、IT 化、共創型クチコミマーケティング、クチコミ、MROC

はじめに

現在、我が国の生命保険市場は少子高齢化の影響もあり縮小傾向にあります。そのような状況の中、

日本の生保業界は今後どのようなマーケティングを展開する必要があるのか。 我々は情報化社会の今日において日々必要不可欠となってきている IT を利用できないだろうかと考え

た。以下、現在の生保業界におけるIT戦略を考察しながら研究を進めていきたいと思う。 1 IT戦略とは

IT 戦略とは、情報技術を企業の事業(ビジネス)にいかに利用していくかに関する、具体的な方針・計

画のことである。より抽象度の高い全社戦略ではなく、より具体的な事業戦略に基づいて策定されること

が多い。また、IT 戦略というとパソコンや会計パッケージソフトの導入などを連想させるが、単にそれだけ

にとどまらず、深くビジネスに関わる部分であると理解すべきである。情報化は、コンピュータ通信を活用

して情報をよりスムーズに処理・伝達することを通じて業務を改革し、そして製品やサービスを作るのに必

要な労働力や間接費を削減することにも繋がる。そして、顧客から見た製品・サービスの魅力を引き上げ

るといった形で組織活動の有効性を高めていくための手段でもある。近年のコンピュータハードウェア・ソ

フトウェアや通信機器の飛躍的発達により、従来人手に頼っていた業務プロセスの多くで、コンピュータ

がはるかに効率的に人間を代替できるようになってきているのは事実であり、また、多くの企業にとって経

営戦略の一環として IT 戦略を策定することは、情報化社会における今日において必要不可欠となってき

ている。 2 現状分析

現在、保険業界においてIT戦略がどのように活かされているのか、その影響がもたらしているものはな

にか、その現状についてまずは言及したい。そもそもIT戦略とはハード面とソフト面の2つに分けることが

できると考えられる。ハード面とは企業の基幹システムなど、企業内部の運営の効率化を図るシステムの

ことであり、ソフト面とはIT活用による対外部へのサービス(マーケティングなど)についてのことである。こ

の二つの面に分けて考察していきたいのだが、まず、ハード面におけるIT戦略事例として日本生命保険

相互会社による「新統合計画」が例にあげられるのではないかと考えた。日本生命保険相互会社の「新統

合計画」の概要や特徴について以下述べていきたいと思う。 2-1『新統合計画』について

これは日本生命保険相互会社が始めた、保険商品の販売・引受から保険料の収納・保険金等の支払

い手続きに至るまでの保険に係わる全ての仕組みを、わかりやすさ・利便性の向上によるお客様サービ

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スの観点から見直すプロジェクトである。この「新統合システム開発」の概要は主に、商品領域、事務手続

き領域、顧客情報管理領域、販売領域の四つに分けることが出来る。今回は四つ目の販売領域において

の取り組みに注目したい。販売領域においての一つの取り組みとして営業職員用携帯端末の高度化を

進めていることがある。これは従来より来店型店舗「ライフプラザ」の窓口を拡充しているものの、これに加

えて全国約5万名の営業職員がポータブル性を高めた新携帯端末を持ち、顧客を訪問することで、どこ

でも「窓口」になりうる環境を整備するというものである。たとえば、新契約・新契約以外の各種手続き時に

顧客にお願いしていた印鑑証明書や戸籍謄本等の書類の提出、署名・押印等の手続きを、新携帯端末

上で「お客様ID」と「パスワード」認証により可能とする等、手続きを簡素化していくことができる。このよう

に電子端末を普及させ利用することでハード面において以下のような効果が期待されると考えられる。ま

ず、電子端末を利用することで紙の使用を大幅に減らし、ペーパレス化を図ることができる。これは環境

面においてもメリットはあるが、何よりも紙の使用が減ることにより手続きの煩雑さ解消につながるのである。

つまり顧客との手続き時において、今までは紙に署名し捺印をするという手間があったのだが、電子端末

を使うことでこういった処理が省けるようになり、そのため契約においての手続きがよりスムーズになった。

また、電子端末を使用することにより、情報の保護を徹底化することができ、また出先での情報共有も可

能になった。そして電子端末を半強制的に社員に持たせることにより社員はITを活用することを求められ、

結果、社員のITスキルの向上にもつながるといった利点がある。ハード面においてはこのように日本生命

保険相互会社の新統合計画の一部をとってみても大いに向上が期待されるのだが、一方ソフト面におけ

るIT戦略はあまり目立った活用はされていないのが現状ではないのだろうか。日本生命相互保険会社な

ど、Facebook のページは持ってはいるものの一方的な情報開示にとどまっており、マーケティングなど

の事例での活用は今のところない。 2-2 市場の動向

次に生命保険の市場の動向について述べたいと思う。日本における生命保険の加入世帯率は、現在

でも 90%を超える世界で も高い比率を維持している。世帯数の 90%と言うのは非常に高い数字であり、

生命保険商品の世帯マーケットは、ほぼ飽和状態と言える状態が長年続いているのが現状だ。その飽和

状態に加えてより社会問題化する少子高齢化や人口減少といった社会の変化の影響もある。2006 年の

「人口動態統計(確定数)」(厚生労働省 2007 年 9 月発表)では、2006 年の出生数は 1,092,674 人、死

亡数は1,084,450人で、人口は再び8224人の増加に転じるものの、2007年以降は減少に転じると予測

されていて、2050 年にはおよそ1億人、2100 年にはおよそ 6700 万人にまで減少すると見込まれている。

少子化によって日本の市場そのものが縮小傾向にあるためにこれ以上の市場開拓は望めず、生命保険

市場が今後大きく拡大する要因は見つかりにくい。 そのために、これ以上の顧客を増やす為の、対象を特定せずすべての消費者を対象にし画一化され

た方法を用いて行うマス・マーケティングだけでは不十分であると考えられる。つまり、顧客拡大のための

マス・マーケティングと同時に、顧客一人ひとりとコミュニケーションを繰り返し、個別仕様のサービスを提

供するワン・トゥ・ワン・マーケティングも必要があるのではないか。その二つを同時に行うことでより顧客の

維持につながると考えられるのだが、実際にITを活用したワン・トゥー・ワンマーケティングはあまりうまく

いっていないのが現状である。実際にワン・トゥ・ワン・マーケティングが行われているのは営業職員レベ

ルでの話で、つまり顧客訪問においてである。顧客訪問におけるメリットとしては、直接訪問することにより

顧客との信頼関係の構築や維持につながり、また定期的な訪問をすることで新規顧客の発掘することが

できるといった点がある。ならば、顧客訪問頻度をより一層増やすことがよいとされるのであるが、実際、

顧客訪問におけるデメリットも多くあるために、ただ単に顧客訪問頻度を増やすだけでは逆効果の可能

性もでてくるのである。たとえば、営業職員の印象は、胡散臭い、ノルマ・成績重視、信用できない、押し

つけがましいといった全体的に営業職員に対する評価はあまりよくないというマイナスな面がある。そこで、

顧客訪問以外で顧客とのより近い接点を創出できる手段はないのかと考えた。

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3 我々の提案 顧客とのより近い接点の創出に、ITとして近年活用が盛んになっているSNSは使えないだろうか?そ

こで我々の提案としてSNSを用いた『共創型クチコミマーケティング』を提案したい。まずはSNSとは何

かを次に述べていきたい。 3-1SNSとは まず初めに SNS について説明をする。SNS は Social Networking Service の頭文字をとった略称で

ある。SNS は人々のコミュニケーションを促進・サポートし、社会的ネットワークをインターネット上に構築

するサービスである。SNSの代表的な事例としてはFacebook,mixi,Twitterなどが挙げられる。2011年

12 月時点で国内のネットユーザーは 9,510 万人の 45%にあたる 4,289 万人が利用をしている。オリコン

の10代~50代の男女1,000名を対象にした「ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)に関する実態

調査」によると、『SNS を利用しているか』との問いに対し、全体の 60.8%の人が「利用している」と回答し

ている。さらに世代別利用率を見てみると 20 代が 82.5%と も高く、次いで 10 代が 63.5%と若年層を中

心に 利用されていることがわかるが、一方で40代、50代の「中高年層」においても利用率48.7%と約半

数が利用しており、SNS は若年層のみならず世代を越えて普及しつつあるといえる。また、『利用回数』

ではほとんどの主流の SNS で「1 日に複数回」が多くを占めていることからも SNS がどれほど多くの人

に浸透しているかが分かる。

出所:RBB Today「日本の SNS、利用者は 4,289 万人で普及率45%に」(ICT 総研調べ)

SNS の主な特徴は以下の三点挙げられる。第一に、友人やコミュニティーにおいてのコミュニケーショ

ンが基本的な機能となっているということである。SNS のユーザーは様々なコミュニティーに所属すること

になる。日記やコメントといった情報をコミュニティー内に公開していくと、周囲からの反応がコメントといっ

た形で帰ってくる。そのコメントを利用することで気軽にコミュニケーションをとることが出来る。第二に、写

真や動画、様々な情報を多数の人達と共有をすることが出来る。自分が公開した写真や動画は自分が所

属しているコミュニティー内の人達のページからも見ることができる状態になる。第三に自らがコミュニティ

ー内において情報発信者となることが出来る点である。自分が見たニュースや得た情報をコミュニティー

内で公開することで自らが情報発信者となるのである。 次に SNS を生命保険会社が利用する際のメリットを挙げる。 初に手軽さというメリットが挙げられる。

生命保険会社が顧客とのコミュニケーションの場として SNS を用意することで契約者が保険について企

業に質問をすることが出来る。第二にニュースに対して親近感が湧くことが挙げられる。SNSではコミュニ

ティ内の知り合いや友人が情報発信者となる。自分の知り合いがニュースについてコメントをしているた

め、情報に対して興味や親近感といったものが湧く。第三にニュースや情報の拡散性が高いことが挙げ

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られる。クチコミは人から人へ言葉を介して広がっていく。SNS はネットを使用して様々な人が常に繋が

っている。そのため、現実におけるクチコミと比べて非常に拡散性が高いと言える。 後に多角的なコミュ

ニケーションが可能ということが挙げられる。これまでのツールでは企業から顧客への一方的な情報開示

や顧客から企業への質問・要望などに留まっていた。しかし、SNS を活用することで顧客と顧客が会話を

通じて情報収集を行うことが出来る。多角的なコミュニケーションを通じて疑問点の解消や商品への忠誠

度の向上が見込まれる。

3-2 マーケティングモデル 続いて共創型クチコミマーケティングの概要を説明する前に、まずはこれまでどのような IT を利用した

マーケティング手法があったかを以下の3つのモデルに分けて説明していきたい。

出所:村上(2008)p.443。

① コミュニケーションモデルⅠ

これは1対 N 型の原始的なマーケティングで、企業はホームページを作成したり、希望者宛にダイレク

トメールを配信したりする。ここでは企業と多数の顧客との1対 N 型のコミュニケーションとなり、企業が多

数の顧客に対して情報開示するのみであり、原始的な One-to-One マーケティングと言える。 ② コミュニケーションモデルⅡ

これは1対N型の双方向のコミュニケーションを言う。このモデルでは通信販売やコールセンターなど、

企業と顧客との双方向のコミュニケーションが可能である。企業はモデルⅠでは顧客を個別に区分して

いないが、このモデルでは顧客各人への対応が可能であり、顧客を個別に見ているという点で顧客志向

の CRM であるとも言える。しかしこモデルでは顧客同士の繋がりはない。 ③ コミュニケーションモデルⅢ

これこそが我々の提案する共創型クチコミマーケティングの基本となる型である。このモデルでは上記

の2つと違い、企業は顧客1人1人とのやり取りが可能なのはもちろん、顧客同士のコミュニケーションも可

能であり、そこで動く情報の方向も様々である。この例として SNS などがあげられる。ここではリアルタイ

ムに情報収集が可能であり、得られる情報量も多い。

3-3 MROC 次に共創型クチコミマーケティングの基本となるモデルについて説明したい。もちろん基本となるのは

もちろん上記③のモデルⅢである。さらにこのモデルの も発達した形であり、現在活用が進んでいる

MROC を基本モデルとする。そもそも MROC とは Marketing Research Online Community の略で

あり、マーケティング・リサーチを目的とするクローズドなネットコミュニティで、特定のテーマについて興

味関心を持つ人に集まってもらい、一定期間会話や会議などを行ってもらうものである。これを利用する

ことで、企業は SNS 上で生活者と直接コミュニケーションを図ることが可能となる。

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MROC 上では、調査目的の商品・サービスにコアな特定の顧客をまずはクローズドコミュニティにメン

バーとして招待、登録する。そこで調査テーマについて顧客に直接投げかけ議論をしてもらう。そして企

業はそこで生活者と直接対話したり、生活者同士の意見交換をリアルタイムで閲覧することができ、そこで

なされる発言を深く探ることで、従来の調査方法では引き出しにくかった生活者のインサイトなどをリアル

タイムに発掘できるのである。企業は生活者の声に耳を傾け、リアルタイムでそのニーズを把握すること

で、今まで以上に迅速にサービス改善・商品開発を行うことができ、顧客満足度の向上を図れる。さらに

顧客メンバーと企業とで一体となって新製品の開発や販売促進方法などの模索も可能である。この

MROC を利用することで新たなサービスや商品を、まさに顧客と企業が「共」に「創り」あげることが可能と

なるのである。 では実際にMROCはどのように活用されているのかその具体例を紹介したい。具体例としては博報堂

が昨年から実施している生活者との協働マーケティングプログラム「アイデアパーク」というものがある。こ

れはMROCをベースに博報堂が独自に開発した生活者参加型&マルチステークホルダー協働型のマ

ーケティングプログラムで、特定の商品やテーマに関心の高いモニター数十~数百人をコミュニティに登

録し、様々なリサーチや議論がオンライン上の対話を通じて行われる。 議論の中核となる「ダイアログメ

ンバー」、コメント・投票に徹する「クローズド・オーディエンス」、情報拡散に貢献する「オープン・オーディ

エンス」など、テーマや段階に応じて参加者を自由に組み合わせることが可能であり、 生活者のみなら

ず、外部有識者やメディア関係者もコミュニティに加えることが可能な為、多角的な議論展開が可能であ

る。 高いファシリテーションスキルと経験を持つナビゲーターが常に議論の活性化を図ることにより、参

加者から意見・知識・経験を十二分に引き出し、企業の商品開発やマーケティング開発に取り込める有効

なアウトプットを導きだすものである。 さらに、リサーチに重きを置く従来型のMROCとは異なり、導き出

されたアウトプットを活用し商品開発を行うことはもちろん、 適な広告・プロモーションの実施、情報コン

テンツの開発、ファンサイト構築まで、全てのPDCAサイクルを一貫して請け負うパッケージプログラムで

あり、期間としては2週間ほどの短期トライアルから、一年以上の恒常的利用まで、期間やプログラム設計

を予算に合わせ柔軟にカスタマイズするという。効果のほどは昨年9月にサービスが開始されたばかりと

あって、まだ公にはされていないようである。 3-4共創型クチコミマーケティング

続いていよいよ我々の提案する共創型クチコミマーケティングについてその概要を述べていきたい。

モデルとしてはMROCをモデルとするが、まさに博報堂の例を用いた基本モデルとしたい。そもそもこの

共創型クチコミマーケティングによって何を志向するかを今一度確認したい。我々は顧客各人のニーズ

を満たすことで、全体としての顧客満足度の向上を目指し、それが結果として顧客維持に繋がると考えた。

つまり目的としては、 終的に顧客を維持するということである。まずは自社の生命保険加入者からコア

な顧客を選別し、彼らをMROC上のコミュニティに招待し、メンバーとして登録する。そこでは彼らに主に

現状のサービス・商品の不満について議論を交わしてもらう。そうすることで企業は自社のサービス・商品

に現状何が足りないのかをリアルタイムに把握することができ、また顧客が現状何を求めているのかその

潜在ニーズをリアルタイムで探ることができる。ここで一番重要となってくることは、顧客の潜在ニーズを的

確に探り出し、それを迅速にサービス改善・商品開発に繋げることである。これが出来れば、顧客は企業

側の迅速な対応を評価し顧客満足度を向上させることが可能となる。また各顧客との間により強固な信頼

関係を築くことができ、信頼関係の構築ができればそれが顧客維持につながる。このようにまずはコアな

顧客から情報収集し、それを分析することでコア層の顧客満足度を向上させる。しかしコア層は元から企

業に対して(あるいは企業のサービス・商品に)興味関心があり、どちらかというと自社から離れる可能性

が低い層である。そこで我々の提案するモデルの一番の肝となるのが、いかにこれをコア層以外の顧客

(言い換えれば自社から他社に乗り換える可能性のある顧客)まで広めるかである。そこで我々が考えた

のが「クチコミ」によってそれを広めるというものである。これには生命保険商品に関する「クチコミ」のある

特性があり、それを活かせると我々は考える。その特性について「クチコミ」の概要と共に次に述べていき

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たい。 3-5「クチコミ」の有効性 ここではクチコミの有効性について述べる。 まず、生命保険加入者のクチコミの利用状況について述べる。一番 近加入した生命保険について、加

入を検討するに至ったきっかけを尋ねた結果、クチコミ(「身近な人に 勧 め ら れ た 」 か ら ) は 、

「 外 交 員 の 勧 誘 」(29.3%)に次いで、第2位(20.7%)となっている。そして、広告への反応や身

近にリスクを感じた場合より上位となっている。

出所:栗林(2008)p.14 から抜粋。

これにより、クチコミは生命保険加入の大きなきっかけになっているということが分かる。クチコミは生命

保険の会社や商品に触れるきっかけとなっているのである。しかし、クチコミには大きな問題がある。それ

は、クチコミによって生保の悪い点やネガティブなイメージが広く伝わってしまうのではないのかという懸

念である。噂の伝搬については一般的良い噂よりも悪い噂の方が広まりやすいと考えられている。そこで、

次に生命保険に関してどのような情報がクチコミで伝搬しやすいのかについて述べる。一番 近加入し

た生命保険に関する評価を人に伝えることを「クチコミを利用した情報発信」としてとらえて調査した。生命

保険商品・生命保険会社・加入手続きについて「優れている点や良い点を話した」割合と「劣っている点

や悪い印象を話した」 割合を求めた。

出所:栗林(2008)p.16 から抜粋。

その結果、各項目において「良い点」を伝えた割合が「悪い点」を伝えた割合よりも圧倒的に高いことが

分かった。生命保険商品については「良い点」を伝えた割合が3割程度なのに対して「悪い点」伝えた割

合は1割に満たなかった。

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次に、生保に関しての経験がクチコミにどのような影響を与えるかについて述べる。ネガティブな経験

の有無とクチコミの関係性を見ると「良い点」についても「悪い点」についてもネガティブな経験をした人の

方がクチコミで伝えている。そして、ネガティブ経験層の3割以上が「良い点」について伝えていた。ここ

でいうネガティブな経験は深刻ではないものも含まれており、これが転じて加入している保険に関する興

味関心の高さに繋がっているものと思われている。これにより、ネガティブな経験もその後の対応によっ

て推奨に結び付く可能性も考えられる。

出所:栗林(2008)p.16 から抜粋。

次にクチコミの情報発信がどのようなパターンで行われているか述べる。どのような内容を伝えたのか調

査した。すると、クチコミで伝えた人の中で も多かったのが「良い点のみ伝達」だった。「悪い点のみ伝

達」した人の割合が 2.6%であったのに対して「良い点のみ伝達」した人の割合は 21.8%であった。このこ

とからもクチコミで生保の「良い点」が伝わりやすいことが分かる。 これらより、生命保険におけるクチコミの情報伝達は良い点について述べる割合が多いことが分かる。

出所:栗林(2008)p.17 から抜粋。

また、そのクチコミが顧客の意思決定のきっかけの重要な要素として働きかけていることも分かる。生保

業界にとって顧客の満足度を上げ好意的な情報発信をしてもらうことにより新たなマーケティング手法を

展開することが可能である。しかし、ここには問題もある。それは、生命保険の知識の無い人が誤った情

報を他人にクチコミで広めてしまうことである。生命保険の知識に乏しい人は「悪い点」を広める傾向が強

い。この問題を解決するために、企業側が生保に関する正しい理解を得てもらえるように努力が必要と考

えられる。 4 まとめ

これまで、インターネットを活用したモデルについて、そしてその中で我々の提案する共創型クチコミ

マーケティングのモデルとなるMROCについて、またそのモデルの中でも肝となる「クチコミ」の有効性に

ついて述べてきたが、 後に以上に述べてきたものをまとめ、 終的な提案について述べてみたい。

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MROCをベースとした共創型クチコミマーケティングにより、まずはコアな顧客をメンバーとして登録し、

クローズドコミュニティにてディスカッションをしてもらう。企業はそこでコア層の顧客が抱く現状不満・潜在

ニーズについてリアルタイムで情報収集し、それを迅速にサービス改善や商品開発に活かす。それがコ

ア層の顧客満足度向上に繋がり、そのコア層が発信源となり「クチコミ」によりコア層以外の大多数の顧客

に情報発信をし、また並列してクローズドコミュニティのやり取りをオープン・オーディエンスへと公開する

ことでさらなる拡散を促す。これが全体に波及すれば全体として顧客が企業の取り組み・対応を評価する

こととなり、全体の顧客満足度向上に繋がり、 終的に信頼関係の構築により顧客維持が可能であると

我々は考える。 我々はこのようなモデルを提案するが、課題としてそもそも生命保険は個人のプライバシーに深く関わ

る情報を扱うものであり、このような誰もが閲覧できるようなネット上のコミュニティで正直な情報を発信す

るか分からないという問題がある。しかし残念ながら、このプライバシーの問題については十分に吟味で

きなかったため今回は割愛させて頂くこととする。

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≪参考文献≫ 栗林敦子(2008)「生命保険マーケティングにおける『クチコミ』の可能性」『ニッセイ基礎研 REPORT』4

月号、12-19。 村上剛人(2008)「One-to-one マーケティングから共創型マーケティングへ:インターネットがマーケティ

ングの前提条件を変える」『福岡大学商学論叢』第 52 巻第3・4号、419-447。 大谷孝一編著(2007)『保険論』成文堂。 ≪参考URL≫ 日本生命保険相互会社 http://www.nissay.co.jp/ oricon http://www.oricon.co.jp/entertainment/special/2010/sns1215/index.html 厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei09/index.html

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編集後記

RIS2011全国大会が終了してから、2ヶ月が経過しました。リスクや保険を勉強する学生および

関係者約200人超が参加したあのあふれる熱気も遠い過去のように感じられます。改めて、年末と

いう多忙な時期にも関わらず、大会ならびに懇親会にご参加下さいました業界関係者をはじめとす

る一般参加の皆様方に厚くお礼を申し上げます。 さて、参加した学生および担当教員の皆様のご協力により、このたび無事にRIS2011 の『大会

論文集』を刊行することができました。大会論文集は、RIS2011 全国大会における研究発表の総

決算です。大会論文集を手に取ることで、学生諸君は自分たちの努力の成果を再確認できると思い

ます。記憶だけでない形ある生涯の宝物を手に入れたといっては言いすぎではないでしょう。 次年度RIS2012全国大会は、2012年12月8日-9日の日程で山口大学で開催される予定です。大

会委員長の石田成則先生(山口大学)には、大会運営その他において大変なご負担をおかけするこ

とになると思いますが、RIS2012全国大会が成功することを祈念しつつ、RIS 教員全員で協力して

参ります。 後になりましたが、業界関係者の皆様には、RISの発展のため、引き続きご支援・ご協力のほ

どよろしくお願い申し上げます。

2012 年3 月 初春

RIS論集 編集委員会

代表 柳瀬典由(東京経済大学) 石井昌宏(上智大学) 石坂元一(福岡大学) 大倉真人(長崎大学)

諏澤吉彦(京都産業大学)

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次年度大会(RIS2012)

2012 年12 月8 日(土)・9 日(日)

山口大学にて開催予定

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RIS のホームページ(詳細情報はコチラ) https://sites.google.com/site/riskseminar/